« 高いホルン、低いホルン(その26・ハイドン編 no.69) | トップページ | 「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その2) »

2016年1月 8日 (金)

エル・スール〜南へ

 連休前の夕刻、早めに帰宅したところ、アマゾンからビクトル・エリセ監督の映画『エル・スール』(1983年、スペイン=フランス)のブルーレイ盤が届いていたので、キッチンのテレビにブルーレイ録画機をつないで夕食のミネストローネを作りながら見た。もう四半世紀前に見た映画。レーザーディスク盤でも持っているのだが、せっかくブルーレイでリマスター盤が出たので買ったものである。スペイン内戦を背景に、心に深い闇を秘めた謎めいた父親(名優オメロ・アントヌッティ)とそのひとり娘(8歳と15歳時が描かれる)の物語で、光と闇の対比を効かせた映像の美しさもさることながら、この映画の深い感銘は音楽によるところも大きい。ラヴェルの「弦楽四重奏曲へ長調」、シューベルトの「弦楽五重奏曲ハ長調」、そしてグラナドスの「スペイン舞曲集」から第5曲の Andaluza が映画のタイトルにもある「エル・スール」・・・南へのあこがれを象徴する音楽として極めて印象的に使われている。ことさらに感動をあおろうと劇伴をうるさく流すハリウッド映画や日本映画と違い、良質なヨーロッパ映画ではほとんどバックに音楽を流さない。エリック・ロメールしかり、テオ・アンゲロプロスしかり。ただこのビクトル・エリセの『エル・スール』では、上記の Andaluza が映画の大事な要素になっていて、最早これなしでは成立し得ない。私などこれまでおそらく2、3回しかこの映画を見ていないにもかかわらず、CD等で Andaluza を聴くたびに映画の情景が自然と浮かんできて、せつなさとなつかしさが入り交じったような感覚がじんわり身体中を覆い尽くしていく感じがするほどだ。

 映画で流れる Andaluza の演奏については、タイトルバックにも演奏者の名前は流れない。映画のためのオリジナル音源なのかもしれないが、少し時代がかかった古いピアノをあえて使っているようだ。ホ長調の中間部を非常にゆっくりと弾いているのが印象的である。私自身いつもは、アリシア・デ・ラローチャのCD(デッカ)で聴くことが多い。本場物を弾く彼女ならではのリズム感もすばらしいし、タッチも非常に美しい。先年、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリの初期録音集にある古い演奏を聴いたら、緩急や音量の差を極限まで大きくとった個性的な演奏に思わずうならされたこともある。

 映画も、音楽も、「楽しみ・娯楽」と言ってしまえばそれまでだが、時にそれだけではない何かが私を捉えて離さない瞬間が訪れる場合がある。そして、そのときの感覚は、一生のあいだ片時も離れず、心の奥底で小さな灯りをともし続ける。

|

« 高いホルン、低いホルン(その26・ハイドン編 no.69) | トップページ | 「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その2) »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: エル・スール〜南へ:

« 高いホルン、低いホルン(その26・ハイドン編 no.69) | トップページ | 「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その2) »