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2013年2月18日 (月)

『リンツ』交響曲の版問題(総まとめ1)

 本当は、モーツァルトの『リンツ』交響曲K425については、前回でほぼ語り終えたつもりでいた(http://gospels.cocolog-nifty.com/classic/2013/02/post-d3da.html)。ところが、Zauberfloete さんが、ご自身のブログに次のように書かれてたのがずっと気になっていた。

「自筆譜が失われたためか、何種類もの版が存在する「リンツ」ではあるが、先日オケの人から聴いた話だと、私が持っている音楽之友社/ベーレンライター版(1974)と、本物の(?)ベーレンライター版(濃紺の表紙)の間にも違いがあるらしい(具体的な箇所までは未確認)。」
http://zauberfloete.at.webry.info/201302/article_6.html

 実際に、オペラの曲などは新全集版の改訂新版(濃紺の表紙)が出ている(以下は、アカデミア・ミュージックのサイトより)。

限定特価!改訂新版 モーツァルト:7大オペラ・小型スコア ボックス・セット Mozart,W.A.; Die sieben grossen Opern/新モーツァルト全集に基づく7大オペラの小型スコア、ボックス・セットです。「ドン・ジョヴァンニ」、「魔笛」以外の5作品は2005年発売の旧セットとは内容が異なり、近年発行の新モーツァルト全集校訂報告書の記述を反映させた改訂版(2011年または2012年)です。

 もしかして<リンツ>もそうなのだろうかと思っていたが、NMAオンラインでも直っていないので、これは半信半疑であった。ネット等で買えばわかるのだが、直っていないと、同じ版を4冊も持つことになる(泣)のでためらっていたのだ。ところが今日、たまたま上京する用事ができたのに合わせ、本郷のアカデミア・ミュージックにうかがい、その「本物のベーレンライター版(濃紺の表紙のスタディー・スコア)」の実物を見てきた。楽譜の第1ページ目の欄外に記されているコピーライトは「1971」のままだったので、やはり変わっていないのかと思いきや、ページをめくっていくうちに、これは改訂版に等しい新楽譜であることがわかってびっくり! もっと早く調べてみるべきであった。私は何回か「そろそろ新全集の改訂新版が出されるべきだ」などと書いてきており、これまで私のブログを読まれてきた方には申し訳ない思いでいっぱいである。お店のS社長さんと「ベーレンライターって、結構、楽譜を変えますよね」「『5th Printing 2012』と書かれてますね」「改訂版とは書いてないんですがねえ」などとお話ししながら、楽譜を購入し、今、あれこれホテルの部屋で眺めているところ。手元に、<本物の>1971年全集版や校訂報告書がないので、詳しくは帰宅してからフォローしたいと思っているが、とりあえず第1報をと思い、この記事を書いている。

 基本的に、上記オペラの巻と同じく校訂報告書(Henning Bey、2003年)で訂正された内容を反映していると思われるが、どこにも「校訂報告書により改訂した」とは書かれていない。そればかりか、当時、このK425を校訂したフリードリヒ・シュナップ氏の「序文」も独語(と英語訳)でそのまま載せている。実はこの序文には、1971年バージョンの特徴が結構詳しく書かれているので、「そのままだと後ろに続く楽譜とくいちがいが出るはずでは?」と本棚の前で勝手に心配になっていた。具体的に例をあげて説明すれば、終楽章の58〜65小節のファゴット・パート。以前、このブログでも書いたが、ここは校訂報告書で「休み」に訂正されており、今回の改訂版でもちゃんと直されている(音符が消えている!)。ドナウエッシンゲン資料Aとザルツブルク資料Bがともに「休み」になっているからなのだが、シュナップが1971年新全集版において、資料C=ブルクシュタインフルト城にあるベントハイム侯音楽コレクション所蔵のパート譜の筆写譜を採用し、低弦にファゴットを重ねる処理をした箇所でもあるのだ。このことを彼は序文の中であえて触れ、「Wir forgen den Quelle C. ; 私たちは資料Cをフォローした」とはっきり書いていたのである。このままでは矛盾が出ると思われたのだが、私の心配は「杞憂?」であった。この2012年版の序文で同じ箇所を見ると、「Wir forgen den Quelle A und B.」と<正確に>直されていたのだ。新全集の改訂版がひそかに出ていたのにも驚いたが、この書き換えには本当に驚いた。

 この序文の署名はあくまで「Friedrich Schnapp」のまま。モーツァルトといえども研究は日々進化しており、それによって資料の評価が変わることもままあることだ。出版社としてもそれを元に、よりよい楽譜を世に出すために過去の版を改訂していくのは決して悪いことではない。しかし、シュナップはすでに1983年に没しており、その名前を冠したまま、序文の文章まで書き換えるのはいかががものだろう。「改訂した。そのため序文と合わない。」等と注記を入れればいいのではないだろうか。

 無論、このファゴット・パートの場合も、音楽学的に見れば校訂報告書による訂正が正しいのだろう。実際、私も過去のブログでも校訂報告書の訂正についてこう書いている。

「<第4楽章>第4楽章58-65小節の低弦にファゴットを重ねる処理を取り消し。
 これは、ブルクシュタインフルト城にあるベントハイム侯音楽コレクション所蔵のパート譜の筆写譜=<資料D(元・資料C)>から取り入れたのだが(「前文」参照)、次項のC)との関連もあるとはいえ、実際、少し疑問が残る箇所だ。そのせいか新全集版を使っていると思われる多くの録音でも、このファゴット・パートはあまり目立たず、66小節からいきなりファゴットが入るように聴こえる。私が確認できた範囲では、アバド/BPO盤(Sony)と鈴木秀美/OLC盤(TDK)はここを新全集版のようにファゴットで吹かせているが・・・(アイゼンの「新校訂版」でもここのファゴットはカット)。」
http://gospels.cocolog-nifty.com/classic/2012/11/post-e65f.html

 ここに記しているように、新全集版を採用していると思われる多くのCD盤で、58-65小節では聞えなかったファゴットが66小節から聞えてくる。これまで、私は「指揮者もしくはオーケストラのライブラリアンが、演奏時に校訂報告書を参照して直しているのか」と考えていたのだが、今回、ベーレンライターが新全集の改訂版を出していたのを知って、やっとその理由がわかりかけてきた。このスタディー・スコアにも、「フルスコアとオーケストラパート譜(BA 4704)が用意されている」とあり、(おそらく従前から)このパート譜等では58-65小節のファゴットは休みになっているのではないだろうか。アカデミア・ミュージックのサイトにも、指揮者用の大型スコアとパート譜の一覧がある(https://www.academia-music.com/academia/orchpage.php)。これを買えばはっきりするのだが、パート譜ともなると結構、いやかなり高価なので、さすがにオケ関係者でもない私には荷が重い・・・。どうしたものだろうか(笑)。今日、アカデミアで、「濃紺の表紙」の全交響曲のボックス・セットを海外発注したので、こちらで他の交響曲の改訂具合はわかるはずなのだが。

※ちなみに、来月あたり、アカデミアではベーレンライターのボックス・セットのバーゲン販売を予定されているそうだ。

※※たまたま、というかすごい偶然なのだが、Zauberfloete さんも、濃紺の表紙のベーレンライター版を借りてこられて、詳しい比較記事を書かれていた(19日未明の速報)。

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コメント

cherubinoさま
いつも貴重な情報ありがとうございます。
私も気になっていたので、スコアを借りてきたのですが、cherubinoさんも同時に見られていたとは驚きました。
私の疑問にお答えいただきましてありがとうございます。やはりこのような場合は「改訂新版」と明記すべきだと私も思います。
早速、cherubinoさんの情報に基づき私のブログも改訂させていただきます。

投稿: Zauberfloete | 2013年2月19日 (火) 20時51分

Zauberfloete さんと、いろいろと情報交換させていただいているうちに、なんとか「リンツ」交響曲のバージョンとその由来が明らかにできたと思います。こちらこそ詳細な異同情報をありがとうございます。
しかし、B社の側には上記<序文>の件も含め、もう少し我々に丁寧に情報提供をお願いしたいところです。編集者にしてみれば、極東の小さな島国で、素人軍団により自分たちの<小手先仕事>が暴露されているとは夢にも思っていないことでしょうが。まあ二人ともB社にはこれまで十二分に投資済ですので、許してもらいましょうか。
そうそう、この勢いでぜひ「プラハ」交響曲のバージョンも、ごいっしょに調べてみませんか?これもきっとすごいことになっているような予感が。。。

投稿: cherubino | 2013年2月20日 (水) 19時08分

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» 「リンツ」 ベーレンライター版スコア~その2~ [Zauberfloete 通信]
前回の記事の直後に、cherubinoさんのサイトに私の疑問点の回答が掲出されていた。 http://gospels.cocolog-nifty.com/classic/2013/02/post-4a3f.html 結論としては、今回採り上げた最新のベーレンライター版スコアは、2003年に出された新モーツァルト全集の校訂報告書の訂正を反映した改訂新版であるということ。とはいえ、「改訂新版」の表記もなく、かつ(私はそこまで気付かなかったが)前書きの一部は今回の修正に伴い書き換えられている...... [続きを読む]

受信: 2013年2月19日 (火) 23時06分

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