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2016年3月 9日 (水)

高いホルン、低いホルン(その35・ハイドン編 no.89)

 次の曲は交響曲第89番。調性自体はへ長調だが、第2楽章のアンダンテ・コン・モートがハ長調で、C管ホルンが使われている。

番外編4)交響曲第89番(ヘ長調) 第2楽章にC管ホルン2。ランドン版では指定なし。(他の楽章はF管ホルン2を使用)

 この交響曲の第2、第4楽章は、「2台のリラ・オルガニザータのための協奏曲 ヘ長調 Hob.VIIh:5」の第2、3楽章を転用したもの※。特殊な楽器なのでオリジナルのリラ・オルガニザータによる演奏はなかなか聴けない。ハイドン自身がリラ楽曲(ノットゥルノ)をロンドン訪問時に演奏したときに採用したようなフルートとオーボエ、あるいはフルート2本による編曲バージョンで演奏した音源が多い。個人的には昔、日本コロンビアが出していたランパル(フルート)とピエルロ(オーボエ)のソロによるLP(2枚)でよく聴いた(先年、AccordレーベルからCD化されたようだが僕は未購入)。

 さて、この盤のC管ホルンの扱いは明快だ。というのも、この楽章でホルンは、まさにソロ楽器のように高いC(第16倍音)まで登っていくフレーズを2度(くりかえしも入れると4度)吹くことになる。ということで、ランドン版も新ハイドン全集版もホルンの音域指定はないのだが、今回、僕が聴いたすべての盤がバッソで吹いている。ちなみに今回聴いたのは、以下の諸盤。ミュラー=クライ、ブール、ドラティ、べーム、フィッシャー、クイケン、ドラホシュ、ヴァイル、ブリュッヘン、リンデ、ウルフ、ボストック、ラトル、デイヴィス、ファイの各盤。

 ここからは余談だが、リラ協奏曲からの編曲であるこの交響曲の第4楽章には、strascinando(ストラッシナンド)という指定がある。「音を引き伸ばしながら、ゆっくりと」のような意味だそうだが、この第89番における指定についてはブログ『Zauberfloete通信』の記事「ストラッシナンド/strascinando」に詳細かつ興味深い分析があるので紹介させていただく。ちなみに、ランドン編纂の版では、第4楽章の第16、84小節目に strascinando が、そして第153小節目には( )付き、つまり編者の付加という意味合いで strascinando がある。その記号が付いているパートは、ランドン版では一番上のフルートのパートの上と、第1ヴァイオリンのパートの上の2か所。ただし、Zauberfloeteさんによれば、

「strascinando が「音を引き伸ばしながらゆっくりと」演奏する指定であるのであれば、伸ばす音はフルートと1stヴァイオリンのCの音であろうし、ウルフが言うように、「テーマに戻るのに少し時間がかかることを強調」することにもなる。そして、スコア上に記載されている場所(Flと1stVnのパート上のみ)とも一致する。ということで、ハイドン-モーツァルト プレッセ版のパート譜(Flと1stVn以外)での strascinando の指定はあまり意味がないとも考えられる。」(『Zauberfloete通信』の記事「ストラッシナンド/strascinando」から)

 まさに、そのとおり。ちなみにこれについて、新ハイドン全集版(ヘンレ版)を見てみたところ、第16、84小節目の譜表の一番上に strascinando が付いているだけである。ただし、これはフルート・パートにだけ指示が付いているという意味ではなく、おそらく普通の速度記号・表情記号等のようにすべてのパートに効果が及ぶという意味で、譜表の一番上に記されているように見える※※。というのも、校訂報告には、自筆譜(A)、ブタペストに残るエステルハージ由来のパート譜(Ep、Es)では、第16、84小節について1stヴァイオリンの譜表近くにのみ strascinando が付いているとある。これを編集者が譜表の一番上に移したということだろう。なかなかこういう場合の解釈は難しいところだが、実際の演奏としてはZauberfloete さんのご指摘のように「フルートと1stヴァイオリンのCの音」を引き伸ばし、それに合わせ全楽器がテンポを落としたのち、テーマの再現になだれ込むということになるのだろう。このあたり元曲のリラ協奏曲ではどうなっているのか、また調べてみたい。

※ハイドンのリラ楽曲については、新ハイドン全集でこれらの曲の校訂を担当した大宮眞琴氏による詳細なレポートというか論文が、日本語!の本になっている。>>『ハイドン全集の現場から 新しい音楽学の視点』(音楽之友社・刊)。
※※ちなみに現代のオーケストラの印刷譜では、一番上がフルートのパートになるのが通例だが、ハイドンやモーツァルトの楽譜ではあまりそういう例は少ないように思われる。この第89番の自筆譜でも、一番上のパートはホルン(1st, 2nd)となっていて、以下、1stオーボエ、2ndオーボエ、フルート、ファゴット(1st, 2nd)、そして弦楽の順となっている。

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コメント

Cherubinoさま
いつも大変興味深い記事ありがとうございます。
さて、89番の第二・四楽章に転用されたリラ協奏曲第5番、私はドブリンガー版のスコアを持っているのですが(もちろん自筆譜は見ていません)、ストラッシナンドの指定は全く見当たりません。
また、C管ホルンの扱いも簡素化(第二楽章全体がオリジナルは短い)されており、最高でも第4線の実音ファまでしか出てきていません。

投稿: Zauberfloete | 2016年3月14日 (月) 21時56分

Zauberfloete様、こんばんは。
「リラ協奏曲第5番」の情報、ありがとうございます!やはり、ストラッシナンドはなかったですか。なんとなくそんな予感がしておりました。最初、何も知らないときにラトルのCDを聴いて、「なんてところでポルタメントかけるんだ」と思ったりしてました。「Zauberfloete通信」の記事のおかげで、このヘ長調交響曲の工夫を知り、あわせてこの曲が非常に好きになりました。いつもながら感謝申し上げます。
ヘンレ版新ハイドン全集の校訂を担当された大宮真琴氏によれば、この曲の一次資料はエステルハージ由来の筆写譜(スコア)しか残っておらず、表紙タイトルだけハイドンが書いているということです。

投稿: cherubino | 2016年3月15日 (火) 23時47分

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