« アーノンクールの時代 | トップページ | ザンクト・フローリアンの朝比奈隆 »

2016年3月15日 (火)

モーツァルト・アラカルト3

 先週(3月9日)、アカデミア・ミュージックからのメール・ニュースで、モーツァルトの交響曲第38番 K.504の自筆譜ファクシミリが出版されたということを知った。

https://www.academia-music.com/academia/m.php/20160309-7

 3万円ちょっとという価格は、この種のものとしては良心的な方。さっそく注文を出しておいたところ、初回入荷分に間に合ったのか、週末にはもう実物が宅急便で届いた。新モーツァルト全集の編纂時には自筆譜が行方不明であり、結果、

「確実に自筆譜までさかのぼっている第2次資料としては,《旧モーツァルト全集》とならんで,テオドール・クロイヤーによって,1931年に出されたオイレンブルク版の校訂版(出版番号446)がただひとつ存在する(資料A)。(ラースロ・ショムハイ、新モーツァルト全集の前文から)

Image

という状態であった。その後、1980年にポーランドのクラクフ・ヤギェウォ図書館で自筆譜が再発見され、2001年にはブライトコプフ新版としてこの自筆譜に基づいた新しい校訂版の楽譜が出た(クリフ・アイゼン校訂)。一方、2003年には遅ればせながら新モーツァルト全集の校訂報告書(シリーズ4:オーケストラ作品、ワークグループ11「SINFONIEN・BAND8」 K.425、K.504の巻)が出版され、その巻に自筆譜の異同および既発の楽譜版の訂正リストが掲載された。今、出版されている紺色の表紙のスコアは、この訂正リストを反映した新版と言えるものになっている(我が国で国内版として出されているベーレンライター版=音楽の友社・刊や、新モーツァルト全集オンラインで公開されている版は、訂正前の版なので注意が必要)。

 で、自筆譜の再発見により具体的にどの部分が変わってきたかだが、スラーやスタッカート、強弱記号の異同が主であり、音符自体が変わっているという部分は、そう多くはない。詳しくは別項に譲りたいが、例えば私が気づいた主な音符の異同部分は以下のとおり。【楽章】小節数の後は(オイレンブルク版1931年版/新モーツァルト全集1971年版/自筆譜ファクシミリ)の順に異同が記してある。

【第1楽章】
1)第14小節 第2ヴァイオリン(音符なし/第1ヴァイオリンと同じ/音符なし)
2)第69小節 第1フルート・第1音(cis'''/a''/cis''')
3)第142小節 第1フルート・第1音(a''/cis'''/a'')
4)第220小節 第1,2ホルン・第1音(4分音符+4分休符/2分音符/4分音符+4分休符)
【第2楽章】
5)第85小節 第2ヴァイオリン・第2音(d''/d''/d')※ここはd"ともとれる書き方がされている
6)第93小節 第1,2ホルン・第4音につけられた前打音(あり/あり/なし)
7)第120小節 第1オーボエ・第1音(a''/fis''/a'')※前小節から続くタイをとってスラーに
【第3楽章】
8)第291小節 第2ホルン・第1音(c'/a/c')※前小節から続くタイをとる

<例>第69-71小節 第1,2フルート

169

 これらの部分だけで言えば、オイレンブルク版に準拠したという新モーツァルト全集1971年版より、自筆譜の方が前者に近いという興味深い結果となっている※。また、ほかに自筆譜の記述が、最新のベーレンライター版(紺表紙)にも反映されていないものもあり、このあたりの事情はかなり複雑だ(例えば、第4楽章の第252小節目のファゴット、あるいは上記8)の第1ホルン)。それらの異同を対照する意味からも、今回の出版は大いに歓迎したい。

 以下、こちらも自筆譜からみの新譜から。前回、ピアノ・ソナタイ長調 K.331「トルコ行進曲付き」の自筆譜(部分)が発見されたという話題を紹介したが、その発見された自筆譜に基づく新たな演奏が発売される。なんと今回の演奏も日本人。アムステルダム音楽院でスタンリー・ホッホランドにフォルテピアノを師事した江黒真弓さんのデビュー・アルバムで、1800年アントン・ツィーラー製作のオリジナル楽器で演奏しているという。キング・インターナショナルから3月末の発売予定なので、また入手次第、報告したい。

※自筆譜が発見されて新モーツァルト全集の校訂報告がそれによりアップデートしたのは良かったのだが、結果、校訂報告書は自筆譜の異同のみ言及されて、当初(やむを得ずながら)参照されていた当時のパート譜(Bグラーツ、Cモデナ、Dドナウエッシンゲン)の異同が記載されなくなってしまった。これは校訂報告としてどうだろう。新モーツァルト全集1971年版がオイレンブルク版から楽譜を変えた根拠がこれらの筆写譜にあったのかも知れないのだが、当然、それも明記されないままになってしまっている。無論、自筆譜は大事だが、当時の筆写譜の情報は時に自筆譜に勝ることも忘れないでほしい。例えばモーツァルトがプラハでこのシンフォニーを演奏した時などに、パート譜に変更を施した、かもしれないのだから。確かにブライトコプフ新版の校訂者クリフ・アイゼンも、これら筆写譜にはモーツァルトに由来する物は何もないと切り捨てるが、それはあくまで批判版楽譜の編纂者としての意見である。作曲家全集の校訂報告としては、別の立場に立つべきだろう。

|

« アーノンクールの時代 | トップページ | ザンクト・フローリアンの朝比奈隆 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/186384/63344091

この記事へのトラックバック一覧です: モーツァルト・アラカルト3:

« アーノンクールの時代 | トップページ | ザンクト・フローリアンの朝比奈隆 »