« 『新改訳2017』の公同書簡(その5) | トップページ | 『聖書協会共同訳』の公同書簡(その1) »

2018/12/09

『新改訳2017』の公同書簡(その6)

 補遺編の続き。

●1ヨハネ5:10 神の御子を信じる者は、このあかしを自分の心の中に持っています。神を信じない者は、神を偽り者とするのです。神が御子についてあかしされたことを信じないからです。 (聖書 新改訳 c1970,1978,2003 新日本聖書刊行会)
●5:10 神の御子を信じる者は、その証しを自分のうちに持っています。神を信じない者は、神を偽り者としています。神が御子について証しされた証言を信じていないからです。(聖書 新改訳2017 c2017 新日本聖書刊行会)

 ネストレ26/27版の「中に/彼自身に」(原文順)という再帰代名詞が、ネストレ28版では「中に/彼に」という代名詞に変わった(ネストレ旧版に戻ったと言うべきか)。この箇所は、新共同訳や岩隈訳は「自分の内に」、田川訳「自分の中に」と、あまり諸訳に差がない。「自分の」という日本語訳には多分に「自身の」という再帰代名詞的な意味が含まれる。なので訳文だけでは判断がつきにくいところ。あるいは、原文が上記のどちらであっても、「自分」と訳している場合が多いと言えるか。※1

●1ヨハネ5:18 神によって生まれた者はだれも罪を犯さないことを、私たちは知っています。神から生まれた方が彼を守っていてくださるので、悪い者は彼に触れることができないのです。(聖書 新改訳 c1970,1978,2003 新日本聖書刊行会)
●5:18 神から生まれた者はみな罪を犯さないこと、神から生まれた方がその人を守っておられ、悪い者はその人に触れることができないことを、私たちは知っています。(聖書 新改訳2017 c2017 新日本聖書刊行会)

 この箇所の本文変更については、『聖書協会共同訳』について書いた記事(>こちら)でも触れている。ここでは従前の版の「彼を」という代名詞が、ネストレ28版では「彼自身を」という再帰代名詞に変わった。新改訳2017年版は「彼を」を「その人を」という読みに変更しているが、これは新共同訳と同じ訳語。ネストレ28版の再帰代名詞をそう訳したかまでは不明だが、「異本「神から生まれた者は自分自身を守り」」という注をつけていることからすると、再帰代名詞の読みは採用しなかったのだろう。※2

●2ヨハネ(1:)5 そこで夫人よ。お願いしたいことがあります。それは私が新しい命令を書くのではなく、初めから私たちが持っていたものなのですが、私たちが互いに愛し合うということです。(聖書 新改訳 c1970,1978,2003 新日本聖書刊行会)
●(1:)5 そこで婦人よ、今あなたにお願いします。それは、新しい命令としてあなたに書くのではなく、私たちが初めから持っていた命令です。私たちは互いに愛し合いましょう。(聖書 新改訳2017 c2017 新日本聖書刊行会)

 ギリシャ語原文の語順は、ネストレ26/27版が「命令/新しい/私が書いている/あなたに」。ネストレ28版は「命令/私が書いている/あなたに/新しい」と、ネストレ旧版に戻された。「新しい」と胃う語の位置が問題になるわけだが、「後に置いて強調されている.」(岩隈直訳註『希和対訳脚注つき 新約聖書 12B 公同書簡 下』 )という考え方もあるようだ。いずれにせよ新旧新改訳の訳文では、目立った違いは見られない。

 以上、「新改訳2017」の公同書簡の訳におけるネストレ28版の影響を見てきた。「意外に」と言っては失礼かもしれないが・・・新しい読み・語釈を取り入れたプロジェクトになっているのではないだろうか。来週出る「聖書協会共同訳」ではどうだろう。

※1(2018/12/20の追記) 「聖書協会共同訳」でも「自分の内に」を採用していた。ただしこの新訳では、「自分」という訳を再帰代名詞の読みで使っている可能性がある。>>詳しくは、こちら
※2 ちなみに、この節にでてくる「神から生まれた者」「神から生まれた方」「彼」「彼自身」という訳語が具体的に誰を指すかということが、逆な意味で本文決定にも関わってくる。「我々」「イエス・キリスト」「キリスト教徒」などそれぞれの解釈があるようだが、今回は説明を省いた。岩隈直氏の上記『希和対訳脚注つき 新約聖書』や、田川建三氏の「訳と註」に詳しい。

|

« 『新改訳2017』の公同書簡(その5) | トップページ | 『聖書協会共同訳』の公同書簡(その1) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『新改訳2017』の公同書簡(その6):

« 『新改訳2017』の公同書簡(その5) | トップページ | 『聖書協会共同訳』の公同書簡(その1) »