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2016年2月21日 (日)

ハイドン・アラカルト2

 「ハイドン・アラカルト」と題した前回の記事(2014年2月)で書いた話の続き。2年前の2月、クリストファー・ホグウッド/アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックの「ハイドン交響曲全集」(L'OISEAU-LYRE)が、第75番まで収録した第10巻で中断してしまったけれど、このあとにもう2曲、第76、77番が録音されていて、これらは英国の雑誌「BBC music magazin」の付録で出されていたということを紹介した。さて、今年(2016)になって、チェンバリストのオッターヴィオ・ダントーネがアカデミア・ビザンティーナというピリオド・アンサンブルを指揮してハイドンの交響曲全集(DECCAレーベル)を録音するというニュース・リリースが出た。しかも、「全集(36枚組)の発売は2016年内を予定しており、ピリオド楽器による初のハイドン交響曲全集となります。今回そのプロモーション盤として、後期の作品としてはあまり演奏されない第78~81番を収録したものを特別価格で発売」ということである(>>詳細はこちら)。第78~81番はまさにホグウッドの上記BBC盤の続きにあたるので、偶然にしては出来過ぎた話だと僕など思っていた(実際、他の方のブログでもそういう話題が出ていた)。で、先週末新たにリリース・ニュースが出たのが次の盤。「交響曲全集 ホグウッド&エンシェント室内管、ブリュッヘン&18世紀オーケストラ、ダントーネ&アカデミア・ビザンティーナ、他(35CD)」。  <ピリオド楽器による初のハイドン交響曲全集>という触れ込みには、うそいつわりはないのだが、基本DECCAが吸収したオワゾリール、フィリップスという両レーベルの既存録音に、新作のダントーネ盤をくっつけただけでできてしまった全集である。4曲2枚のCDを新たに録音すればレーベル内の音源で全集ができることに気づいたプロデューサーは、なかなか抜け目のない方だと思うが、おそらくこれでダントーネで全集という企画は進まないだろう。一番、全集完成に近かったファイ&ハイデルベルク交響楽団も22枚で中断しそうでなので、合わせてこれは残念なニュースと言わねばならない。

 今週始め、東京出張の折に、いつもの定例コースでディスク・ユニオンお茶の水クラシック店に立ち寄った。こちらのお店には、中古LP・CDのほかに音楽書のコーナーもあり品揃えも結構充実しているのが常だが、先月伺ったときには「新モーツァルト全集」の楽譜および校訂報告書「KRITICHE BERICHTE」が山積みされていて、ちょっとびっくりしたことがあった。楽譜自体は縮刷版ながらすでに持っているし、オンラインでも閲覧できる。校訂報告書の方はさすがに需要も少ないと思われたのか、計40冊ほどがバナナのように2束各2000円強で投げ売りされていて、さすがに見捨てられず(笑)引き取ってきた。同じくオンラインでも読めるのだが、手元にあるというのは心強い。で、今回はどうだろうと思い訪問を楽しみにしていたのだが、新たにオペラや声楽曲のヴォーカル・スコアなどが数多く入荷している。CDの方は早々に見切りをつけ、楽譜の棚を一冊一冊眺めていたら、深緑色の表紙に「Haydn」の文字が印字された大判の書籍が目に入った。これが実は、ハイドンの交響曲第48番 ハ長調「マリア・テレジア」のパート譜ファクシミリであった。この交響曲の自筆譜は残されていない。ハイドンの写筆家であるヨーゼフ・エルスラーが書いたパート譜が、1960年代中頃にスロヴァキアで発見され、それが現在のところ最も信頼できる資料となっている。「高いホルン・低いホルン」のシリーズで「マリア・テレジア」について書いた稿はこちら。その記事に「ホルンのパート譜にははっきりと「in C Alto.」と書かれている(ランドンの「Haydn: Chronicle and Works, at Eszterhaza 1766-1790」にこのアルト指定を含む第一ホルンのパート譜の写真版が掲載されている)」と僕は書いているが、この本はまさにそのパート譜全体をカラーでファクシミリ化したものらしい(1982年刊)。おそるおそる値段を見てみるとなんと3千円ちょっと。普通、大作曲家の作品のファクシミリは数万円で売られている。まっすぐレジに向かったのは言うまでもないが、精算の途中で「あ、これ一桁違ってました」と言われないかひやひやしたくらいだ(笑)。この数年ずっとハイドンの交響曲のおけるホルンの用法を追ってきているので、神様がごほうびを下さったとしか思えない。このような一点物の購入話を書いて、読んでくださっている方には申し訳ないので、せめて、以下にその一部を紹介しておく(内容について興味のある方はお問い合わせくださればお答えします)。ホルンのパート譜には、表紙「in C. alto.」、楽譜内「in C Alto.」とはっきりと記載がある。実際の楽譜では、このようにアルト指定が指示されるということがよくわかる。

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※ファクシミリは、実際のパート譜を模して、パート毎の綴り(大判の紙を2つに折って、数枚を重ねたもの)と、それら全体を包むカバーから成っている。トランペットとティンパニのパートはない。
 この筆写譜に上線つきで「769」という年代が鉛筆で大きく書かれており、これによってこのハ長調交響曲がニックネームの由来となっているマリア・テレジアのエステルハージ訪問時=1973年に演奏された曲ではないことも判明したという(上の写真真ん中のパート譜表紙・右上を参照)。ただし記入者は不明。

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2016年2月13日 (土)

高いホルン、低いホルン(その34・ハイドン編 no.78)

 ハ長調交響曲ではないが、ハ長調の楽章を持つハイドンの交響曲について、ホルンの用法を見ていく。その番外編3)は、交響曲第78番で、冒頭楽章が《疾風怒濤時代》を思わせるハ短調で劇的に始まるが、第2楽章は穏やかな変ホ長調、第3楽章メヌエットはハ長調となる。フィナーレはA・ハ短調で始まるロンド。B部分は長調になるが、再びA・短調に。最後はハ長調に転じ、ハイドンらしい快活さの中に終わる。作曲年代は第76、77番と並んで1782年頃と推定されている。まだエステルハージ時代ではあるが、ハイドンはこの3曲をセットでパリ、ロンドン等の楽譜商に売り渡している。もはや彼の目はヨーロッパ各国の大都市に向いていたのだろう。

番外編3)交響曲第78番(ハ短調) 第3、4楽章にC管ホルン2を使用。ランドン版では指定なし。(他の楽章はEs管ホルン2を使用)

 自筆譜は残っておらず、筆写譜にもアルト/バッソ関連の指示はないようだ。新ハイドン全集は、第3、4楽章のホルンに [ ] 付きながらバッソの指定を与えている。C管ホルンの音域的には、高い方が第10倍音(E)、低い方が第4倍音(G)。普段の第12倍音(G)にも登らない。第3楽章メヌエットの後半最後に木管と組んだ Soli があるほかは、低い音域で中域を支えている場面が目立つ。

 時代的に《疾風怒濤時代》の作と《パリ交響曲集》のはざまにあり、録音も多くはない。ジョーンズ、ドラティ、オルフェウスCO、グッドマン、ウォード、フィッシャー、ダントーネと聴いてきたが、これらはすべてバッソ採用のようだ。例外は、なんとデイヴィスの全集盤所収の演奏で、フィナーレのみアルトで吹かせている。終結部ではアルトのホルンによる派手なファンファーレが聴かれる。デイヴィスは、第50番、第56番とハイドンが自筆譜でアルトを指定している曲でも頑固にバッソを採用していたのに、ここではまるで逆の現象。前述のとおり音域が低いので、奏者が吹きにくいからだろうか。使用音域が高いと下げて、低いと上げる・・・このシリーズでこれまで見てきた中にも、他にそのような処置をとった盤があるし、現場感覚と言えばそれまでだが、指揮者としてはどう考えているのか。

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2016年2月 8日 (月)

ハイドン・まぼろしのG管トランペット

 前回の発言で見たハイドンの交響曲第97番ハ長調の第2楽章は、ハ長調の下属調=ヘ長調で書かれている。当然のことながら、F管ホルン2が使われている。またこの《ロンドン交響曲集》の特徴として、第95番と第98番を除くほとんどの曲で、緩徐楽章にもトランペット2&ティンパニが使われている(モーツァルトも《リンツ》交響曲で、初めて緩徐楽章でトランペット&ティンパニを使っているが、これは当時とは新しい手法であったろう)。が、このハイドンの第97番交響曲の第2楽章で使われたトランペットは、ホルンとは調性が異なりC管トランペットになっている。これはなぜだろう。

 ちなみにハイドンの交響曲ではハ長調交響曲でトランペットを使うことが一番多いのだが、この場合、ハ長調となる1、3、4楽章では当然ながらC管のホルンと組み合わせて、同じくC管のトランペットが使われる。またハ長調以外でよくトランペットが使われる調性には、ニ長調がある。ニ長調の交響曲でトランペットが編成に加えられるのはかなり遅く、1778/79年作曲の第70番以降となっており、《ロンドン交響曲集》以前には第75、73、86番が数えられるのみ。これらの曲で使われるホルン、トランペットは、D管である。つまり多くの場合トランペットの調性は、C、もしくはDということになる。当時、ホルンは低いCから高いCまで様々な調のホルンが用意できたのだが、トランペットはそうではなかったようだ。冒頭に書いた第97番のヘ長調の緩徐楽章で、F管ではなくC管トランペットが使われているのも、そうした事情が絡んでいる。

 さらに以前、交響曲第54番ト長調の<改訂版>を聴いたときも、第1、3、4楽章の調性はト長調なのでホルンはG管だったのだが、トランペットはC管であることに触れておいた。《ロンドン交響曲集》以前のハイドンでは、ハ長調、ニ長調そしてト長調のみが、トランペット&ティンパニ入りである。ト長調交響曲でトランペット入りとなるのは、上記第54番が最初。のちにハイドンは、《ロンドン交響曲集》以前には、第88番「V字」および第92版「オックスフォード」という両有名曲をト長調で書くが、これらでもC管トランペットを使っている。つまり、G管トランペットもなかった、と言いたいところだったが、実はそうではないようだ。

 こちらは《ロンドン交響曲集》の曲だが、第94番「驚愕」で当初、第1楽章のトランペットパートをG管で書き始め、この楽章の最後まで書き進めたのち、最終的にこれを取り消しC管に書き直しているという(C管パートの全体は別の用紙に書かれ、総譜の最後に付け加えられた※※)。ドラティの交響曲全集の解説にランドンは、「このG管トランペット,いわゆる<イングリッシュ・トランペット>は,アルテンブルクが1795年に書いた著名な論文のなかで言及されているもので,イタリアでは<トロンバ・ピッコロ>と呼ばれた。」と書いている。アルテンブルクとは、Johann Ernst Altenburg(1734-1801)のことで、『Versuch einer Anleitung heroisch-musikalischen Trompeter- und Paukerkunst』という本の中にこれらの記述はある。これも Google Play (Books) で検索したらなんと全文が閲覧できた。該当箇所と思われるのは以下のページ。>>「3)」と数字のある箇所。

Altenburg1

 ハイドンが想定していた楽器がこの<イングリッシュ・トランペット>だったかどうかは不明だが、イギリスにこの種の高音トランペットの伝統があったとしても、有名なヘンデルの『メサイア』の例などから考えてもおかしくはない。にもかかわらず、ハイドンが通例どおりC管トランペットに戻したのには、管長の短いG管で高い音域を演奏するのは不安定だと考えたためと、ランドンは想定している。

 結局、このG管トランペットは、まぼろしに終わったが、実は《ロンドン交響曲集》の中に変ホ長調の曲が2曲あり、それらにおいてハイドンはEs管のトランペットを使っている。第99番と第103番「太鼓連打」がそうであり、これもある意味、興味深い。前者が書かれたのは1793年であるが、ただしこれには有名な前例がある。モーツァルトの交響曲第39番変ホ長調 K.543 でもEs管トランペットが使われている。この曲は1788年の作であり、ハイドンのものより先行するが、果たしてハイドンはモーツァルトのこの曲を知っていたのだろうか※※※。のちハイドンは、友人であるアントン・ヴァイディンガーから依頼され『トランペット協奏曲』を作曲するが(1796年)、これはキイを持つEs管用に書かれたと言われている。ほかに、《ロンドン交響曲集》の中に変ロ長調の曲が2曲(第98番、第102番)があり、これらではB管のトランペットが使われた。結果、ハイドンの交響曲において、トランペットが使われるのは、変ロ長調、ハ長調(ハ短調)、ニ長調、変ホ長調、ト長調で、その調性の方はB、C、D、Esということになるようだ。

※この曲のトランペット&ティンパニは後年の追加と言われている。
※※ランドン編のフィルハーモニア版のスコアには、付録としてG管トランペットのパートが載せられている。
※※※ランドンによれば、「エステルハージの楽団は,モーツァルトの最後の3つの交響曲の手稿譜の写しを所有していた」という。新モーツァルト全集の K.543 の校訂報告にもこの手稿譜について記載されている。

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2016年2月 1日 (月)

高いホルン、低いホルン(その33・ハイドン編 no.97)

 ハ長調交響曲の最後を飾るのは、交響曲第97番。《ロンドン交響曲集》の中の1曲で、1792年にロンドンで作曲された。

20)第97番 ランドン版はアルト/バッソの指定なし(第2楽章は、F管ホルン2を使用)。

 この曲にもホルン2およびトランペット2&ティンパニが使われているが、自筆譜はもちろん、他の筆写譜、当時の出版譜にアルト/バッソの指定はない。新ハイドン全集も、上記ランドン版と同じ指定だが、結論から言えば、バッソと推定されている。ランドンも「イギリスには,ハ調管にせよ変ロ調管にせよアルト・ホルンを使うという伝統が,なかったようなのである.」(ドラティ全集盤の解説)とし、バッソであると認めている。彼によれば、ハイドンの友人でウィリアム・シールドという人が、1800年に書いた「和声学入門」という本の中で、変ロ調ホルンは記譜音より低い「死んだ」音が鳴るいわゆる「バッソ」として紹介されているという。ランドンの別著『Haydn: Chronicle and Works, Volime III, Haydn in England』の中に、上記シールド本の原名『Introduction to Harmony』(by William Shield)があったので検索してみると、何と「IMSLP」のサイトにこの本のファクシミリが登録されていた。該当箇所の画像は以下のとおり。

Shield1

 前回見た交響曲第90番が、1791年(3月25日)にハイドンが指揮をしたザロモン・コンサートでイギリス初演されているが、その折に使われたというパート譜(ロンドンのロングマン&ブロードリップ版)でも、トランペット&ティンパニを含む上、ホルンのアルト指定は省かれている。こうしたことがロンドンではホルンはバッソ、ということの根拠のひとつになっているようだ。

 ホルンの使用音域としては、高い方が第12倍音(G)、低い方は第3倍音(G)。第4楽章の前半部には、第12倍音(G)を連打する場面が出てくるほかは、特に変わった点はない。さすがにかなりの録音記録があるが、上記のような資料状況であり、私が聴いた範囲ではホルンをアルトで吹かせた演奏は見つけられなかった。

 以上、ハイドンのハ長調交響曲におけるホルンの使用法をめぐって、20曲あまりを聴いてきた。あとはハ長調交響曲ではないがC管ホルンを使った曲を、番外編の続きとして取り上げていきたい。

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