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2006/08/24

『NT Greek Manuscripts』

 ちなみに、nomina sacra =ノミナ・サクラによる特定の文字の縮め方については、先の発言でも少し触れたように、写本(やその成立時代)によっていろいろなバリエーションがあるようだ。

 マルコ1:1の「イエス」「キリスト」「子」「神(の)」(ギリシア語では、この順番になる)の語について言えば、

1) 小文字写本28のオリジナルが、「イエス」 > 「ιυ」

2) コリディティΘ及びシナイオリジナル、28の修正版が、「イエス」「キリスト」 > 「ΙΥ ΧΥ 」 または、「ιυ χυ」

3) シナイcやレーギウスLは、「イエス」「キリスト」「子」「神」 > 「ΙΥ ΧΥ ΥΥ ΘΥ」

 この4連続の nomina sacra は、なかなか壮観でさえある。そのバリエーションとしては、「神」の語の前に定冠詞がついた例がかなりある。

4) アレキサンドリアA、多数派本文 Majority text、カンピヌアスMなど > 「ΙΥ ΧΥ ΥΥ ΤΟΥ ΘΥ」

 これらは上記の4語をすべて縮約した例(実際には、縮約形の上に、横線入り)である。しかし、もちろんそうではない写本もある。多い例として

5) バチカンBやベザD、ワシントンWなどは、「イエス」「キリスト」「神」は縮めていて、「子」だけはもとのまま > 「ΙΥ ΧΥ ΥΙΟΥ ΘΥ」

  ちなみに、以前に紹介した Dr. Wieland Willker さんのサイトに、バチカン写本の冒頭ページの写真を集めたページがある。そこにマルコの冒頭部分も掲載されている。

http://www-user.uni-bremen.de/~wie/Vaticanus/titles.html

 これを見ると、上記 nomina sacra の状態がよくわかると思う(ページの一番上に、マタイとマルコの冒頭画像が並んでいる。右側がマルコで、その緑色のバーに続く、本文2行目冒頭から10文字がそれにあたる)。さらに細かい点だが、ベザDの場合は、「イエス」」「キリスト」の縮約形は > 「ΙΗΥ ΧΡΥ 」になっているらしい!

6) さらに多い例は、5)の例の「神」の語の前に定冠詞がついた例で、キプリウスK、家族1 f1、家族13 f13、小文字写本565など > 「ΙΥ ΧΥ ΥΙΟΥ ΤΟΥ ΘΥ」 または、「ιυ χυ υιου του θυ」

7) 小文字写本69は、かなり変わってて、「キリスト」と「神」は縮めていて、「イエス」「子」はもとのまま > 「ιησου χυ υιου του θυ」

 カイサリア型と言われている69だが、「この写本では、ヨハネ21:15までは常に ιησουs と省略しない形が用いられ、ヨハネ21:15で ιs が初めて現われるが、その後も、使徒行伝の19箇所を含む41箇所で ιησουs と記されている」らしい(メツガー氏『図説ギリシア語聖書の写本』)。

 以上、本文自体の違いのほかに nomina sacra の違いが加わって、たった1節とはいえども相当な量のバリエーションが生じていることがわかる。自分でもこれを書いていて、かなり混乱したくらいだから、古代の写字生もさぞ大変だったろう(笑)

 ちなみに、こうした nomina sacra の縮約形の情報は、何度も言うがネストレにはない。また、レッグ氏によるマルコ・マタイの大型資料版、ルカの新しい大型資料版にもない。それを知るには、各写本のファクシミリにあたるのが一番だが、これは一部を除いて一般には手に入りにくく、現実的には銀座の聖書図書館にでも行って閲覧するしかないだろう(例え、ファクシミリを見ても、すべての箇所について調べるなどということは、時間的にもできない相談だろう)。

 では、どうやって上記のような情報を手に入れたかというと、その秘密は『 New Testament Greek Manuscripts 』( Reuben Swanson,ed. Sheffield Academic Press, 1995 )という本にある。この本(シリーズ)は、バチカン写本を一番上の行に印刷し、他の写本がこれと異なる読みを示すとき、その本文を下に下線付きで並べて表示するインターライナーというシステムを採用。ギリシア語の一文字毎の異読の有無、各写本間の一致具合等が、一目で把握できるように工夫されている。内容の濃さの割には、5,000円前後の安い本なので、最初、銀座の教文館で見つけたときには、「これ、ちゃんとした学問的な本かいな」と思ったりした。でも、「大御所メツガー氏が序文書いてるし、まいっか」っていう感じで買ってしまったけど、これが大正解!自慢のビジュアル表示の異読のほかに、本文の欠損部分、正字法(単語の綴り)の違い、そして上記 nomina sacra、各写本の章の区分(ケパライア=マイヨーラ)や標題(ティトゥロイ)、聖書日課のはじめと終わり、エウセビオスのカノン表まで各種写本情報が満載で、まさにすばらしい出来だと思う。というかこの本のほかに、手軽にこの種の情報を得ることのできる本は存在しないだろう、多分。

※このシリーズは、Mt, Mk, Lk, Jn, Acts, Gal, Rom, 1.Co が出ているようだが、教文館の洋書担当の方の話によれば、出版社の Sheffield Academic Press はすでに大手の会社に吸収されてしまったらしく、入手困難とのこと。ただし、amazon からは新品も含めまだ検索・購入できるようなので、ぜひ手に入れてほしい。

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コメント

聖書本文研究学を独学中の素人です。
大変貴重な情報の数々、ありがとうございます。
聖書本文研究は中々マイナーな趣味のようで、情報交換の場が少ないことが悩みです。
こちらで御紹介いただい書籍ですが、早速何冊か購入いたしました。
"NT Greek Manuscripts"も米アマゾンで購入したのですが、私が購入したものについてもご指摘の乱丁(マルコ p159)にがありました。
こちらに乱丁の情報をあげていただいてから、暫く経っているようでしたので治っている事を期待していたのですが…
この件については版元に問い合わせ中とのことですが、その後何か情報がありましたら、お教えいただけるとありがたいです。
今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

投稿: Gefdc77 | 2011/10/12 00:07

Gefdc77 様、こんばんは。せっかくコメントをいただいておりながら、お返事が遅れまして申し訳ありません。
New Testament Greek Manuscripts につきましては、その後、教文館からも連絡はありません。出版社にも問い合わせは難しい状況かと思います。良いおしらせがなくすみません。
これはどこかにも書きましたが、上記、Dr. Wieland Willker さんのサイトに、Errata list to Reuben Swanson's Greek NT volumes というフォローページがあります(こちらは最終更新は17.04.2008ながら、今でも見ることができます)。
http://www-user.uni-bremen.de/~wie/texte/Swanson-errata.html
これに懲りずまた、情報交換できれば幸いです。ありがとうございました!

投稿: cherubino | 2011/11/15 23:54

cherubino様
コメントありがとうございます。
http://www-user.uni-bremen.de/~wie/texte/Swanson-errata.html
は知りませんでした。ご紹介ありがとうございます。
また当方でも新しい情報がありましたら、
こちらに書き込ませていただきます。
今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

投稿: Gefdc77 | 2011/11/16 14:01

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