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2018年10月

2018年10月31日 (水)

026-2 扉の影の女

 『扉の影の女』の新バージョンは、作品の章題にもなっている「青い扉」がモチーフになっている。その扉には、真っ赤な血の涙を流している女性の顔が浮き出していて、絵画として見てもなかなか印象深い作品になっている。こちらの情報と合わせて考えると、昭和54年9月の13版で新しい表紙に切り替わったことがわかる。

※確認済みの版
13版(昭和54年9月30日発行)<<新バージョン切り替え
14版(昭和55年8月30日発行)
16版(昭和56年8月30日発行)
21版(昭和59年12月20日発行)

026-1 扉の影の女

 『扉の影の女』は、金田一耕助シリーズの長編。元々は『白と黒』の項で触れたように『金田一耕助の冒険』に収められた「ーーの中の女」というシリーズ中の一作だった。週刊誌「週刊東京」の昭和32年12月14日号、21日号、28日号に連載された「扉の中の女」が原作。それを改稿して約7倍の長さに改稿したのが本作となる。この改稿前の版は、出版文芸社・刊の『金田一耕助の帰還』(現在は、光文社文庫所収)で読むことができる。

 角川文庫版『扉の影の女』初版の表紙は、登場人物の男女の顔を霧のような白バックから浮かび上がらせたもので、微妙な肌のグラデーションが際立っている。中編『鏡が浦の殺人』を併録。

※確認済みの版
初版(昭和50年10月30日発行)
4版(昭和51年3月30日発行 )
10版(昭和52年9月30日発行)
12版(昭和53年8月30日発行)<<旧バージョン最終

2018年10月29日 (月)

025-2 魔女の暦

 杉本一文氏の手になる『魔女の暦』の第2バージョンでは、作品の中に出てくる「メジューサの首」という出し物の名前に合わせ、まさにそのメデューサの首が描かれている。題材自体は派手だが、色調を抑え気味にして上品に仕上げている。あまり数が出ないバージョンだが、下記版情報で見る限り、昭和54年2月発行の17版ではすでに新カバーになっている。こちらで見たように15版はまだ旧バージョンであったので、16版か17版で切り替えがあったと思われる。

※確認済みの版
17版(昭和54年2月20日発行)
19版(昭和55年7月30日発行)
25版(昭和59年7月30日発行)

025-1 魔女の暦

 『魔女の暦』は、金田一耕助シリーズの長編。怪文書によって浅草のレビュー小屋に誘い出された金田一の目の前で殺人が起こるが、その怪文書の差出人の名前が「魔女の暦」という趣向である。元々は、「小説倶楽部」昭和31年5月号に掲載された同名の作品で、それを改稿して約3倍の長さになった。この改稿前の版は、出版文芸社・刊の『金田一耕助の新冒険』(現在は、光文社文庫所収)で読むことができる。

 角川文庫版『魔女の暦』の表紙は、横たわる女性の身体の上に、蝙蝠のような小悪魔がちょこんと載っているという不気味な絵柄。ほとんどモノトーンで描かれているが、コントラストをつけた明暗の表現によって、女性の肌や衣服が怪しい光を放っている。

 ちなみに昭和50年8月30日発行の『魔女の暦』初版に挟み込まれた「500万部突破記念 横溝正史フェア」のミニ・リーフレットが手元にあるが、そこには『八つ墓村』から本作までの25冊がラインアップされている。第2回目の「横溝正史フェア」が始まり、角川映画の『犬神家の一族』が爆発的にヒットするのは翌51年の秋のこと。だが、ATGによる『本陣殺人事件』の映画化も手伝って、この第1回「横溝正史フェア」あたりからブームが本格的に盛り上がってきていた。『魔女の暦』と同じように手紙による犯行予告で始まる中編『火の十字架』を併録。

※確認済みの版
初版(昭和50年8月30日発行)
再版(昭和50年10月20日発行)
4版(昭和50年11月20日発行)
11版(昭和52年4月30日発行)
12版(昭和52年6月30日発行)
13版(昭和52年7月20日発行)
14版(昭和52年10月30日発行) 
15版(昭和52年12月20日発行)

2018年10月28日 (日)

024-2 夜光虫

 『夜光虫』の第2バージョンは、前景右下に時計台を置き、血のように赤いバック地の上に男性の顔と人面瘡を描いたものに変わった。男性の顔は、第1バージョンの表紙に描かれた男性と、ほぼ同じ顔つきだ。

 このバージョンの文庫は、極めて珍しい。「緑三◯四」シリーズの杉本一文カバー文庫を収集する場合、008-3『黒猫亭事件・本陣殺人事件』ほどは高騰していないとはいえ、それと並ぶくらいの難関にはなるだろう。こちらの展示を企画したときも、どうしてもこの『夜光虫』第2バージョンが手に入らず諦めかけていたが、たまたま展示会場となった越前市中央図書館の蔵書を見てみたら何とこのカバー絵の文庫があったので、びっくり。偶然にしては出来過ぎた話だが、おかげでなんとか展示に間に合った。実物がほとんど出ないので確定はできていないが、昭和53年末に出た15版が旧版なので、それ以降、56年までに表紙替えがあったことになる。

※確認済みの版
18版(昭和56年8月30日発行)
19版(昭和57年10月30日発行)

024-1 夜光虫

 このブログでは、「緑三◯四」シリーズにおける杉本一文氏の全表紙バージョンを集めるための情報を提供することを目的としている。なので、この『鬼火』以降は複数バージョンを持つタイトルを優先して掲載していくことにしたい。

 『夜光虫』は、横溝氏が戦前に書いた由利先生・三津木記者ものの長編。初版のカバーは、時計の文字盤をバックに、無表情でこちらを睨む男女の顔を大きくあしらった絵柄になっている。モノトーンの色調が、不気味さを醸し出している。

※確認済みの版
初版(昭和50年8月30日発行)
3版(昭和50年10月30日発行)
5版(昭和50年12月10日発行)
8版(昭和51年10月10日発行)
15版(昭和53年11月30日発行)

2018年10月27日 (土)

021-2 蔵の中・鬼火

 角川文庫版『鬼火』の第2バージョンは、タイトルが『蔵の中・鬼火』に変わった。 ネット上で見る限りは、17、18の両版のみがこの杉本氏の新しいカバーである。当然ながら、本バージョンは「蔵の中」の物語をモチーフにしている。作品の内容にも関わるので詳細は記さないが、ぼかしを効かせ極めて雰囲気豊かに仕上げた杉本氏の後期様式のはしりとも言うべき名作だ。

 ちなみに「緑三◯四」シリーズで、杉本氏以外で表装画を担当したのは三人しかおらず、その一つがこの文庫の3バージョン目、西井正気氏の手になるものである。19版以降の文庫がそれにあたり、ただそれは中身は同じながら、カバーのみ『蔵の中』というタイトルに変わっている。昭和56年10月公開の映画『蔵の中』(高林陽一・監督)の公開時に合わせ、カバー変更となったものである。こちらも緑三◯四シリーズであったことは確かであるが。

 また、2018年7月、「角川文庫創刊70周年 イベント」の一環で、精文堂書店限定の『蔵の中・鬼火』が、杉本一文氏の表紙カバーで復刊され、そこで使われたのもこちらのバージョンであった。ただし、「横溝正史」「角川文庫」の文字が載った飾り罫の位置が、右下から左側・中段以下に移されたのが注目される。またその際には巻末に、

「本書は、角川文庫『蔵の中・鬼火』(一九八一年七月。同書は、一九七五年八月に刊行された『鬼火』を改題、文字遣いを現代表記に、難読漢字をかな表記に改めたものです)を底本としています。改版にあたり、『横溝正史ミステリ短篇コレクション2 鬼火』日下三蔵編(二◯一八年二月、柏書房刊)などを参照し、明らかに誤植と思われるものは改め、一部原文表記に戻しています。」

との注記がついた。奥書にも、「改版初版発行」とあり、実質上の新版であることが示されている。前回の発言で比較対象とした「鬼火」の冒頭部分を引いてみる。<最後の行以外の( )内の文字は、ルビ>

【角川文庫版・改版】 桑畑と小川にはさまれたせまい畔路(あぜみち)が、流れに沿うて緩やかな曲(カーブ)を画いているあたりまで来た時、 私はふと足を止めた。今まで桑畑にさえぎられていた眼界が、その時豁然(かつぜん)とひらけて、寒そうな縮緬皺(ちりめんじわ)を刻んだ湖水が、思いがけなく眼前に迫ってきたせいもあるが、もう一つには、妙に気になるあの建物が、一叢(ひとむら)の蘆(あし)の浮(う)き洲(す)の向こうに、今はっきりその姿をあらわしたからである。
(はてな、 やはりアトリエのようだが)

 ほぼ変わっていないが、僕も以前から気になっていた箇所である「カーブ」を、原文どおり「曲(カーブ)」に戻している。こういう努力は、一見地味だが大事なことだろう。『真珠郎』の改版本同様、1回限りの復刻ならこのような本文改訂まで行わないだろうから、今回は限定販売だがやはりレギュラー復刊されることも考えられるのではないだろうか。

※確認済みの版
18版(昭和56年7月30日発行)
参考 19版(昭和56年8月20日発行)<<西井正気カバー
参考 改版初版(平成30年7月25日発行)<<精文堂書店限定復刊、杉本一文カバー

2018年10月26日 (金)

021-1 鬼火(その4)

 いつまでもこの『鬼火』の項を終えられずにいるが(笑)、それだけに探求しがいのある作だ。(その3)で触れたように、この文庫の7版以降は、文字遣いが全面的に変更になっている。元々、この「緑三◯四」シリーズでは文庫化する際に、横溝正史氏の元原稿で使われている旧かな・旧漢字表記を改めるだけでなく、難読漢字等をひらがなにするなど積極的に現代風に書き改めている。それは、プロデューサーである角川春樹氏の方針であったという。

「読者層を小学生の高学年からとろうと徹底的に漢字を少なくしてルビをふって、そのときは横溝さんの本はもう死滅してましたからかつての読者は当てにならない。新しくつくろうとしたんです。」(「角川春樹インタビュー「金田一耕助は “夕陽のガンマン” なんだ」」、『ダ・ヴィンチ特別編集6 金田一耕助 the Complete』メディアファクトリー刊)

 ただ、この『鬼火』のように途中で再度改訂したのは珍しいだろう。以下、冒頭部分を例にとって比較してみよう。<最後の行以外の( )内の文字は、ルビ>

【自筆原稿】 桑畑と小川に挟まれた隘い畔路が、流に沿ふて緩やかな曲(カーヴ)を畫いてゐる辺(あたり)まで来た時、 私はふと足を止めた。今迄桑畑に遮られてゐた眼界が、その時豁然と展けて、寒さうな縮緬皺を刻んだ湖水が、思ひがけなく眼前に迫つてきたせゐもあるが、もう一つには、妙に気になるあの建物が、一叢の蘆の浮洲の向に、今はつきりその姿を顕したからである。
(( はてな、 矢張アトリエのやうだが ))

【講談社版『横溝正史全集1』】 桑畑と小川に挟まれた隘(せま)い畔路(あぜみち)が、流れに沿うて緩やかな曲(カーブ)を画(えが)いている辺りまで来た時、 私はふと足を止めた。今迄桑畑に遮られていた眼界が、その時豁然と展けて、寒そうな縮緬皺を刻んだ湖水が、思いがけなく眼前に迫ってきたせいもあるが、もう一つには、妙に気になるあの建物が、一叢(むら)の蘆の浮き洲の向こうに、今はっきりその姿を顕したからである。
(はてな、 矢張りアトリエのようだが)

【角川文庫版・初版〜6版】 桑畑と小川に挟(はさ)まれた隘(せま)い畔路(あぜみち)が、流れに沿うて緩やかな曲(カーブ)を画いている辺りまで来た時、 私はふと足を止めた。今迄(まで)桑畑に遮(さえぎ)られていた眼界が、その時豁然(かつぜん)と展(ひら)けて、寒そうな縮緬皺(ちりめんじわ)を刻んだ湖水が、思いがけなく眼前に迫ってきたせいもあるが、もう一つには、妙に気になるあの建物が、一叢(むら)の蘆(あし)の浮き洲の向こうに、今はっきりその姿を顕(あらわ)したからである。
(はてな、 矢張りアトリエのようだが)

【角川文庫版・7版以降】 桑畑と小川にはさまれたせまい畔路(あぜみち)が、流れに沿うて緩やかなカーブを画いているあたりまで来た時、 私はふと足を止めた。今まで桑畑にさえぎられていた眼界が、その時豁然(かつぜん)とひらけて、寒そうな縮緬皺(ちりめんじわ)を刻んだ湖水が、思いがけなく眼前に迫ってきたせいもあるが、もう一つには、妙に気になるあの建物が、一叢(ひとむら)の蘆(あし)の浮(う)き洲(す)の向こうに、今はっきりその姿をあらわしたからである。
(はてな、 やはりアトリエのようだが)

 以上のように、「角川文庫版・初版」ではルビは増やしているものの、漢字表記自体は変えていない。一方、「角川文庫版・7版」では、挟む・隘い・展ける・顕す・矢張りなどの語をひらがなに開いていることがわかる。文庫全体のページ数も、本文部分だけで計268ページまでだったものが、274ページまでと6ページ分も増えている。横溝氏の書いている文章としても、作品が作品だけに連綿と情緒豊かな表現をつないでいくようなところもあるので、オリジナルのままでは現代の読者にはやや読みにくいという考えもわからないではない。横溝氏の戦前の代表作・人気作だけに、ことによると『八つ墓村』における表紙カバー変更のときのように、角川春樹氏に「ダメ出し」をくらって出し直しを余儀なくされたのかもしれない。

 ちなみに、上記【自筆原稿】は、「文房堂 原稿用紙 復刻原稿用紙 横溝正史」という商品に、偶然「鬼火」の直筆原稿の1ページ目のファクシミリがついていて、そこから僕自身が読み取った。これは、未使用の原稿用紙・20枚自体が本来の商品だという。だが、上記ファクシミリのほかにも角川文庫『鬼火』に使われた杉本一文氏の表紙画の実物大複製原画(第1バージョン)までついていて、ファンには特典の方が貴重という不可思議かつ実に有り難い商品である。「鬼火」ファンの方なら、廃版になる前に絶対手に入れなければならない逸品だろう。

※確認済みの版
7版(昭和51年8月10日発行)<<新表記バージョン切り替え
8版(昭和51年10月20日発行)
9版(昭和51年11月10日発行)
12版(昭和52年6月30日発行)
15版(昭和52年7月30日発行)

021-1 鬼火(その3)

 前置きが長くなったが、角川文庫版の『鬼火』は、(その1)にも書いたように、表題作の「鬼火」のほか、「蔵の中」「かいやぐら物語」「貝殻館綺譚」「蝋人」「面影双子」、計6編を収めている。由利先生シリーズを除けば、実質上、戦前の横溝作品のベスト作品集と言える。「蔵の中」もファンの多い佳作だろう。大人になってからは推理小説を読んで驚くなどということはめっきり少なくなったが、「蔵の中」だけは初めて読んだとき、かなり驚いた。その他、作品の多くが登場人物の「語り」という形式を取り、そのことが独特な情念の世界を浮かび上がらせる。

 杉本一文氏の表紙絵は2種で、こちらは最初のバージョン。「鬼火」の物語から、マスクを被った男(万造)と裸婦(お銀)が描かれている。おどろおどろしさでは、シリーズ中屈指の作だ。

 ところで、この角川文庫版の「鬼火」には、カバーは同じながら本文に2つの版があることが知られている。第6版までが旧版で、次版からは文字遣いが改められている。詳しくは、(その4)で紹介したい。

※確認済みの版
初版(昭和50年8月10日発行)
4版(昭和50年12月10日発行)
6版(昭和51年3月30日発行)<<旧表記バージョン最終

2018年10月24日 (水)

021-1 鬼火(その2)

 まず「角川文庫版」について触れる前に、その元資料となったと思われる「桃源社版」を見てみたい。

「 この桃源社版の『鬼火』は完全な復原であることを附記しておく。(中井英夫氏提供)」(『鬼火 ※完全版※』中田耕治氏「解説」)

 中井英夫氏が発見したというページが削除されていない『新青年』は、削除を受けた昭和10年の2月号で、実際に文末に付された「削除部分」は、あたりまえながら前篇部分からであった。一方、当の『鬼火 ※完全版※』に掲載された本文は初版の「改訂版」であり、後篇部分も同年3月号掲載の初出テキストではなく、初版時に作者によって細かく朱を入れた改訂版のままであった。「完全版」とうたっているとはいえ、巻末の「削除部分」以外は初出テキストは参照されていないのである。そのことは、各種解説にも指摘されていないのが不思議なくらいだが、実際はそうなのである。

 このことを念頭に置くと、(その1)にも引用した中島河太郎氏による「角川文庫版」の「解説」も不思議ではなくなる。以下に再掲する。

「しかもその前篇が雑誌に発表されると一部の描写が当局の検閲に触れて削除を命ぜられた。その後の単行本では、削除箇所に著者が手入れしたものが底稿になっていたが、近年無削除の雑誌が見つかったので、発表当時のままに復元された。」

 ここに書かれているとおり、「角川文庫版」を編むにあたって中嶋氏が行ったことは、基本『新青年』の前篇の削除部分を、文字通り「改訂版」の本文に組み入れただけで、後篇は手つかずのままなのである。

 ただ一点、気になることがある。というのも、(その1)でも紹介したようにこの角川文庫の『鬼火』が発行された2か月前に、同じ中嶋河太郎氏が解説を書いている講談社版『新版 横溝正史全集 2』では、『新青年』の昭和10年3月号も含めた発表時の雑誌掲載のテキストを載せている。

「 発表当時はその描写が当局の忌諱に触れ削除を命じられた箇所がある。著者は単行本に収めるに際して、適宜改訂したが、四十四年に無削除版の雑誌が見つかったので、ここでは発表当時のままに戻して収録した」(講談社版『新版横溝正史全集2)

 角川文庫の解説と同じような文章だが、実際に新版全集に収められたのは「新青年版(削除なし)」のテキストであった。つまり、後篇の改訂前のテキストを中島氏は知っていたはずである。にもかかわらず、「角川文庫版」においては後篇部分は「復元」しなかった。なぜか? その問いの答を得るためにヒントとなる発言がある。それも横溝氏本人の。

「 作者はこの小説を本全集に入れるに当たって、桃源社版を参照して、もう一度削除以前の原作に復原しようと試みたのだが、改訂版には改訂版としての存在があり、それをいま復原するということが、いかに困難な仕事であるかを痛感した。したがって桃源社の編集氏の故智にならって、改訂版の末尾に削除された文章を付け加えるだけにとどめておいた。」(講談社版『横溝正史全集 2』「作者付記」)

 ここで作者は、単に改訂前の文章に戻すことも、本意ではないと言っている。特に改訂版といえども、後篇部分は作者自身が極めて細かく手を入れていて、それはそれで作者の意図を反映したものだからである。想像をたくましくすれば、「鬼火」を角川文庫に収録するにあたり、中島氏や編集部から相談を受けた横溝氏は、「面倒だから、河ちゃんまかせるよ」と言ったのではないだろうか。そこでできたのが、前篇=「新青年版(削除前)」+後篇=「改訂版」という「角川文庫版」ではなかったろうか。

 もしそうだとしても、この処置が中島氏の独断であったとも限らない。実際、上記「作者付記」でも後篇については特に触れず、改訂前の文章も掲載していない。逆に言えば初版出版時に行った自身の改訂は、この時点では承認されているということにもなる。つまり、作者の言う「困難な仕事」における「落としどころ」としては、「角川文庫版」は良くできていたということだろう。実際、以後は、「角川文庫版」、あるいは同じような構成の「創元推理文庫版」(『日本探偵小説全集 9 横溝正史集』)が広く読まれていくことになる。最新刊の『鬼火 横溝正史ミステリ短篇コレクション 2』でも、「角川文庫版」が巻頭に再録されている(巻末に、自筆原稿から起こされたオリジナル版を併録)。

 なお「創元推理文庫版」の「編集後記」にはこう記されている。

「角川文庫版では、中島河太郎先生の校訂で初出を復活させているが、著者が改訂版で大幅に加筆訂正を行なった、例えば最終章などはそのままその直しを活かした、いわば折衷の格好になっている。今回、本書の編集に当たって元版と改訂版を具に検討してみたところ、やはり削除箇所に関しては元版のほうがいいので、これを活かす方向で校訂を行なった。」

 実際に「創元推理文庫版」の後篇を見てみると、後篇の第13章(最終章)は上述のとおり改訂版を取り入れるが、他の部分では初出テキストを採用している箇所が多い。ただし改訂版のままという部分もわずかに残しており、編者が適宜、取捨選択しているようだ。この点では評価が分かれるだろう。前篇においても、復活させた削除部分をゴシック体で表記しているが、一箇所ゴシック体になっていない箇所もある。

2018年10月22日 (月)

021-1 鬼火(その1)

 角川文庫版『鬼火』には、以下の6編が収められている。「鬼火」「蔵の中」「かいやぐら物語」「貝殻館綺譚」「蝋人」「面影双子」。これらは、昭和10年、同11年に発行された春秋社刊の中短編集『鬼火』『薔薇と鬱金香』 から採られている。『薔薇と鬱金香』の(自作)「解題」において、氏自身が次のように書いている。

「 私はいろいろな理由によって、『鬼火』以前の自分と、それ以前の自分に劃然(かくぜん)たる一線を引いておきたいと思っているものである。」

 このように作者にとっても思い入れの深い作品群だが、このうち表題作の「鬼火」は、戦前に書かれた横溝作品の中でも、有名作・代表作の一つだ。にもかかわらず、この中編は複雑な本文異同の問題を抱えていることでも知られている。初出誌の『新青年』(昭和10年2月号)に前篇が掲載されたのだが、まずこの時点で当局による検閲に触れ削除を命じられている。後編は翌月号に無事に掲載されたが、上記、春秋社刊の初版では削除箇所を中心に横溝自身が修正を入れ、全体を改稿したテキストで出版された。以後、「鬼火」はこの改稿された形で流布してきた。が、戦後、昭和44年になって中井英夫氏の尽力により、ようやく検閲による削除部分の復活がなされた。

「 昭和十年二月号の雑誌「新青年」は、いま残っているとしても僅かな部数だろうが、それはいずれも中の数ページが破りとられている。いうまでもなく横溝正史氏の名作『鬼火』の前篇が “当局の忌諱(きい)に触れ” たためで、その本文とともに竹中英太郎氏の絶妙な挿し絵一葉もまた永遠に陽の目を見ないこととなった。ところがどういう偶然か、十五年ほど前に私が古本屋で買い集めていた「新青年」の中に、破りとるべき赤マルを色鉛筆でページの上に印しながら、手違いで破り忘れたらしい一冊がまぎれこんでいた。私は自分の書架の中にそれを秘めて、ひとり眺めては楽しんでいたのだが、一昨年桃源社から『鬼火』の復刻版が出るときいて、完本が手に入ったのだろうかと問い合せてみると、手を尽して探したものの見つからなかったという返事なのでそれならと資料を提供したのだが、そのあと横溝正史氏御自身から、今度出る全集の月報にそのいきさつを書いて欲しいと懇篤なお手紙をいただいた。ところが私はとうとうそれを送らずじまいにしてしまったし、そればかりか横溝氏にも返事をしたためかけたまま、ついに一言の挨拶もしないという非礼まであえてしたのである。」(「廃園にて」中井英夫)

 ここで触れられている復刻版が、『鬼火 ※完全版※』(桃源社)である。ただこのときは、改訂版テキストを本文にそのまま印字し、上記削除部分を末尾に付記する形で収めている。この処置は、昭和45年9月刊行の講談社版『横溝正史全集 一』でも踏襲された。

 その後、昭和50年6月発行の講談社版『新版 横溝正史全集 2』では、先行の全集との差異化を計るためか削除前のバージョン(発表時の雑誌掲載のまま)で収録されている。

 一方、角川文庫版は昭和50年8月が初版。中島河太郎氏による「解説」では、以下のように書かれている。

「しかもその前篇が雑誌に発表されると一部の描写が当局の検閲に触れて削除を命ぜられた。その後の単行本では、削除箇所に著者が手入れしたものが底稿になっていたが、近年無削除の雑誌が見つかったので、発表当時のままに復元された。」

 このように書かれていると、『新版 横溝正史全集 2』と同じく発表時の雑誌掲載のテクストに依っていると思われがちだが、実はそうではない。この文庫では、削除部分を復活させているものの、後篇は改訂版のままである。このバージョンが現在、「折衷版」と呼ばれている所以であるが、どうしてこのようなことが起こったのだろう。僕はずっとこの「角川文庫版」の由来について考えてきたが、少しわかりかけてきたことがあるのでこのブログに書いてみたいのだが、さすがに長くなってきたので(その2)で詳しく書いてみたい。

2018年10月20日 (土)

020-2(番外編) 人面瘡

 平成8年、角川文庫の横溝作品が「金田一耕助ファイル」シリーズとして改版された折に、「緑三◯四」シリーズの『不死蝶』に収められた中編「人面瘡」に、「睡れる花嫁」「湖泥」「蜃気楼島の情熱」「蝙蝠と蛞蝓」を加え再編集された新文庫(ファイル6)。「金田一耕助ファイル」シリーズで新表紙を与えられたものは他にもあるが、こうした再編処置は後にも先にもこの1冊があるのみだ(注)。

「睡れる花嫁」<<『華やかな野獣』所収
「湖泥」<<「<030-1貸しボート十三号』所収
「蜃気楼島の情熱」<<「017 びっくり箱殺人事件」所収
「蝙蝠と蛞蝓」<<『死神の矢』所収
「人面瘡」<<「020-1 不死蝶」所収

 このファイル版の表紙絵を、怖くてまともに正視できない人は多いのではないか(うちの細君がまさにそう)。加えて、平成24年に「横溝正史生誕百十周年記念」で復刻された折には、ファイルシリーズの小さな短冊サイズの絵から、何と文庫前面フルサイズの装幀に拡大された。これはまさに「禁じ手」では?(笑)。

※確認済みの版
初版(平成8年9月25日発行)<黒背 よ 5-49
4版(平成9年4月20日発行)<白背 よ 5-6
8版(平成10年11月15日発行)<同上
参考 28版(平成24年5月15日発行)<「横溝正史生誕百十周年記念」復刻

(注)「角川ホラー文庫」においては、『トランプ台上の首』というタイトルで横溝氏の編集ものが出たことがある。「トランプ台上の首」「貸しボート十三号」のほか、エッセイ「探偵小説講座」を収めている。

020-1 不死蝶

 金田一耕助ものの長編を収めた『不死蝶』。「八つ墓村」と同じく鍾乳洞が一部舞台になっていることでも有名な作だ。「本篇は二十八年六月から十一月まで、雑誌「平凡」に連載され、三十三年に加筆して単行本になったもの」(中島河太郎氏「解説」、角川文庫版)。「雑誌連載版」は、『横溝正史探偵小説選V』(論創ミステリ叢書100、論創社・刊)で読むことができる。

 杉本氏によるカバー絵は、黒のボディースーツを纏った女性の手が、蝶々の翅になっているという、絵柄的には完成度の高い作品。

 中編「人面瘡」も併録されているが、この「人面瘡」は「講談倶楽部」昭和24年12月増刊号に掲載された同名の先行作を、金田一ものに改作した作品。この元稿は、出版芸術社・刊の『聖女の首 (横溝正史探偵小説コレクション) 』で読むことができる。

 またこの作品は、平成8年に『人面瘡』という独立した中短編集の表題作となったことでも注目される。>>「020-2(番外編) 人面瘡」

※確認済みの版
初版(昭和50年4月30日発行)
3版(昭和50年7月30日発行)
5版(昭和50年10月20日発行)
17版(昭和53年4月10日発行)
23版(昭和56年8月30日発行)

019 髑髏検校

 横溝正史氏の時代物の長編2作を収めた『髑髏検校』。本文庫の解説を書いている中島河太郎氏は、その中で「著者には人形佐七を主人公とする捕物帖が二百編近くあることをご存じの読者も多いかと思うが、その他に若干の時代物があることまではあまり知られていないだろう。」とし、計19作・総発行部数300万部を越えた「緑三◯四」シリーズに、上記時代物の中から「伝奇性を多分に盛った特異な時代小説を紹介することにした。」と、これらの作品を早期にラインナップした理由を述べている。杉本氏の装画は、時代物の雰囲気を出しながらも極めてカラフルな色遣いで、シリーズ中屈指の美しい作品になっている。「神変稲妻車」を併録。

 ちなみに、現行の角川文庫にも『髑髏検校』があり、「よ 5-38」という番号が振られている(平成20年6月25日初版発行)。カバーデザインは、装丁家の片岡忠彦氏。

※確認済みの版
初版(昭和50年6月10日発行)
3版(昭和50年10月20日発行)
7版(昭和51年11月10日発行)
8版(昭和52年3月20日発行)
11版(昭和53年7月30日発行)
13版(昭和56年8月10日発行)

018 仮面劇場

 『仮面劇場』は、由利先生・三津木俊助が活躍する同名長編と、三津木俊助のみが登場する短編「猫と蝋人形」「白蝋少年」2作を収めたもの。『びっくり箱殺人事件』同様、黒枠・白地仕様なので、少し杉本氏初期シリーズよりの香りがするが、丸い鏡に映し出された仮面を被った少年の顔は、すっかり杉本ワールドの世界観を示している。

 表題作の「仮面劇場」は昭和13年に「サンデー毎日」に原型となる同名の中編として連載されたが、その後、昭和17年に出た単行本では、数カ所を改訂の上、「旋風劇場」と改題されている。「改題の理由は、当時の時局として仮面などとは穏やかでないから改めたらよろしかろうと、どこからかお達しが出たとやら出なかったとやらで、出版社の主人が頭脳をひねって新しい題をつけてくれたのである。」と作者自身が述べている(角川文庫版「解説」から引用)。このバージョンは、出版芸術社・刊の『迷路荘の怪人 (横溝正史探偵小説コレクション) 』で読むことができる。ただし作者の改訂はそれにとどまらず、昭和二十一年には、「いままた三転して『暗闇劇場』。但し、こんどは題を改めたばかりではない。/小説の全部にあたって大改竄(かいざん)を加えた。新しく附け加えた場面もあるし削除した部分もある。さらに探偵小説の一番肝腎なぶぶんであるところの謎の中心部をさえ改めた。今後この小説はこれを以(も)って定本としたいと思っている。(同上)」と述べている(この改訂版は翌昭和22年に出版)。さらに、昭和45年に出た講談社版『横溝正史全集』において、題名のみ再び初出時に戻されたのを受け、本文庫版でも題名は「仮面劇場」に戻された、という次第である。

※確認済みの版
初版(昭和50年3月1日発行)
5版(昭和50年10月30日発行)
7版(昭和51年3月10日発行)
19版(昭和53年8月10日発行)

017 びっくり箱殺人事件

 表題作には金田一耕助は登場しない。カバー解説には「名推理で犯人を追いつめる等々力警部の活躍は?」とあり、この項でも一応「等々力警部」カテゴリーに入れておいた。しかし実際には、金田一ものに出てくるときのような個人としての「等々力警部」ではなく、「捜査陣全体の人格化された人物」としての「等々力警部」が登場して事件を捜査すると、作者自身が作中でことわっている。これは、珍しい。カバー絵は黒枠・白地のデザインで、一見初期シリーズと同じような装幀ながら、装画の方は極めて具体的に、しかも緻密に描かれている。

 ちなみに、この「びっくり箱殺人事件」は、昭和24年12月30日に「歳忘れ文士劇」として探偵作家クラブメンバーが出演する放送劇として上演されたことが、中島河太郎氏の文庫解説に記されている。深山幽谷を会長の江戸川乱歩が演じ、以下、蘆原小群を木々高太郎、顎十郎を城昌幸、半紙晩鐘を山田風太郎、田代信吉を島田一男、野崎六助を高木彬光が担当するという具合に、15名の錚々たるメンバーが登場する前代未聞の出し物だったという。その録音が、その名も『北村薫のミステリびっくり箱』(角川書店)という本の付録「希少音源CD」に収録されている。これは僕が言うまでもなく貴重な記録だろう。

 一方、併録の「蜃気楼島の情熱」の方は、れっきとした金田一ものである。平成8年、角川文庫の横溝作品が「金田一耕助ファイル」シリーズとして改版された折に、新しく編まれた中短編集『人面瘡』に収められた。>>「020-2(番外編) 人面瘡」


※確認済みの版
初版(昭和50年1月10日発行)
5版(昭和50年7月30日発行)
18版(昭和53年11月30日発行)
19版(昭和54年7月10日発行)
21版(昭和56年8月30日発行)<<裏面はISBN番号や定価などの文字のみ

016 真珠郎

 「真珠郎はどこにいる。」

 現代の読者が読んでも、あっと驚かさせられる極めて斬新な書き出しに始まる横溝正史初期の傑作。作品の素晴らしさもさることながら、装画・装幀ともに出色。杉本一文氏が手がけたカバーの中でも、この絵のファンは多いのではないか。かくいう僕もこれは大好きで、何冊も集めてしまった(笑)。短編「孔雀屏風」を併録。

 2018年5月、「角川文庫創刊70周年 イベント」の一環で、丸善ジュンク堂限定・『真珠郎』が、杉本一文氏の表紙カバーで復刊された。この際には巻末に、

「本書の刊行にあたっては、『真珠郎』(角川文庫)を底本とし、『横溝正史全集<1>真珠郎』(講談社)を参考にしました。」

との注記がついた。奥書にも、「昭和49年10月20日 初版発行)/平成30年5月25日 改版初版発行」とあり、実質上の新版であることが示されている。1回限りの復刻ならこのような本文改訂まで行わないだろうから、今回は限定販売だが将来、レギュラー復刊されることも考えられるのではないだろうか。

※確認済みの版
初版(昭和49年10月20日発行)
3版(昭和50年1月20日発行)
7版(昭和51年2月20日発行)
8版(昭和51年8月30日発行)
10版(昭和52年1月30日発行)
13版(昭和52年9月20日発行)
14版(昭和52年12月20日発行)
15版(昭和53年1月30日発行)
25版(昭和59年7月30日発行)
参考 改版初版(平成30年5月25日発行)<<丸善ジュンク堂限定復刊

2018年10月19日 (金)

015 悪魔の降誕祭

 『悪魔の降誕祭』の表題作は、金田一ものの長編。元々は、「オール読物」昭和33年1月号に掲載された同名の作品で、それを改稿して約3倍の長さになった。この改稿前の版は、出版文芸社・刊の『金田一耕助の新冒険』(現在は、光文社文庫所収)で読むことができる。前回の記事でも触れたが、この『悪魔の降誕祭』からは、より写実的な新しい作風のカバーで初版が出されるようになる。遺跡が立ちならぶ草原の向こうに、左下から見上げた女性の顔が大きく知り上がっているという、極めて大胆な構図である。本作は短編「女怪」および中編「霧の山荘」を併録している。

 「緑三〇四」シリーズ外で、しかも杉本一文氏の仕事でもないが、上記「女怪」については「角川mini文庫」というシリーズで出されたこともある。タイトルは『金田一耕助ファイル 女怪 八つ墓村 次の事件』(平成8年11月27日発行)。こちらは「獄門島」の直前の事件「百日紅の下にて」を併録している。

 さらに「霧の山荘」は、「講談倶楽部」昭和33年11月号に掲載された短編「霧の別荘」が元になっており、改作版では約5倍の長さになっている。改稿前の版は、上記『金田一耕助の新冒険』(現在は、光文社文庫所収)で読むことができる。


※確認済みの版
初版(昭和49年8月10日発行)
6版(昭和50年11月5日発行)
9版(昭和51年8月10日発行)
14版(昭和52年5月20日発行)
18版(昭和53年1月30日発行)
23版(昭和56年5月30日発行)
26版(昭和57年10月30日発行)

丸善ジュンク堂書店限定/杉本一文カバー復刊

 今年5月、「角川文庫創刊70周年 イベント」の一環で、丸善ジュンク堂限定・『真珠郎』が、杉本一文氏の表紙カバーで復刊された。また夏には、精文館限定・『蔵の中・鬼火』が、やはり杉本バージョンで復刊されている。今回は、やはり丸善ジュンク堂限定で、横溝正史氏の代表作5作が、一気に杉本カバーで復活した。以下は、Twitter での情報。

「【丸善ジュンク堂書店限定】
横溝正史さんの『八つ墓村』『犬神家の一族』『本陣殺人事件』『悪魔の手鞠歌』『獄門島』が杉本一文さんのカバーで復刊です‼
文庫③④エンド台にて展開しております。」
>>こちら

 カバーもさることながら、先行した『真珠郎』『蔵の中・鬼火』 2作は、それぞれ旧角川文庫を底本にしながら一部表記を改めた新しい「改版」仕様であった。その点、今回の5作はどうなのか気になるところだ(ったが、10月20日に現物が届いて確認したところ、既存の改版増刷であった。下記版情報参照)。

 なお今回の5作は、丸善ジュンク堂書店のほか、ネット書店である「honto」でも買うことができる。>>こちら

(参考)※確認済みの版
よ5-1『八つ墓村』改版53版(平成30年10月15日発行)>>001-2
よ5-2『本陣殺人事件』改版41版(平成30年10月15日発行)>>008-2
よ5-3『獄門島』改版47版(平成30年10月15日発行)>>003-3
よ5-5『犬神家の一族』改版31版(平成30年4月10日発行)>>005-3
よ5-12『悪魔の手毬唄』改版38版(平成30年10月15日発行)>>002-2

2018年10月 9日 (火)

初期表紙群まとめ

 前回までの記事で、横溝正史著の角川文庫「緑三◯四」シリーズの1番作『八つ墓村』から14番目の『幽霊男』までを見てきた。昭和46年から同49年頃に初版が出た文庫であり、表紙絵の特徴としては、このシリーズの中核をなす中後期の諸作とは若干テイストが異なるアーティスティックな傾向を示している。その特徴を以下にまとめてみた(『八つ墓村』以外は、初版)。

1)黒枠・白地、抽象性の高いデザイン画系
 『八つ墓村(再版)』『悪魔の手毬唄』『獄門島(既存作品からの転用)』『悪魔が来りて笛を吹く』『犬神家の一族』
2)黒枠・地無し、抽象性の高いデザイン画系
 『本陣殺人事件』
3)黒枠・白地、写実風具象画
 『三つ首塔』『夜歩く(グラデーションあり)』
4)黒枠・白地、水彩画風具象画
 『蝶々殺人事件』『幽霊座』『女王蜂』『悪魔の寵児』
5)黒枠・地無し、水彩画風具象画
 『幽霊男』
6)黒枠・白地、ポップな抽象画
 『白と黒』

 分類の仕方にはいろいろあると思うが、中後期のものと比べてもより多様な手法・技法を駆使しながら、一作一作工夫を重ねてきたことが伺える。これらの経験を経て、シリーズの15番以降は3)を発展させた、より写実的な表現を突き詰めていくようになる。実際、上記14作にもそれぞれ改版が存在する。ただ、この時期に見られる装画の芸術性の高さ・多様性からは、初期・過渡期というだけでは済まされない独特の魅力を見い出すことができるのではないか。

2018年10月 8日 (月)

014-2 幽霊男

 『幽霊男』の新版カバーでは、表装画はやはり物語に沿った具象的なものに大きく変わっている(2冊並べても、同じ作品の本、同じ作者の装画とは思えないくらいだ)。こちらでは作中の小見出し名にもなっている「繃帯(ほうたい)の男」が登場していて、杉本氏の作としてはわかりやす過ぎる嫌いがないでもない。が、「怪人 VS 名探偵」という側面を持つこの作としては、むしろふさわしいのかもしれない。下記の版情報を見る限りでは、昭和51年に出た9刷あるいは10刷で新版に切り替わったようだ。

 「金田一耕助ファイル」シリーズとして改版となった折に、使われたのはこちらのバージョンであった。また、平成24年に「横溝正史生誕百十周年記念」で復刻されたのも本版であった。


※確認済みの版
10版(昭和51年10月10日発行)
12版(昭和52年1月30日発行)
15版(昭和52年5月30日発行)
16版(昭和52年6月30日発行)
28版(昭和59年4月30日発行)

014-1 幽霊男

 金田一耕助ものの長編『幽霊男』は、杉本氏初期のアーティスティックな系統の作品としては、最後の装画にあたる。「緑三◯四」シリーズにおける次の作品『悪魔の降誕祭』からは、初版からおどろおどろしくも美しい、我々が「杉本一文ワールド」と呼んでいる写実風の絵になっていて、逆に言えば異装版に切り替えられた作品もぐんと減ってくる。『幽霊男』はその意味では貴重であるし、実際、カバー作品として見ても質の高さで際立っている。ファンなら、ぜひ揃えておきたいバージョンだろう。ピンクを基調とした淡いぼかしの奥に、黒服・黒帽子の女性の半身を置き、背景には横たわる女性の顔から胸までが描かれている。その背景の女性の目をあえて描かないことが、どれほど効果を上げているか!

※確認済みの版
初版(昭和49年5月30日発行)
6版(昭和50年11月5日発行)
8版(昭和51年3月30日発行)

013-2 白と黒

 『白と黒』の新版。装画は、黒髪で白い下着姿の若い女性と、白髪で黒い下着姿の若い女性(双子のように似ている)を横置きで上下に並べた、印象的な構図に変わった。都会を舞台にした本作らしいおしゃれさが感じられる。昭和51年10月における第2回「横溝正史フェア」の広告では、すでにこの新バージョンになっている。下記版情報を見る限りでは、初版が出た1年後の昭和50年には、早くも新版が出ていたようだ。

「金田一耕助ファイル」シリーズとして改版となった折に、使われたのはこちらのバージョンであった。また、平成24年に「横溝正史生誕百十周年記念」で復刻されたのも本版であった。

※確認済みの版
6版(昭和50年10月20日発行)<<新版切り替え
7版(昭和50年11月5日発行)
18版(昭和52年5月20日発行)
22版(昭和53年1月30日発行)
24版(昭和53年7月30日発行)

013-1 白と黒

 金田一耕助ものの『白と黒』。旧版文庫でも500ページを超える大長編で、都会を舞台にした本格ものを書きたい、という作者の意欲が伺える作である。元々は「渦の中の女」という短編で、『金田一耕助の冒険』に収められた「ーーの中の女」というシリーズ中の一作だったという。

「 このシリーズは昭和三十二、三十三年の両年にかけて「週刊東京」に断続的に発表された。この掲載誌は東京新聞社から発行された週刊誌で、現在はない。当時、著者と島田一男、高木彬光の三氏交替で、一話二回続きの作品を長期間連載した。その際、著者は題名をすべて「ーーの中の女」で統一している。」中島河太郎氏「解説」、角川文庫版『金田一耕助の冒険』

 上記「週刊東京」の昭和32年11月2日号、9日号に掲載された「渦の中の女」を元に、共同通信系の新聞に昭和35年11月6日から翌36年12月19日まで連載されたのが本作。浜田知明氏によれば、「原型版の約二十二倍もの長さになっている。」という。この改稿前の版は、出版文芸社・刊の『金田一耕助の帰還』(現在は、光文社文庫所収)で読むことができる(注)。

 角川文庫版『白と黒』初版の表紙は、コンクリートで作られた都会の団地で発見された女性の死体という物語に沿ったモチーフを用いているが、それを久里洋二氏のイラストレーションばりのポップな色使い、構成で描いている。これもある種、杉本氏の初期様式の装画の部類にあたるのだろう。タイトル等の囲み罫も立体風にして、全体のトーンも絵に合わせている。

※確認済みの版
初版(昭和49年5月30日発行)
5版(昭和50年3月20日発行)<<旧バージョン最終

(注)光文社文庫版の「作品解説」(浜田知明氏)には、「渦の中の女」と「白と黒」の間に、「黒い蝶」(「サンデー小説」昭和34年6月21日号〜)という、もう一つの改稿版(中断作)が存在したという説が紹介されている。

2018年10月 7日 (日)

012-3(番外編) 悪魔の寵児

 本来、このバージョンは「緑三◯四」シリーズではないため、このブログの担当外のはず。だが、平成8年に「金田一耕助ファイル」シリーズとして改版された折に、4作品・5点のみ新しい装画を杉本一文氏が書き直した。その中の貴重な一冊がこの文庫であった。このシリーズは、表紙全体が黒地。その上に「金田一耕助ファイル」の文字とファイルナンバー、作品名の入った囲み罫を右上に、短冊型の装画を左上に配した共通デザインになっている。絵自体は当然、これまでのシリーズとは小さめになる(表紙面積の3分の1程度)。ファイルナンバー15の『悪魔の寵児』の場合、和服の女性の死体が上中部の背景に描かれ、その手前に雪の上に佇む黒眼鏡&マスク姿の男の全身像を置いている。従前よりやや縦長のフォーマットをうまく活かしている構図だ。全体に若干ぼかしを入れ、しっとりとした雰囲気を持つ後期様式の絵ということになろう。

 平成になってからの新しい改版バージョンなので、簡単にコレクションできると思いきや、意外に手に入りにくい。僕も最後まで手こずったが、新保町の「@ワンダー」さんの店頭でやっと見つけた。楽天などのネットショップには、この版の表紙を掲載し「【中古】 悪魔の寵児 改版 」等と銘打った商品が複数出品されているが、その多くで「版の違い」「表紙の違い」は保証されていない。商品が送られてくるまでは、どの版が届くかはわからない場合もあるので注意が必要だ(明確に画像違いの場合は、返品可能とショップは言っているが)。

※確認済みの版
改版初版(平成8年9月25日発行)

012-2 悪魔の寵児

 『悪魔の寵児』の新カバーは、写真を見るようなくっきりとした筆致で、細部まで綿密に描かれた杉本氏の中期様式が良く出た絵柄である。上部に黒眼鏡をかけた男の両目、中段にボクサー、下段に胸をはだけた女性の死体を置くという凝った構図も優れている。下記版情報を見る限り、昭和51年にはこの新たな表紙に置き換えられていた。平成24年に「横溝正史生誕百十周年記念」で復刻されたのも本版であった。ただし、「緑三◯四」シリーズではないが、平成8年に「金田一耕助ファイル」シリーズとして改版された折には、新バージョンの絵が用意された。>>「012-3(番外編) 悪魔の寵児」

※確認済みの版
11版(昭和51年8月10日発行)
17版(昭和52年6月30日発行)
18版(昭和52年9月30日発行)
19版(昭和52年12月20日発行)
24版(昭和54年6月30日発行)
32版(昭和59年12月10日発行)

012-1 悪魔の寵児

 こちらも、金田一耕助ものの長編『悪魔の寵児』。手足がもがれた人形を持つ左手の描いているが、物語自体が殺伐としたムードを持つものだけに、この初版の表紙はある種、暗示的な絵柄ながらその雰囲気をうまく出していると言える。髪の毛の赤、手の紫、影の緑と、あえて色数を抑えた杉本氏の戦略が光る。

※確認済みの版
初版(昭和49年3月10日発行)
再版(昭和49年3月30日発行)
3版(昭和49年4月20日発行)
6版(昭和50年7月10日発行)
7版(昭和50年10月30日発行)
8版(昭和50年11月5日発行)

2018年10月 6日 (土)

011-3 女王蜂

 『女王蜂』の第3バージョンは、『悪魔が来りて笛を吹く』の第3バージョンなどと同じく、典型的な後期シリーズの特徴を持っている。ブラシを使った微妙なぼかし、原色を避けた抑え気味の色彩、濃厚な物語性・・・写真と見紛うばかりの写実性や扇情的な色使いは後退して、絵全体のトーン・空気感が大事にされている。

 ヒロインである大道寺智子と思しき女性の上半身に、四方から男の手が延びているという物語を象徴的に表した構図。こちらの情報と考え合わせると、33版で新バージョンになったことがわかる。

 ちなみに、「金田一耕助ファイル」シリーズとして改版となった折に、使われたのはこちらの最新のバージョンであった。また、平成24年に「横溝正史生誕百十周年記念」で復刻されたのも本版であった。

※確認済みの版
33版(昭和53年8月30日発行)<<第3バージョン切り替え
37版(昭和57年6月30日発行)
40版(昭和58年11月10日発行)
41版(昭和59年7月20日発行)

011-2 女王蜂

 『女王蜂』の第2バージョンは、女性の顔のアップという点で、『本陣殺人事件』第2バージョンの姉妹版のようだが、今度の場合は、蝙蝠を頭に被っている。しかも人面蝙蝠! 昭和53年2月11日に公開された同名の映画(東宝)があり、その時期にはPR用の専用帯付きのもの(23~25版等)も出たが、この装画自体は少なくとも昭和51年からすでにあったようだ。

※確認済みの版
14版(昭和51年10月20日発行)
15版(昭和51年10月30日発行)
17版(昭和52年2月20日発行)
23版(昭和52年11月30日発行)
24版(昭和53年1月25日発行)
25版(昭和53年1月30日発行)
26版(昭和53年2月10日発行)
32版(昭和53年6月30日発行)<<第2バージョン最終

011-1 女王蜂

 金田一耕助もの、さらに作者得意の島ものの長編小説『女王蜂』。黒枠、手描きによるグレーの背景のなかに、若い女性の顔がやや陰鬱な表情で描かれている。額のあたりから、ティアラのように赤い蝙蝠が巻きついている。絵のタッチとしては、まだ杉本氏の初期表紙画のテイストが残っている。タイトル文字は、『犬神家の一族』と同じく手書きになっている。

※確認済みの版
初版(昭和48年10月20日発行)
5版(昭和49年4月30日発行)
7版(昭和49年10月30日発行)
9版(昭和50年10月30日発行)
10版(昭和50年11月5日発行)

2018年10月 5日 (金)

010-2 幽霊座

 『幽霊座』の新版はより具象的で、まさに劇場内にうずくまる黒子が描かれている。よく見ると、黒子は頭巾の影からこちらを窺っている。両バージョンの版情報を見ると、昭和50年11月5日に出た7版以降で切り替えが行われたことがわかる。なので、昭和51年10月における第2回「横溝正史フェア」の広告では、すでにこちらの表紙絵が掲載されている。

※確認済みの版
7版(昭和50年11月5日発行)<<新バージョン切り替え
8版(昭和50年12月10日発行)
10版(昭和51年7月30日発行)
15版(昭和52年5月20日発行)
16版(昭和52年9月10日発行)
28版(昭和60年7月30日発行)

010-1 幽霊座

 緑三◯四シリーズの一桁台最後は、『幽霊座』。歌舞伎の劇場を舞台にした表題作のほか、「鴉」「トランプ台上の首」の3編を収める中短編集である。初版は、青系の絵の具を使った明るい絵柄で、背景はまるでポップな風景画のよう。「ひょっとこ」の面も、ちょうどサーカスにおけるピエロ的な雰囲気を出している。黒枠にバックは白。

※確認済みの版
初版(昭和48年9月30日発行)
再版(昭和48年11月30日発行)
6版(昭和50年1月30日発行)<<旧バージョン最終

009-2 蝶々殺人事件

 『蝶々殺人事件』の新バージョンは、当時、若き学生だった我々の世代の読者には印象の強い(いや強過ぎる)デザインだった。コントラバスのハードケースの中に女性の半裸死体が入っているというもので、物語に沿った内容ではあるものの、このような表紙の本を一般書棚に見ることは少なかった当時には、なかなか衝撃的ではあった。

※確認済みの版
18版(昭和52年9月30日発行)
19版(昭和52年12月10日発行)
25版(昭和57年7月30日発行)

009-1 蝶々殺人事件

 白髪の紳士・由利麟太郎先生と、花形記者・三津木俊介が活躍する通称「由利先生シリーズ」は、金田一ものと並び「緑三◯四」シリーズの一翼を担っている。全13冊。その中で、『蝶々殺人事件』は最有名作であり、かつシリーズ一桁台に収録するにふさわしい傑作だ。表題作のほか短編「蜘蛛と百合」「薔薇と鬱金香」を収録。初版の表紙では、赤一色で描かれた女性の裸体の上に、色とりどりの蝶々が舞っている。黒枠・白バックに水彩画風の色合いを持って描かれているのは、杉本氏の初期装画に見られる特徴でもある。それほど高価ではないけれど、市場に出た数が少ないせいか、あまりお目にかからない版でもある。

※確認済みの版
初版(昭和48年8月10日発行)
再版(昭和48年8月20日発行)
7版(昭和50年10月20日発行)

特別展示「杉本一文が描く横溝正史の世界」

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 ローカルねたで恐縮だが、福井県越前市(旧武生市・たけふし)は、杉本一文氏の故郷である。その越前市の中央図書館で、縁あって当方の所有する横溝正史「緑三◯四」シリーズのうち、杉本一文氏が表装画を描いた文庫を一堂に展示していただいている。平成30年10月31日(水)まで、月曜休館。もしお近くの方がいらっしゃれば、ぜひご覧ください。

 以下は、図書館からのプレスリリースとなる(写真も同図書館・提供)。

 1970年代から20年以上にわたり、横溝正史作品の角川文庫の表装画を描き、一世を風靡した杉本一文(すぎもと いちぶん)氏。 国内外に多くの熱狂的なファンをもつイラストレーターで銅版画家の杉本氏が、越前市出身であることはあまり知られていません。 この展示では、横溝正史の角川文庫(「緑三◯四」シリーズ)の全作品を初めて一堂に集めた貴重な機会であり、杉本氏の精緻にして蠱惑な作品世界をたっぷりと楽しんでいただけるものとなっています。

 杉本一文氏は、昭和22年、旧武生市小野谷町生まれ。父は、書道家の杉本長雲氏。 20代前半からイラストレーターとして活躍し、現在も杉本氏に表紙を描いてもらいたいと熱望する作家が多くいるほどの人気と実力がある。また、万葉中学校創立の際には校章をデザインしている。 今回の展示では、杉本氏が文庫カバーの装画を手がけた横溝正史の文庫本全115冊を表紙見せ展示。全て揃っての展示はもちろん県内初であり、全国でもあまり例を見ない。 また、今回特別に杉本氏ご本人から、この展示に向けてのメッセージもいただいている。

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>>中日新聞記事
>>福井新聞記事(北陸新幹線で行こう! 北陸・信越観光ナビ)

2018年10月 4日 (木)

008-3 黒猫亭事件 本陣殺人事件

 緑三◯四シリーズの中で、『本陣殺人事件』だけは、唯一タイトルまで変えたカバーを持っている。ただし本の中身は変わっておらず、奥付のタイトルは元のままになっている。昭和53年9月2日および9月9日に、TBS・MBS系列の『横溝正史シリーズ II 』で、本文庫の収録作の一つ「黒猫亭事件」が映像化された折、合わせて原作文庫のカバーが架け替えられた(番組宣伝の帯付き)。なので版数は、31版のみ。以降は、また第2バージョンに戻っている。黒猫の絵が描かれた「黒猫亭」 の木の看板が、天地を逆に地面に置かれている。あたりには落ち葉が降り落ち、ちょうど看板の上を黒猫が通りかかる瞬間を捉えた、という構図になっている。

 一版だけの特別版ゆえに、この「黒猫亭」バージョンは非常に希少である。僕は「緑三◯四シリーズ 」を集めるにあたり、(初期の「白背」バージョンは除いて)可能な限り一冊・千円以下で買うことを自分に課していた。しかし、この『黒猫亭事件 本陣殺人事件』だけは到底無理。結局、オークションに久しぶりに出品されたときに意を決して手に入れることになったのだが、確か7、8千円くらいかかったと記憶する。それでも安かった方だと思うので、コンプリートを目指す人は、どこかで見かけたときには、多少高くても迷わず買って置くべきだ。

※確認済みの版
31版(昭和53年5月30日発行)<<この版のみ

008-2 本陣殺人事件

意思ょく 『本陣殺人事件』の第2バージョンは、うって変わって、具象的かつ一目見たら忘れられないような非常にインパクトのある装画となった。花嫁衣装の若い女性の顔のアップだが、「角隠し」の代わりになんと黒猫の顔の上部を被っている。「奇想」としか言いようがない。『八つ墓村』『悪魔の手毬唄』などと同じく、最終的にこの再版の装画が長く使われ、多くの読者に親しまれた。

 昭和51年10月における第2回「横溝正史フェア」の広告では、すでに本バージョンの文庫が掲載されている。下記の版情報を見ても、この時期までには新版に変わっていたことがわかる。ちなみに、「金田一耕助ファイル」シリーズとして改版となった折に、使われたのはこちらのバージョンであった。また、平成24年に「横溝正史生誕百十周年記念」で復刻されたのも本版であった。

※確認済みの版<<ただし、31版『黒猫亭事件・本陣殺人事件』は除く。
17版(昭和51年3月30日発行)
18版(昭和51年8月10日発行)
22版(昭和51年10月30日発行)
26版(昭和52年4月30日発行)
27版(昭和52年5月10日発行)
42版(昭和60年11月10日発行)<<裏面はISBN番号や定価などの文字のみ

008-1 本陣殺人事件

 『本陣殺人事件』も『獄門島』と並んで作者の自信作でもあったようだ。初版の表紙は、初めて白バックではなくなった。「車井戸はなぜ軋る」「黒猫亭事件」という併録作品を持つのも、初めてのこと。のちにそれは異装版を生むもとになる。当版の表紙絵は、それでも杉本初期バージョンらしく、極めて芸術的かつ前衛的な香りをに放っている。タイトル文字を乗せた紅色の囲み罫もよく効いている。昭和50年9月27日公開の同名のATG映画に合わせたPR帯付きの版も出ていて、少なくともこの年まではこのバージョンが使われたようだ。

 ちなみに「車井戸はなぜ軋る」は、「読物春秋」昭和24年1月増刊号に掲載された「車井戸は何故軋る」という先行作を、金田一ものに改作した作品。この元稿は、出版芸術社・刊の『聖女の首 (横溝正史探偵小説コレクション) 』で読むことができる。

※確認済みの版
初版(昭和48年4月30日発行)
再版(昭和48年6月30日発行)
4版(昭和48年8月10日発行)
5版(昭和49年1月30日発行)
13版(昭和50年11月30日発行)

2018年10月 2日 (火)

007-2 夜歩く

 『夜歩く』の第2バージョン。まさに夜歩く女性が描かれていて、雰囲気はあるもののやや説明的なカバーになっている。初期版があまりに多く出回っていたせいか、こちらのバージョンはオークション等でも意外に見かけない(我が家にも前者は6冊もあるが、後者は1冊しかない)。版情報を見る限り、昭和56年8月30日発行の28版で新バージョンになったと思われるのだが、こちらに書いたように直前の27版は昭和53年8月30日の発行日になっていた。なんと増版まで丸丸3年がかかっている。昭和53年夏は、TBS系列『横溝正史シリーズ』第2シリーズで、この『夜歩く』が放映された時期にあたり、その際に、大量に増刷したものが残っていたということだろうか。

 「金田一耕助ファイル」シリーズとして改版となった折に、使われたのはこちらのバージョンであった。また、平成24年に「横溝正史生誕百十周年記念」で復刻されたのも本版であった。

※確認済みの版
28版(昭和56年8月30日発行)<<新バージョン切り替え
30版(昭和57年10月30日発行)
34版(昭和61年5月30日発行)

007-1 夜歩く

 金田一耕助が登場する長編『夜歩く』の第1バージョンがこちら。ガラス板を持った黒服・黒帽子の男が、ガラスの向こう側からこちらを覗いている印象的な構図だ。黒枠に白バックという初期文庫のフォーマットではあるが、上部三分の一には薄いグレー(あるいはパープル)のグラデーションがかかっていて、そこに極めて写実風の装画を描いているのは新しい。そのためか、その後も長くこのカバーが使われていた。少なくとも、TBS系列『横溝正史シリーズ』第2シリーズで、この『夜歩く』が放映された昭和53年7月22日から8月5日(3回シリーズ)の時点では、まだ旧バージョンであった。

※確認済みの版
初版(昭和48年2月20日発行)
再版(昭和48年4月10日発行)
10版(昭和50年7月30日発行)
12版(昭和51年3月10日発行)
15版(昭和51年10月30日発行)
19版(昭和52年4月30日発行)
22版(昭和52年7月20日発行)
24版(昭和53年1月30日発行)
27版(昭和53年8月30日発行)<<旧バージョン最終

006-2 三つ首塔

 『三つ首塔』の第2バージョン。主人公=語り手である宮本音禰の顔をメインに、上部には三つ首塔と思しき赤い塔が怪しく光っている。緑三◯四シリーズの文庫を並べた時でも、いつもひときわ輝いて見える力のある絵だ。

 前発言で紹介した昭和51年10月における第2回「横溝正史フェア」の広告では、まだ前バージョンの文庫が掲載されている。それ以降、翌月5日発行の16版ではカバー変更が行われていて、その間にカバー変更があったか(注)。ちなみにテレビにおけるTBS系列『横溝正史シリーズ』では、『三つ首塔』は第1シリーズの3作目に登場。昭和52年5月28日から6月18日まで4回シリーズで放映されているので、その時に新カバーになったいうわけではなさそうだ。また、平成24年に「横溝正史生誕百十周年記念」として、期間限定で杉本氏の「名作カバー」が復刻されたときには、こちらのイラストが選ばれている(平成24年5月15日 改版20版)。

※確認済みの版
16版(昭和51年11月5日発行)
17版(昭和51年11月10日発行)
19版(昭和52年1月30日発行)
23版(昭和52年5月10日発行)
26版(昭和52年6月30日発行)
29版(昭和53年8月30日発行)
41版(昭和62年6月30日発行)<<裏面はISBN番号や定価などの文字のみ

(注)この16班の奥付では、「十六」という版数を示す文字がやや太字で、しかも右側にずれて印字されている。いかにもそこだけ後から写植文字を貼り付けたという感じで、あわてて出された様子がうかがえる。しかも、次の17版はわずか5日後の日付で出されている!

006-1 三つ首塔

 『三つ首塔』は、昭和47年8月30日の発行。これまでのデザイン画風、抽象画風の作風から変わって、木箱に入った首なし死体を具象的・写実的に描いた絵であることがまず目を引く(当然ながら黒背のみ)。ただし、背景は黒枠の中に白いバックと従来のままで、その点ではこれまでの路線を継承している。金田一ものながら、物語的には女性の一人称による回想形式で書かれていて、その点ではちょっと異色の作品ではある(そういえば『八つ墓村』も一人称で書かれていた)。

 特筆すべきは、のちにカバーがより後期シリーズ寄りのデザインに変わるが、「金田一耕助ファイル」シリーズとして改版となった折に、そこで使われたのはこちらのバージョンであった。しかもバックが黒に変更になっていたせいで、絵の印象までガラリと変わっていたのには驚いたものだ。それだけ作者的にも愛着のある作品なのだろう。

※確認済みの版
初版(昭和47年8月30日発行)
3版(昭和47年11月10日発行)
4版(昭和47年12月30日発行)
5版(昭和48年6月30日発行)
9版(昭和49年12月30日発行)
10版(昭和50年8月30日発行)

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