« ハイドン 106の交響曲をつぶやく(第3番) | トップページ | モーツァルトのホルン用法(その1) »

2013年1月 4日 (金)

高いホルン、低いホルン(その7・モーツァルト編 no.18-2)

 年末にこの「高いホルン・・・」シリーズの(その6)を書いたあとで、この問題の先達であられる Zauberfloete さんからコメントをいただいた。またそれだけでなく、ご自身のブログにもとても示唆に富む考察を書いてくださった。

http://zauberfloete.at.webry.info/201212/article_19.html

 調性の違う2本または4本(2組)のホルンが使われる作品の場合、スコアへの記譜の順番(上下)が、作曲者が想定したアルト・バッソの判定に手がかりになるのでは、というご指摘である。例えば、Zauberfloete さんが上記ブログで挙げられた、また私がこのシリーズの(その4)で取り上げた交響曲ヘ長調 K130(第18番)では、第1・3・4楽章には「C管アルト2」の指示があり問題がない。が、第2楽章では「F管2、B管2」の指示だけがあり(作曲者や当時の人たちには自明でも)現代の我々にはB管をアルト・バッソのどちらで吹けばよいかわからない。ただし、この場合では、新モーツァルト全集では(旧全集も)「F−B」の順にスコアに記載されており、B管はバッソの可能性が高いということになる(アルトなら、「B−F」の順になるから)。

 ただし、Zauberfloete さんも書かれているように、モーツァルトが自筆譜にどう書いたかまでは出版譜ではわからない。もしかして編集者が順番(上下)を直したということも想定されるからである(例えばこの曲でも、新全集のフルートは慣例どおり一番上に記載されているが、自筆譜ではいつもホルンの下である)。実は新モーツァルト全集の楽譜にはファクシミリの写真版が1曲につき1~数枚、記載されており、幸いなことに我々の交響曲の場合も第1楽章冒頭と第4楽章途中の画像が載っている(これらは、すべてNMAオンラインで公開されているので、興味のある方はぜひ見てください。このサイトの左下からもリンクが貼ってあります。ちなみにこの曲は交響曲編のBAND3にある)。これを見ると、第1楽章のC管アルトのホルンは、五線譜の下から2段目(楽器編成の1番下)という異例な位置にある。対して、第4楽章は上から2段目(編成の1番上)、F管ホルンの上という位置に記譜されている。最初、モーツァルトは通例どおり1組2本のホルンを使って曲を書き始めたのだが、第3楽章のトリオにいたってもう1組のホルンを使うことを思いついたらしい。だから第1楽章、メヌエット本体ではC管ホルンが楽譜の空きスペース(楽器編成の1番下)に付け加えられた。逆に、トリオおよび第4楽章では最初からC管ホルンが導入されていたので、一番上になっている。
※実はモーツァルトは、最初、このトリオをハ長調で書こうとしていて、そのスケッチが10小節分残っている。そこでは1番上にC管アルトだけが書かれている(通常のF管はなし。メヌエットのヴィオラが、「CーB」を行き来するドローン風の旋律を奏でており、奇妙な味を出しているが、それが影響したのだろうか)。最終的にこのスケッチは破棄されるが、その関係でモーツァルトはC管ホルンを先行楽章で使うことを思いついたのではなかろうか。どの学者さんもそのような解説は付けていないが、またいつか考えてみたい。

 さて、ようやく肝心の第2楽章、アンダンテ・グラツィオーソにたどりついた。ここでは上記のように「F管2、B管2」が使われているが、ところで!最初に書かれたのはどちらの調のホルンだろうか。モーツァルトはこの楽章を、主調であるヘ長調の下属調にあたる変ロ長調で書いている。だから普通は、B管ホルンが2本使われるはずである。この場合、後から付け足されたのはF管2本ということになる(どの解説書にもそういう情報はないが、確かに現行のケッヘルには「1楽章のCアルト管ホルンと、2楽章のF管ホルンは、明らかに後から総譜の下から2段目に付け足された」みたいなことが書いてあると思う)。さらに校訂報告によれば、4本のホルンの位置について「1楽章と同じだが、oben Corni in B, unten Corni in F.」とある(Oben は「上に」、unten は「下に」の意の副詞 )。これを素直に読めば、最下段に付け加えられたのは、F管ということになる。つまり、この曲の第2楽章の場合、モーツァルトの意図として、ホルンの記譜の仕方でB管をバッソにすることを表すことにはならない。結果、B管を下にしたのは楽譜の編集者であり、これを根拠としてアルト・バッソの判定の決め手には使えないということになるのである。

※ここまではまあ、ほぼ確実な話で、ここからは僕の雑談として聴いていただきたい。今のF管が付け加えられたという説を仮にA説としよう。以下が、B説。

 先ほど、僕はヘ長調の交響曲における変ロ長調の緩徐楽章で、「普通は、B管ホルンが2本使われるはずである」と書いた。が、実はそうでもないらしいのである。調べてみるとモーツァルトにはこの第18番の前にもヘ長調の交響曲がある。このうち、K112 第13番とK75(偽作の疑いあり)は、緩徐楽章にホルンが使われていないので除くとして、残りの3曲を見てみる。すると、K.Anh223(19a)では、確かに第2楽章が変ロ長調になっているが、他の楽章と同じくF菅のホルンで通している。K43 第6番でも、第2楽章は属調となるハ長調になっているが、ここもずっとF菅のホルンで通している。もう一曲、K76(42a)は、モーツァルトの真作とするには疑義が残る作だが、ここでも変ロ長調の第2楽章にF菅のホルンを使っている。だから、このK130の緩徐楽章も、修正前にはF管が2本のみ使われていたのだったとしても理論上、不思議はない。これがB説である(笑)。このB説にとって、有利な証拠もある。実はこの楽章にもトリオ同様、変ロ長調による8小節のスケッチが残っていて、こちらにはF管ホルンが1組だけ使われていたのである(NMAオンラインの校訂報告に記載がある)。

K1302s

 「oben Corni in B, unten Corni in F.」という校訂報告を信じれば、モーツァルトは最初、F管2本のみで書かれていたスコアの上(余白の1行。彼は五線譜を一段空けて書くくせがある)に、B管2本のパートを付け足したということも考え得るではないだろうか。注意深い方なら、「なぜ第1楽章でも同じくF管ホルンの上にC管アルト・ホルンのパートを書かなかったのか?」と思われるかもしれない。ただ第1楽章の場合は、五線譜の1段目には「Sinfonia」という表題がすでに書かれていたので、それができなかったと説明できないか。

 残念ながらファクシミリ画像は探せなかったので僕もこれ以上、確証をもって言えない。というより、第2楽章のファクシミリがあれば、簡単にわかることなので、説というほどの話ではない、基本的にB説はただの想像なのである。ただ、今ではケッヘルにも間違いがあることが指摘されているし、ケッヘルの編者が本当に自筆譜にあたっているかもわからない。変ロ長調の曲にB管が使われているという<常識>に従って、F管が付け加えられたと書いていることだってあり得る話なのだから。まあ、ABいずれの説にしても、モーツァルトがF管の下にB管を置いたということにはならず、やはりアルト・バッソの判定の決め手には使えない。そのことだけは確かなようだ。

 やれやれ、ひとつわかったと思ったらまた答えは遠くに・・・18世紀音楽とは、実に難しいものである。いや、だからこそ、概論書を読んで満足するのではなく、何事にも疑問を持って調べてみるのはおもしろいのだろうけど。少なくとも、モーツァルトの変ロ長調の緩徐楽章でB管ホルンは使われない場合が多いということがわかっただけでも僕には勉強になった。

 では、ハイドンはどうなんだろう? また疑問が(笑)。

※(その1)へ、(その2)へ、(その3 モーツァルト編)へ、(その4 モーツァルト編)へ、(その5 モーツァルト編)へ、(その6 モーツァルト編)へ

|

« ハイドン 106の交響曲をつぶやく(第3番) | トップページ | モーツァルトのホルン用法(その1) »

モーツァルト探求」カテゴリの記事

コメント

cherubinoさま
詳細な分析と仮説、ひじょうに興味深く読ませていただきました。
第6番のシンフォニーの第二楽章、F管ホルンのままで通しているということは知りませんでした。
ただしこの楽章は短く、ホルンも実音ドとソの音しか出てきません。従ってわざわざ替え管(in C)を使うまでもないとモーツァルトは思ったのではないでしょうか?
他にも例があるかも知れませんが、モーツァルトの場合、大半が当該調性と同じ調性のホルンを使っているのではないかと思います。
そして18番のシンフォニーですが、確かに私の持っている音楽之友版ベーレンライター・スコアの序文和訳にも「先立つ2つの楽章ではこのホルン2本はあとから総譜に付け加えられている」と書かれていました。
第二楽章に付け加えられたのはどちらのホルンなのか?
私はF管ホルンだと思います。
この楽章で主導権をとっているのは明らかにB管ホルンで、11小節の入り、30小節アウフタクトからの低弦と同じリズム、89小節からのヴァイオリンのメロディの補強などの役割が挙げられます。
ということで、cherubinoさんご指摘の通り、やはりスコアに印刷されている順番はあてにならず、B管バッソ説は説得力を持たないということになりました。個人的にはややホッとしています(私はここはアルトで吹く方が好きなので)。
しかし、残る最大の疑問はグランパルティータです。ここはモーツァルトの自筆譜で上段F管、下段(特に指定のない)B管の順に書かれています。
このB管はやはりバッソなのでしょうか・・・・。
しかし、今突然気がついたのですが、変ロ長調が主調の曲で冒頭からいきなりF管ホルンを使うというのは何かおかしいです。
あくまでメインは主調(B管)のホルンであり、主調(変ロ長調)以外のメロディ補強、または和声を埋めるために他の調性のホルンを使うというのがモーツァルトのやり方なため、このF管はサブの位置づけのはずです・・・。
なぜモーツァルトはこの順番で書いたのか?
これについてはもう一度考え直してみます。
しかし、このようにひじょうに面白いテーマ、ここ以外ではほとんど議論されないのが不思議です。

長文失礼いたしました(以上、私のブログに転載させていただきます)。


投稿: Zauberfloete | 2013年1月 4日 (金) 18時24分

Zauberfloete さま
いつもながら貴重なコメントありがとうございます。
>他にも例があるかも知れませんが、モーツァルトの場合、大半が当該調性と同じ調性のホルンを使っているのではないかと思います。
というご指摘については、私もちょうど新年から調べていたので、その途中経過を別項を立てて書きました。一応、Zauberfloete さんのブログの方にも、簡単に報告を入れておきますが、結果、K130、K132の異例さが際立っています。モーツァルトはそこまで交響曲においては、直前の1曲を除いて替え管は使っていなかったからです。いずれにせよ貴重なご示唆、ありがとうございました。
>しかし、このようにひじょうに面白いテーマ、ここ以外ではほとんど議論されないのが不思議です。
少なくとも、このホルンの用法の件については、私たち、ザスラウさんをわずかに超えたかも(笑)。

投稿: cherubino | 2013年1月 6日 (日) 16時08分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 高いホルン、低いホルン(その7・モーツァルト編 no.18-2):

« ハイドン 106の交響曲をつぶやく(第3番) | トップページ | モーツァルトのホルン用法(その1) »