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2006/11/07

Editio Critica Maior

 新約聖書における現代の最も信頼できる本文は何かと尋ねられたら、大抵の場合、「ネストレ=アーラント(27版)」の名前が挙がるに違いない。この名は、この業界では(笑)、ある意味、現代の「公認本文」とも言えるほど絶対的な権威を持っている。しかし、それは本当だろうか。新しい写本証拠の出現や、旧来から知られていた証拠の精査は日々進んでおり、実際、聖書本文とは生きているものである。そして、その証拠に「公同書簡」においては、すでにネストレ27を修正する形で新しく校訂された本文が公刊されている。それが、タイトルにある「Editio Critica Maior」=大型批評版である(編纂にあたっているのは、ミュンスターの新約聖書本文研究所)。ちなみに、略称は ECM であり、これは音楽好きの方にとっては、ジャズ(キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」)やクラシック(アルヴォ・ペルトの作品集やクレーメルの諸盤)で有名なドイツの音楽レーベルとして通っているかもしれない。

 では、大型批評版とは一体何であろう。それは、(可能な限り)すべての異読情報を掲載した文字通り大版の資料集成本であり、それを編纂することは、それぞれの時代において、最も原文に近い聖書本文を再構築することと並んで、本文学者たちの大いなる「夢」のひとつであったろう。このサイトでも、レッグ氏編纂の「マタイ」「マルコ」、The International Greek new Testament Project 版の「ルカ」を紹介したことがある。これらに対しネストレは、かなり大量の異読情報を少ないスペースに押し込んでいるにもかかわらず、「簡約版」「小型批評版」と呼ばれるタイプになるらしい。

 ところで大型批評版は、その目的は、今見たように手に入る限りの異読情報を集めるのが主であり、単一の本文を編集することではない。とすれば、なぜこれが「ネストレ」を改訂する刊本と位置づけられるのだろう? この ECM のプロジェクトでは、単に利用可能なすべての証拠を集めただけでなく、その大量の証拠をコンピューターでデータベース的に処理し、Coherence-Based Genealogical Method (直訳すれば、「一貫性に基づいた系統樹的な手法」とでもなるだろうか)と名づけられた手法で分析している。そして、各写本の系統図を作成し、多くの問題のある異読の箇所に新たな判断根拠を示している。こうした作業により、ECM の公同書簡における復元された本文は、ネストレ27版の本文と、23節で異なるという結果となっているのである。これは、変更箇所としてはなかなかの数と言える。

 もっとも異読というものは、もともと全部が全部本文の確定に関係しているわけではない。「ヨハネの第1の手紙」の Notes を担当した編者も、異読が大量にあるといっても、冠詞や叙法の違い、故意でないミスなどによるものが非常に多い、でも、「ECM のルールによれば、これらの違いもぜーんぶアパラトゥスに載せなくちゃいけないんだからね」となかば自嘲気味に書いている。それが ECM の宿命なのだから仕方ないと言えば仕方ないんだけど・・・

 ECM のプロジェクトは、現在、以下の4分冊で出ている(以前にこのサイトで触れた『国際聖書フォーラム2006講義録』にも、クラウス・ヴァハテル氏によるかなり詳細な紹介があることを付記しておく)。

□Novum Testamentum Graecum. Editio Critica Maior / Ed. by the Institute for New Testament Textual Research.

Vol. IV Catholic Letters, ed. by Barbara Aland, Kurt Aland, Gerd Mink, Holger Strutwolf, and Klaus Wachtel.

  • Instl. 1: James, Pt. 1. Text, Pt. 2. Supplementary Material, Stuttgart 1997; 2nd rev. impr., Stuttgart 1998, ISBN 3-438-05600-3
  • Instl. 2: The Letters of Peter, Pt. 1. Text, Pt. 2. Supplementary Material, Stuttgart 2000, ISBN 3-438-05601-1
  • Instl. 3: The First Letter of John, Pt. 1. Text, Pt. 2. Supplementary Material, Stuttgart 2003, ISBN 3-438-05602-X
  • Instl. 4: The Second and Third Letter of John. The Letter of Jude, Pt. 1. Text, Pt. 2. Supplementary Material, Stuttgart 2005, ISBN 3-438-05603-8

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