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2015年12月23日 (水)

「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その1)

 前回の記事「モーツァルト・アラカルト2(楽譜編)」で紹介した『ピアノ・ソナタイ長調 K.331(300i)』のヘンレ版・新版について、少し詳しく補足をしておきたい。

 最初に K.331(300i) の資料状況を整理しておけば、これまでは第3楽章の第90小節以降の終結部分を記した1葉の自筆譜しかなく、他の箇所は新モーツァルト全集でも、1784年にウィーンのアルタリア社から出版された初版、B&H社の全集の早期の版(1798年)を基本資料として用いてきた。そこに、以下の新たな2葉が加わったことになる。

【第1葉/表】第1楽章 第3変奏・第1小節〜第4変奏・第14小節
【第1葉/裏】第4変奏・第15小節〜第5変奏・第16小節
【第2葉/表】第5変奏・第17小節〜第1楽章最終小節
【第2葉/裏】第2楽章メヌエット全体およびトリオの第10小節まで

 これにより、第1楽章の冒頭〜第2変奏の最後までが書かれた1葉と、第2楽章トリオの第11小節〜第3楽章の第89小節目までが書かれた1葉が、いまだ未発見という推定ができる(このことは元発言で紹介した日本経済新聞の記事には触れられていない)。また元発言で紹介した畑野小百合さんの要約レポートによれば、今回発見された自筆譜では、現行譜と大きく4つの相違点がある(他にも細かな相違点は多いが)。

1)第1楽章 第5変奏第5、6小節
2)第1楽章 第5変奏第16小節
3)第2楽章 第3小節
4)第2楽章 第24〜26小節

 こうした違いが生まれた原因として日本経済新聞サイトの「久元祐子氏の映像解説」記事では、以下のように説明する。

「自筆譜と従来の出版譜との違いが生じた背景には、当時の楽譜出版社が自筆譜の不明瞭な点を独自に判断して印刷した部分があるためのようだ。モーツァルトが印刷譜を自筆譜と照らし合わせて改訂することもないまま、後世に印刷譜が伝わったという。」

 確かに、相違点1)あたりでは、そうした側面がある。が、上の記事で久元氏は4)を中心に取り上げ、自身の演奏で説明していて、それはどうだったろうか。この箇所は、「当時の楽譜出版社が自筆譜の不明瞭な点を独自に判断して印刷した部分があるため」ではなく、畑野さんが言うように元々「テクストの正誤が問われてきた箇所として有名だ」ったものだからである※1。

「繰り返し記号の後、まずロ短調が現れ〔第19〜22小節〕、第23小節でイ短調が示唆される。初版は、続く3小節〔第24〜26小節〕をイ長調で記しているが〔譜例7〕、のちの多くのエディションがこれを誤りととらえ、この箇所をイ短調とする解釈を示してきた〔譜例8〕。」 (以上、畑野さんの要約レポートから)

K3111

 上記は、その初版の該当部分(譜例をクリックで拡大)。確かに初版では第24〜26小節のハ音にナチュラル記号はない(つまり、ハ音は半音上げて弾く)。そのため「今回の発見では、自筆譜でも第24小節から第26小節がイ長調で記されていることが明らかになり、初版のテクストの信憑性が高まってきた。(畑野さん)」。つまり、むしろ「当時の楽譜出版社」が正しかったと思われる箇所なのである。

 上記、畑野さんのレポートに書かれたことを確認してみよう。僕が学生時代に買った青い表紙の「ベーレンライター原典版(全音楽譜出版社)」の楽譜では、そこに編集者のヴォルフガング・プラート、ヴォルフガング・レエムによって以下のような注釈が付けられていた(新モーツァルト全集の当該巻の序文と同じ)。

「メヌエットの24〜26小節の伝承は明らかに腐敗している(ママ)。つまりこの箇所がイ短調に考えられていることに疑いはないが,初版(また奇妙なことに全集版においてさえも) では臨時記号が欠けている。第26小節(右手)では両版ともよりはっきりと嬰ハ音であり,それは第27小節以降の和声的継続と明らかに矛盾している。これ故この箇所を編者なりに解釈することを決心した。」(市田儀一郎・訳)

 ただ新モーツァルト全集の名誉のために?書いておくが、ここでは「原典版」の原則ゆえ、あくまで上記臨時記号(シャープ記号を無効にするナチュラル記号)を編者が付け加えたことを示す [ ] 付きで記していた。一方、ピアノの演奏家や学習者を対象にした通常の楽譜では、演奏者が混乱することを嫌うためか [ ] ははずして書かれることが多い。結果、〔第24〜26小節〕をイ短調とする解釈が広まっていったと思われる※2。おそらく現在、この曲の演奏はかなりの確率でこの<イ短調バージョン>であり、その意味で、久元氏がこの箇所を特に取り上げて演奏したのも、それ自体、歓迎すべきことだろう。また、その映像に登場するモーツァルト・ファン代表氏が「短調だと思われていたところが長調だったということで、影が光に変わってしまったということで、それがあとになってまた今度は短調に転調するときに大きな効果を持つということだと思うので、その効果がよりはっきりした。変化、あるいは転調、それが次々にこう行われていくっていう、その巧みさって言うんでしょうかね、とても人間業とは思えないような、そういうところに我々は惹かれているんじゃないかなという風に考えます。」といった感想を述べたのも、特に不思議はないのかもしれない。

 さて、前説がいささか長くなったが、ここからが本題。今回話題になっている途中イ長調に転調する<イ長調バージョン>は、実はそれほど珍しいものではなく、モーツァルト・ファンを自認する方ならば、たいがい聴いたことがあるものでもあると書いたら、これまた驚かれないだろうか。というのも、ベーレンライター原典版の編者たちが「初版(また奇妙なことに全集版においてさえも) では臨時記号が欠けてい」たと書いていたことを思い出してほしい。つまり、旧モーツァルト全集は<イ長調バージョン>であり、その時代はある意味、それもありだったのである。例えば、その時代を代表するモーツァルト弾きと言えば、リリー・クラウスやワルター・ギーゼキングの名前が挙げられる。この二人の演奏記録はともに名盤とされ、僕の年代に近いモーツァルト・ファンならほぼ聴いたことがあると思われる。実は、クラウスは〔第24〜25小節〕の2小節だけ、そしてギーゼキングは〔第24〜26小節〕全部を、<イ長調バージョン>で弾いていた。

 上記のようにこの曲の初版=アルタリア版は、元々、自筆譜と同じ<イ長調バージョン>であった。19世紀に出た版で<イ短調バージョン>の楽譜も出たが※3、同時に旧モーツァルト全集のような<イ長調バージョン>も伝わっていて、実際にそう演奏されてきた※4。にもかかわらず、20世紀後半には新モーツァルト全集やヘンレ版・ソナタ集等の影響もあって、<イ短調バージョン>が圧倒的になる。この4)第2楽章 第24〜26小節については、そうしたいかにも正統的と思われていた楽譜、そして演奏が、むしろ誤りである可能性が高まった、というのが今回の自筆譜の発見の意味であると言えるのではないだろうか。

※1 ただし、この「当時の楽譜出版社が自筆譜の」云々の記述は、久元氏の発言ではなく記者が書いた地の文にある。たぶん、久元氏の解説・説明を要約した際に、包括的にそう書いたものだろう。あと同記事に「両楽章合わせて6カ所以上の違いがあるという。実は第3楽章「トルコ行進曲」にはもともと大半の自筆譜があるため差異はない。」とあるが、そもそも今回、発見された自筆譜に第3楽章は含まれていない。
※2 音楽大学関係者が必ず使う「ヘンレ版・ソナタ集2(現行は1977/2005年版)」の影響の方が実際には大きいのでは、と思われる。こちらは、第24、25小節は [ ] なしでナチュラル記号を付けている(第26小節だけ、初版がシャープ記号付きであることに脚注で触れる)。また、普通のピアノ学習者がよく使う、そして全国の書店で普通に買える慣用版楽譜は、全音、音楽之友社、春秋社のいずれも何も注釈なしでナチュラル記号付き。「ウィーン原典版・ソナタ集2」の方は、さすがに新モーツァルト全集版と同じく [ ] 付きで記している。
※3 今回出たヘンレ版・新版(K.331(300i))の校訂報告によれば、1984年に出版されたアンドレ版が、<イ短調バージョン>の伝統の始まりだという。
※4 ほかに旧モーツァルト全集派として、園田高弘やグレン・グールドの録音等があげられる。イディル・ビレッドは、クラウスと同じで〔第24〜25小節〕だけ<イ長調バージョン>で弾く。

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