2008/01/03

IGNTPのElectronic Edition

 あけましておめでとうございます。しばらく更新をさぼっていたので(すみません)、せめて昨2007年の本文批評関係の新刊をいくつかフォローしておきたいと思う。

 まず始めは、夏に出たIGNTP=「The International Greek new Testament Project」の新刊。IGNTPの成果については、ルカ福音書の大型批評版2分冊について、すでにこのサイトで紹介しておいた。

The Gospel According to St Luke
Edited by the American and British Committees of the International Greek New Testament Project
Part One. Chapters 1-12. Oxford University Press, 1984.
Part Two. Chapters 13-24. Oxford University Press, 1987.

 その折には、上記のPart Oneのみ筆者は持っていたのだが、その後、Amazonの中古書籍を予約注文できるシステムを使ってPart Twoを入手することができた。これについては、近いうちにこのサイトでもレビューを書きたいと思っているのだが、このプロジェクトは、このルカ編の次にヨハネ福音書にとりかかっている。実はその成果の一部=Volume Oneパピルス編が、すでに以下のタイトルとして公開されていた。

THE NEW TESTAMENT IN GREEK IV
The Gospel According to St John
Edited by the American and British Committees of the International Greek New Testament Project
Volume One. The Papyri. Edited by W.J. Elliott and D.C. Parker.
(New Testament Tools and Studies 20). Leiden, E.J. Brill, 1995.

 今回、出版されたのは、その第二部Volume Twoにあたる大文字写本編である。

Volume Two: The Majuscules.
Edited by U.B. Schmid in association with W.J. Elliott and D.C. Parker.
(New Testament Tools, Studies and Documents 37). Leiden, E.J. Brill, 2007.

 ちなみに、パピルス、特に4世紀以前の古いものに限っても、ヨハネについては福音書全体のかなりの部分が発見されており、これは他の新約文書と比べても注目すべき点である。これに加え、今回、大文字写本の異読情報が加わったことで、この福音書の本文状況がかなり明らかになったと言える。

 これだけでもかなりの朗報だが、驚くべきことに!この大文字写本編Volume Two: The Majuscules. には、ONLINE PUBLICATIONSまで用意されている。つまり、ネット上でヨハネの大文字写本の異読が閲覧できるのである。

http://itsee.bham.ac.uk/iohannes/majuscule/

 このサイト=「THE NEW TESTAMENT IN GREEK: THE GOSPEL ACCORDING TO ST. JOHN/ELECTRONIC EDITION OF VOLUME TWO: THE MAJUSCULES」に行き、左のガイド・フレームの「Electronic Edition」という文字をクリックすると、右フレームに新しいページが開かれる。その一番下にオンライン・バージョンの入り口がある(ちょっと見では見落としがちな場所なので、あわてないで見つけてほしい)。以前に紹介した「Digital Nestle-Aland」と似たようなインターフェイスで、コツさえつかめば我々一般愛好家にもすぐに利用できると思う。興味のある方は、ぜひ一度ご覧になっていただきたい。

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2006/11/28

版の問題

 田川氏の『書物としての新約聖書』の第3章「新約聖書の写本」について、ぽつぽつと書いている。この第3章は、第4章「新約聖書の翻訳」とかに較べてもはっきり地味な分野だし、まあ僕の発言を読んでひとりでもふたりでも田川氏の本を意識的に再読していただければ本望、といったくらいの気持ちでこれからも時々思い出したように書いていこうと思う。

 今回は田川氏の本に引用される洋書、例えば UBS や A Textual Commentary on the Greek New Testament 等の版の問題についてだが、どうやら田川氏はこの種の洋書を読むときその本の最新版が出ても買い直さない主義らしいので (^^)、これから自分で最新版を読む(とか買うとかいう)読者にとっては、いろいろややこしい点もあるようだ。例えば、p.412にはこのコメンタリーについて

「(B.M.Metzger, A Textual Commentary on the Greek New Testament,3rd ed.,1971。これももっと新しい版が出ているはずである)。」

との注記がある。ここでいう「新しい版」というのは、1994年に出た第2版をさしている(上記の田川氏の引用で、「3rd ed.」とあるのは、親本が「 the Greek New Testament 」= USB の3版という意味でこう記したつもりだろう。1971年に出たのは、コメンタリーの初版= 1st ed. である)。さらに読んでいけば、次のページ(p.413)には、マルコ1.41の個所の異読について触れられている箇所がある。UBS やコメンタリーの場合、挙げられた異読のそれぞれについて、本文に採用した読みの「確かさの度合い=A~D」が示されているのが特徴だ(ネストレにはない)。このマルコ1.41の個所では、確かさの「等級はDに分類されている」と田川氏は書いている。ちなみにこれは、UBS3 およびそれに準拠したコメンタリー第1版の当該個所の確かさであり、実は UBS4 とコメンタリーの第2版では、マルコ1.41の異読の判定は等級Bに変更されているから、ちょっと注意が必要なところ。田川氏は、他の個所(p.472)では UBS4 について触れているので、こちらはどうやら買い直したようだ。でも、p.414でももう一度「1.41をDにしたなら」と書いているので、ここは明らかに何か理由があって UBS3 の方を引用している。どうしてだかは、僕にはわからないけれど。
 
 さらに、例えばこんなところ。p.424のシナイ写本の解説では、同写本の修正の段階を表した記号が、ネストレ(* 1 2 c)と「UBS」(* a b c)とでは違っているとし、「同じ編集者たちの仕事なんだから、統一してくれればいいのに面倒な。」っていう悪口を書いている個所があって、これは UBS4 ではすでに同じ表記(* 1 2 c)になっている。それならそれでちゃんと「旧版の UBS3 について言ってる」って書けばすむのに・・・と思うのは僕だけだろうか。(以下、この件に関しては次回に)

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2006/11/07

Editio Critica Maior

 新約聖書における現代の最も信頼できる本文は何かと尋ねられたら、大抵の場合、「ネストレ=アーラント(27版)」の名前が挙がるに違いない。この名は、この業界では(笑)、ある意味、現代の「公認本文」とも言えるほど絶対的な権威を持っている。しかし、それは本当だろうか。新しい写本証拠の出現や、旧来から知られていた証拠の精査は日々進んでおり、実際、聖書本文とは生きているものである。そして、その証拠に「公同書簡」においては、すでにネストレ27を修正する形で新しく校訂された本文が公刊されている。それが、タイトルにある「Editio Critica Maior」=大型批評版である(編纂にあたっているのは、ミュンスターの新約聖書本文研究所)。ちなみに、略称は ECM であり、これは音楽好きの方にとっては、ジャズ(キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」)やクラシック(アルヴォ・ペルトの作品集やクレーメルの諸盤)で有名なドイツの音楽レーベルとして通っているかもしれない。

 では、大型批評版とは一体何であろう。それは、(可能な限り)すべての異読情報を掲載した文字通り大版の資料集成本であり、それを編纂することは、それぞれの時代において、最も原文に近い聖書本文を再構築することと並んで、本文学者たちの大いなる「夢」のひとつであったろう。このサイトでも、レッグ氏編纂の「マタイ」「マルコ」、The International Greek new Testament Project 版の「ルカ」を紹介したことがある。これらに対しネストレは、かなり大量の異読情報を少ないスペースに押し込んでいるにもかかわらず、「簡約版」「小型批評版」と呼ばれるタイプになるらしい。

 ところで大型批評版は、その目的は、今見たように手に入る限りの異読情報を集めるのが主であり、単一の本文を編集することではない。とすれば、なぜこれが「ネストレ」を改訂する刊本と位置づけられるのだろう? この ECM のプロジェクトでは、単に利用可能なすべての証拠を集めただけでなく、その大量の証拠をコンピューターでデータベース的に処理し、Coherence-Based Genealogical Method (直訳すれば、「一貫性に基づいた系統樹的な手法」とでもなるだろうか)と名づけられた手法で分析している。そして、各写本の系統図を作成し、多くの問題のある異読の箇所に新たな判断根拠を示している。こうした作業により、ECM の公同書簡における復元された本文は、ネストレ27版の本文と、23節で異なるという結果となっているのである。これは、変更箇所としてはなかなかの数と言える。

 もっとも異読というものは、もともと全部が全部本文の確定に関係しているわけではない。「ヨハネの第1の手紙」の Notes を担当した編者も、異読が大量にあるといっても、冠詞や叙法の違い、故意でないミスなどによるものが非常に多い、でも、「ECM のルールによれば、これらの違いもぜーんぶアパラトゥスに載せなくちゃいけないんだからね」となかば自嘲気味に書いている。それが ECM の宿命なのだから仕方ないと言えば仕方ないんだけど・・・

 ECM のプロジェクトは、現在、以下の4分冊で出ている(以前にこのサイトで触れた『国際聖書フォーラム2006講義録』にも、クラウス・ヴァハテル氏によるかなり詳細な紹介があることを付記しておく)。

□Novum Testamentum Graecum. Editio Critica Maior / Ed. by the Institute for New Testament Textual Research.

Vol. IV Catholic Letters, ed. by Barbara Aland, Kurt Aland, Gerd Mink, Holger Strutwolf, and Klaus Wachtel.

  • Instl. 1: James, Pt. 1. Text, Pt. 2. Supplementary Material, Stuttgart 1997; 2nd rev. impr., Stuttgart 1998, ISBN 3-438-05600-3
  • Instl. 2: The Letters of Peter, Pt. 1. Text, Pt. 2. Supplementary Material, Stuttgart 2000, ISBN 3-438-05601-1
  • Instl. 3: The First Letter of John, Pt. 1. Text, Pt. 2. Supplementary Material, Stuttgart 2003, ISBN 3-438-05602-X
  • Instl. 4: The Second and Third Letter of John. The Letter of Jude, Pt. 1. Text, Pt. 2. Supplementary Material, Stuttgart 2005, ISBN 3-438-05603-8

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2006/10/19

『A Concice Coptic-English Lexicon』

 小さな GoodNews をひとつ。このサイトの hp 版

http://homepage3.nifty.com/gospels/

で紹介している「トマス福音書」の原語=コプト語の辞書『 A Concise Coptic-English Lexicon 』がペーパーバック版で出ていることに最近気づき、Amazon で注文してみた。

 このレキシコンは Ricard Smith さん編のまさにコンサイスな辞書で、コプト語の意味(もちろん訳語は英語だけど・・・)を手早く調べるには最適な選択と言える。値段も2700円ちょっとだから、かつて僕が手に入れたハードカバー版の半額以下である。コプト語の辞書としては、このレキシコンの序文にも触れられているように、W. E. Crum さんによる大著、『 Coptic Dictionary 』(Oxford U.P. / Sandpiper) が有名だが(今でもリプリント版が手に入る)、こちらは確かに「サイズとプライスの両面で、コンビニエントじゃない」。かばんにもすっと入れられるこの辞書。「トマス福音書」やナグ・ハマディ文書に興味のある方は、ぜひこの機会に手に入れてみてはいかがだろうか。

□A Concise Coptic-English Lexicon, Second Edition; Society of Biblical Literature Resources for Biblical Study 35, Reprinted in paperback, 2000

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2006/09/30

Digital Nestle-Aland Prototype

 今日、仕事から家に帰ってきたら、銀座の教文館から『国際聖書フォーラム2006講義録』が届いていた。これは、夏前に上京した折に、予約しておいたもの。ジェイムズ・M・ロビンソンや、ジョン・ドミニク・クロッサンといった欧米の大物学者に加え、大貫隆氏や月本昭男氏など我が国の気鋭の学者の講義が26本も掲載されていて3500円だから、これはかなりお得では?。さっそくぱらぱらとあちこちを眺めていたら、ミュンスター大学の新約聖書本文研究所のクラウス・ヴァハテル氏による「ネストレ=アーラント」に関する最新の報告が目についた。

 ここに示された情報のうち、近い将来に出されるであろうネストレ28版!の近況も、もちろん興味深いのだが、さらにデジタル版のネストレが、ミュンスターの研究所のサイトでプロトタイプとして提供され、かなりのレベルまでできあがっているらしい。

http://nttranscripts.uni-muenster.de/

 さっそく見てきました。第一感として、「これは、すごい!」。本文の単語ごとに異読情報がビジュアルとして表示される機能はきわめて便利で、まさにデジタル版の強みだ。また僕が一番気に入ったのは、「写本本文の転写」機能。つまりシナイ写本なら 01、アレキサンドリア写本なら 02 といった、写本番号をクリックすると、その写本に示された本文が画面に表示されるという仕組みである。しかも、先の発言で触れたノミナ・サクラ nomina sacra の縮約形もそのまま見られるので、この点では明らかに紙バージョンを超えている。またシナイ写本やバチカン写本のように、後世の校訂者による加筆もちゃんと表記しされている。まだまだ工事中のところもあるようだが、このままでもかなり使えるのではないだろうか。

 At the same time, the Nestle-Aland (28th edition) is being digitised and prepared for publication on CD-ROM.  It is planned to link the text and apparatus of the digitised Nestle-Aland on the CD to the additional transcripts and their apparatus published on the Internet.

とサイトにもクレジットされているので、この新時代のデジタル=ネストレの誕生に期待したい。(でも、こういう情報って、フォーラムの報告みたいな形でなく、日本の聖書関係者の本や雑誌記事等になぜ普通に紹介されないのかなあ・・・)

□『国際聖書フォーラム2006講義録』問合先 財団法人 日本聖書協会 頒布部 TEL.03-3567-1987  FAX.03-3567-4451

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2006/08/24

『NT Greek Manuscripts』

 ちなみに、nomina sacra =ノミナ・サクラによる特定の文字の縮め方については、先の発言でも少し触れたように、写本(やその成立時代)によっていろいろなバリエーションがあるようだ。

 マルコ1:1の「イエス」「キリスト」「子」「神(の)」(ギリシア語では、この順番になる)の語について言えば、

1) 小文字写本28のオリジナルが、「イエス」 > 「ιυ」

2) コリディティΘ及びシナイオリジナル、28の修正版が、「イエス」「キリスト」 > 「ΙΥ ΧΥ 」 または、「ιυ χυ」

3) シナイcやレーギウスLは、「イエス」「キリスト」「子」「神」 > 「ΙΥ ΧΥ ΥΥ ΘΥ」

 この4連続の nomina sacra は、なかなか壮観でさえある。そのバリエーションとしては、「神」の語の前に定冠詞がついた例がかなりある。

4) アレキサンドリアA、多数派本文 Majority text、カンピヌアスMなど > 「ΙΥ ΧΥ ΥΥ ΤΟΥ ΘΥ」

 これらは上記の4語をすべて縮約した例(実際には、縮約形の上に、横線入り)である。しかし、もちろんそうではない写本もある。多い例として

5) バチカンBやベザD、ワシントンWなどは、「イエス」「キリスト」「神」は縮めていて、「子」だけはもとのまま > 「ΙΥ ΧΥ ΥΙΟΥ ΘΥ」

  ちなみに、以前に紹介した Dr. Wieland Willker さんのサイトに、バチカン写本の冒頭ページの写真を集めたページがある。そこにマルコの冒頭部分も掲載されている。

http://www-user.uni-bremen.de/~wie/Vaticanus/titles.html

 これを見ると、上記 nomina sacra の状態がよくわかると思う(ページの一番上に、マタイとマルコの冒頭画像が並んでいる。右側がマルコで、その緑色のバーに続く、本文2行目冒頭から10文字がそれにあたる)。さらに細かい点だが、ベザDの場合は、「イエス」」「キリスト」の縮約形は > 「ΙΗΥ ΧΡΥ 」になっているらしい!

6) さらに多い例は、5)の例の「神」の語の前に定冠詞がついた例で、キプリウスK、家族1 f1、家族13 f13、小文字写本565など > 「ΙΥ ΧΥ ΥΙΟΥ ΤΟΥ ΘΥ」 または、「ιυ χυ υιου του θυ」

7) 小文字写本69は、かなり変わってて、「キリスト」と「神」は縮めていて、「イエス」「子」はもとのまま > 「ιησου χυ υιου του θυ」

 カイサリア型と言われている69だが、「この写本では、ヨハネ21:15までは常に ιησουs と省略しない形が用いられ、ヨハネ21:15で ιs が初めて現われるが、その後も、使徒行伝の19箇所を含む41箇所で ιησουs と記されている」らしい(メツガー氏『図説ギリシア語聖書の写本』)。

 以上、本文自体の違いのほかに nomina sacra の違いが加わって、たった1節とはいえども相当な量のバリエーションが生じていることがわかる。自分でもこれを書いていて、かなり混乱したくらいだから、古代の写字生もさぞ大変だったろう(笑)

 ちなみに、こうした nomina sacra の縮約形の情報は、何度も言うがネストレにはない。また、レッグ氏によるマルコ・マタイの大型資料版、ルカの新しい大型資料版にもない。それを知るには、各写本のファクシミリにあたるのが一番だが、これは一部を除いて一般には手に入りにくく、現実的には銀座の聖書図書館にでも行って閲覧するしかないだろう(例え、ファクシミリを見ても、すべての箇所について調べるなどということは、時間的にもできない相談だろう)。

 では、どうやって上記のような情報を手に入れたかというと、その秘密は『 New Testament Greek Manuscripts 』( Reuben Swanson,ed. Sheffield Academic Press, 1995 )という本にある。この本(シリーズ)は、バチカン写本を一番上の行に印刷し、他の写本がこれと異なる読みを示すとき、その本文を下に下線付きで並べて表示するインターライナーというシステムを採用。ギリシア語の一文字毎の異読の有無、各写本間の一致具合等が、一目で把握できるように工夫されている。内容の濃さの割には、5,000円前後の安い本なので、最初、銀座の教文館で見つけたときには、「これ、ちゃんとした学問的な本かいな」と思ったりした。でも、「大御所メツガー氏が序文書いてるし、まいっか」っていう感じで買ってしまったけど、これが大正解!自慢のビジュアル表示の異読のほかに、本文の欠損部分、正字法(単語の綴り)の違い、そして上記 nomina sacra、各写本の章の区分(ケパライア=マイヨーラ)や標題(ティトゥロイ)、聖書日課のはじめと終わり、エウセビオスのカノン表まで各種写本情報が満載で、まさにすばらしい出来だと思う。というかこの本のほかに、手軽にこの種の情報を得ることのできる本は存在しないだろう、多分。

※このシリーズは、Mt, Mk, Lk, Jn, Acts, Gal, Rom, 1.Co が出ているようだが、教文館の洋書担当の方の話によれば、出版社の Sheffield Academic Press はすでに大手の会社に吸収されてしまったらしく、入手困難とのこと。ただし、amazon からは新品も含めまだ検索・購入できるようなので、ぜひ手に入れてほしい。

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2006/08/23

nomina sacra

 引き続き、話題は『書物としての新約聖書』のマルコ1.1「[神の子]イエス・キリストの福音のはじめ」に触れた箇所について・・・ただし、ここからは「正文批判の実例」の話になる。まず著者・田川氏の主張を見てみよう。

 「ではもしも『神の子』が原本にあったと仮定して、その場合に一部の写本が何故それを削除したのか。この難問にメッツガーはどういう答を出しているか。むろん意図的に「神の子」を削除することなどありえないとすれば、無意識の過失以外に考えられない。そこでメッツガーが考えついたのが、ここは語尾が同じ単語がいくつも並ぶから、こんがらがって、最後の二つの単語を見逃したのだろう、という理屈である。」(p.477)

 「おまけにこれは『イエス・キリスト』とか『神の子』とか、キリスト教にとって最重要の単語である。(中略)それを、綴りがほとんど同じというならともかく、語尾だけ同じだから不注意で見落とす、などと・・・・。見て来たような嘘もいい加減にしろ、といったところ。」( p.478)

 そして田川氏は「嘘」といいながらも、ご丁寧にもマルコの書き出しの部分のギリシャ語の綴りを、「ΑΡΧΗΤΟΥ・・・ΥΙΟΥΘΕΟΥ」とギリシャ語の大文字でいちいち引用し、

「二番目の単語以降六つの単語がすべてΟΥという語尾で終わっている。このように同じような単語が続くから、ある写本家が不注意にも、最後の二単語(神の子)を見落としたのだ、というのである。」(p.477)

というようにメツガー氏の説を紹介し、以後も1ページ強にわたって氏への執拗な悪口を並べている。

 しかし、ここで使われている「イエス」「キリスト」「子」「神」という単語は、(もっぱらネストレ等で新約聖書を読んでる場合にはわからないことだが)当時の写本では nomina sacra =ノミナ・サクラ(「聖なる言葉」の意)という慣習に従い、短く縮めて筆写していることが極めて多い言葉だ。多くの場合、田川氏の引用のようには書かれておらず、

ΙΥ ΧΥ ΥΥ ΘΥ
 (「イエス」「キリスト」「子」「神」 のそれぞれ縮約形。実際には、nomina sacra であることを示す上線が付く) 

という感じで表記されている(もちろん短縮の仕方には、いろいろあるのだけど)。だからちょっと本文批評をかじった者でも、「同じような単語が続く」「活用語尾だけ同じ」(p.477)とか言えるような箇所ではなく、ましてやメツガーともあろう専門家がこんな素人学者のようなことを書くはずない、とすぐわかる個所だろう。当然のことながら、メツガー氏の「The Textual Commentary on the Greek New Testament(2nd.ed.)」にあたれば、やっぱりこれは田川氏の「見てきたような嘘」だとすぐわかる。この本の記述によれば、メツガー氏は「 nomina sacra の endings の類似」により起こった筆記者の見落としで生じただろう、と書いているだけ(p.62)。やれやれ。

 nomina sacra 程度のことをいかに新約学者であっても知らないわけもなく、ましてやこれは『書物としての・・・』にも紹介されているメツガー氏の『新約聖書の本文研究』あるいは『ギリシア語聖書の写本』(教文館)を読めば、ちゃんと書いてあることである(田川氏は、原語でお読みになったそうだ)。にもかかわらず、ありもしないような表記法で聖書を引用までした上で、他人の説をわざわざ数ページにわたって間違っているように紹介するのは、我々素人相手とはいえちょっとやり過ぎだろう。田川氏がそう思うのは勝手だが、少なくとも、「六つの単語がすべてΟΥという語尾で終わっている」などとメツガー氏が書いているようには紹介しないで欲しいところだ(もしかして、これは、ディアトリベー?)

 この種の本としては珍しく「第三章・新約聖書の写本」という一章を設けて、聖書の正文批判、写本とその本文型、聖書の正文批判などについて詳しく取り上げている(100ページ強も!)。その意味では非常に貴重な本だけに、いかにも惜しい。

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2006/08/21

レッグ氏の「大型資料版」

 マルコ1:1の異文資料に関する雑感の続き。

 では、ネストレやUBS以外に、エイレナイオスやエピファニオスといった教父引用の証拠を示した批評資料欄を持つ本はないだろうか、ということで、最近、次の本を手に入れた。

□Novum Testamentum Graece secundum Textum Westcotto-Hortianum. Evangelium secundum Marcum Oxford: The Clarendon Press, 1935

 これは、ルカの大型資料版について書いたときにも触れた、S.C.E.レッグ氏が1935年にオックスフォードから出版した古典的な集註版である。タイトルからもわかるように、ウェストコット=ホルトの本文を基準として、写本や初期の翻訳、教父の引用から膨大な異読を集めている。今では、なかなかお目にかかることもないだろうから、そのマルコの冒頭部分を示そう。

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 レッグ氏の本の場合、教父による聖書本文の引用が、ギリシャ語およびラテン語でその前後部分も含めて示されており、文字とおり有難い(これは、ルカ=新版よりずっと見やすい表示だ)。早速、「神の子イエス・キリスト」の有無を見てみると、

1) エイレナイオス・ギリシア語 「イエス・キリスト」
2) エイレナイオス・ラテン語1 「なし」
3) エイレナイオス・ラテン語2 「神の子イエス・キリスト」
4) エイレナイオス・ラテン語3 「神の子イエス・キリスト」

5) オリゲネス・ギリシア語1 「イエス・キリスト」
6) オリゲネス・ギリシア語2 「イエス・キリスト」
7) オリゲネス・ラテン語 「イエス・キリスト」

8) エピファニオス・ギリシア語 「なし」

という結果になった。つまり、

長い読み「神の子イエス・キリスト」 エイレナイオス lat2/3
短い読み「イエス・キリスト」 エイレナイオス gr  オリゲネス gr, lat
なし   エイレナイオス lat1/3 エピファニオス gr

となり、UBS4との違いは、エイレナイオス gr が「なし」から「短い読み」になっている点だけである。

 このレッグ氏の大型資料版は、なにしろ戦前の編集であるし、「証拠の提示の仕方が不完全で、ところどころ誤りもあると批判されている」(メツガー『新約聖書の本文研究』)らしい。というより、引用元のエイレナイオス等の本文自体の校訂が正しいことが前提なので、これを決め手には使えそうにない。だから最終的には各教父の著作、しかも原典の批判的校訂版にあたるしかないだろうけど、ここでも田川氏の言うようにマルコ1:1のエイレナイオス引用において、「キリスト」の語も省略されて「イエス」のみという証拠文書は、残念ながら見当たらなかった。

 ちなみにこの本でも 28のみは、「om. キリスト」とされている。また、「短い読み」の証拠写本として、255 と 1555がクレジットされていることも付記しておく(ところで、田川氏は、この本見てるのかしら・・・)。

※余談だけど、この本、amazon のUSAのサイトで見つけて、マタイの巻といっしょに購入した used 本。2冊で1万円を切っているから、安かった方だろう(日本の古書店リストで、マルコだけで2万円近くしていたのを見かけたことがある)。ただ、なぜかボストン大学の神学校の図書館蔵書印が押してある(なぜ!?)。おそらく、この日本の片田舎にたどり着く前には、たくさんの学者さんや学生さんが手にした本だろうし、そう思って眺めるとあちこちに見られる書き込みなどにも愛着が感じられて、ページをめくっているだけでなかなか感慨深いものがあります。

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マルコ1:1の異読

 前々回に触れた、マルコ1:1「[神の子]イエス・キリストの福音の始め」の異読について補足。

 田川氏の『書物としての新約聖書』によれば、このマルコの書き出しについて、ネストレとUBSでは、異読情報に齟齬があるという。曰く、ネストレ27版は<エレナイオス(とエピファニオス)は「神の子イエス・キリスト」が全部欠けている、とされている>。これに対し、氏のいわゆるアメリカ版(田川氏以外の人はUBS版ないしはGNT版と呼ぶ)では、<エイレナイオスは「神の子キリスト」が欠け、単に「イエス」とのみ記している、という>とされ、しかも「ここはアメリカ版の方が正しい」と言い切っている(p.472)。

 ただ僕が持っているUBS版(第4版)には、このマルコ1.1については、こんなふうに記号が入ってる(画像参照)。

Χριστου υιου θεου シナイ1 B D L W 2427 //(中略)// Χριστου (中略)シナイ Θ 28c (中略) // omit 28(Irenaeus gr,lat1/3  Epihnius omit also Ιησου)

Photo 

 

 この記号の最後のセクションは、

小文字写本28のオリジナル(訂正前の本)は「キリスト 神の子」が全部欠けており、エイレナイオスのギリシャ語原典と、ラテン語版の3個所の記述の内の1個所、エピファニオスは、「キリスト 神の子」に加えて「イエス」の語もまた(=also )omit=オミットされている。

と読むべきではないだろうか?とすれば、エレナイオスとエピファニオスは「神の子イエス・キリスト」が全部欠けており、「神の子キリスト」が欠け単に「イエス」とのみ書かれているのは、むしろ28の方ということになる(この28が「イエス」だけという点については、僕が参照した他の複数資料でも一致した見解だ)。では、ネストレ27の記号も見ておこう。

¶1,1-3 「†-シナイ Θ 28. L2211 pc sams, Or : -(et om. I. Xp.) Ir Epiph :(後略)
 ※聖書日課=レクショナリーのエルは1と似ているため大文字にした

 ここでは、「et om(加えてオミット) I. Xp.(「イエス・キリスト」の語も)」となっているので、田川氏の記号の読みどおりだ。となると、先の指摘とは逆にUBS4とネストレ27とは、見解が一致しているということになる(もし田川氏が、同じUBS4を見て書いていると仮定したら、この異読記号を「エイレナイオスとエピファニオスもまた、「キリスト」の語をオミットして、「イエス」の語だけだ」という意味に読むという主張だろうか)。

 氏は、ネストレとUBS以外に何の資料を参照しているか明示していないが、小文字写本の1555が「短い読み」であることにも触れているので、他の異文資料を見て書いているのは確かだ。また、氏は、ネストレの異読記号の読み方も知らない宣教師たちが、アメリカ版を作ってくれと言ったとくりかえしくりかえし主張しているのだから、記号の読み方を間違うわけもないだろう。としたら、何をもって<エイレナイオスは「神の子キリスト」が欠け、単に「イエス」とのみ記している>ことが「正しい」と書いているのだろうか。まあ、我々素人相手の本なんで気軽に書いただけのことかもしれないが、そういう資料があるなら示して欲しいところだ。

※ちなみにネストレ27の序文には、III.4.教父の引用の箇所にこうある。「そこで、教父の引用をこの版に含めることについて、二つの主要基準が守られている。第一は、引用が本文批評にとって有益であることである。すなわち、著者の引用する新約聖書本文はそれとして確認できるものでなければならない。著者たちによるパラフレーズ、変形、あるいは単なる言及は、新約聖書の批評版の注には入れられない」(橋本滋男・津村春英 共訳、財団法人日本聖書協会)。こうした厳しい態度が、評価欄の記述の相違にあらわれている可能性は高い。いずれ、検討してみたい。

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2006/08/20

ルカの大型資料版1-12

 ふたたび、最近手に入れた本から。

 今回紹介するのは、今月初めに友愛書房の洋書棚で見つけた本のひとつで、「The Gospel According to St. Luke, Part one, Chapters 1-12」。これは、ルカ福音書の本文の写本証拠を「 full 」に網羅した「大型資料版」であり、S.C.E.レッグが1935年と1940年に出版した「マルコ」「マタイ」の大型版に続くものとして、当時は長らくその出版が待たれていたもの。アメリカとイギリスの協力による「The International Greek new Testament Project」の30年越しの仕事として1984年に出ており、現在のところ「ルカ」についてはこれ以上の異文資料を載せた本はないと言える。ちなみに、現在は「ヨハネ」の巻が編集中らしい。本棚の中段あたりに他の注解書シリーズなどといっしょに並んでいたのだが、背表紙の「Luke,Part one」の文字にピンときて、手に取ったら果たしてそうだった。値段も・・・今、amazon で買えるものにくらべてちょっと言えないくらい安かった。確かにカバーはかなり日に焼けているけど、この種の本につきものの書き込みもなく、ネストレ25版といい、この本といい、この日はついていたとしか言いようがないと思う。

 基本となる本文は、レッグ版がウエストコット=ホルトだったのに対し、こちらは Textus Receptus いわゆる公認本文(1873年、オックスフォード版)である。このため、ドイツの学者さんあたりからかなり批難も浴びたらしい。この本文を一節ごとに示し、これに対する異文資料( apparatus )を次の順番に示している。
1) 本文
2) INDEX LECTT: 聖書日課の指示(その節で始まる場合)
3) DEF: その節を欠く証拠
4) PATR: 教父の引用
5) 異文資料

 ネストレは、あらゆる分野の批判版・原典版の中でも、すばらしい出来の本だと思うけど、それがすべてではないのも事実。ルカの書き出しだけの1ページ目を見ても、1:2、1:4、1:7、1:8、1:10、1:11、1:12には触れられていないが、実はここにも(正文批判上、重要ではないものもあるとはいえ)多くの異読があることが、この「大型資料版」を見ることでわかる。正直なところ、ネストレ等とは記号の表示の仕方も違うし、情報量も桁違い。僕の場合は、誰も尋ねる人もいないため(泣)、ひとつの節を見るにもなかなか手こずってるのが現状だけど、いずれもう少し読み込んでから、この本の異文資料の読み方などを紹介してみようと思う。ネストレがいかに優れていても、それだけでは太刀打ちできないものがまだまだこの「本文批評」の世界にはある、それを思い起こさせる本だ。

□CLARENDON PRESS, OXFORD, 1984

※ちなみに、この本の後半「 PART TWO, Chapters 13-24」が、1987年に同じオックスフォードから出ている。これは、まだ未入手。

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2006/08/19

ネストレ25版

 最近、手に入れた本から。

 8月初めに、神田の友愛書房で購入。確か1000円。「コロサイ人への手紙」あたりに、いくつか書き込みがあるせいだろうけど、安い!ネストレは、26版から本文を大きく転換したため(現在は27版で、これは26版と基本的に同じ本文)、ある意味ではメモリアルな本だろう。

 田川建三氏に言わせれば、ネストレ26版は、同じアーラントが編集に参加しているUBS3版=田川氏のいわゆる「アメリカ版」と本文を同一にした結果、アメリカの植民地主義・キリスト教ドグマにあわせるテキストを作ろうという気持ちが働き、どの読みを本文に採択するかという選択において「保守的な傾向をまぬがれていない」という(『書物としての新約聖書』勁草書房)。そのことの当否はここでは問わないが、この25、26版、大事なところで違いがあるのも事実だ。

 一番わかりやすいところとして、マルコ1:1 の「イエス・キリストの福音の初め」の部分の画像をアップしてみた。右ページの表題「KATA MAPKON(マルコのよる)」に続く1行目、その最後にある小さな「T」の字に似た記号は、そこの部分に挿入される「異読」があるということを示している。新共同訳などでは「神の子イエス・キリスト」となっていることからわかるように、ここには「神の」「子」という2語が入っている写本がある(B=バチカン、D=ベザ、L=レーギウス、W=ワシントンほか)。「神の」「子」にあたる部分は、シナイオリジナルやΘ=コリデティ、小文字写本28ほかの写本にはないので、25版ではこの「神の」「子」なしの方を採用していたのだが、26版からは判断がひっくり返って、括弧付きながら、[神の子]が追加されたという事情がある。このあたり、

<以上、どう考えても「神の子」は後世の挿入である。だからこそ、正文批判がひたすら学問的批判精神のみに依拠して発達していった重要な時期の学者たちはみな(ティッシェンドルフ、ウェストコット・ホート、ネストレ二五版まで)一致して、「神の子」のない「短い読み」を本文として採用していたのである。それが、宣教師用のアメリカ版で「神の子」が導入され、それに引きずられてネストレ二六版でも導入されてしまったのだ。二六版が必ずしも二五版よりもよくなったとは言えないことの一例である。>田川建三・上記本、p.475-476

っていう御説もあるのですが、皆さんはいかがお考えでしょうか(笑)。この箇所については、また別稿を期したいが、ちなみに一言だけ。

 今現在、ネストレの付録には、このマルコ1:1の「神の子」の箇所について「T (H) N ut  シナイ」と記されており、これはつまり「ティッシェンドルフと(ウェストコット=ホルト)とネストレ25版は、シナイ写本のオリジナルと同様である」という指示だ。が、細かい話で恐縮だが、丸括弧付きの(H)=(ウェストコット=ホルト)は、この版の本文はこの読みを示すが、「欄外に等価の異文を提示してるもの」という意味を示す記号である。つまり、「ウェストコット=ホルトの決定は、彼らの本文に採用された読み方のみを引用することによっては再現できず」、ここも「彼らが、劣っていると評価したのではない」ことを読み取らねばならないのだ。

 ともあれ、しばらくは、あちこち眺めて楽しんでみたい本だ。

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2006/08/15

Student version of "Q"

 追加情報ですが・・・。

 『The Critical Edition of Q (Fortress Press, 2000)』の student version として、ギリシア語の原文テキストと英語訳のみを掲載した版が出ているようだ。

□The Sayings Gospel Q in Greek and English with Parallels from the Gospels of Mark and Thomas, General Editors: James M. Robinson, Paul Hoffmann, John S. Kloppenborg
Managing Editor: Milton C. Moreland, Fortress Pr.; Bilingual版, 2002

 さらに、英語訳バージョンもある。

□The Sayings of Jesus: The Sayings Gospel Q in English (Facets), James M. Robinson, Fortress Pr.; 2001

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Q資料の Critical Edition

 先に国際Qプロジェクトを紹介したが、その成果としては「The Critical Edition of Q」が出ている。この本は、簡単にいうと、「Documenta Q」シリーズの最終成果部分=「復元されたQ資料」だけを取り出し、1冊にまとめたもの。Q資料といえば、前世紀から、いや19世紀ですから前々世紀(ですねえ)から、その存在が想定されてきた文書であって、その批判版テキストが出現したというのは、やはりQの研究史が「major turning points」(これはエディターたち自身の表現)を迎えたといわざるを得ない。

 批判版テキストの名に恥じず、本文の提示方法は大変精密で、Q資料と他のテキストとの相互関連が一目でわかるように工夫されている。つまり本文は、次の8つのコラム

1) マルコのマタイとの並行箇所
2) マタイの二重記事
3) Qに由来するマタイのテキスト
4) Qの批判版本文
5) Qに由来するルカのテキスト
6) ルカの二重記事
7) マルコのルカとの並行箇所
8) トマスからの並行箇所

からなっていて、この本全体が1冊まるごとイエスの語録資料の対観表として利用できる。さらに巻末には、精密なコンコーダンスまで完備している(約600ページ、本の厚さは、なんと7cmもある!)。ちなみにこの本、「Hermeneia: A Critical and Historical Commentary on the Bible」というシリーズの、「Supplements」にあたる。

□「The Critical Edition of Q: Synopsis including the Gospels of Matthew and Luke, mark and Thomas with English, German, and French Translations of Q and Thomas」
(James M. Robinson, Paul Hoffmann, John S. Kloppenborg, Fortress Press, 2000)

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国際Qプロジェクト

 Q資料の単一のギリシャ語テキストを復元する「国際Qプロジェクト」については、このサイトの hp 版や Nifty の FBIBLE フォーラムでも幾度か紹介してきた(日本では、なぜかこのプロジェクトをフォローされている方が少ないようで、ほとんど孤立無援状態なんですが・・・)。

 マックの「The Lost Gospel」等に一部紹介されていたこのプロジェクトの目的は、共観福音書の最重要資料のひとつと目されているQ資料の単一のギリシャ語テキストを復元すること。ご存じのように、Qは主にルカとマタイという両福音書から抽出されたものだから、ルカ・マタイの両者のあいだに語句的な食い違いがある場合、どちらがQの原形に近いかが問題となってくる。これまでにも何人かの学者さんが、Qの復元に取り組んでいるし、マックも「The Lost Gospel」のなかで自身の版(これは英訳版ですが)を提示しているのだが、この際にもQプロジェクトの研究成果を参考にしたことが報告されている。

 このQプロジェクト、委員会を作り何人かの専門の学者さんが集まって批判版の本文をつくるわけで、やり方としてはネストレとかUBSとかと同じなのだが、もともとQ自体の写本が存在するわけではないので、その妥当性はネストレとかとくらべるとどうしても低くなるんじゃないかな、なんて僕は思っていたが、実際の本を手にしてみるとそれは杞憂だということがわかる。例えば、「 Documenta Q / Q4:1-13,16. The Temptations of Jesus-Nazara 」の巻では、Qのうちわずか14節(14章じゃないよ)を、480ページ余り使って説明してるのだから、その議論の精妙さがわかろうというもの。

 まず最初に、ほぼ1節ごとに、ルカ、マタイ(時にマルコ)と再構成されたQテキストを並べて示し、各ギリシャ語本文の差異を示します。その際、各差異を示した箇所について番号がふられ、ほぼ逐語的に、ルカがオリジナルか?、マタイがオリジナルか?、あるいは、それがQに含まれるか?、といった議論点があわせて提示されるという具合。以下、そのひとつひとつの問題点について検討していくわけだが、このとき、ヴァイスからハルナック、タイセン、ブラウン、マックなど過去2世紀にわたるQや共観福音書の170人以上の研究者の成果にあたり、それらを、「Qとして採用」、「非採用」、「その他」、「決定せず」、といった判断ごとに分類して言及箇所を引用する(それも必要ならば1ページ以上の量で)という徹底ぶりだから驚くほかない。この方法自体は、J.クロッペンボルグの「Q Parallels」(PolebridgePress,1988)を基本的に踏襲しているわけだが、引用文献の数、量はまさに桁違い。それに、引用文献のなかには研究者といえども簡単に参照できない研究書もあるでしょうし、この本が「Database」といわれるゆえんも、まさにここにあるのだろう。

 この引用セクションのあとに、Qプロジェクトの複数メンバーによる「Evaluations」=「評価」が加えられている。ここには{A}~{D}までの4段階の確度があわせて表示され、復元されたQ本文について、Qプロジェクト内での意見の一致具合が一目でわかるようになっている点もなかなか優れている。もちろんQプロジェクトの復元結果に賛同できない学者さんもいると思うけど、その場合でも、今後Qについて言及するときには、このプロジェクトの成果を基礎に置くことになるのは間違いない。

 この本全体にわたって、以上見てきたような手続きがえんえんとくり返され、それも「Kai」を入れる入れないとか、マタイにはある冠詞がルカにはない、どっちをとるか、とかいった非常に細かい議論がほとんどだから、まあ新約研究を職業としていない僕のような素人さんにはもったいないような本だといえるけど(第一、70~80あるとされるQのセクションのうち、1巻1万円強の本でやっと1~2つが復元されているに過ぎない)、一応、ご紹介させていただきます。





追記:「Documenta Q」シリーズの既刊は、出版元のサイトによれば下記の7冊(出版元は、ベルギーの 、Peeters ) ※1冊は後記

Q 7: 1-10 The Centurion's Faith in Jesus' Word
 Johnson S.R.
The Critical Edition of Q. A Synopsis including the Gospels of Matthew and Luke, Mark and Thomas with English, German and French Translations of Q and Thomas
 Robinson J.M. , Hoffmann P. , Kloppenborg J.S.
Q 12:8-12. Confessing or Denying - Speaking against the Holy Spirit - Hearings before Synagogues - Fleeing among the Towns of Israel
 Brauner U. , Hieke T. , Hoffmann P. , Heil C. , Amon J.E. , Boring M.E. , Asgeirsson J.Ma.
Q 22:28, 30. You Will Judge the Twelve Tribes of Israel
 Hoffmann P. , Brandenburger S.H. , Brauner U. , Hieke T.
Q 11: 2b-4. The Lord’s Prayer.
 Anderson S.D. , Carruth S. , Garsky A.
Q 6: 20-21. The Beatitudes for the Poor, Hungry, and Mourning
 Hieke T.
Q 12:49-59. Children against Parents - Judging the Time - Settling out of Court
 Carruth S. , Garsky A. , Heil C. , Hieke T. , Amon J.E.
Q 4: 1-13, 16. The Temptations of Jesus - Nazara
 Heil C. , Carruth S. , Robinson J.M.

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アーラントの『The Text of the NT』

 前項で取り上げたメツガー氏の『新約聖書の本文研究』の原題は「The Text of the New Testament」だが、ネストレの編者として有名なアーラント夫妻にも同じタイトルの本がある。もともとはドイツ語で書かれているが、 Erroll F.Rhodes さんによる英訳が出ているため(とてもわかりやすい英語だし)、ここで紹介しよう。

 内容的には、メツガー氏のものとおおむね同じ構成だが、メツガー氏のものが本文批評の方法論や異読が生まれた背景に多くのページを割いているのに対し、アーラント夫妻のものは写本やパピルスの伝承・分類においてより詳しいと言えるだろう。大抵の写本・パピルスの概要はこの本で調べられるし、ネストレ26版やUBS3、シノプシス(共観表)の使い方なども解説されている。ペーパーバック版ならおよそ3000円で買えることを考えると、手元に置いておいて損はない本だ。

□「The Text of the New Testament an Introduction to the Critical Editions and to the Theory and Practice of Modern Textual Criticism」 Kurt Aland and Barbara Aland: translated by Erroll F. Rhodes. 2nd ed., rev. and enl. Eerdmans Pub Co. 1995

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2006/08/14

『新約聖書の本文研究』

 先の発言のまたまた続き・・・。数年前、このサイトのhp版を作っていたとき、「新約本文学」関係の本をいくつか紹介していたにもかかわらず、この本には触れなかったのを思い出した。その名も『新約聖書の本文研究』。メツガー氏の労作であり、新約聖書の本文学関係の研究書としては、第一にあげられるべき本だということはわかかっていた。が、実はその頃はまだこの翻訳再版(原著の第3版による)は出版されておらず、翻訳初版(原著の第2版による)が長く品切れ中になっていたのだった。

 僕はと言えば、ネットで探し回ったあげくようやく神田の友愛書房で見つけ手に入れたのはよかったけれど、値段は1万円弱(泣)。とても一般の方には、勧められなかったという次第。

 幸せなことに、(やや高価とはいえ)今では翻訳再版が簡単に手に入る。しかもこの版には、巻末に「増補・1964-1990年における本文研究の進歩」が追加されており、このなかでネストレ26版、UBS(連合聖書協会)修正第3版、NTG(新約大型資料版)ルカ1-12など、新たに編纂されたギリシア語本文にもコメントされている。2005年には、先に述べたように共著者にアーマン氏が加わった原著第4版が出ているようだが、現在のところ我が国では、これ以上の新約本文学・本文批評の教科書は存在しないと言いきってかまわないだろう。(7600円+税)

□橋本滋男・訳、日本基督教団出版局、1999

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「A textcritical complaint」

 先の『捏造された聖書』の紹介記事で触れた、ヴァティカン写本への第2の校訂者が書いた「欄外への注記」の画像を見つけたので、参考までに。題して「A textcritical complaint」!百聞は一見に如かず。ご自分の目で確かめてください。※当該本には、p.62 に掲載。

http://www-user.uni-bremen.de/~wie/Vaticanus/note1512.html

 僕が数年前からよく参照している Dr. Wieland Willker さんのサイトですが、かなり見つけにくいので、フレーム本体へのリンクを書きました。が、そのあとは、必ずトップページに飛んでください。よろしくです。

http://www-user.uni-bremen.de/~wie/

 この Dr. Wieland Willker さんは、ブレーメン大学の化学(生物化学?有機化学?)関係の先生らしいのですが、論文等を見ると blood plasma =血漿等の研究などをされているみたいだ(さすがに、こちとら専門外でよくわからない)。

 しかし、その専門分野のサイトの下に Private 欄があり、これがすごい!ちなみに、「My own Bible pages」という箇所には、上記「バティカン写本」のほかに、「エジャトン・パピルス」、さらに「シークレット・マルコ」!の詳細な解説ページがある。ほかにも、「本文批評」「聖書リンク集」「ギリシア語のオンライン聖書」「新約聖書の外典」という膨大なページがぶらさがっている。ほかに、 Pentax、Kate Bush  というコーナーもありますが(笑)。

 新約聖書外典関係の原語本文やファクシミリ画像は、ほとんどここからたどれるほか、前記の見出しを見てもおわかりのようにかなりの硬派なサイトなので、ちょっとやそっとでは使いこなせないほどの内容だと思う。というより、ヴァティカン写本の当該ページの画像があっただけでも、すごいと思いませんか?おそるべし、インターネット。

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『捏造された聖書』

 原題の直訳は、「イエスの誤引用―聖書を改変した人々とその理由の背後にある物語」。それを翻訳にあたって『捏造(ねつぞう)された聖書』と改題したのはまだいいとしても、「『ダ・ヴィンチ・コードが語らなかったキリスト教の聖典をめぐる新事実』」「葬り去られたイエスの物語」というキャッチコピーのついた帯付きで売り出す出版社の姿勢には、訳者もちょっと困っているのだろう。「内容は実に健全かつ学術的で、スタンダードな現代聖書学の成果を解りやすく伝えるものになっています」といういい訳を、わざわざ「訳者あとがき」に残している。

 実際、著者のバート・D・アーマンは、新約聖書の本文批評の分野では教科書的地位を占めているブルース・M・メツガーの『新約聖書の本文研究』(第3版・増補版による邦訳は、日本基督教団出版局から橋本滋男氏の訳で出ている)の第4版における共著者にもなっているくらいだから、本物の研究者なのだろう(失礼!)。ちなみに、著者はこの本を、メツガー氏に捧げている。また、氏のことを「ドクター・ファザー」と呼んでいるらしい。訳文に、時折、アメリカ文学に登場する主人公のせりふみたいな言葉が出てくる点を除けば、帯のコピーから連想されるようなスキャンダラスな記述は見られない。今回、サイトの移行にあたり、一般的にはなじみのないこの分野の、貴重な「一般人向けの本」として、ここで紹介したいと思った次第。

 エラスムスによる初のギリシャ語印刷聖書や、ティッシェンドルフによるシナイ写本の発見など、多くの内容はこの本以外でも読めるといえば読めるのだが、初期キリスト教における「書物」の重要性や、写本の作られ方の説明も含め、これだけの内容を知ろうとすれば、これまではかなりのお金と手間がかかっていたのは事実だ。そういう意味では、「そういう本としては世界初のものだと思う」という作者の自負は、決しておおげさとも言えないだろう。

 例えば、次のような逸話・・・ヴァティカン写本(写本記号B)が、2度校訂を経ているのは有名な話だ(ちなみに、ネストレ等では、その校訂の過程を「B]「B」「B]という記号で表している)。その「ヘブライ人の手紙」1.3の部分では、原本が「力ある言葉によって万物を顕す」とあったのを、より一般的な「万物を支える」と書き直した第一の校訂者に対し、第二の校訂者が「万物を顕す」と戻し、欄外にこう書き加えているという。

「阿呆かお前は! 元のままにしておけ、勝手に変えるな!」

 この話も、メツガー氏の上記本に、思慮のある写字生による本文の「意識的な変更」の例として手短に紹介されてはいたけれど、アーマン氏の今回の本の方がずっと印象的に書けている。ちなみにアーマン氏は、「この写本のこのページをコピーして、額に入れて机の前に飾っている」というからなかなか泣かせる。

 もし、新約聖書の本文批評に興味を持った方がいたら、気軽に手にしてみるとよいと思う。きっと得られることは多いと思う。ただひとつ、多くの興味ある異読箇所に言及しているだけに、聖句索引がないのが惜しい。本格的な註もちゃんとついているのだし、もしかして、原著にはあるのかな?(2200円+税)

□ 松田和也・訳、柏書房、2006

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2006/08/13

ココログに移行します。

 nifty の homepage3 で書きついできた新約聖書の本文批評に関するサイトを順次移行していきたいと考えています。

<旧 The Text of the Gospels/hp版 は、おかげさまであちこちリンクも張られているようですので、当面アーカイブ的に使い、こちらに新着情報を載せていきたいと思います。>

 ちなみに以下は、hp版に掲載していた序文です。

 福音書や新約聖書のテキストについて独学している方々との情報交換を目的としたHomePageです。

 ●特定の宗教について、それを支持したり非難したりする意図はいっさいありません。ご了承ください。

聖書といえば、「世界最大のベストセラー」ともいわれるように誰もが一度は目にしたことがあるポピュラーな書物ですが、いざそのテキストについて学ぼうとすると、なかなか困難な情況が待っています。

 特に、
1)大学の神学部の学生やその関係者の方ではなく、
2)地方住まい、さらに、
3)教会などの所属員ではない一般人、

ということであれば(それはそのまま僕の境遇でもありますが)、いきおい独学をせざるを得ないのが実情です。

 幸い、NIFTY-Serveの聖書研究フォーラム/FBIBLEやinternetを通じて、決して大勢ではありませんが、福音書や新約聖書のテキストについて個人的な興味から研究されている方々と出会うことができました。その方々からお教えいただいた情報も含めて、このサイトで「独学の愉しみ」を分かちあえたら、というのが管理者の考えです。

 興味をお持ちの方は、ぜひ新たな情報、質問、誤りの指摘、苦情などお寄せください。もちろん、一般の方でなく、専門家や教会関係者の皆さん方からの情報提供も、大歓迎いたします。

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