« Editio Critica Maior; Actsでの本文変更(その2・13:33) | トップページ | 岩波訳「使徒行伝」への土岐氏の批評(その2) »

2018/06/15

岩波訳「使徒行伝」への土岐氏の批評(その1)

 ECM の新刊絡みで、最近「使徒行伝」を調べている。その場合、参照する日本語訳としては、日本聖書協会発行の各訳のほかに、いわゆる「岩波訳」の中の荒井献氏の訳が代表的なものと言えるだろう。正式名は「新約聖書翻訳委員会訳」で、『新約聖書II ルカ文書』として1995年に出た。ノーブルな文体で、読みやすい訳になっていると個人的には思うが、無論、すべて万全な翻訳などあり得ない。荒井訳への批評としては、土岐健治氏が「言語文化 Vol.45」(一橋大学言語研究所、2008年)で、「荒井献訳『使徒行伝』について」という文章を発表、約100箇所について修正提案を寄せている(一橋大学の学術論文サイトから、当該記事のPDFがダウンロードできる>>こちら)。説明はほとんどなく、「○○と訳すべきであろう。」「「○○」は,底本によれば,「△△」である。」といった指摘が延々と続くので、初めて読んだときはさすがに面食らった。こういう形態の論文は他では見たことがないが、聖書学では普通なのだろうか。一点、非常に気になったのは、『新約聖書II ルカ文書』初版における単純な誤りについては、2004年に出た「岩波訳」の新約聖書全体を一冊にまとめた合冊版で修正されているという。ただ、いくら訂正箇所があるとはいえ、それを知るために同じ内容の本を買い直す人は、(僕のような人以外?)少ないと思われる(第一、合冊版は結構高価である)。なので、その訂正箇所を以下に挙げておく。文章自体は土岐氏の書いたそのままで、※印以下は引用者の補足である。

●文章の変更箇所(修正済み)
 4:37 と5:2 と5:12 の,「信者たち」は,「使徒たち」と訳すべきである。合冊では「使徒たち」と訂正されている。
 9:36 の後半部分が,初版では,訳出されていないが,合冊では,訳出されている。※(追加訳=彼女は多くの善行や施しをしていた。)
 15:26 の,「身を」は,「魂を」が正しく,合冊では正しく訂正されている。
 18:2 の,(中略)。また,初版では,この節の最後の部分が訳されていないが,合冊では,訳出されている。※(パウロが彼らを訪ねると、)<<ただし、後節18:3の頭に入れている。
 19:30 の初版の,「主の兄弟たち」は,「弟子たち」とすべきであり,合冊では正しく訂正されている。
 19:32 の後半部分が,初版では脱落しているが,合冊では訳出されている。※(集会は混乱し、ほとんどの者は何のために集まったかもわからなかったからである。)
 21:30 の後半部分が,初版では脱落しているが,合冊では適切に訳出されている。※(そして、すぐに門は〔いずれも〕閉ざされた。)
 24:15の(中略)。また,この節の後半部分が,初版では脱落していたが,合冊では適切に訳出されている。※(この希望は、この人たち自身も抱いているのです。)
 28:6 の前半部分が,初版では脱落しているが,合冊では適切に訳出されている。※(彼らは、彼がはれあがるか、あるいはたちまち倒れて死ぬだろうと待っていた。しかし、)

 これらはいずれも土岐氏の指摘どおりであり、特に「訳し漏れ」箇所については、岩波版の旧版を持っている人は付箋でも貼って直しておくとよい。

●節番号の変更箇所(修正済み)
 10:35 の節番号の位置が,初版ではずれているが,合冊では,正しく訂正されている。※(「神を畏れて義しいことを行なう者は、」の前)
 19:26 の節番号の位置が,初版ではずれていたが,合冊では正しい位置に置かれている。※(「それなのに、諸君も見聞きしているように、」の前)
 20:3 の節番号の位置が,初版では誤った位置にあったが,合冊では正しい位置に置かれている。※(「ここで三カ月過ごした。」の前)
 23:15 の節番号の位置が,初版ではずれていたが,合冊では正しい位置に置かれている。※(「ついては、あなたたちは今すぐ、」の前)
 24:15 の節番号の位置が,初版ではずれていたが,合冊では正しい位置に置かれている。※(「また、義しい者も義しくない者も」の前)
 25:24 の節番号の位置が,初版ではずれていたが,合冊では正しい位置に置かれている。※(「そこで、フェストゥスは言う、」の前)
 26:13 の節番号の位置が,初版では位置がずれていたが,合冊では適切な位置に置かれている。※(「その途上、真昼に、」の前)
 27:34 の節番号の位置は,初版では位置がずれているが,合冊では適切な位置に置かれている。※(「ですから私は、」の前)
 28:31 の,節番号の位置が,初版ではずれているが,合冊では適切な位置に置かれている。※(「実に大胆に、」の前)

 なお、以下の節番号は、合冊でも修正されていない。

●節番号の変更箇所(未修正)
 15:18 の冒頭部分は,底本通り,ゴチックにすべきであろう。また,「この」は,底本通り,「これらの」と訳すべきであり,かつ,「これらの」以下は,18 節ではなく,17 節とすべきである。
 27:10 の,節番号の位置が,初版でも合冊でも,位置がずれている。「人々に言った」の前に来なければならない。(後略)

 15:18については、少し複雑なので(その2)で触れることにしたい。後者(27:10)は、確かに底本(ギリシャ語版)では、そうなっている。が、ここはほとんどの日本語訳で、慣例的に「人々に言った。」の後に節番号がついている(「皆さん、私たちの見るところでは・・・」というパウロの発言の前)。なので、荒井氏もあえて(底本に反して)そのままにした箇所と僕は見ている。

(付記)上記の指摘箇所は、同書『ルカ文書』の第6刷(2001年)、『荒井献著作集 別巻』(岩波書店、2002年)でもすでに修正されている。(注) ただし、15:26の「身」>>「魂 」を除く。

|

« Editio Critica Maior; Actsでの本文変更(その2・13:33) | トップページ | 岩波訳「使徒行伝」への土岐氏の批評(その2) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 岩波訳「使徒行伝」への土岐氏の批評(その1):

« Editio Critica Maior; Actsでの本文変更(その2・13:33) | トップページ | 岩波訳「使徒行伝」への土岐氏の批評(その2) »