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2013年2月 5日 (火)

旧モーツァルト全集とベーム(その3・「リンツ」編)

 このブログにおいて、カール・ベーム指揮のモーツァルト交響曲全集について何回かシリーズで書いた(「LPで聴くモーツァルト交響曲全集」「旧モーツァルト全集とベーム(その1)(その2)」)。

http://gospels.cocolog-nifty.com/classic/2007/02/post_20d0.html
http://gospels.cocolog-nifty.com/classic/2007/03/post_6791.html

 その主旨は、べームの全集演奏における独特なテンポ設定等が、基本的に旧モーツァルト全集の指定によるもので、決して巨匠の個性などではないのでは、というもの。その後、これを受けて、「新旧モーツァルト全集」の速度・拍子記号の相違点を比較した記事も何回か書いている(「新旧モーツァルト全集の速度・拍子記号」(その1)~(その4))。

http://gospels.cocolog-nifty.com/classic/2012/02/post-511b.html

 ところが、昨年末に、Zauberfloete さんが、演奏会でいわゆる「リンツ」交響曲 K425 を演奏されるとのことで既存のCD録音を聴かれたところ、なんとベーム/BPO の演奏が新版に近い演奏をしていたという驚くべき報告をブログに書かれていた(これでは上記、私の仮説=「ベーム全集は、旧モーツァルト全集使用」の例外になってしまう。困った)。

http://zauberfloete.at.webry.info/201210/article_11.html

 こうしたことをきちんと検証され、専門家も知らないような情報を我々に伝えてくださっているのは、わが国のみならず世界でも「Zauberfloete通信」のみではないだろうか。さらに有難いことに、Zauberfloete さんは当方のリクエストもあり、再度、ベルリン・フィルの「リンツ」演奏を詳しく聴いてくださった(http://zauberfloete.at.webry.info/201212/article_5.html)。

 その結果は、

「驚いたことに、終楽章の冒頭のチェロのキザミをファゴットが一緒に吹いており、他にも新版に準じた演奏をしている箇所が多かった(58、132:ちょっと聴こえ難かった、168、176、232、293、367小節など)。ただし第三楽章トリオ後半のファゴットはDisではなくDで吹いていた。
(中略)
●ベーム(1966/DG)
第一楽章序奏:18小節は各拍のウラがfp、第二楽章42小節はp、48小節の低弦・ファゴットはシ♭、第三楽章トリオ後半のファゴットD、終楽章は上記の通りで、総合的にはアーノンクールが採用しているエディションに近い。ただし、第二楽章冒頭のファゴットは聴こえない。」

ということで、ベームの演奏が新全集をそのまま採用しているわけでもなかった(※整理すると、第1楽章序奏のウラ拍打ち、第2楽章p、シフラットは、明らかに新全集なのに、第3楽章トリオのファゴットDは、旧全集。第4楽章の低弦へのファゴット重ねはどちらでもなく、強いて言うならば新全集の脚注での指示を採用、という感じになる)。時系列的に見てみると、ベームの録音は1966年。今、出されているこの交響曲の新全集版は1971年のクレジットがあり、やはりベームが新全集を使用したというには、この点でも疑問が残る。これはどういうことだろう。

 実は、この件で私はひとつだけ気になっていることがあった。というのは、新全集でこの「リンツ」の校訂を担当しているフリードリヒ・シュナップが、1955年にベーレンライター社から先行して新全集準拠(pre-print)の校訂楽譜(BA4704)を出していたことを、クリフ・アイゼンが自身の新校訂版(PETERS)の序文等に書いていた。そのBA4704をベームあるいはベルリン・フィルは使用したのでは?と考えてみたのである。ただしこの場合、この1955年バージョンと1970年バージョンには違いがあるということが前提である。しかし、このような古い校訂楽譜、特にパート譜は今では普通には手に入らない。ということであきらめかけていたのだが、偶然、国立(くにたち)音楽大学の図書館にこの楽譜のミニュチュア・スコアが所蔵されていることがわかり、俄然調べる気がわいてきた。そして昨日、所用があって上京した折に、玉川上水駅近くの図書館に伺い、ついにこれを閲覧させていただいた(こちらは1957年というクレジット)。

 結論だけを言えば、この楽譜と現行の新全集には、やはり少なからぬ相違点があり、ベーム/BPO演奏の特徴は1955年の楽譜と一致したのである。序文を読むと、この1955年バージョンはシュナップが1938年に発見した「ドナウエッシンゲン筆写譜」を中心に校訂したもの。一方、1971年バージョンはこの筆写譜を主に用いながらも、「ザルツブルク筆写譜」や他の筆写譜も交合して再校訂したものである。ベームの演奏がドナウエッシンゲン筆写譜に近い「アーノンクールが採用しているエディション」に似ているのも、この1955年の楽譜を使ったのであれば、うなづけるところである。細かいことを言えば、シュナップはこのミニュチュア・スコアの序文に、「この本ミニチュア・スコアは、指揮者用総譜(BA4704)に対する<コーリジェンダ>=誤り訂正を含んでいる」と書いている。ベーム/BPOは当然、ミニチュア・スコアでなくこのBA4704(とこれに対応するパート譜)を使っていると想像されるので、両者は、若干違うのだろう。さて旧全集派のベームが、なぜこの交響曲だけ当時の新版を採用したかということに対する私の推論については、長くなるのでまた次回に。

※以下に、Zauberfloete さんにならって、旧全集、そして新全集の1957年版(ミニチュア・スコア)と1971年版の主な比較を挙げておくので、興味のある方はベーム演奏と比べてみてほしい。

凡例;旧全集/1957年版/1971年版の順に記してある。さらに(  )内がベーム盤の演奏。

<第3楽章>
1)トリオ後半18小節3,5拍目・ファゴット:D/D/Dis(D)
<第4楽章>
2)1小節~8小節、232~239小節・ファゴット:休み/チェロのSoliと同じパートを吹く/休み(チェロのSoliと同じパートを吹く)
3)58~65小節・ファゴット1:休み/休み/バッソと同じパートを吹く(休み)
4)132~141小節、367~376小節・ファゴット:休み/ファゴット1はチェロと同じパートを吹く&ファゴット2はコントラバスと同じパートを吹く/ファゴット1,2はコントラバスと同じパートを吹く(ファゴット1はチェロと同じパートを吹く&ファゴット2はコントラバスと同じパートを吹く)
※終楽章のファゴットのバッソとの重ねは、Zauberfloete さんが指摘されていたように、一部、聞こえにくい箇所がある。

 ちなみに、
<第1楽章>
1)序奏18小節:各拍のウラがfp
<第2楽章>
2)1〜4小節、65〜69小節・ファゴット:バッソと同じパートを吹く
3)11小節、76小節・Vn2:伴奏音形が「ラ・ド・ラ・ド・ラ・ド、ラ・ド・ラ・ド・シフラット・ド」
4)42小節: p
5)48小節4拍目・低弦&ファゴット:シフラット
<第4楽章>
6)
168-171小節、176-179小節のファゴット:バッソと同じパートを吹く
等については、1957年版と1971年版は一致して旧全集を訂正しているし、ベームもこれを採用している。

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コメント

cherubinoさま
学術的なご報告、大変興味深く読ませていただきました。ここまで調べたケースは他にないのではないでしょうか?
私はいつも、思いつき、直感的で根拠のあまりないようなことばかり言っているのですが、cherubino さんの記事は必ずデータ/資料的な裏づけがあるのですごいと思います。

投稿: Zauberfloete | 2013年2月 6日 (水) 22時30分

Zauberfloete さま
いずれにしましてもZauberfloete さんの鋭敏な「耳」がなければ始まらない話ばかりです。第3楽章トリオの「D」「Dis」の違いなどは、新全集の校訂報告にもないのですから、さすがです。私の貧弱な耳では、まったく聞き流してしまうような箇所です。しかもほとんどの問題箇所が、ファゴット・パートに集中しているあたり、Zauberfloete さんのためにあるような曲ですね(^^;
ともあれ、今回、お互いのサイトの連携で、各版の問題点をかなり整理することができたと思います。あとは西川尚生さんあたりが、新しい校訂版を出してくださると、本当にうれしいのですが。
また、今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: cherubino | 2013年2月 9日 (土) 19時38分

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» 「リンツ」のエディション~その3 第一楽章のHr&Trp~ [Zauberfloete 通信]
「リンツ」の版の違いについて、先週の練習中に今まで気付かなかった旧版と新版の相違を発見した。 http://zauberfloete.at.webry.info/201210/article_20.html http://zauberfloete.at.webry.info/201212/article_5.html 私自身、ざっと見ただけで、両者を突き合わせて綿密に検討した訳ではなかったので見落としていたのだが、旧版と新版の違いについて詳細に検討されているサイトにおいてもこの点につ...... [続きを読む]

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