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2018/07/06

『新改訳2017』の公同書簡(その4)

 続いて、第1ヨハネから。

◯1:7 しかし、もし神が光の中におられるように、私たちも光の中を歩んでいるなら、私たちは互いに交わりを保ち、御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます。(聖書 新改訳 c1970,1978,2003 新日本聖書刊行会)
●1:7 もし私たちが、神が光の中におられるように、光の中を歩んでいるなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血がすべての罪から私たちをきよめてくださいます。(聖書 新改訳2017 c2017 新日本聖書刊行会)

 ネストレ28版では「しかし=de」の語が取れた(読みa:044, 1243, 1739, 1881 その他)。ただし写本証拠としては、「しかし」ありの方が有力(読みb:01, 02, 03, 04, 025, 5, 33, 81, 307, 436, 442, 642, 1448, 1611, 1735, 1852, 2344, 2492 その他 Byz)。なので、「◆=ダイヤモンド記号」つまり「ECM 第2版の本文欄に2つの同等の読みが併記された個所」ではある。

◯3:7 子どもたちよ。だれにも惑わされてはいけません。義を行う者は、キリストが正しくあられるのと同じように正しいのです。(聖書 新改訳 c1970,1978,2003 新日本聖書刊行会)
●3:7 幼子たち、だれにも惑わされてはいけません。義を行う者は、キリストが正しい方であるように、正しい人です。(聖書 新改訳2017 c2017 新日本聖書刊行会)

 「子どもたち=teknia」(呼格複数)が、ネストレ28版で「幼い子どもたち=paidia」という語に変わった。前者、読みb を持つ写本証拠は、01, 03, 81, 642, 1243, 1448, 1611, 1852, 2492 その他 Byz。対して読みa は、02, 04V, 025, 044, 5, 33, 436, 1735, 1739, 1881, 2344 その他。第1章7節と同様、ビザンティン型の読みから変更された箇所となる。ちなみに新改訳第3版は、第1ヨハネにおける「paidia」の訳語に「小さい者たちよ、」を使っていた(2:14, 2:18)が、新改訳2017では上記「幼子たち、」に統一している(2:14, 2:18, 3:7)。

 次は、ユダ書 5節から。

◯(1:) 5 あなたがたは、すべてのことをすっかり知っているにしても、私はあなたがたに思い出させたいことがあるのです。それは主が、民をエジプトの地から救い出し、次に、信じない人々を滅ぼされたということです。(聖書 新改訳 c1970,1978,2003 新日本聖書刊行会)
●(1:) 5 あなたがたはすべてのことをよく知っていますが、思い起こしてほしいのです。イエスは民をエジプトの地から救い出しましたが、その後、信じなかった者たちを滅ぼされました。(聖書 新改訳2017 c2017 新日本聖書刊行会)

 実はこの節、ECM2 によれば我々が以下検討する箇所だけで、31通りもの読みが記載されている。ネストレ26-27版は(04*), 630, 1505 その他によっていて、これを直訳すると「[あなたがたには]すべてのことが知られているが、私はあなたがたに思い出して欲しい。[(冠詞)]主は人々を、一度はエジプトの土地から救い出したけれど、2度目(の場所)で信じなかった者たちを滅ぼした、ということを。」というような意味になる。一方、ネストレ28版では写本03 により、「一度は」という語が「知っている」の文に係り「今さら教える必要もないほどよく知っている(岩隈直氏『希和対訳つき 新約聖書12β』)」という意味になるほか、「主」が「イエス」に変わっている。新改訳2017年版では、「よく」という訳語に対し、「直訳「ひとたび」」と注をつけている上、後節の主語として「イエス」を採用している。つまりネストレ28版での変更を、きちんと踏まえている訳文のようだ。ただし、新改訳第三版もおそらく「一度は」を前に持ってきているネストレの古い版等の読みを採用していたと見えて、その点では、上記ネストレ26-27版とも違っている。

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