レッグ氏の「大型資料版」
マルコ1:1の異文資料に関する雑感の続き。
では、ネストレやUBS以外に、エイレナイオスやエピファニオスといった教父引用の証拠を示した批評資料欄を持つ本はないだろうか、ということで、最近、次の本を手に入れた。
□Novum Testamentum Graece secundum Textum Westcotto-Hortianum. Evangelium secundum Marcum Oxford: The Clarendon Press, 1935
これは、ルカの大型資料版について書いたときにも触れた、S.C.E.レッグ氏が1935年にオックスフォードから出版した古典的な集註版である。タイトルからもわかるように、ウェストコット=ホルトの本文を基準として、写本や初期の翻訳、教父の引用から膨大な異読を集めている。今では、なかなかお目にかかることもないだろうから、そのマルコの冒頭部分を示そう。
レッグ氏の本の場合、教父による聖書本文の引用が、ギリシャ語およびラテン語でその前後部分も含めて示されており、文字とおり有難い(これは、ルカ=新版よりずっと見やすい表示だ)。早速、「神の子イエス・キリスト」の有無を見てみると、
1) エイレナイオス・ギリシア語 「イエス・キリスト」
2) エイレナイオス・ラテン語1 「なし」
3) エイレナイオス・ラテン語2 「神の子イエス・キリスト」
4) エイレナイオス・ラテン語3 「神の子イエス・キリスト」
5) オリゲネス・ギリシア語1 「イエス・キリスト」
6) オリゲネス・ギリシア語2 「イエス・キリスト」
7) オリゲネス・ラテン語 「イエス・キリスト」
8) エピファニオス・ギリシア語 「なし」
という結果になった。つまり、
長い読み「神の子イエス・キリスト」 エイレナイオス lat2/3
短い読み「イエス・キリスト」 エイレナイオス gr オリゲネス gr, lat
なし エイレナイオス lat1/3 エピファニオス gr
となり、UBS4との違いは、エイレナイオス gr が「なし」から「短い読み」になっている点だけである。
このレッグ氏の大型資料版は、なにしろ戦前の編集であるし、「証拠の提示の仕方が不完全で、ところどころ誤りもあると批判されている」(メツガー『新約聖書の本文研究』)らしい。というより、引用元のエイレナイオス等の本文自体の校訂が正しいことが前提なので、これを決め手には使えそうにない。だから最終的には各教父の著作、しかも原典の批判的校訂版にあたるしかないだろうけど、ここでも田川氏の言うようにマルコ1:1のエイレナイオス引用において、「キリスト」の語も省略されて「イエス」のみという証拠文書は、残念ながら見当たらなかった。
ちなみにこの本でも 28*のみは、「om. キリスト」とされている。また、「短い読み」の証拠写本として、255 と 1555*がクレジットされていることも付記しておく(ところで、田川氏は、この本見てるのかしら・・・)。
※余談だけど、この本、amazon のUSAのサイトで見つけて、マタイの巻といっしょに購入した used 本。2冊で1万円を切っているから、安かった方だろう(日本の古書店リストで、マルコだけで2万円近くしていたのを見かけたことがある)。ただ、なぜかボストン大学の神学校の図書館蔵書印が押してある(なぜ!?)。おそらく、この日本の片田舎にたどり着く前には、たくさんの学者さんや学生さんが手にした本だろうし、そう思って眺めるとあちこちに見られる書き込みなどにも愛着が感じられて、ページをめくっているだけでなかなか感慨深いものがあります。
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