2012/10/07

ネストレ28版は27版の改訂版?

 本日、早々というかようやくというか、予約しておいたネストレ28版が届いた。まだぱらぱらと気になる箇所をめくっているところだが、前回の発言にからんでひとつ報告しておかねばならないことがある。Holger Strutwolf 氏の「前文」冒頭(英語)を訳すとこうなる。

 この「ギリシャ語新約聖書」の28版は、一方で27版の「a thoroughgoing revision」で、依然として多くの項目でそれ(27版)と密接な関係にある。もう一方で、新しいエディションは根本的に新しいコンセプトを提案する、少なくとも「Catholic Letters」の項目では。というのも、新約聖書のこの部分のために、大型批評版(ECM)がすでに利用可能だからである。

 この文中にある「a thoroughgoing revision」という表現は、ちょっと訳しにくい箇所だ。直訳すれば「完全な改訂版」「徹底した改訂版」となり、こうした訳語だといかにも「全面的に改訂された新版」という意味にとれそうだが、文脈的にはそうではないのだろう。ここで Strutwolf 氏が言いたいのは、28版は「あくまで!27版の改訂版で、依然として多くの項目でそれと密接な関係にある」と訳するのが正しいのだろう。

 ということで、結論を言えばこの28版のテキストの本文は、全面的に新しいものではなかった。本文大型批評版(ECM)がすでに用意されている「Catholic Letters」=「ヤコブの手紙」「ペトロの第1の手紙」「ぺトロの第2の手紙」「ヨハネの第1の手紙」「ヨハネの第2の手紙」「ヨハネの第3の手紙」「ユダの手紙」の部分のみ、新しく確立(newly established)された。それ以外の箇所は27版が保持された(retained)、というようなことが英語版 INTRODUCTION の p.54 に書いてある。前回の発言で「33年目の新版」と書いたが、それは厳密には「Catholic Letters」のみということになる。今考えると、ECM がない以上それはある意味で予想されたことだったのだが、やっぱり残念という思いが残る。ECM の刊行状況(1997年から2005年のあいだに上記7文書が4分冊で出版された)から考えるに、もしかして生きているあいだに全新約聖書の新しい本文にお目にかかれないおそれも出てきた(泣)。逆に言えば、それくらい ECM の存在は大きいということなのだろうが・・・

 ちなみにこの28版の英語版 INTRODUCTION の p.50 には、ECM/NA28 と NA27 との比較表があって、上記の7文書で、計34箇所があげられている。ECM の分冊版では確か23箇所だった(http://gospels.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/editio_critica_.html を参照)。今後、INTRODUCTION にも記載のある ECM の the second edition を参照することができれば、そのあたりの差がわかるのかもしれないが、また落ちついて調べてみたい。今回はとりあえず、ファースト・インプレッションということで。

※あ、そうそう。ただし、脚注部分でのアパラトゥスの表示方法等は、かなり更新されています。

※※あと、ネストレ28版のHPを見つけたので。

http://www.nestle-aland.com/en/home/

待望のデジタル版のアナウンスもある。スマートフォン版も出る!とか。iPhoneでネストレを持ち歩ける・・・これは朗報。

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2012/09/19

28!28!

 タイトルに書いた「28」という数字から、何を想像されるだろうか。一般の方はともかくここをわざわざ訪れる方ならば、「ネストレ新版」のことを連想する人がいても不思議ではないだろう。

 そう!待望の「Novum Testamentum Graece」ネストレの第28版が、ついに出版される。教文館・洋書部が出している最新の「BOOK NEWS」のコピーによれば「19年目の新版」ということだが、前版・第27版(1993)は前々版・第26版(1979)と基本的に同じ本文だったのだから、その第26版から数えれば実に「33年目の新版」!というべきかもしれない。何よりもネストレ本文の改訂は一世紀に数回しかない「業界のお祭り」のようなものだから、それにリアルタイムで立ち会えるというのは貴重な体験なのだ。

「改訂の重点の一つは、異文資料欄(アパレイタス)が体系的に見直され、判りやすくなりました。新たに発見されたパピルスの異文も収録されます。特に『使徒言行録』については興味深い観点が開示されるでしょう。欄外引証では初期ユダヤ教文書への参照が補足されています(「BOOK NEWS」2012 September No.1171;教文館・洋書部)」

 「異文資料欄が体系的に見直された」とのことだが、これは写植時代と違いコンピュータ製版になって、複雑な版の改正が自由にできるようになったことの恩恵もあるだろう(楽譜の改訂なども、かつては既存の旧版の原版をもとに、手で切り貼りしていた時代があった)。いや、コンピュータの活用ということでは、これにより異文評価の方法が進化したことで、本文がどれくらい変わっているかの方がずっと楽しみである。しかも今後、その改訂についての評価もあちこちで盛んになされるとなると、やはり「ネストレ」本文の改版の価値は「業界のお祭り」以上の意味があるだろう。

 ちなみに、スタンダード・バージョンのISDN番号を書いておく。9783438051400

※教文館・洋書部(03-3561-8449)でも予約を受け付けているし、地方の方は Amazon でも買える。

※※教文館の Twitter では、10月2日に入荷したとのこと。その後、筆者もこの28版を手に入れた。上にはかなりの期待を込めて書いたのだが、実は本文の変更はやはり「Catholic Letters」の部分のみであったことが判明。詳しくはこちら 。(2012.10.6の追記)

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2009/11/17

オリジナルは一つ?

 またまた昨日の発言の続き。

 蛭沼先生の遺稿出版に関する募金の呼びかけ記事(関西学院大学のHP)には、先生のプロフィールや主な著書についての情報が掲載されている。そのあとに、「◎本文研究とは?」という解説記事が合わせて載せられている。そのこと自体は特に問題はないのだが・・・その記述の一部に、「?」となってしまった。曰く、

 新約聖書の原典がギリシャ語で書かれており、日本語の聖書はその翻訳であるということくらいは、たいていの人が知っている。しかし、その原点のオリジナルが全く存在しないという事実を考えたことはあるだろうか。新約聖書の原典は、手書き写本によって今日に伝わっているのだが、パピルス写本と羊皮紙の大文字写本だけで四百、小文字写本にいたっては三千近くもの数が残されている。そして、写本の間で本文が相違しているという場合が非常に多い。もちろん、オリジナルの「読み」は一つだけであり、他の「読み」は二次的な変更である。そこで、写本を比較検討し、どれがオリジナルの「読み」であるかを確定する作業が必要となる。それが「本文研究」である(後略。これはそのHPにも記述があるように、「蛭沼寿雄先生の死を悼む 新約本文研究に一大金字塔築く」という『福音と世界』2001年5月号の追悼記事からの転用である)

 僕が「?」と思うのは、<オリジナルの「読み」は一つだけであり、他の「読み」は二次的な変更である>というくだり。新約聖書、さらに言えば福音書のようにその成立の背後に複数の伝承(口承もある)の存在が想定されるような場合に、「オリジナルは一つ」と言い切るようなナイーブな物言いはむしろひさしぶりに聞いたという気がする。確かに、異読の多くは、「二次的な変更」にあたるかもしれない。でも唯一無二の「オリジナル」があったかと言えば、それはわからない。例えば、福音書が初めてひとつの文書に「なった」時でさえ、それはいくつものバージョンから取捨選択された可能性があり、本文は絶えず揺れ動いていたはずである。というとネストレのような正文批判を得て再構築されたテキストはどうかと思う方もあるかもしれないが、これはある意味、理論的な仮構物であり、逆に言えばネストレと100%同じ写本は、この世には存在しない。でも、新約学者など自分が写本等にあたらずちょっと外側から正文批判の成果を利用している人には、簡単に「この読みが正しい。オリジナルだ。異読は後世の修正である」とかいう物言いをする人が結構多いのも事実だから、この文章の筆者がひとり見当違いなわけではないのだろう。まあ、ことほど左様に、正文批判は難しい仕事、蛭沼先生のような方が生涯をかけて取り組むべき仕事であるということだ。

 余談だが、何もこうした事情は、厳密な意味での筆者がいないような古代文書に限った話ではない。モーツァルトの作品(18世紀)などもすでに原典版の編集が終了しているが、2つ以上の資料(自筆譜や写譜、パート譜、出版譜)から現代の学者が妥当性の高いと部分を組み合わせてひとつの決定版バージョンを作ろうとして、結果、歴史的にはどの時期にも一度も存在しなかった仮構の楽譜になっている場合がある。もっと身近な例で言えば、夏目漱石の小説(19世紀)でも、基本的に自筆原稿、雑誌や新聞(東京版、大阪版)に掲載された活字、さらには初めて単行本になった時の活字という3つないし4つの資料があり、それぞれに漱石の修正、編集者(校正者)による変更、不注意のミス等が想定されるので、結果的にどれがオリジナルかは実は誰にも(おそらく漱石にも!)決定できないのだ。最近では、むしろ良心的な原典版編集者は、一つのオリジナルを特定するのではなく 、豊富な異版報告、脚注をつけて読者に選択肢を与えるような方向で編集作業に取り組んでいると言える。学問には、絶対に「正しい」ことなどめったにない、それが我々の世紀の教訓だろう。

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2009/11/16

蛭沼寿雄先生の遺稿

 前発言にて、故・蛭沼寿雄先生の『新約本文学演習』の紹介をしたが、関西学院大学のHPにて「蛭沼寿雄名誉教授の遺稿『新約本文のパピルス』第III巻を刊行するため、本学教職員をはじめ有志が集まり、募金活動をしてい」る旨のアナウンスを見つけた。

http://www.kwansei.ac.jp/Contents?cnid=6727

 第1巻は僕も所収していて、このサイトのHP版にて紹介文を掲載してある。同種の本は、邦文では皆無という貴重な資料集である。第2巻もまだ手に入るが、その第3巻目は「完成目前で蛭沼教授が他界されたため、未刊となってい」たという。幸い「遺稿の前半部分は、印刷可能な状態で見つかり」、「刊行委員会により、後半(手書き原稿)部分の入力作業を終え、現在、パピルス写真の収集に取りかかってい」るとのこと。募金の呼びかけ人には、荒井献先生や土戸清先生の名前もある。来年には新教出版社より予価16,000円で販売される予定で、しかも募金に協力すると、定価の1割引にあるという特典もあるらしい。

※何度もいうようだが、蛭沼先生こそ日本の新約本文学を引っ張ってきた唯一無二の方です。先生の本で新約本文学を独習した僕としてはぜひ協力したいと考え、ここに紹介した次第です。このサイトを覗かれる方は、なにかしら聖書の本文学に興味を持っておられる方と思います。蛭沼先生のご遺志を実現させるためにも、皆さんのご協力をお願いします。

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2009/11/14

『新約本文学演習』マタイ福音書

 Yahoo!オークションで見つけた希少本(1981年、新約研究社・発行)。

 昭和の後半、我が国の新約本文学をおひとりで担ってきたと言っても過言ではない蛭沼寿雄先生の労作である『新約本文学演習』の第2巻目「マタイ福音書」が出品されていたので入札したところ、開始価格1250円と格安の値段でそのまま落札できた。今日、その便が届いて、今ちょうど中身を眺めているところ。実は同時に同じ方(古書店)がシリーズの第1、3冊目である「マルコ」と「ルカ(1)」、そして『ギリシャ語新約語法』も出品されていて、これらはすでに僕は所有していたのだが、「マルコ」だけあわせて買っておいた(こちらも1250円と格安!)。

 マタイ福音書から242箇所を取り上げ、主要な写本の読みを紹介した上で、筆者の判断、時に他の学者、校定本文の判断をあわせて示すというスタイルで書かれている。取り上げた異同の箇所は「連合聖書協会版の異文指示箇所に依った」ということだが、「それ以外の箇所もある」とのこと(同書「序」より)。おそらく自主出版に近い本であり、発行され流通していた部数自体、きわめて少ないと想像される。元々は蛭沼先生が個人で編集発行されていた『新約研究』というコンパクトな月刊冊子(これもおそらく空前絶後の労作である!)の連載記事をまとめたもの。僕はこの冊子の合冊本を神田の友愛書房さんで買って持っていたが、『新約本文学演習』の方はなかなか手に入らなかったのである。2年に一度くらい友愛書房さんの月刊在庫リスト「キリスト教在庫目録」に載ることがあるが、それを見て勇んで電話をしても優しい店主さんが悪そうに「あー、それは売れてしまいました」と言う言葉を聴くばかりであった。それも1度ならず2度、3度も! 10数年来この本を探していた僕でさえ、1年ほど前に「マルコ」と「マタイ」がリストに載った際に、ようやく「マルコ」だけ買えたわけだから、いかに珍しいかわかっていただけると思う。ちなみに「ルカ(1)」は、これも10年以上前に、銀座の教文館で新品で買った。

 新約聖書のギリシャ語本文!の細かな情報・蘊蓄を日本語で得るには、マルコやマタイについては田川建三氏の大著『新約聖書 訳と註』を丹念に読むのが今では一番近道と思われるが、少なくとも本文異同に関してはこの『新約本文学演習』シリーズの方が数段詳しい。もし古書店等でこの本をお見かけの方は、その場で買うべき本と憶えておいてください、ぜひ!

※ご報告が遅れたが、その後、『新約本文学演習マルコ・マタイ』ほかの先生の代表的な著作が、「蛭沼寿雄著作選集」全三巻として新教出版社から出た。このような貴重な本が手に入りやすくなったのはいいことだ。2012年の注記

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2008/01/03

IGNTPのElectronic Edition

 あけましておめでとうございます。しばらく更新をさぼっていたので(すみません)、せめて昨2007年の本文批評関係の新刊をいくつかフォローしておきたいと思う。

 まず始めは、夏に出たIGNTP=「The International Greek new Testament Project」の新刊。IGNTPの成果については、ルカ福音書の大型批評版2分冊について、すでにこのサイトで紹介しておいた。

The Gospel According to St Luke
Edited by the American and British Committees of the International Greek New Testament Project
Part One. Chapters 1-12. Oxford University Press, 1984.
Part Two. Chapters 13-24. Oxford University Press, 1987.

 その折には、上記のPart Oneのみ筆者は持っていたのだが、その後、Amazonの中古書籍を予約注文できるシステムを使ってPart Twoを入手することができた。これについては、近いうちにこのサイトでもレビューを書きたいと思っているのだが、このプロジェクトは、このルカ編の次にヨハネ福音書にとりかかっている。実はその成果の一部=Volume Oneパピルス編が、すでに以下のタイトルとして公開されていた。

THE NEW TESTAMENT IN GREEK IV
The Gospel According to St John
Edited by the American and British Committees of the International Greek New Testament Project
Volume One. The Papyri. Edited by W.J. Elliott and D.C. Parker.
(New Testament Tools and Studies 20). Leiden, E.J. Brill, 1995.

 今回、出版されたのは、その第二部Volume Twoにあたる大文字写本編である。

Volume Two: The Majuscules.
Edited by U.B. Schmid in association with W.J. Elliott and D.C. Parker.
(New Testament Tools, Studies and Documents 37). Leiden, E.J. Brill, 2007.

 ちなみに、パピルス、特に4世紀以前の古いものに限っても、ヨハネについては福音書全体のかなりの部分が発見されており、これは他の新約文書と比べても注目すべき点である。これに加え、今回、大文字写本の異読情報が加わったことで、この福音書の本文状況がかなり明らかになったと言える。

 これだけでもかなりの朗報だが、驚くべきことに!この大文字写本編Volume Two: The Majuscules. には、ONLINE PUBLICATIONSまで用意されている。つまり、ネット上でヨハネの大文字写本の異読が閲覧できるのである。

http://itsee.bham.ac.uk/iohannes/majuscule/

 このサイト=「THE NEW TESTAMENT IN GREEK: THE GOSPEL ACCORDING TO ST. JOHN/ELECTRONIC EDITION OF VOLUME TWO: THE MAJUSCULES」に行き、左のガイド・フレームの「Electronic Edition」という文字をクリックすると、右フレームに新しいページが開かれる。その一番下にオンライン・バージョンの入り口がある(ちょっと見では見落としがちな場所なので、あわてないで見つけてほしい)。以前に紹介した「Digital Nestle-Aland」と似たようなインターフェイスで、コツさえつかめば我々一般愛好家にもすぐに利用できると思う。興味のある方は、ぜひ一度ご覧になっていただきたい。

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2006/11/07

Editio Critica Maior

 新約聖書における現代の最も信頼できる本文は何かと尋ねられたら、大抵の場合、「ネストレ=アーラント(27版)」の名前が挙がるに違いない。この名は、この業界では(笑)、ある意味、現代の「公認本文」とも言えるほど絶対的な権威を持っている。しかし、それは本当だろうか。新しい写本証拠の出現や、旧来から知られていた証拠の精査は日々進んでおり、実際、聖書本文とは生きているものである。そして、その証拠に「公同書簡」においては、すでにネストレ27を修正する形で新しく校訂された本文が公刊されている。それが、タイトルにある「Editio Critica Maior」=大型批評版である(編纂にあたっているのは、ミュンスターの新約聖書本文研究所)。ちなみに、略称は ECM であり、これは音楽好きの方にとっては、ジャズ(キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」)やクラシック(アルヴォ・ペルトの作品集やクレーメルの諸盤)で有名なドイツの音楽レーベルとして通っているかもしれない。

 では、大型批評版とは一体何であろう。それは、(可能な限り)すべての異読情報を掲載した文字通り大版の資料集成本であり、それを編纂することは、それぞれの時代において、最も原文に近い聖書本文を再構築することと並んで、本文学者たちの大いなる「夢」のひとつであったろう。このサイトでも、レッグ氏編纂の「マタイ」「マルコ」、The International Greek new Testament Project 版の「ルカ」を紹介したことがある。これらに対しネストレは、かなり大量の異読情報を少ないスペースに押し込んでいるにもかかわらず、「簡約版」「小型批評版」と呼ばれるタイプになるらしい。

 ところで大型批評版は、その目的は、今見たように手に入る限りの異読情報を集めるのが主であり、単一の本文を編集することではない。とすれば、なぜこれが「ネストレ」を改訂する刊本と位置づけられるのだろう? この ECM のプロジェクトでは、単に利用可能なすべての証拠を集めただけでなく、その大量の証拠をコンピューターでデータベース的に処理し、Coherence-Based Genealogical Method (直訳すれば、「一貫性に基づいた系統樹的な手法」とでもなるだろうか)と名づけられた手法で分析している。そして、各写本の系統図を作成し、多くの問題のある異読の箇所に新たな判断根拠を示している。こうした作業により、ECM の公同書簡における復元された本文は、ネストレ27版の本文と、23節で異なるという結果となっているのである。これは、変更箇所としてはなかなかの数と言える。

 もっとも異読というものは、もともと全部が全部本文の確定に関係しているわけではない。「ヨハネの第1の手紙」の Notes を担当した編者も、異読が大量にあるといっても、冠詞や叙法の違い、故意でないミスなどによるものが非常に多い、でも、「ECM のルールによれば、これらの違いもぜーんぶアパラトゥスに載せなくちゃいけないんだからね」となかば自嘲気味に書いている。それが ECM の宿命なのだから仕方ないと言えば仕方ないんだけど・・・

 ECM のプロジェクトは、現在、以下の4分冊で出ている(以前にこのサイトで触れた『国際聖書フォーラム2006講義録』にも、クラウス・ヴァハテル氏によるかなり詳細な紹介があることを付記しておく)。

□Novum Testamentum Graecum. Editio Critica Maior / Ed. by the Institute for New Testament Textual Research.

Vol. IV Catholic Letters, ed. by Barbara Aland, Kurt Aland, Gerd Mink, Holger Strutwolf, and Klaus Wachtel.

  • Instl. 1: James, Pt. 1. Text, Pt. 2. Supplementary Material, Stuttgart 1997; 2nd rev. impr., Stuttgart 1998, ISBN 3-438-05600-3
  • Instl. 2: The Letters of Peter, Pt. 1. Text, Pt. 2. Supplementary Material, Stuttgart 2000, ISBN 3-438-05601-1
  • Instl. 3: The First Letter of John, Pt. 1. Text, Pt. 2. Supplementary Material, Stuttgart 2003, ISBN 3-438-05602-X
  • Instl. 4: The Second and Third Letter of John. The Letter of Jude, Pt. 1. Text, Pt. 2. Supplementary Material, Stuttgart 2005, ISBN 3-438-05603-8

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2006/08/20

ルカの大型資料版1-12

 ふたたび、最近手に入れた本から。

 今回紹介するのは、今月初めに友愛書房の洋書棚で見つけた本のひとつで、「The Gospel According to St. Luke, Part one, Chapters 1-12」。これは、ルカ福音書の本文の写本証拠を「 full 」に網羅した「大型資料版」であり、S.C.E.レッグが1935年と1940年に出版した「マルコ」「マタイ」の大型版に続くものとして、当時は長らくその出版が待たれていたもの。アメリカとイギリスの協力による「The International Greek new Testament Project」の30年越しの仕事として1984年に出ており、現在のところ「ルカ」についてはこれ以上の異文資料を載せた本はないと言える。ちなみに、現在は「ヨハネ」の巻が編集中らしい。本棚の中段あたりに他の注解書シリーズなどといっしょに並んでいたのだが、背表紙の「Luke,Part one」の文字にピンときて、手に取ったら果たしてそうだった。値段も・・・今、amazon で買えるものにくらべてちょっと言えないくらい安かった。確かにカバーはかなり日に焼けているけど、この種の本につきものの書き込みもなく、ネストレ25版といい、この本といい、この日はついていたとしか言いようがないと思う。

 基本となる本文は、レッグ版がウエストコット=ホルトだったのに対し、こちらは Textus Receptus いわゆる公認本文(1873年、オックスフォード版)である。このため、ドイツの学者さんあたりからかなり批難も浴びたらしい。この本文を一節ごとに示し、これに対する異文資料( apparatus )を次の順番に示している。
1) 本文
2) INDEX LECTT: 聖書日課の指示(その節で始まる場合)
3) DEF: その節を欠く証拠
4) PATR: 教父の引用
5) 異文資料

 ネストレは、あらゆる分野の批判版・原典版の中でも、すばらしい出来の本だと思うけど、それがすべてではないのも事実。ルカの書き出しだけの1ページ目を見ても、1:2、1:4、1:7、1:8、1:10、1:11、1:12には触れられていないが、実はここにも(正文批判上、重要ではないものもあるとはいえ)多くの異読があることが、この「大型資料版」を見ることでわかる。正直なところ、ネストレ等とは記号の表示の仕方も違うし、情報量も桁違い。僕の場合は、誰も尋ねる人もいないため(泣)、ひとつの節を見るにもなかなか手こずってるのが現状だけど、いずれもう少し読み込んでから、この本の異文資料の読み方などを紹介してみようと思う。ネストレがいかに優れていても、それだけでは太刀打ちできないものがまだまだこの「本文批評」の世界にはある、それを思い起こさせる本だ。

□CLARENDON PRESS, OXFORD, 1984

※ちなみに、この本の後半「 PART TWO, Chapters 13-24」が、1987年に同じオックスフォードから出ている。これは、まだ未入手。

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2006/08/15

アーラントの『The Text of the NT』

 前項で取り上げたメツガー氏の『新約聖書の本文研究』の原題は「The Text of the New Testament」だが、ネストレの編者として有名なアーラント夫妻にも同じタイトルの本がある。もともとはドイツ語で書かれているが、 Erroll F.Rhodes さんによる英訳が出ているため(とてもわかりやすい英語だし)、ここで紹介しよう。

 内容的には、メツガー氏のものとおおむね同じ構成だが、メツガー氏のものが本文批評の方法論や異読が生まれた背景に多くのページを割いているのに対し、アーラント夫妻のものは写本やパピルスの伝承・分類においてより詳しいと言えるだろう。大抵の写本・パピルスの概要はこの本で調べられるし、ネストレ26版やUBS3、シノプシス(共観表)の使い方なども解説されている。ペーパーバック版ならおよそ3000円で買えることを考えると、手元に置いておいて損はない本だ。

□「The Text of the New Testament an Introduction to the Critical Editions and to the Theory and Practice of Modern Textual Criticism」 Kurt Aland and Barbara Aland: translated by Erroll F. Rhodes. 2nd ed., rev. and enl. Eerdmans Pub Co. 1995

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2006/08/14

『新約聖書の本文研究』

 先の発言のまたまた続き・・・。数年前、このサイトのhp版を作っていたとき、「新約本文学」関係の本をいくつか紹介していたにもかかわらず、この本には触れなかったのを思い出した。その名も『新約聖書の本文研究』。メツガー氏の労作であり、新約聖書の本文学関係の研究書としては、第一にあげられるべき本だということはわかかっていた。が、実はその頃はまだこの翻訳再版(原著の第3版による)は出版されておらず、翻訳初版(原著の第2版による)が長く品切れ中になっていたのだった。

 僕はと言えば、ネットで探し回ったあげくようやく神田の友愛書房で見つけ手に入れたのはよかったけれど、値段は1万円弱(泣)。とても一般の方には、勧められなかったという次第。

 幸せなことに、(やや高価とはいえ)今では翻訳再版が簡単に手に入る。しかもこの版には、巻末に「増補・1964-1990年における本文研究の進歩」が追加されており、このなかでネストレ26版、UBS(連合聖書協会)修正第3版、NTG(新約大型資料版)ルカ1-12など、新たに編纂されたギリシア語本文にもコメントされている。2005年には、先に述べたように共著者にアーマン氏が加わった原著第4版が出ているようだが、現在のところ我が国では、これ以上の新約本文学・本文批評の教科書は存在しないと言いきってかまわないだろう。(7600円+税)

□橋本滋男・訳、日本基督教団出版局、1999

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