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2015年7月18日 (土)

『魔笛』歌詞あれこれ(その4)

 前回、『魔笛』の作曲時期・過程について、モーツァルトの「自作全作品目録」について、1791年7月に第1曲(自筆譜では「No:2」)の「イントロダクション」の譜例を記載、その後、中断をはさみ9月28日に再び序曲(と第2幕冒頭のマーチ)の譜例を記載したことを紹介した。ただし、よく調べてみると、この「目録」にもいろいろと不明な点が残っていることがわかった。先日、引用したイントロダクションの冒頭譜例は「目録」の右ページに記載があり、その左ページには、モーツァルトによる以下のような説明文が付いている。

Page29_2

 上から4行目までが『魔笛』に関するもので、以下に僕なりの解読文を書いておく。(そのすぐ下の段落は9月5日の日付入れで記載された『皇帝ティートの慈悲』に関する記述、その下段は9月28日付けの『魔笛』序曲等の追加文になる)。

Im Jullius.
die Zauberflöte. ______ aufgeführt den 30t: September.
_ _ _ _ _ _ _ _ eine deutsche Oper in 2 Aufzügen. von Eman. Schickaneder.
bestehend in 22 Stücken. ___  (以下、初演時の配役が続く)

 『モーツァルト書簡全集VI』(p.670-971、白水社・刊)の解説で、海老沢敏氏はこの記述について、このように書いている。

「(前略)モーツァルトは、タイトルの右につづけて、「九月三十日に上演」とみずから書き込んでいる。しかも日付は「七月」となっている。『自作全作品目録』への記載を、彼は実際に「七月に」行ったのであろうか。(中略)「七月」と、正確な日付を記入している。モーツァルトは目録への記入を往々にして後日になってから行っているが、この場合もそのケースであろうか。」

との疑問を呈している。以下、海老沢氏の論点をあげる。

1)「七月には、九月三十日という初演の日はまだ確定していなかった。」
2)「自筆稿を見ると、この《九月三十日》という日付があとから加えられたものであることが理解される。」※画像を見ると、確かにこの初演日は、題名右に続く「二幕のドイツ語オペラ。エマーヌ(エル)・シカネーダーによる。」という語の上部に割り込むように右上がりの行で書かれている。
3)「しかも「九月三十日に上演」ばかりでなく「七月」の筆跡も、彼がのちに「九月二十八日」の日付で書き入れた「オペラ。《魔笛》――祭司たちの行進と序曲」と同じペンで書いたものであることが分かる。」
4)「七月には正確な配役も番号曲の曲数も、まだ決まっていなかったはずである。※」

 実際、海老沢氏の指摘どおり、モーツァルトが「7月」の時点で、これらすべての記述が書けなかったのはまぎれもないことだ。ただしそのことは、目録への記入を後日、ここでは9月末以降になってから行った、ということの証拠にはならないように僕には思われる。その理由として、以下の点があげられる。

1)もしモーツァルトが、これら3つの冒頭譜例の記載を9月にまとめて記入したのだとしたら、7月(序曲以外)と9月(序曲他1曲)に分けて書いた理由がわからない。
2)上記画像の2段落目、『皇帝ティートの慈悲』の記述を見ると、「9月5日。」という日付の右横に、やはり後日、「9月6日、プラハにて上演。」という文が行末に追い込まれるような形で追記されている。※つまり、曲の完成時に「目録」の記載が行われても、初演日が後から付記されることがある。
3)つまり、7月の時点で覚えとして「イントロダクション」の譜例を記載しておき、9月になって全曲の完成時に初演日、曲数、最終的な配役等を追記した、ということで、上記、海老沢氏の論点2)ともつじつまが合う。

 以上、モーツァルトの「自作全作品目録」における『魔笛』の日付に関する疑問点について考えてみた。7月に序曲以外をほぼ作曲し終わり、9月の初演曲前に序曲が完成した、という流れはまず間違いのないところだろうと思う。ちなみに細かい点だが、9月28日の「目録」には、序曲だけでなく「祭司たちの行進」の冒頭が記譜されている。

den 28t: September.
zur Oper. die Zauberflöte  _____ einen PriesterMarsch und die Ouverture.

 一般にプラハから帰った後で、「序曲と行進曲を完成させた。」と説明されている解説もあるが、これはどうだろうか。そうであるならば、序曲~マーチの順で記譜したはずだ。僕の推論では、7月に序曲でなく第1幕冒頭の譜例「No:2」を記載したことに呼応し、ここであらためて第2幕冒頭の譜例を出しておいたのではないだろうか。その上で全体の始まり=序曲の譜例を書いたのでは、と思う。この記譜法も、モーツァルトが9月以前にすでに「イントロダクション」の譜例を書いていた、ということの傍証になっていると思われるのだが。

※海老沢氏も、モーツァルトが「二十二曲から成る。」と書いていることに対し「ここでは慣例に反して、序曲をまず第一曲として合計二十二曲と勘定している。」と注記している。これについては(その3)を参照。また、曲番号はともかく、配役についてはある程度決まっていたのではないだろうか。モーツァルトは基本、歌手に対して<あて書き>をしたと思われる。

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