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2016年4月29日 (金)

ビルスマの訂正した楽譜

 昨日、隣町の BOOKOFF に、古楽情報誌『アントレ』のバックナンバーが3、4年分まとめて出ていた。僕の住んでいる地方都市の書店で見かけるような雑誌ではないし、個人的にはこれまで購入したことがなかった。一冊100円ということなので数冊選んで買って帰った中に、来日したバロックチェロの名手アンナ―・ビルスマに、渡邊順正氏がインタビューをした記事が掲載されている巻(1998年5月号)があった。その中のJ.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲」について語ったくだりで、今回の来日公演では、ビルスマは作曲者の妻である「アンナ・マクダレーナ・バッハ写本のボウイングを全面的に採用して演奏した」という記述が目に留まった。この6曲からなる組曲には、バッハ自身の自筆譜は残っておらず、妻の筆写譜が重要なソースのひとつになっている。夫と非常に良く似た筆跡なのだが、音符の写しまちがいや、スラー等のつけ方に曖昧なところもあって、最も身近な身内が筆写したとはいえ全面的に正しいとは考えられていなかった。あえてビルスマは、そのボウイングに挑戦したというわけである。そのあたりの事情は、渡邊氏のサイトにあるビルスマの別のインタビュー記事に詳しいので、興味のある方は参照してほしい。

 ところで、ビルスマの「無伴奏チェロ組曲」の全曲演奏会を、今から30年ほど前、京都の鴨川沿いにあった「京都ドイツ文化センター」で僕は聴いた経験がある※。全6曲は2日間にわけて演奏された。ビルスマはこの組曲を二度、録音しているが、最初の古楽器での録音(SEON)が1979年だったので、時期的にはその少しあとにあたる。自在なテンポ・ルバートによる語るような演奏法は、レコードで聴けるものよりもずっと徹底していて、それを70〜80名も入ればいっぱいにあるような平土間の会場で、奏者から非常に近い位置で聴けたのは、今思えばなんと貴重な体験だったろうか。

 演奏会のあとにはビルスマによるサイン会があって、僕はたまたま会場に持参してきていた「無伴奏チェロ組曲」の楽譜にサインをもらおうと列に並んで待っていた。その楽譜は当時、全音から出ていた「ベーレンライター原典版」という青い表紙のシリーズで、有名なガンバ奏者のアウグスト・ヴェンツィンガーが校訂している。巻末に詳細な校訂報告も付いているし、当時、僕のような一愛好家が普通に手にすることができるもの中では、最も由緒正しい楽譜である・・・と疑いもなく信じていた。しかし、僕の順番が来て、ビルスマの前にそれを差し出したとき、意外なことが起こった。彼はいたずらっ子のような笑顔で「おー、ヴェンツィンガー」と言ったとたん、いきなり僕から楽譜を取り上げ、第4番変ホ長調 BWV1010 の冒頭ページを開いた。そして「これは間違っているよ」というような言葉を発しながら、手にしていたサイン用の黒マジックで直接、僕の楽譜を訂正し始めたのだ。まず第1曲プレリュードの拍子記号「C(4分の4拍子)」を、「縦線C(2分の2拍子)に」。次いで、同曲の第59小節目第1拍目の重和音のうち、上から3番目の音「ナチュラル記号付きのA」をマジックでひとつ上の段まで塗りつぶし、その下に「C」、つまり実音のドであると訂正文字を入れた。さらにページをめくり第2曲アルマンドの「C(4分の4拍子)」も、前曲同様に「縦線C(2分の2拍子)」に修正したのだった。最終的にビルスマは中表紙に戻り、サイン、そして注記まで書き入れてくれた。

 そのあいだ、およそ十数秒。あっという間の出来事であった。ビルスマは終始ごきげんの様子で、その「落書き」のあいだもずっといたずらっぽく笑っていたので、まあ僕も笑い返すしかなく、握手をしてもらってその場を去った。

 そのビルスマの訂正入りの楽譜は、今でも大事に持っている。その中表紙の写真は以下のとおり。

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 書き込まれた文字は、上から「take manuscript」。つまり「マニュスクリプト=筆写譜を採用しなさい」。次いで「アンナー・ビルスマ」というサイン。下段に「ASK ZEN-ON MUSIC COMPANY FOR M.S.」。これはちょっと正確な意図はとりにくいが、「全音に、筆写譜、あるいはマクダレーナ写本を参照するよう尋ねなさい」というような意味だろうと思う。

 現在では、アンナ・マクダレーナ・バッハが写した楽譜のファクシミリは、割と簡単に手に入るし、ネットでも閲覧可能だ。それを見ると、BWV1010 の第1曲、第2曲の拍子記号は、確かに「縦線C=2分の2拍子」になっている。アンナ・マクダレーナ・バッハの筆写譜のほかに、ヨハン・ペーター・ケルナーが写した手稿譜が残されていて、こちらも有力な源泉資料となっているが、こちらも「縦線C」。ただし18世紀の他の筆写譜(2種)や、旧バッハ全集の楽譜は「C」になっている(プレリュードについては、パリ初版も)。先に書いたようにこの楽譜の巻末の校訂報告は、原典版と銘打っているだけにかなり詳しいのだが、ヴェンツィンガーが自身の校訂譜でなぜ「C」のままとしたのか、そこにも説明はない(というか、この異同自体触れられていない)※※。

Bwv10101

Bwv10102

 もしこのヴェンツィンガー版をお持ちの方がいたら、せめて上記の拍子記号だけでも、僕の楽譜のように手書きで直しておくとよいかもしれない(笑)。いずれにせよ、ビルスマの並々ならぬ楽譜に対する思いや、ユーモアあふれるおおらかな人柄を彷彿させるに十分なエピソードではないだろうか。

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※「京都ドイツ文化センター」は、改修工事を経て2011年にリニューアル・オープンし、「ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川」という名前で現在もこの地にあるようだ。
※※プレリュードの第59小節目の相違も、ビルスマが直した重音は、アンナ・マクダレーナ・バッハ写本のとおり。ただし、こちらは校訂報告にも記載あり。ちなみに当時の僕は気づいていなかったのだが、「ベーレンライター原典版」シリーズの他のバッハ作品と違って、この「無伴奏チェロ組曲」の巻(22巻)は、新バッハ全集とは違う楽譜だったようだ(新バッハ全集の編者は、Hans Eppstein)。

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