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2006/08/14

『捏造された聖書』

 原題の直訳は、「イエスの誤引用―聖書を改変した人々とその理由の背後にある物語」。それを翻訳にあたって『捏造(ねつぞう)された聖書』と改題したのはまだいいとしても、「『ダ・ヴィンチ・コードが語らなかったキリスト教の聖典をめぐる新事実』」「葬り去られたイエスの物語」というキャッチコピーのついた帯付きで売り出す出版社の姿勢には、訳者もちょっと困っているのだろう。「内容は実に健全かつ学術的で、スタンダードな現代聖書学の成果を解りやすく伝えるものになっています」といういい訳を、わざわざ「訳者あとがき」に残している。

 実際、著者のバート・D・アーマンは、新約聖書の本文批評の分野では教科書的地位を占めているブルース・M・メツガーの『新約聖書の本文研究』(第3版・増補版による邦訳は、日本基督教団出版局から橋本滋男氏の訳で出ている)の第4版における共著者にもなっているくらいだから、本物の研究者なのだろう(失礼!)。ちなみに、著者はこの本を、メツガー氏に捧げている。また、氏のことを「ドクター・ファザー」と呼んでいるらしい。訳文に、時折、アメリカ文学に登場する主人公のせりふみたいな言葉が出てくる点を除けば、帯のコピーから連想されるようなスキャンダラスな記述は見られない。今回、サイトの移行にあたり、一般的にはなじみのないこの分野の、貴重な「一般人向けの本」として、ここで紹介したいと思った次第。

 エラスムスによる初のギリシャ語印刷聖書や、ティッシェンドルフによるシナイ写本の発見など、多くの内容はこの本以外でも読めるといえば読めるのだが、初期キリスト教における「書物」の重要性や、写本の作られ方の説明も含め、これだけの内容を知ろうとすれば、これまではかなりのお金と手間がかかっていたのは事実だ。そういう意味では、「そういう本としては世界初のものだと思う」という作者の自負は、決しておおげさとも言えないだろう。

 例えば、次のような逸話・・・ヴァティカン写本(写本記号B)が、2度校訂を経ているのは有名な話だ(ちなみに、ネストレ等では、その校訂の過程を「B]「B」「B]という記号で表している)。その「ヘブライ人の手紙」1.3の部分では、原本が「力ある言葉によって万物を顕す」とあったのを、より一般的な「万物を支える」と書き直した第一の校訂者に対し、第二の校訂者が「万物を顕す」と戻し、欄外にこう書き加えているという。

「阿呆かお前は! 元のままにしておけ、勝手に変えるな!」

 この話も、メツガー氏の上記本に、思慮のある写字生による本文の「意識的な変更」の例として手短に紹介されてはいたけれど、アーマン氏の今回の本の方がずっと印象的に書けている。ちなみにアーマン氏は、「この写本のこのページをコピーして、額に入れて机の前に飾っている」というからなかなか泣かせる。

 もし、新約聖書の本文批評に興味を持った方がいたら、気軽に手にしてみるとよいと思う。きっと得られることは多いと思う。ただひとつ、多くの興味ある異読箇所に言及しているだけに、聖句索引がないのが惜しい。本格的な註もちゃんとついているのだし、もしかして、原著にはあるのかな?(2200円+税)

□ 松田和也・訳、柏書房、2006

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