2018年11月22日 (木)

丹夫人の化粧台(よ 5-48)

 11月22日、角川文庫における横溝正史作の久しぶりの新刊『丹夫人の化粧台 横溝正史怪奇探偵小説傑作選』(よ 5-48)が発刊された。横溝氏の発掘作品集を多数手掛けている日下三蔵の編集になるもので、以下の14作品が収録されている。ちなみに( )内は、旧「緑三〇四」シリーズの収録文庫名である。

1)「山名耕作の不思議な生活」(『山名耕作の不思議な生活』)
2)「川越雄作の不思議な旅館」(同上)
3)「双生児」(同上)
4)「犯罪を猟る男」(『恐ろしき四月馬鹿』)
5)「妖説血屋敷」(『誘蛾燈』)
6)「面(マスク)」(同上)
7)「舌」(同上)
8)「白い恋人」(『青い外套を着た女』)
9)「青い外套を着た女」(同上)
10)「誘蛾燈」(『誘蛾燈』)
11)「湖畔」(『悪魔の家』)
12)「髑髏鬼」(角川文庫未収録)
13)「恐怖の映画」(『殺人暦』)
14)「丹夫人の化粧台」(『山名耕作の不思議な生活』)

 未刊行作等があるわけではないものの、金田一耕助シリーズ以外の作は、現行文庫ではほとんど読めないので、それはそれで存在理由があるか。ちなみに唯一、角川文庫未収録の「髑髏鬼」は、春陽堂文庫版の『殺人暦』、あるいは出版芸術社・刊の『赤い水泳着』(名横溝正史探偵小説コレクション)に収録されていた。また、それぞれの作品は、上記角川文庫を底本としているが、「改版にあたり、『横溝正史ミステリ短篇コレクション4 誘蛾燈』日下三蔵編(二◯一八年三月、柏書房刊)などを参照し、明らかに誤植と思われるものは改め、一部原文表記に戻しています。」と巻末に注記があり、この方針は先行して出た限定版『真珠郎』『蔵の中・鬼火』を踏襲している。今頃気づいたのだが、この新刊文庫のカバー折り込み部分に記載されている既刊文庫リストには、よ 5-40『真珠郎』、よ 5-41『蔵の中・鬼火』も掲載されている。限定版ながらリストに載っているのは、どのような事情にものだろうか。やはり今後、一般販売されるのだろうか。

 無論、今回の目玉は、表紙カバー絵の担当が、なんと杉本一文氏であるということ。角川文庫で杉本氏の表装画に出会えるのは、平成8年9月に「金田一耕助ファイル」シリーズで出た『人面瘡』『首』以来のこと。新作の装画を書いてくれた杉本氏には、心から感謝の意を表したい。

2018年11月11日 (日)

043-2(番外編) 首

 前項の『悪魔の花嫁』が、平成8年、角川文庫の横溝作品が「金田一耕助ファイル」シリーズとして改版された折に、『首』と改題されて組み入れられた文庫(ファイル11)。しかも、新表紙!「金田一耕助ファイル」シリーズで収録作品を変えずに新しく表紙を与えられたものは、本作を入れて3作品4点のみ(注)。ちなみに『首』は、『悪魔の花嫁』を「改題」したとの扱いであるが、収録順は「生ける死仮面」「花園の悪魔」「蝋美人」「首」の順に変えられている。

 表題作の「首」は岡山もの。「大阪の方に事件があって、その調査を依頼された金田一耕助が思いのほか事件がはやく片付いたので」、磯川警部に誘われて岡山県のひなびた湯治場を訪れたときに巻き込まれた猟奇的な殺人を扱っている。杉本氏がこのファイルシリーズのために書いた表紙画は、滝の途中に突き出た獄門岩に載せられた生首が、紅葉と血の色に彩られて?、一種、異様な雰囲気を漂わせている。加えて、平成24年に「横溝正史生誕百十周年記念」で復刻された折には、こちらの『020-2(番外編) 人面瘡』同様、ファイルシリーズの小さな短冊サイズの絵から、文庫前面フルサイズの装幀に拡大された。ファイル版『人面瘡』の表紙も怖かったが、こちらのファイル版『首』も正視できない方は多いのではないか。

 ちなみに「首」は、「キング」昭和24年7月増刊号に掲載された「悪霊」という先行作を、金田一ものに改作した作品。この元稿は、出版芸術社・刊の『聖女の首 (横溝正史探偵小説コレクション) 』で読むことができる。

※確認済みの版
改版初版(平成8年9月25日発行)<黒背 よ 5-984
参考 23版(平成24年5月15日発行)<「横溝正史生誕百十周年記念」復刻

(注)本作のほかには、012-3『悪魔の寵児』、『悪霊島(上)』、『悪霊島(下)』があった。

043-1 花園の悪魔

 『花園の悪魔』は、同名の短編を含む金田一耕助ものの中短編集。杉本氏の表紙画は、その表題作をモチーフにしていて、花壇の中に全裸で置かれた女性の上半身を描いている。右手前にかけて白くぼかしが入り、早朝の薄霧の中にいるような雰囲気が出ている。他に「蠟美人」「生ける死仮面」「首」の3編を収める。

 巻末の中編「首」は、平成8年に『首』という独立した中短編集の表題作となっている。>>「043-2(番外編) 首」

※確認済みの版
初版(昭和51年11月10日発行)
4版(昭和51年12月20日発行)
6版(昭和52年8月30日発行)
11版(昭和55年10月30日発行)
16版(昭和59年6月30日発行)

2018年11月10日 (土)

040 金田一耕助の冒険

 『白と黒』の項でも触れたように、『金田一耕助の冒険』は「ーーの中の女」というシリーズ名を持つ短編を11作集めている。1作を除き、「週間東京」に断続的に連載された。その意味では、作者の中で金田一ものの短編を連作するというな思いがあったのだろう。以下、収録作を執筆順に示す(冒頭の番号は、本文庫の収録順、( )内の日付は連載掲載号のもの)。

6)「夢の中の女」(昭和31年7月号)<「読切小説集」に「黒衣の女」のタイトルで掲載
1)「霧の中の女」(昭和32年1月12日、19日)
7)「泥の中の女」(昭和32年2月23日、3月2日)<連載時タイトルは「泥の中の顔」
5)「鞄の中の女」(昭和32年4月6日、13日)
3)「鏡の中の女」(昭和32年5月18日、25日)
4)「傘の中の女」(昭和32年6月29日、7月6日)
10)「檻の中の女」(昭和32年8月10日、17日)
2)「洞の中の女」(昭和33年2月8日、15日)
8)「柩の中の女」(昭和33年3月22日、29日)
11)「赤の中の女」(昭和33年5月3日、10日)
9)「瞳の中の女」(昭和33年6月14日、21日)

 ただし、「壺の中の女」(昭和32年9月21日、28日)は『壺中美人』に、「扉の中の女」(昭和32年12月14日、21日、28日)は『扉の影の女』に、「渦の中の女」(昭和32年11月2日、9日)は『白と黒』に、それぞれ改訂され長編化されている。ところで、この『金田一耕助の冒険』のカバーは、極めて貴重である。なぜなら「緑三◯四」シリーズ中、杉本一文氏が唯一、金田一耕助その人を描いた表紙画だからである。我を忘れて推理をしているところだろうか。額にしわを寄せて、もじゃもじゃ頭をかき回している。

<<表紙のみ一致

 この角川文庫版の『金田一耕助の冒険』は、 先行した春陽堂版の『横溝正史長編全集(20) 金田一耕助の冒険』(昭和50年11月20日発行)に、「赤の中の女」を加えている。 ちなみにこの「赤の中の女」は、「アサヒグラフ」昭和4年8月7日、14日、21日号に連載された「赤い水泳着」という先行作を、金田一ものに改作した作品であった。この元稿は、出版芸術社・刊の『赤い水泳着 (横溝正史探偵小説コレクション) 』で読むことができる。

※確認済みの版
初版(昭和51年9月10日発行)
4版(昭和51年10月20日発行)
8版(昭和52年4月30日発行)
9版(昭和52年5月10日発行)
12版(昭和52年10月30日発行)
16版(昭和54年9月20日発行)

 さらにこの作は、「緑三◯四」シリーズで唯一、改版されて新しい番号をもらっている。『金田一耕助の冒険1』(緑 三◯四 -64- )『金田一耕助の冒険2』(緑 三◯四 -65- )の2巻がそれである。ただし、表紙画は和田誠氏が担当になっている。いずれも昭和54年6月10日初版だが、この年の7月14日に同名の映画が公開されている。それを当て込んでの改版だったろう(ただし、上記版情報を見ると、昭和54年9月20日にまだ1巻本も発行されていた)。実際、表紙の絵は古谷一行氏の金田一、裏表紙の絵は田中邦衛氏の等々力警部の似顔絵である。

『金田一耕助の冒険1』「霧の中の女」「洞の中の女」 「鏡の中の女」 「傘の中の女」「瞳の中の女」「檻の中の女」
『金田一耕助の冒険2』「夢の中の女」「泥の中の女」「柩の中の女」「鞄の中の女」「赤の中の女」

2018年11月 8日 (木)

038-2 仮面舞踏会

 『仮面舞踏会』の新版カバーは、杉本一文氏の作にあって屈指の名作だろう。前景に仰向けにのけぞった白い女性の顔を配し、暗いバックと対照させている(後景はガラス窓に映った2つの目と、窓の外に見える都会の夜景だろうか)。旧版が作品のインパクトにおいて際立っていたのに対し、こちらはまるで文芸作品の表紙のような重厚さを醸し出している。ただし、新版はあまり出回らなかったようで、数が少ない。

 以上で、「緑三◯四」シリーズ内で、杉本一文氏が複数の表装画を手がけている作品は、すべて掲載することができたと思う。次回から補遺編をいくつか挙げる。

※確認済みの版
23版(昭和59年1月30日発行)
25版(昭和60年9月30日発行)

038-1 仮面舞踏会

 『仮面舞踏会』は、横溝正史氏が完成まで12年をかけた渾身の長編である。元々は昭和37年7月号から「宝石」で連載が開始されたが、翌年2月号で中断。この時点で約300枚。その後、「横溝ブーム」が巻き起こった昭和49年に、数百枚を書き足して完成するという珍しい経緯を持った作品でもある。

「もちろん、このブームとやらは私にとってマイナスではない。私に執筆の勇気を与えてくれただけでも大きなプラスである。げんに去年私は十年以上もおっぽり出しておいた未完の小説に、新しく想をくわえて八百枚の長編を完成した。」(「オール読物」五十年十一月号)<<角川文庫『仮面舞踏会』解説より引用

 当時、作者はすでに72歳。にもかかわらず金田一耕助ものの新作が読めるということで、大いに話題になった。作者もその出来には満足していたようで、『真説 金田一耕助』(角川文庫)で発表された「私のベスト10」でも、「獄門島」や「本陣殺人事件」などのおなじみの代表作に次ぐ第7位に挙げられている。

 初版の表紙は、まるで曲がった鏡に映ったように変形された女性の顔を大きく描いたもので、インパクトの大きさでは杉本作品中、ベスト3に入るかもしれない。

 ちなみに、「金田一耕助ファイル」シリーズとして改版となった折に、使われたのはこちらの旧バージョンであった。また、平成24年に「横溝正史生誕百十周年記念」で復刻されたのも本版であった。

※確認済みの版
初版(昭和51年9月10日発行)
再版(昭和51年9月30日発行)
11版(昭和53年1月30日発行)
13版(昭和53年6月20日発行)

2018年11月 6日 (火)

034-2 迷路荘の惨劇

 横溝氏が長編に改作した『迷路荘の惨劇』の新バージョンは、やはり地下の抜け穴の情景。ここでも怪人の横顔が描かれる。だが、タッチはよりリアルになり、明暗の対比の中、白黒映画を見るような独特の雰囲気を持っている。言うまでもないが、杉本氏の絵のうまさはまさに半端ではない。新バージョンは珍しい方。こちらの版情報と合わせて見ると、昭和53年8月末発行の第17版で新カバーに変わったことがわかる。

 ちなみに、「金田一耕助ファイル」シリーズとして改版となった折に、使われたのはこちらの最新のバージョンであった。また、平成24年に「横溝正史生誕百十周年記念」で復刻されたのも本版であった。

※確認済みの版
17版(昭和53年8月30日発行)<<新版切り替え
21版(昭和56年5月30日発行)

034-1 迷路荘の惨劇

 『迷路荘の惨劇』は、2度も改訂され長編となった珍しい作品。最初に発表されたのは、短編「迷路荘の怪人」で、昭和31年8月の「オール読物」に掲載された。このバージョンは、出版文芸社・刊の『金田一耕助の帰還』(現在は、光文社文庫所収)で読むことができる。

次いで、これを約3倍の長さに改稿した同名の中編が、昭和34年2月に出た東京文藝社・刊の『迷路荘の怪人』に収められた。この中編版は、やはり出版文芸社・刊の「横溝正史探偵コレクション---4」『迷路荘の怪人』で読むことができる。

 さらに、である。これをさらに約3倍の長さに改稿し、昭和50年に刊行したのが、この「迷路荘の惨劇」という長編にあたる。横溝氏は、以下のように書いている。

「 かつて単行本として刊行された中編物のなかに、一編だけ意にみたぬものがあり、その後絶版にしておいた小説があるが、あれを自分の納得のいくまで手を加え、書き足し、長編に仕立てなおしておいたらどうだろうと、昭和四十九年の夏から翌年の春へかけてその仕事に没頭し、かつては尻すぼみだった中編物を、八百枚の長編として洗いあげ、縫い直して、題も「迷路荘の惨劇」として刊行したが、これまた締切り地獄に責め苛まれることなく、たいへん楽しい仕事であった。」(『真説金田一耕助』から)

 横溝氏は、昭和49年には中断されていた『仮面舞踏会』を完成させて刊行。その後、翌50年にかけて、その余勢を駆って本作の改訂に取り組んだわけで、ファンにとってはまさにブームのおかげで金田一ものの長編作品が2作も増えたことは大いに喜ぶべきことだったろう。さらに「これを皮切りにこれからも、年に一作くらいのわりあいで長編を書いていきたいのだが」と意欲を燃やしたことを鑑みると、この「迷路荘の惨劇」の改作は重要な事件だったと言うべきだろう。

 この作品の表紙にも2つのバージョンがあり、最初ものは抜け穴に出没する片腕の怪人が描かれていて、その上に不敵に笑う女性の顔が浮かび上がるという構図になっている。巧みな構成だが、タッチはやや劇画調で杉本氏の作品の中では異色な趣きを持っている。ちなみに、TBS系列のドラマ版『横溝正史シリーズII・迷路荘の惨劇』は、昭和53年10月14日、21日、28日の3回にわたり、毎週土曜日22時〜22時55分に放送された。ちなみに、同年7月末に発行された16版が旧版の最終。この16版に「「横溝正史シリーズ」、茶の間に再登場!/第九弾「迷路荘の惨劇」」という緑の帯を付けたものがあり、テレビドラマ化に合わせて新カバーが用意されていたのだろう。

※確認済みの版
初版(昭和51年6月10日発行)
再版(昭和51年6月20日発行)
3版(昭和51年8月10日発行)
4版(昭和51年8月30日発行)
8版(昭和52年2月20日発行)
13版(昭和52年10月30日発行)
14版(昭和53年1月30日発行)
16版(昭和53年7月30日発行)<<旧バージョン最終

2018年11月 4日 (日)

030-2 貸しボート十三号

 『貸しボート十三号』の第2バージョンにも、やはりナンバー13のボートが描かれていて、モチーフ自体は同じ。ただし、全体のトーンはより洗練されている。水面には、恨めしそうな表情の女性の顔が浮かんでいる。完成度の高さから言って、作者にとっても自信作になったのではないだろうか。同じような絵柄になるが、それゆえに第1バージョン、第2バージョン、ともに集めたくなる文庫だろう。ただし、あまり市場に出ない本の一つだ。

※確認済みの版
21版(昭和59年7月30日発行)
22版(昭和60年12月20日発行)

030-1 貸しボート十三号

 『貸しボート十三号』・・・印象的な題名を持つこの作品集には、金田一ものの中編が3作集められた。巻頭の「湖泥」は、のちに「金田一耕助ファイル6」として出た『人面瘡』に収録されている。「堕ちたる天使」は、岡山の磯川警部と東京の等々力警部が顔合わせをする作品としても知られている。この文庫における杉本一文氏の表装画は、やはり表題作の「貸しボート十三号」を扱っている。ナンバー13をつけた無人のボート上に緑のコート、そして鮮血。ここで杉本氏はブラシではなく絵の具を使ったようで、普段とはややタッチが異なっているのが特徴と言える。

 この作品も改作もので、初出は「別冊週刊朝日」に昭和32年8月に掲載された同名の短編であった。翌年、約4倍の長さに改訂された。この改稿前の版は、出版文芸社・刊の『金田一耕助の帰還』(現在は、光文社文庫所収)で読むことができる。

※確認済みの版
初版(昭和51年3月5日発行)
3版(昭和51年7月30日発行)
8版(昭和52年6月30日発行)
13版(昭和53年7月30日発行)

(注)「角川ホラー文庫」において、『トランプ台上の首』というタイトルで横溝氏の編集ものが出たことがある。上記「貸しボート十三号」のほか、「トランプ台上の首」、エッセイ「探偵小説講座」を収めている。

2018年11月 3日 (土)

029-2 夜の黒豹

 『夜の黒豹』の新バージョンは、改作前の短編「青蜥蜴」をそのままモチーフとしている。しかもその蜥蜴は、女性の裸体(上半身)の上に乗っているという一見、極めて扇情的な作品である。ただし、それは抑えられた色調、計算され尽くした構図で書かれているので、意外にも一幅の絵画のように目に映る。中でも、背景の緑が非常に効果的だ。希少というほどでもないが、オークションなどでもあまり若いバージョンは見ない。切り替えは、昭和54年前後か。

※確認済みの版
16版(昭和55年7月30日発行)
18版(昭和56年8月30日発行)
22版(昭和59年7月30日発行)
23版(昭和60年11月10日発行)
25版(昭和62年9月30日発行)<<裏面はISBN番号や定価などの文字のみ

029-1 夜の黒豹

 『夜の黒豹』は、金田一耕助シリーズの長編。こちらも前作・前々作と同じく短編を改稿したもので、原作の「青蜥蜴」は「推理ストーリー」昭和38年3月号に掲載された短編で、それを改稿して約10倍の長さになった。この改稿前の版は、出版文芸社・刊の『金田一耕助の新冒険』(現在は、光文社文庫所収)で読むことができる。また、横溝氏が昭和37年〜同39年に上記「推理ストーリー」に書いた「百唇譜」「猟奇の始末書」「青蜥蜴」「猫館」「蝙蝠男」を集成した短編集、その名も『青蜥蜴』が双葉社から平成8年に出た。この編集物をここで取り上げるのは、この本の表紙絵が何と杉本一文氏の新作だったからである。

 一方、角川文庫版『夜の黒豹』の表紙は、作品のタイトルどおり黒帽子・黒コート・黒手袋姿の「黒豹」が、全裸の女性が描かれた真っ赤な前景に手を伸ばしている絵柄。黒と赤の対比が強烈に目に飛び込んでくる。下記版情報では、昭和52年発行の11版は、まだこの「黒豹」バージョンである。


※確認済みの版
初版(昭和51年1月10日発行)
3版(昭和51年2月20日発行)
11版(昭和52年10月30日発行)

2018年10月31日 (水)

026-2 扉の影の女

 『扉の影の女』の新バージョンは、作品の章題にもなっている「青い扉」がモチーフになっている。その扉には、真っ赤な血の涙を流している女性の顔が浮き出していて、絵画として見てもなかなか印象深い作品になっている。こちらの情報と合わせて考えると、昭和54年9月の13版で新しい表紙に切り替わったことがわかる。

※確認済みの版
13版(昭和54年9月30日発行)<<新バージョン切り替え
14版(昭和55年8月30日発行)
16版(昭和56年8月30日発行)
21版(昭和59年12月20日発行)

026-1 扉の影の女

 『扉の影の女』は、金田一耕助シリーズの長編。元々は『白と黒』の項で触れたように『金田一耕助の冒険』に収められた「ーーの中の女」というシリーズ中の一作だった。週刊誌「週刊東京」の昭和32年12月14日号、21日号、28日号に連載された「扉の中の女」が原作。それを改稿して約7倍の長さに改稿したのが本作となる。この改稿前の版は、出版文芸社・刊の『金田一耕助の帰還』(現在は、光文社文庫所収)で読むことができる。

 角川文庫版『扉の影の女』初版の表紙は、登場人物の男女の顔を霧のような白バックから浮かび上がらせたもので、微妙な肌のグラデーションが際立っている。中編『鏡が浦の殺人』を併録。

※確認済みの版
初版(昭和50年10月30日発行)
4版(昭和51年3月30日発行 )
10版(昭和52年9月30日発行)
12版(昭和53年8月30日発行)<<旧バージョン最終

2018年10月29日 (月)

025-2 魔女の暦

 杉本一文氏の手になる『魔女の暦』の第2バージョンでは、作品の中に出てくる「メジューサの首」という出し物の名前に合わせ、まさにそのメデューサの首が描かれている。題材自体は派手だが、色調を抑え気味にして上品に仕上げている。あまり数が出ないバージョンだが、下記版情報で見る限り、昭和54年2月発行の17版ではすでに新カバーになっている。こちらで見たように15版はまだ旧バージョンであったので、16版か17版で切り替えがあったと思われる。

※確認済みの版
17版(昭和54年2月20日発行)
19版(昭和55年7月30日発行)
25版(昭和59年7月30日発行)

025-1 魔女の暦

 『魔女の暦』は、金田一耕助シリーズの長編。怪文書によって浅草のレビュー小屋に誘い出された金田一の目の前で殺人が起こるが、その怪文書の差出人の名前が「魔女の暦」という趣向である。元々は、「小説倶楽部」昭和31年5月号に掲載された同名の作品で、それを改稿して約3倍の長さになった。この改稿前の版は、出版文芸社・刊の『金田一耕助の新冒険』(現在は、光文社文庫所収)で読むことができる。

 角川文庫版『魔女の暦』の表紙は、横たわる女性の身体の上に、蝙蝠のような小悪魔がちょこんと載っているという不気味な絵柄。ほとんどモノトーンで描かれているが、コントラストをつけた明暗の表現によって、女性の肌や衣服が怪しい光を放っている。

 ちなみに昭和50年8月30日発行の『魔女の暦』初版に挟み込まれた「500万部突破記念 横溝正史フェア」のミニ・リーフレットが手元にあるが、そこには『八つ墓村』から本作までの25冊がラインアップされている。第2回目の「横溝正史フェア」が始まり、角川映画の『犬神家の一族』が爆発的にヒットするのは翌51年の秋のこと。だが、ATGによる『本陣殺人事件』の映画化も手伝って、この第1回「横溝正史フェア」あたりからブームが本格的に盛り上がってきていた。『魔女の暦』と同じように手紙による犯行予告で始まる中編『火の十字架』を併録。

※確認済みの版
初版(昭和50年8月30日発行)
再版(昭和50年10月20日発行)
4版(昭和50年11月20日発行)
11版(昭和52年4月30日発行)
12版(昭和52年6月30日発行)
13版(昭和52年7月20日発行)
14版(昭和52年10月30日発行) 
15版(昭和52年12月20日発行)

2018年10月28日 (日)

024-2 夜光虫

 『夜光虫』の第2バージョンは、前景右下に時計台を置き、血のように赤いバック地の上に男性の顔と人面瘡を描いたものに変わった。男性の顔は、第1バージョンの表紙に描かれた男性と、ほぼ同じ顔つきだ。

 このバージョンの文庫は、極めて珍しい。「緑三◯四」シリーズの杉本一文カバー文庫を収集する場合、008-3『黒猫亭事件・本陣殺人事件』ほどは高騰していないとはいえ、それと並ぶくらいの難関にはなるだろう。こちらの展示を企画したときも、どうしてもこの『夜光虫』第2バージョンが手に入らず諦めかけていたが、たまたま展示会場となった越前市中央図書館の蔵書を見てみたら何とこのカバー絵の文庫があったので、びっくり。偶然にしては出来過ぎた話だが、おかげでなんとか展示に間に合った。実物がほとんど出ないので確定はできていないが、昭和53年末に出た15版が旧版なので、それ以降、56年までに表紙替えがあったことになる。

※確認済みの版
18版(昭和56年8月30日発行)
19版(昭和57年10月30日発行)

024-1 夜光虫

 このブログでは、「緑三◯四」シリーズにおける杉本一文氏の全表紙バージョンを集めるための情報を提供することを目的としている。なので、この『鬼火』以降は複数バージョンを持つタイトルを優先して掲載していくことにしたい。

 『夜光虫』は、横溝氏が戦前に書いた由利先生・三津木記者ものの長編。初版のカバーは、時計の文字盤をバックに、無表情でこちらを睨む男女の顔を大きくあしらった絵柄になっている。モノトーンの色調が、不気味さを醸し出している。

※確認済みの版
初版(昭和50年8月30日発行)
3版(昭和50年10月30日発行)
5版(昭和50年12月10日発行)
8版(昭和51年10月10日発行)
15版(昭和53年11月30日発行)

2018年10月27日 (土)

021-2 蔵の中・鬼火

 角川文庫版『鬼火』の第2バージョンは、タイトルが『蔵の中・鬼火』に変わった。 ネット上で見る限りは、17、18の両版のみがこの杉本氏の新しいカバーである。当然ながら、本バージョンは「蔵の中」の物語をモチーフにしている。作品の内容にも関わるので詳細は記さないが、ぼかしを効かせ極めて雰囲気豊かに仕上げた杉本氏の後期様式のはしりとも言うべき名作だ。

 ちなみに「緑三◯四」シリーズで、杉本氏以外で表装画を担当したのは三人しかおらず、その一つがこの文庫の3バージョン目、西井正気氏の手になるものである。19版以降の文庫がそれにあたり、ただそれは中身は同じながら、カバーのみ『蔵の中』というタイトルに変わっている。昭和56年10月公開の映画『蔵の中』(高林陽一・監督)の公開時に合わせ、カバー変更となったものである。こちらも緑三◯四シリーズであったことは確かであるが。

 また、2018年7月、「角川文庫創刊70周年 イベント」の一環で、精文堂書店限定の『蔵の中・鬼火』が、杉本一文氏の表紙カバーで復刊され、そこで使われたのもこちらのバージョンであった。ただし、「横溝正史」「角川文庫」の文字が載った飾り罫の位置が、右下から左側・中段以下に移されたのが注目される。またその際には巻末に、

「本書は、角川文庫『蔵の中・鬼火』(一九八一年七月。同書は、一九七五年八月に刊行された『鬼火』を改題、文字遣いを現代表記に、難読漢字をかな表記に改めたものです)を底本としています。改版にあたり、『横溝正史ミステリ短篇コレクション2 鬼火』日下三蔵編(二◯一八年二月、柏書房刊)などを参照し、明らかに誤植と思われるものは改め、一部原文表記に戻しています。」

との注記がついた。奥書にも、「改版初版発行」とあり、実質上の新版であることが示されている。前回の発言で比較対象とした「鬼火」の冒頭部分を引いてみる。<最後の行以外の( )内の文字は、ルビ>

【角川文庫版・改版】 桑畑と小川にはさまれたせまい畔路(あぜみち)が、流れに沿うて緩やかな曲(カーブ)を画いているあたりまで来た時、 私はふと足を止めた。今まで桑畑にさえぎられていた眼界が、その時豁然(かつぜん)とひらけて、寒そうな縮緬皺(ちりめんじわ)を刻んだ湖水が、思いがけなく眼前に迫ってきたせいもあるが、もう一つには、妙に気になるあの建物が、一叢(ひとむら)の蘆(あし)の浮(う)き洲(す)の向こうに、今はっきりその姿をあらわしたからである。
(はてな、 やはりアトリエのようだが)

 ほぼ変わっていないが、僕も以前から気になっていた箇所である「カーブ」を、原文どおり「曲(カーブ)」に戻している。こういう努力は、一見地味だが大事なことだろう。『真珠郎』の改版本同様、1回限りの復刻ならこのような本文改訂まで行わないだろうから、今回は限定販売だがやはりレギュラー復刊されることも考えられるのではないだろうか。

※確認済みの版
18版(昭和56年7月30日発行)
参考 19版(昭和56年8月20日発行)<<西井正気カバー
参考 改版初版(平成30年7月25日発行)<<精文堂書店限定復刊、杉本一文カバー

2018年10月26日 (金)

021-1 鬼火(その4)

 いつまでもこの『鬼火』の項を終えられずにいるが(笑)、それだけに探求しがいのある作だ。(その3)で触れたように、この文庫の7版以降は、文字遣いが全面的に変更になっている。元々、この「緑三◯四」シリーズでは文庫化する際に、横溝正史氏の元原稿で使われている旧かな・旧漢字表記を改めるだけでなく、難読漢字等をひらがなにするなど積極的に現代風に書き改めている。それは、プロデューサーである角川春樹氏の方針であったという。

「読者層を小学生の高学年からとろうと徹底的に漢字を少なくしてルビをふって、そのときは横溝さんの本はもう死滅してましたからかつての読者は当てにならない。新しくつくろうとしたんです。」(「角川春樹インタビュー「金田一耕助は “夕陽のガンマン” なんだ」」、『ダ・ヴィンチ特別編集6 金田一耕助 the Complete』メディアファクトリー刊)

 ただ、この『鬼火』のように途中で再度改訂したのは珍しいだろう。以下、冒頭部分を例にとって比較してみよう。<最後の行以外の( )内の文字は、ルビ>

【自筆原稿】 桑畑と小川に挟まれた隘い畔路が、流に沿ふて緩やかな曲(カーヴ)を畫いてゐる辺(あたり)まで来た時、 私はふと足を止めた。今迄桑畑に遮られてゐた眼界が、その時豁然と展けて、寒さうな縮緬皺を刻んだ湖水が、思ひがけなく眼前に迫つてきたせゐもあるが、もう一つには、妙に気になるあの建物が、一叢の蘆の浮洲の向に、今はつきりその姿を顕したからである。
(( はてな、 矢張アトリエのやうだが ))

【講談社版『横溝正史全集1』】 桑畑と小川に挟まれた隘(せま)い畔路(あぜみち)が、流れに沿うて緩やかな曲(カーブ)を画(えが)いている辺りまで来た時、 私はふと足を止めた。今迄桑畑に遮られていた眼界が、その時豁然と展けて、寒そうな縮緬皺を刻んだ湖水が、思いがけなく眼前に迫ってきたせいもあるが、もう一つには、妙に気になるあの建物が、一叢(むら)の蘆の浮き洲の向こうに、今はっきりその姿を顕したからである。
(はてな、 矢張りアトリエのようだが)

【角川文庫版・初版〜6版】 桑畑と小川に挟(はさ)まれた隘(せま)い畔路(あぜみち)が、流れに沿うて緩やかな曲(カーブ)を画いている辺りまで来た時、 私はふと足を止めた。今迄(まで)桑畑に遮(さえぎ)られていた眼界が、その時豁然(かつぜん)と展(ひら)けて、寒そうな縮緬皺(ちりめんじわ)を刻んだ湖水が、思いがけなく眼前に迫ってきたせいもあるが、もう一つには、妙に気になるあの建物が、一叢(むら)の蘆(あし)の浮き洲の向こうに、今はっきりその姿を顕(あらわ)したからである。
(はてな、 矢張りアトリエのようだが)

【角川文庫版・7版以降】 桑畑と小川にはさまれたせまい畔路(あぜみち)が、流れに沿うて緩やかなカーブを画いているあたりまで来た時、 私はふと足を止めた。今まで桑畑にさえぎられていた眼界が、その時豁然(かつぜん)とひらけて、寒そうな縮緬皺(ちりめんじわ)を刻んだ湖水が、思いがけなく眼前に迫ってきたせいもあるが、もう一つには、妙に気になるあの建物が、一叢(ひとむら)の蘆(あし)の浮(う)き洲(す)の向こうに、今はっきりその姿をあらわしたからである。
(はてな、 やはりアトリエのようだが)

 以上のように、「角川文庫版・初版」ではルビは増やしているものの、漢字表記自体は変えていない。一方、「角川文庫版・7版」では、挟む・隘い・展ける・顕す・矢張りなどの語をひらがなに開いていることがわかる。文庫全体のページ数も、本文部分だけで計268ページまでだったものが、274ページまでと6ページ分も増えている。横溝氏の書いている文章としても、作品が作品だけに連綿と情緒豊かな表現をつないでいくようなところもあるので、オリジナルのままでは現代の読者にはやや読みにくいという考えもわからないではない。横溝氏の戦前の代表作・人気作だけに、ことによると『八つ墓村』における表紙カバー変更のときのように、角川春樹氏に「ダメ出し」をくらって出し直しを余儀なくされたのかもしれない。

 ちなみに、上記【自筆原稿】は、「文房堂 原稿用紙 復刻原稿用紙 横溝正史」という商品に、偶然「鬼火」の直筆原稿の1ページ目のファクシミリがついていて、そこから僕自身が読み取った。これは、未使用の原稿用紙・20枚自体が本来の商品だという。だが、上記ファクシミリのほかにも角川文庫『鬼火』に使われた杉本一文氏の表紙画の実物大複製原画(第1バージョン)までついていて、ファンには特典の方が貴重という不可思議かつ実に有り難い商品である。「鬼火」ファンの方なら、廃版になる前に絶対手に入れなければならない逸品だろう。

※確認済みの版
7版(昭和51年8月10日発行)<<新表記バージョン切り替え
8版(昭和51年10月20日発行)
9版(昭和51年11月10日発行)
12版(昭和52年6月30日発行)
15版(昭和52年7月30日発行)

021-1 鬼火(その3)

 前置きが長くなったが、角川文庫版の『鬼火』は、(その1)にも書いたように、表題作の「鬼火」のほか、「蔵の中」「かいやぐら物語」「貝殻館綺譚」「蝋人」「面影双子」、計6編を収めている。由利先生シリーズを除けば、実質上、戦前の横溝作品のベスト作品集と言える。「蔵の中」もファンの多い佳作だろう。大人になってからは推理小説を読んで驚くなどということはめっきり少なくなったが、「蔵の中」だけは初めて読んだとき、かなり驚いた。その他、作品の多くが登場人物の「語り」という形式を取り、そのことが独特な情念の世界を浮かび上がらせる。

 杉本一文氏の表紙絵は2種で、こちらは最初のバージョン。「鬼火」の物語から、マスクを被った男(万造)と裸婦(お銀)が描かれている。おどろおどろしさでは、シリーズ中屈指の作だ。

 ところで、この角川文庫版の「鬼火」には、カバーは同じながら本文に2つの版があることが知られている。第6版までが旧版で、次版からは文字遣いが改められている。詳しくは、(その4)で紹介したい。

※確認済みの版
初版(昭和50年8月10日発行)
4版(昭和50年12月10日発行)
6版(昭和51年3月30日発行)<<旧表記バージョン最終

2018年10月24日 (水)

021-1 鬼火(その2)

 まず「角川文庫版」について触れる前に、その元資料となったと思われる「桃源社版」を見てみたい。

「 この桃源社版の『鬼火』は完全な復原であることを附記しておく。(中井英夫氏提供)」(『鬼火 ※完全版※』中田耕治氏「解説」)

 中井英夫氏が発見したというページが削除されていない『新青年』は、削除を受けた昭和10年の2月号で、実際に文末に付された「削除部分」は、あたりまえながら前篇部分からであった。一方、当の『鬼火 ※完全版※』に掲載された本文は初版の「改訂版」であり、後篇部分も同年3月号掲載の初出テキストではなく、初版時に作者によって細かく朱を入れた改訂版のままであった。「完全版」とうたっているとはいえ、巻末の「削除部分」以外は初出テキストは参照されていないのである。そのことは、各種解説にも指摘されていないのが不思議なくらいだが、実際はそうなのである。

 このことを念頭に置くと、(その1)にも引用した中島河太郎氏による「角川文庫版」の「解説」も不思議ではなくなる。以下に再掲する。

「しかもその前篇が雑誌に発表されると一部の描写が当局の検閲に触れて削除を命ぜられた。その後の単行本では、削除箇所に著者が手入れしたものが底稿になっていたが、近年無削除の雑誌が見つかったので、発表当時のままに復元された。」

 ここに書かれているとおり、「角川文庫版」を編むにあたって中嶋氏が行ったことは、基本『新青年』の前篇の削除部分を、文字通り「改訂版」の本文に組み入れただけで、後篇は手つかずのままなのである。

 ただ一点、気になることがある。というのも、(その1)でも紹介したようにこの角川文庫の『鬼火』が発行された2か月前に、同じ中嶋河太郎氏が解説を書いている講談社版『新版 横溝正史全集 2』では、『新青年』の昭和10年3月号も含めた発表時の雑誌掲載のテキストを載せている。

「 発表当時はその描写が当局の忌諱に触れ削除を命じられた箇所がある。著者は単行本に収めるに際して、適宜改訂したが、四十四年に無削除版の雑誌が見つかったので、ここでは発表当時のままに戻して収録した」(講談社版『新版横溝正史全集2)

 角川文庫の解説と同じような文章だが、実際に新版全集に収められたのは「新青年版(削除なし)」のテキストであった。つまり、後篇の改訂前のテキストを中島氏は知っていたはずである。にもかかわらず、「角川文庫版」においては後篇部分は「復元」しなかった。なぜか? その問いの答を得るためにヒントとなる発言がある。それも横溝氏本人の。

「 作者はこの小説を本全集に入れるに当たって、桃源社版を参照して、もう一度削除以前の原作に復原しようと試みたのだが、改訂版には改訂版としての存在があり、それをいま復原するということが、いかに困難な仕事であるかを痛感した。したがって桃源社の編集氏の故智にならって、改訂版の末尾に削除された文章を付け加えるだけにとどめておいた。」(講談社版『横溝正史全集 2』「作者付記」)

 ここで作者は、単に改訂前の文章に戻すことも、本意ではないと言っている。特に改訂版といえども、後篇部分は作者自身が極めて細かく手を入れていて、それはそれで作者の意図を反映したものだからである。想像をたくましくすれば、「鬼火」を角川文庫に収録するにあたり、中島氏や編集部から相談を受けた横溝氏は、「面倒だから、河ちゃんまかせるよ」と言ったのではないだろうか。そこでできたのが、前篇=「新青年版(削除前)」+後篇=「改訂版」という「角川文庫版」ではなかったろうか。

 もしそうだとしても、この処置が中島氏の独断であったとも限らない。実際、上記「作者付記」でも後篇については特に触れず、改訂前の文章も掲載していない。逆に言えば初版出版時に行った自身の改訂は、この時点では承認されているということにもなる。つまり、作者の言う「困難な仕事」における「落としどころ」としては、「角川文庫版」は良くできていたということだろう。実際、以後は、「角川文庫版」、あるいは同じような構成の「創元推理文庫版」(『日本探偵小説全集 9 横溝正史集』)が広く読まれていくことになる。最新刊の『鬼火 横溝正史ミステリ短篇コレクション 2』でも、「角川文庫版」が巻頭に再録されている(巻末に、自筆原稿から起こされたオリジナル版を併録)。

 なお「創元推理文庫版」の「編集後記」にはこう記されている。

「角川文庫版では、中島河太郎先生の校訂で初出を復活させているが、著者が改訂版で大幅に加筆訂正を行なった、例えば最終章などはそのままその直しを活かした、いわば折衷の格好になっている。今回、本書の編集に当たって元版と改訂版を具に検討してみたところ、やはり削除箇所に関しては元版のほうがいいので、これを活かす方向で校訂を行なった。」

 実際に「創元推理文庫版」の後篇を見てみると、後篇の第13章(最終章)は上述のとおり改訂版を取り入れるが、他の部分では初出テキストを採用している箇所が多い。ただし改訂版のままという部分もわずかに残しており、編者が適宜、取捨選択しているようだ。この点では評価が分かれるだろう。前篇においても、復活させた削除部分をゴシック体で表記しているが、一箇所ゴシック体になっていない箇所もある。

2018年10月22日 (月)

021-1 鬼火(その1)

 角川文庫版『鬼火』には、以下の6編が収められている。「鬼火」「蔵の中」「かいやぐら物語」「貝殻館綺譚」「蝋人」「面影双子」。これらは、昭和10年、同11年に発行された春秋社刊の中短編集『鬼火』『薔薇と鬱金香』 から採られている。『薔薇と鬱金香』の(自作)「解題」において、氏自身が次のように書いている。

「 私はいろいろな理由によって、『鬼火』以前の自分と、それ以前の自分に劃然(かくぜん)たる一線を引いておきたいと思っているものである。」

 このように作者にとっても思い入れの深い作品群だが、このうち表題作の「鬼火」は、戦前に書かれた横溝作品の中でも、有名作・代表作の一つだ。にもかかわらず、この中編は複雑な本文異同の問題を抱えていることでも知られている。初出誌の『新青年』(昭和10年2月号)に前篇が掲載されたのだが、まずこの時点で当局による検閲に触れ削除を命じられている。後編は翌月号に無事に掲載されたが、上記、春秋社刊の初版では削除箇所を中心に横溝自身が修正を入れ、全体を改稿したテキストで出版された。以後、「鬼火」はこの改稿された形で流布してきた。が、戦後、昭和44年になって中井英夫氏の尽力により、ようやく検閲による削除部分の復活がなされた。

「 昭和十年二月号の雑誌「新青年」は、いま残っているとしても僅かな部数だろうが、それはいずれも中の数ページが破りとられている。いうまでもなく横溝正史氏の名作『鬼火』の前篇が “当局の忌諱(きい)に触れ” たためで、その本文とともに竹中英太郎氏の絶妙な挿し絵一葉もまた永遠に陽の目を見ないこととなった。ところがどういう偶然か、十五年ほど前に私が古本屋で買い集めていた「新青年」の中に、破りとるべき赤マルを色鉛筆でページの上に印しながら、手違いで破り忘れたらしい一冊がまぎれこんでいた。私は自分の書架の中にそれを秘めて、ひとり眺めては楽しんでいたのだが、一昨年桃源社から『鬼火』の復刻版が出るときいて、完本が手に入ったのだろうかと問い合せてみると、手を尽して探したものの見つからなかったという返事なのでそれならと資料を提供したのだが、そのあと横溝正史氏御自身から、今度出る全集の月報にそのいきさつを書いて欲しいと懇篤なお手紙をいただいた。ところが私はとうとうそれを送らずじまいにしてしまったし、そればかりか横溝氏にも返事をしたためかけたまま、ついに一言の挨拶もしないという非礼まであえてしたのである。」(「廃園にて」中井英夫)

 ここで触れられている復刻版が、『鬼火 ※完全版※』(桃源社)である。ただこのときは、改訂版テキストを本文にそのまま印字し、上記削除部分を末尾に付記する形で収めている。この処置は、昭和45年9月刊行の講談社版『横溝正史全集 一』でも踏襲された。

 その後、昭和50年6月発行の講談社版『新版 横溝正史全集 2』では、先行の全集との差異化を計るためか削除前のバージョン(発表時の雑誌掲載のまま)で収録されている。

 一方、角川文庫版は昭和50年8月が初版。中島河太郎氏による「解説」では、以下のように書かれている。

「しかもその前篇が雑誌に発表されると一部の描写が当局の検閲に触れて削除を命ぜられた。その後の単行本では、削除箇所に著者が手入れしたものが底稿になっていたが、近年無削除の雑誌が見つかったので、発表当時のままに復元された。」

 このように書かれていると、『新版 横溝正史全集 2』と同じく発表時の雑誌掲載のテクストに依っていると思われがちだが、実はそうではない。この文庫では、削除部分を復活させているものの、後篇は改訂版のままである。このバージョンが現在、「折衷版」と呼ばれている所以であるが、どうしてこのようなことが起こったのだろう。僕はずっとこの「角川文庫版」の由来について考えてきたが、少しわかりかけてきたことがあるのでこのブログに書いてみたいのだが、さすがに長くなってきたので(その2)で詳しく書いてみたい。

2018年10月20日 (土)

020-2(番外編) 人面瘡

 平成8年、角川文庫の横溝作品が「金田一耕助ファイル」シリーズとして改版された折に、「緑三◯四」シリーズの『不死蝶』に収められた中編「人面瘡」に、「睡れる花嫁」「湖泥」「蜃気楼島の情熱」「蝙蝠と蛞蝓」を加え再編集された新文庫(ファイル6)。「金田一耕助ファイル」シリーズで新表紙を与えられたものは他にもあるが、こうした再編処置は後にも先にもこの1冊があるのみだ(注)。

「睡れる花嫁」<<『華やかな野獣』所収
「湖泥」<<「<030-1貸しボート十三号』所収
「蜃気楼島の情熱」<<「017 びっくり箱殺人事件」所収
「蝙蝠と蛞蝓」<<『死神の矢』所収
「人面瘡」<<「020-1 不死蝶」所収

 このファイル版の表紙絵を、怖くてまともに正視できない人は多いのではないか(うちの細君がまさにそう)。加えて、平成24年に「横溝正史生誕百十周年記念」で復刻された折には、ファイルシリーズの小さな短冊サイズの絵から、何と文庫前面フルサイズの装幀に拡大された。これはまさに「禁じ手」では?(笑)。

※確認済みの版
初版(平成8年9月25日発行)<黒背 よ 5-49
4版(平成9年4月20日発行)<白背 よ 5-6
8版(平成10年11月15日発行)<同上
参考 28版(平成24年5月15日発行)<「横溝正史生誕百十周年記念」復刻

(注)「角川ホラー文庫」においては、『トランプ台上の首』というタイトルで横溝氏の編集ものが出たことがある。「トランプ台上の首」「貸しボート十三号」のほか、エッセイ「探偵小説講座」を収めている。

020-1 不死蝶

 金田一耕助ものの長編を収めた『不死蝶』。「八つ墓村」と同じく鍾乳洞が一部舞台になっていることでも有名な作だ。「本篇は二十八年六月から十一月まで、雑誌「平凡」に連載され、三十三年に加筆して単行本になったもの」(中島河太郎氏「解説」、角川文庫版)。「雑誌連載版」は、『横溝正史探偵小説選V』(論創ミステリ叢書100、論創社・刊)で読むことができる。

 杉本氏によるカバー絵は、黒のボディースーツを纏った女性の手が、蝶々の翅になっているという、絵柄的には完成度の高い作品。

 中編「人面瘡」も併録されているが、この「人面瘡」は「講談倶楽部」昭和24年12月増刊号に掲載された同名の先行作を、金田一ものに改作した作品。この元稿は、出版芸術社・刊の『聖女の首 (横溝正史探偵小説コレクション) 』で読むことができる。

 またこの作品は、平成8年に『人面瘡』という独立した中短編集の表題作となったことでも注目される。>>「020-2(番外編) 人面瘡」

※確認済みの版
初版(昭和50年4月30日発行)
3版(昭和50年7月30日発行)
5版(昭和50年10月20日発行)
17版(昭和53年4月10日発行)
23版(昭和56年8月30日発行)

019 髑髏検校

 横溝正史氏の時代物の長編2作を収めた『髑髏検校』。本文庫の解説を書いている中島河太郎氏は、その中で「著者には人形佐七を主人公とする捕物帖が二百編近くあることをご存じの読者も多いかと思うが、その他に若干の時代物があることまではあまり知られていないだろう。」とし、計19作・総発行部数300万部を越えた「緑三◯四」シリーズに、上記時代物の中から「伝奇性を多分に盛った特異な時代小説を紹介することにした。」と、これらの作品を早期にラインナップした理由を述べている。杉本氏の装画は、時代物の雰囲気を出しながらも極めてカラフルな色遣いで、シリーズ中屈指の美しい作品になっている。「神変稲妻車」を併録。

 ちなみに、現行の角川文庫にも『髑髏検校』があり、「よ 5-38」という番号が振られている(平成20年6月25日初版発行)。カバーデザインは、装丁家の片岡忠彦氏。

※確認済みの版
初版(昭和50年6月10日発行)
3版(昭和50年10月20日発行)
7版(昭和51年11月10日発行)
8版(昭和52年3月20日発行)
11版(昭和53年7月30日発行)
13版(昭和56年8月10日発行)

018 仮面劇場

 『仮面劇場』は、由利先生・三津木俊助が活躍する同名長編と、三津木俊助のみが登場する短編「猫と蝋人形」「白蝋少年」2作を収めたもの。『びっくり箱殺人事件』同様、黒枠・白地仕様なので、少し杉本氏初期シリーズよりの香りがするが、丸い鏡に映し出された仮面を被った少年の顔は、すっかり杉本ワールドの世界観を示している。

 表題作の「仮面劇場」は昭和13年に「サンデー毎日」に原型となる同名の中編として連載されたが、その後、昭和17年に出た単行本では、数カ所を改訂の上、「旋風劇場」と改題されている。「改題の理由は、当時の時局として仮面などとは穏やかでないから改めたらよろしかろうと、どこからかお達しが出たとやら出なかったとやらで、出版社の主人が頭脳をひねって新しい題をつけてくれたのである。」と作者自身が述べている(角川文庫版「解説」から引用)。このバージョンは、出版芸術社・刊の『迷路荘の怪人 (横溝正史探偵小説コレクション) 』で読むことができる。ただし作者の改訂はそれにとどまらず、昭和二十一年には、「いままた三転して『暗闇劇場』。但し、こんどは題を改めたばかりではない。/小説の全部にあたって大改竄(かいざん)を加えた。新しく附け加えた場面もあるし削除した部分もある。さらに探偵小説の一番肝腎なぶぶんであるところの謎の中心部をさえ改めた。今後この小説はこれを以(も)って定本としたいと思っている。(同上)」と述べている(この改訂版は翌昭和22年に出版)。さらに、昭和45年に出た講談社版『横溝正史全集』において、題名のみ再び初出時に戻されたのを受け、本文庫版でも題名は「仮面劇場」に戻された、という次第である。

※確認済みの版
初版(昭和50年3月1日発行)
5版(昭和50年10月30日発行)
7版(昭和51年3月10日発行)
19版(昭和53年8月10日発行)

017 びっくり箱殺人事件

 表題作には金田一耕助は登場しない。カバー解説には「名推理で犯人を追いつめる等々力警部の活躍は?」とあり、この項でも一応「等々力警部」カテゴリーに入れておいた。しかし実際には、金田一ものに出てくるときのような個人としての「等々力警部」ではなく、「捜査陣全体の人格化された人物」としての「等々力警部」が登場して事件を捜査すると、作者自身が作中でことわっている。これは、珍しい。カバー絵は黒枠・白地のデザインで、一見初期シリーズと同じような装幀ながら、装画の方は極めて具体的に、しかも緻密に描かれている。

 ちなみに、この「びっくり箱殺人事件」は、昭和24年12月30日に「歳忘れ文士劇」として探偵作家クラブメンバーが出演する放送劇として上演されたことが、中島河太郎氏の文庫解説に記されている。深山幽谷を会長の江戸川乱歩が演じ、以下、蘆原小群を木々高太郎、顎十郎を城昌幸、半紙晩鐘を山田風太郎、田代信吉を島田一男、野崎六助を高木彬光が担当するという具合に、15名の錚々たるメンバーが登場する前代未聞の出し物だったという。その録音が、その名も『北村薫のミステリびっくり箱』(角川書店)という本の付録「希少音源CD」に収録されている。これは僕が言うまでもなく貴重な記録だろう。

 一方、併録の「蜃気楼島の情熱」の方は、れっきとした金田一ものである。平成8年、角川文庫の横溝作品が「金田一耕助ファイル」シリーズとして改版された折に、新しく編まれた中短編集『人面瘡』に収められた。>>「020-2(番外編) 人面瘡」


※確認済みの版
初版(昭和50年1月10日発行)
5版(昭和50年7月30日発行)
18版(昭和53年11月30日発行)
19版(昭和54年7月10日発行)
21版(昭和56年8月30日発行)<<裏面はISBN番号や定価などの文字のみ

016 真珠郎

 「真珠郎はどこにいる。」

 現代の読者が読んでも、あっと驚かさせられる極めて斬新な書き出しに始まる横溝正史初期の傑作。作品の素晴らしさもさることながら、装画・装幀ともに出色。杉本一文氏が手がけたカバーの中でも、この絵のファンは多いのではないか。かくいう僕もこれは大好きで、何冊も集めてしまった(笑)。短編「孔雀屏風」を併録。

 2018年5月、「角川文庫創刊70周年 イベント」の一環で、丸善ジュンク堂限定・『真珠郎』が、杉本一文氏の表紙カバーで復刊された。この際には巻末に、

「本書の刊行にあたっては、『真珠郎』(角川文庫)を底本とし、『横溝正史全集<1>真珠郎』(講談社)を参考にしました。」

との注記がついた。奥書にも、「昭和49年10月20日 初版発行)/平成30年5月25日 改版初版発行」とあり、実質上の新版であることが示されている。1回限りの復刻ならこのような本文改訂まで行わないだろうから、今回は限定販売だが将来、レギュラー復刊されることも考えられるのではないだろうか。

※確認済みの版
初版(昭和49年10月20日発行)
3版(昭和50年1月20日発行)
7版(昭和51年2月20日発行)
8版(昭和51年8月30日発行)
10版(昭和52年1月30日発行)
13版(昭和52年9月20日発行)
14版(昭和52年12月20日発行)
15版(昭和53年1月30日発行)
25版(昭和59年7月30日発行)
参考 改版初版(平成30年5月25日発行)<<丸善ジュンク堂限定復刊

2018年10月19日 (金)

015 悪魔の降誕祭

 『悪魔の降誕祭』の表題作は、金田一ものの長編。元々は、「オール読物」昭和33年1月号に掲載された同名の作品で、それを改稿して約3倍の長さになった。この改稿前の版は、出版文芸社・刊の『金田一耕助の新冒険』(現在は、光文社文庫所収)で読むことができる。前回の記事でも触れたが、この『悪魔の降誕祭』からは、より写実的な新しい作風のカバーで初版が出されるようになる。遺跡が立ちならぶ草原の向こうに、左下から見上げた女性の顔が大きく知り上がっているという、極めて大胆な構図である。本作は短編「女怪」および中編「霧の山荘」を併録している。

 「緑三〇四」シリーズ外で、しかも杉本一文氏の仕事でもないが、上記「女怪」については「角川mini文庫」というシリーズで出されたこともある。タイトルは『金田一耕助ファイル 女怪 八つ墓村 次の事件』(平成8年11月27日発行)。こちらは「獄門島」の直前の事件「百日紅の下にて」を併録している。

 さらに「霧の山荘」は、「講談倶楽部」昭和33年11月号に掲載された短編「霧の別荘」が元になっており、改作版では約5倍の長さになっている。改稿前の版は、上記『金田一耕助の新冒険』(現在は、光文社文庫所収)で読むことができる。


※確認済みの版
初版(昭和49年8月10日発行)
6版(昭和50年11月5日発行)
9版(昭和51年8月10日発行)
14版(昭和52年5月20日発行)
18版(昭和53年1月30日発行)
23版(昭和56年5月30日発行)
26版(昭和57年10月30日発行)

«丸善ジュンク堂書店限定/杉本一文カバー復刊

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