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2016年5月29日 (日)

ウラニア盤のないウラニア盤紹介(その3)

 この項の(その1)で、学生時代に友人のN君宅で、初めて「ウラニア」盤なるものを聴いたという思い出話を書いた。では、それはどの盤だったろう。

 日本国内で出た最初の「ウラニア」盤は、日本コロンビアが1970年7月に発売したDXM シリーズだった。「栄光のフルトヴェングラー」シリーズ発売第一弾がそれで、「DXM-101-UC」という番号で発売された。番号末尾の「UC」という記号でわかるように、ユニコーン原盤である(これについてもこちらのサイトに掲載されたちらしが参考になる)。

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 今考えると、世界的に見てもかなり早い時期だ。当然ながらピッチは未修整※1。第1、2楽章は、A面に詰め込まれたタイプながら、オリジナルのユニコーン盤とは少し音質のタイプが違うようで、最初の和音から非常に中身のつまった重々しい響きを聴くことができる※2。当時の『レコード芸術』誌(昭和45年8月号)でも推薦盤になっており、「音にも艶があり,録音条件が悪かったであろう大戦中の録音とは思えないほどである。」(『「レコード芸術」コメント付き推薦盤全記録(下巻)』、昭和57年7月号付録)とある。近年、乱発気味の気配さえあるウラニア盤の「板起こしCD」では荒れた音場のものが多く、それに比べるとずっと音楽的である。中古で1000円以下で買えるものが多く、いい買い物になると思う。

 このあと、日本フォノグラムという会社が、「フォンタナFontana」というレーベル名でフルトヴェングラーのライヴ録音を数枚出している(「フルトヴェングラー・ライヴ・レコーディング・シリーズ」)。「英雄」の巻は1973年に出た「FCM-50(M)」で、その番号の下に「(TV4343)」とあることから、こちらはTurnabout 原盤であることがわかる※2。

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 この盤はやや地味目な音質。というのも、こちらはピッチが修正されていて、第1楽章のタイミングは「15'31」と長めになっている(上記コロンビア盤は「14'53」)。第2楽章は、A面終わりとB面始めとに分割されているタイプとなっており、分割箇所は(その2)で触れたターンナバウト盤と同じである。当時、フルトヴェングラーの盤が廉価盤(1000円)で買えるというのは珍しかったろう。宇野功芳氏によるライナーノーツでは、1952年盤との詳細な比較がなされている。強奏部分で少し音が荒れる箇所もあるが、冒頭の和音もちゃんと<変ホ長調>で鳴る最初期のLP、という意味でもちょっと持っていたい盤である。翌1974年にも、ジャケットを一新し、「PC-1(M)」という規格でも出た。

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 こちらはなぜか「フィリップス」レーベル。その後、日本フォノグラムは、再びフォンタナ・レーベルの「GLORIA PILOT」というシリーズ名で「PL1012」(1976年、限定盤1000円)、「PL1115」(1979年、1300円)という再発盤を相次いで出している。ちなみにこれら4種の日本フォノグラム盤は、レコード番号は違うが、原盤番号はいずれもA面「TYC-3438」、B面「TYC-3439」となっており、同じマスターテープから作られている。

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 僕自身この「GLORIA PILOT」シリーズの「第九」の巻を買って、今でも所有している(「PL-1104」)。1942年の「ベルリンの第九」を初めて聴いたのはまさにこの盤であり、そのときの感動は今でも忘れ得ない。(その1)で触れた僕の友人N君が持っていた「バイロイトの第九」とよく聴き比べたものである。となると、やはり当時、学生だった我々が聴き得たのは、これらフォンタナ盤のいずれかであったような気がする。特に、「GLORIA PILOT」シリーズのいずれかであった可能性はかなり高い。というのも上記N君の家にも、同じ「フルトヴェングラー「二つの運命」」という盤(「PL-1020」)があったことは、はっきり憶えているからである。

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 そうでなければ、EMIがユニコーンを買収したのち、東芝EMIから出された「WF7000シリーズ」の中の一枚、「WF70002」だった可能性もあるが、こちらは定価2500円というレギュラー盤。学生がおこずかいで買える範囲では、やはり廉価盤のフォンタナ盤だったろう。ちなみに以下の写真は、その再発盤である「WF60043」で、1981年1月に出されている。こちらは定価2千円。

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 『レコード芸術』誌別冊『レコード・イヤーブック'82』によれば、この「WF60043」について、「旧WF70002(75年5月)の再発売」とあるので、1975年の5月というフォンタナの「GLORIA PILOT」シリーズより早い時期に、東芝EMIが「ウラニア」盤を出していたのも事実ではあるが。ちなみに東芝から出た以上のLPは、いずれもピッチが高いバージョンであり、ユニコーン盤と同じくA面に第2楽章全体を収めている。(その1)で僕が買ったという初出CD(CE28-5746)にこう注記がある。
「 このCDは、LPで発売された際、オリジナル・テープ通り、半音高い状態で発売されていました。
 今回、このCDは正常なピッチにあらためて発売致しましたので、LPとCDとは時間差がございます。ご了承下さい。」

※1 ただネット上では、「ピッチ修正済み」との情報も複数ある。念のため2枚買って確認したがともにピッチは高かった。レーベルに印刷されたフルトヴェングラーの顔写真が反対向きになっているバージョンがあるようで、万が一、「ピッチ修正済み」という盤がある可能性も否定できないが。
※2 こちらのサイトでの報告によれば、太田憲志氏の復刻レーベルOTAKEN RECORDS からかつて出されていた「OTAKEN TKW-201」は、「日本コロムビアのLP(DXM-101-UC)からの復刻」とされる。
※3 同時発売のベートーヴェン交響曲第8番の盤(1953年のベルリン・フィルの演奏、「FCM-53(M)」が、クリュイタンスの演奏ではないか、ということでも話題になったシリーズでもある。

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2016年5月26日 (木)

ウラニア盤のないウラニア盤紹介(その2)

 先日、「ウラニア」盤と同じくフルトヴェングラーの1944年12月ウィーンでの「英雄」の演奏を収めたユニコーン盤を紹介した。この盤と同時期に、米ヴォックス社が Turnabout というレーベル名で、やはり同じ1944年の演奏を出している。「TV 4343 (VM 3293)」という番号で、ユニコーン社からのライセンス発売※1。同じ番号で複数のバージョンがあることが知られていて、ジャケットやレーベル面のクレジットが本来の「ウィーン・フィル」でなく、「ベルリン・フィル」になっている盤もある(僕の所有盤もそちら)。

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 「RECORD SOUND」というクラシックレコード専門店のサイトに当盤の解説があり、それによれば「初回プレスはオーケストラ名をウィーン・フィルと正しく記していて、おそらく米国国内向けだと推測できる。輸出用のものはベルリン・フィルと書き換えられて大量に作られた。よって米国以外では全てベルリン・フィル表記のもののみ目に触れたので、最初からベルリン・フィル表記で作られたかと思われた。後年になって同番号でウィーン・フィルと正しく直したものも作られたがレーベルは小さくなっている。よってTV4343には3種類のものがある。」とある。確かに、レーベル面の上部に「UNIVERSAL USE / STEREO can also be played MONO」と記されているものもあり、輸出用とも考えられる。が、こちらのサイトの写真のように、ジャケットがウィーン・フィルで、レーベルが「UNIVERSAL USE」付きのベルリン・フィル、という盤もあるので、やはり詳細は不明というほかない。

 ちなみにこのターンナバウト盤も、ピッチ未修整。しかし、こちらの盤の第2楽章は、A面・B面に分かれてカッティングされている。なので、ユニコーン盤とはLP盤のカッティング・マスターは別、ということになる(第2楽章のA面の収録時間は「10:37」=第157小節終わりまで、B面は「6:27」)。音質は、オリジナルのユニコーン盤よりむしろ雄弁な感じで、冒頭の和音から低音が効いている。録音会場となったウィーン・ムジークフェラインザールの広がりをも感じさせる(もしかして残響成分を足した?)。わずかにハム音が聴こえる箇所があるが、臨場感は相当なものだ。僕個人は、ユニコーン盤の繊細さを評価しているが、フルトヴェングラーらしらという点から考えれば、ターンナバウト盤を好む人も多いと思われる。
(2016/6/13の付記 上記「ジャケットがウィーン・フィルで、レーベルが「UNIVERSAL USE」付きのベルリン・フィル」盤を手に入れた>>写真右。こちらは何とピッチ修正済み! 写真では見にくいかもしれないが、ジャケットの上端を盤の無音部分の端に合わせて置いてみた。左に置いた「ジャケットがベルリン・フィルで、レーベルもベルリン・フィル」という盤と比べると、演奏時間が延びているので無音部分が狭くなっていることがわかる。またこのウィーン・フィル・ジャケットは、裏面がモノクロになっている。)

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 Turnabout レーベルからは、1974年にも「THS-65020」という番号で、同じ演奏が再発されている。再発盤と侮ることなかれ。こちらはなんとピッチ修正済みタイプである。当然ながら演奏時間も長くなっている。また、第2楽章は「TV 4343」と同じ箇所で、A面・B面とに分割されている。僕の所有しているLP盤は下記のとおり「ベルリン」盤だが、こちらにもウィーン・フィル表記に直した盤があるようだ(>>例えば、こちら)。

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 また、仏ヴォックスからも、1944年の演奏は出ていた(「VOX 35070 」)。「VOX MUSICALIS」というシリーズの70番で、なんとこちらもベルリン・フィル表記(ジャケット、レーベルとも)。

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 発売は、レーベル面に記されたクレジットによれば1975年。第1、2楽章を一面に収めているのでピッチ未修整かとも思ったが、さすがにすでにピッチは修正されている(第1楽章のタイムは、約15:25)。しかし興味深いことに、この仏ヴォックス盤の第2楽章には、ちょうどターンナバウト盤にあったA面・B面の分割部分にあたる場所に短い切れ目がある。ということは、レコードの元になったマスターテープは、ターンナバウト盤と同じもの使ったということになるわけである※2。

 実は近年出たCDの中にも、同じヴォックス音源を使っていると言われているものがある。例えば、PREISER のCD(90251)や、BAYER DA CAPO のCD(BR 200 002 CD)で、これらはともに「迫力・臨場感がある」とネット上でも評判のいい盤だ。が、第2楽章にはやはりターンナバウト盤の面変わりと同じ箇所、ピッチ修正後のCDで言うと「10:55」あたりに無音部分(録音されていない部分)が認められる。なので、これらは「VOXのLP製作用テープが音源」と言われている。今回は3種のヴォックス系列盤を聴いてみたが、LPのカッティングの仕方ひとつからも、いろいろなことがわかるものであり、実に興味深い。

※1 Turnabout は、上記とは別に交響曲「第5番」「第9番」とともに3枚組とした盤も出している(TV 4352-54)。
※2 ちなみに、仏ヴォックス盤と同じく第2楽章を一面に詰め込んだユニコーン盤には、切れ目は見あたらない。
※3 (参考追記)独インターコード社からも、1977年にヴォックスからのライセンス盤が出ていた(INT 125.801)。1980年にも同社から再発盤が出ている(INT 120.921、SAPHIRというシリーズ)。

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2016年5月18日 (水)

「トルコ行進曲付き」の全音版・新版

 Twitter では予告しておいたのだが、全音楽譜出版社からK.331「トルコ行進曲付き」の新版が出た。つい先日、2016年5月15日の発行で、Amazon に注文を出しておいたものが本日、自宅の郵便受けに届いていた。『モーツァルト ピアノソナタ イ長調[トルコ行進曲付き]/2014年発見の自筆譜に基づく原典版』というタイトル。校訂を担当したクラヴィーア奏者の渡邊順生氏の解説が付いていて、これが非常に詳しい。自筆譜(新発見の4ページ、以前から知られていた1ページ)、初版(第1〜4刷)をソースとして、詳細な校訂報告が2ページ半にわたってある。それに加え、昨日の記事で僕が触れたような従来版との異同は、「問題点」というセクションで非常に詳しく解説している。僕もかつての記事を書く前にこの渡邊版が出ていたら、随分、調べる時間が短縮できただろうに、と思わないではいられない。それほど便利な原典版だ。

 ところでこの新版を作った理由として、渡邊氏はこのように書いている。

「 昨年(2015年)の夏、さるドイツの有名な出版社が、主に新発見の自筆譜に基づくこのソナタの新版を出版した。それが充分満足のいく内容のものであったら、本書が編集されることはなかったであろう。しかし、折角の新版は作曲者の残したいわゆる一次資料の忠実な再現とは言い難い部分を何箇所も含んでいた。そこで作曲者のオリジナル・テキストにより忠実な版、という狙いに基づいて編集されたのが本書である。」(本版について、p.2)

 ここで言われている新版とは、Wolf-Dieter Seiffert が編集したヘンレ版新版(HN 1300)のこと。例えば、ヘンレ版新版=Seiffert 版は、第1楽章のテーマ冒頭の音型(および類似箇所)において、最初の3つの音をスラーでつないだものをテキストとして印刷している。渡邊氏はこのことを、「信頼性の低い」版(初版の第3刷以降)を元にしていると批判する。実はここは自筆譜が残っていない箇所でもあり、初版・第1刷が重要な資料となるのだが、これを見ると確かに最初の2音にスラーをつけているように見える箇所が多い。実際、新モーツァルト全集版やウィーン原典版などでも2音スラー採用が多いので、Seiffert 版は少し踏み込み過ぎと言えるかもしれない(ヘンレ版旧版が3音スラーだった)。

 ただし、初版・第1刷においても、第2小節は明らかに第3音までスラーがついている。

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 さらに第13小節(上記図の右下部分)もおそらくそう読めないことはないし、渡邊版が参照していないプラハの筆写譜も3音スラーだという。そうしたことは、Seiffert 版でも脚注の指示に従って巻末のコメントを読めばわかるようになっている。また、2点スラーを指示する理由として、渡邊氏は「音楽的な見地から見ても、3音スラーを採用すると、このテーマの性格が子守唄のようなぼんやりとしたものになってしまう」と書いているが、これはどうか。後代の楽譜編集者が「音楽的な見地」で楽譜の改変を行ってきた結果が、この「トルコ行進曲付き」のテキストをゆがめてきたのではなかったか。渡邊氏は「この自筆譜の発見で、このソナタの初版譜には、モーツァルトの他の作品に比べて誤りが多いことが明らかになった。」と書いているが、昨日の記事で紹介した異同を見ていただければわかるように、むしろ現代人が「これは音楽的に明らかな誤り」と初版を訂正したところが、自筆譜で覆された箇所もかなりある。そのことが今回の自筆譜発見が、我々に教えてくれた大きな教訓だと思う。

 あるいは、第1楽章第6変奏における前半最後の左手バス音(昨日の記事で、4)として触れた箇所)。こちらは初版等が上から「ホ—嬰ハ—イ」という和音で終止していて、これを後代の諸版もこれを継承してきたのだが、自筆譜は低い「イ」音のみになっていた。当然、Seiffert 版もこの単音を採用しているが、渡邊氏はこれにかみついている。氏は、初版=OE で和音になっているのは、「明らかにモーツァルトが「修正」した結果である」とし、その根拠として「この修正はモーツァルト時代のフォルテピアノで弾くと「なるほど」と思わせるし、何度か弾いてみて少し慣れると、Aの単音ではやや物足りなさを感じるようになる。」と書いている。それは渡邊氏個人の感覚であって、楽譜校訂とは関係がない話だと僕など思う。少なくとも、「Seiffert 版が単音(A)を正しく、和音(OE)を誤りと断じているのは、明らかにモーツァルト時代のフォルテピアノに対する無知ないし認識不足の結果であり、このようなコメントはエディション全体の信頼度を貶める結果となる。」とヘンレ版新版の編者を批判するのは、まったくのお門違いではないだろうか。クラヴィーア奏者の権威者としての自信が、そう言わせているのだとしたら、少々悲しい話だ。

 あと、モーツァルトのスタッカート表記については、それだけで論文がいくつも書けるほどの難問なのだが、どうも渡邊氏は自筆譜から「ポルタート、楔形、ドット」の3つが明確に判別できて、その意図もはっきりわかるらしい。この点についても Seiffert 版を批判している箇所があるが、少なくとも利用者は他版との比較はやはりした方が良い。例えば第1楽章第5変奏の冒頭小節で、渡邊版の右手5拍目後半のホ音(E)に付けられた楔形スタッカートは、自筆譜や初版・第1刷にはない。

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 第2小節目からの類似によって付けられたと思うが、それならば Seiffert 版のように編者が補ったという印として( )に入れた方がいいのではないだろうか。僕個人は、自筆譜・初版どおりでもいいと思うが。

 そういった気になる点もないではないが、定価1000円でこのようなオーセンティックな楽譜が手に入るのは、本当に予想外のことだ。昨日の記事で指摘しておいた、「トルコ行進曲」における前打音についても、詳しい検討が加えられており、またいつかその中身についても紹介してみたいと思う。

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2016年5月17日 (火)

江黒真弓 (フォルテピアノ)の「トルコ行進曲付き」を聴く

 2014年秋に、ハンガリーで発見されたモーツァルトのピアノ・ソナタイ長調 K.311の自筆譜(部分)については、このサイトでも取り上げたことがある。
モーツァルト・アラカルト2(楽譜編)「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その1)同(その2)同(その3)

 そこでは、この自筆譜を元に演奏されたゾルターン・コチシュの試演(動画)や、久元祐子氏のCDを聴き比べてみたが、今回、新たに江黒真弓さんのCDが加わった(そのことは、3月に「モーツァルト・アラカルト3」という記事で紹介したのだが、どうやらしばらく品切れ状態だったらしく、昨週ようやくその盤が届いた。KING INTERNATIONALからの発売)。江黒さんは、当盤のライナーノーツで「録音前日にミクシ氏(引用者注 自筆譜の発見者バラージュ・ミクシ氏=ハンガリーの国立セーチェーニ図書館音楽部門主任)より届いたウェブ・リンクにて、自筆譜を確認することができた。それに加え2015年、この自筆譜を校訂の資料として使用したヘンレ版(引用者注 Wolf-Dieter Seiffert校訂の新版)も参考にした」と書いている。あらためて、従来の版との主な相違点について整理してみたい。以下、初版/従来譜/自筆譜/コチシュ/久元氏/江黒さんの順で記す。

1)第1楽章・第4変奏第12小節 右手冒頭から3つの8分音符
 (初版)スタッカートなし。3拍目は右手「イ—嬰ニ」・左手「嬰ハ—イ」/(従前譜)スタッカートなし。学習者が使う慣用版等では3拍目を右手「イ—(嬰ニ)」・左手「嬰ハ—イ」/(自筆譜)線状に近いスタッカート付き。3拍目は右手「イ—嬰ニ」・左手「嬰ハ—イ」/(コチシュ)スタッカートなし。3拍目:1回目は「嬰ニ」音を弾かず、4拍目にかけて高い「イ」音を遅らせて鳴らす。しかし2回目は初版どおり/(久元氏)初版どおり/(江黒さん)自筆譜どおり(スタッカートを付けているとまでは断定できないが、各音を切って弾いている)

2)第1楽章・第5変奏第5、6小節 右手上行音型の6拍目
 2つの32音符と1つの16分音符、そして1つの16分休符(16分休符(音符)分、小節からはみでてしまう)/32分音符3つと、32分休符ひとつ/64分音符2つと32分音符ひとつ、そして16分休符ひとつ/(以下、3者とも自筆譜どおり)

3)第1楽章・第5変奏第16小節 後半
 右手上声部「ニ―嬰ロ―嬰ハ」音。最初の2音は「付点8分音符と16分音符」/右手上声部「ロ―嬰ロ―嬰ハ」音。最初の2音は「付点8分音符と16分音符」/右手上声部「ニ―嬰ロ―嬰ハ」音。最初の2音は「複付点8分音符と32分音符」/自筆譜どおり/右手上声部は自筆譜どおり。最初の2音は従前譜どおり「付点8分音符と16分音符」気味/自筆譜どおり。ただし冒頭の和音はアルペジオ扱い

4)第1楽章・第6変奏第8小節 左手4拍目
 上から「ホ—嬰ハ—イ」という和音で終止/上から「ホ—嬰ハ—イ」という和音で終止/低い「イ」音のみ/1回目はやや和音ぽく響くが、くりかえし後の2回目ははっきり単音/和音をアルペジオ気味に弾く/自筆譜どおり

5)第2楽章・第3、33小節 右手3拍目
 第3小節目「2点イ」音、第33小節目「3点嬰ハ」音/「3点嬰ハ」音/「2点イ」音/(以下、3者とも自筆譜どおり)

6)第2楽章・第24〜26小節
 当該小節中のハ音にナチュラル記号なし(イ長調に響く)/当該小節中のハ音にナチュラル記号ありが主流(イ短調に響く)/当該小節中のハ音にナチュラル記号なし(イ長調に響く)/(以下、3者とも自筆譜どおり)

 これらの点で、江黒さんの演奏は最も自筆譜に忠実なものになっていることがわかる。なお、江黒さんがこのCDで弾いているのは、アントン・ツィーラー作の1800年頃に制作された5オクターブの音域を持つフォルテピアノだ。モーツァルトのピアノ・ソナタの演奏で良く使われるアントン・ヴァルター製のフォルテピアノあたりでは、粒立ちのいい軽い音に仕上がるが、こちらはより楽器全体が鳴っているような印象だ。

 以下は余談。彼女はこの録音で、第3楽章「トルコ行進曲」の有名な冒頭旋律などに付けられた前打音を、短前打音扱いで短く弾いている。この部分については、最近、短前打音を採用する演奏者が増えてきているようだ。ただ、僕もテュルクの『クラヴィーア教本』などを読んでみたが、なかなか結論めいたことは言えない課題のひとつだろう。上記の久元氏も、自身の著書『「原典版」で弾きたい!モーツァルトのピアノ・ソナタ』(アルテスパブリッシング刊)でこの点について触れている。

「 この曲はトルコの軍楽隊の音楽をモデルにしており、短前打音で弾いて尖った空気を最初から醸し出すというアポローチも理解できないわけではない。とはいえ、優雅な雰囲気にあふれるイ長調のソナタの終楽章であり、幾度となく現れるこの音型をいつも短前打音で弾くと、ピアノ・ソナタの終楽章ではなく本当に軍楽隊の音楽になってしまい、違和感を禁じえないので、私は伝統的な奏法(引用者注 長前打音で)弾いている。」(p.120)

 実際に、久元氏はCDでそのように演奏している。僕はこの曲のフォルテピアノ演奏では小倉貴久子さんのCD(ALM RECORDS、ただし従来譜による)を評価しているが、彼女の場合、冒頭のテーマが再現する1回目(くりかえし前)まで短前打音で、2回目は長前打音に変えるなど、変化をつけている。やはりすべてを同じ扱いにするのはかえって単調になる気もする。今後も、折衷案も含めいろいろなアプローチを期待したい。

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2016年5月15日 (日)

ウラニア盤のないウラニア盤紹介(その1)

 昨年の話になるが、隣町のまた隣町のBOOKOFF で、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルが演奏したベートーヴェン作曲/交響曲第3番 変ホ長調の中古CD(CE28-5746)を見つけた。特に珍しい演目でもないし、彼の「英雄」ならばすでにいくつも持っている。が、その日、僕が気になったのはそれが懐かしい「ユニコーン・シリーズ」というパッケージだったから。その中身は、いわゆる「ウラニアのエロイカ」である。バジェットプライスだったので購入して、早速、帰りの車中で聴いてみた。マスタリングの関係か、多少、鮮烈さの感じられない録音とはいえ、神秘的な最弱音から荒れ狂う強奏まで、フルトヴェングラーの真骨頂のような演奏を久しぶりに堪能した。

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 「ウラニア」盤と言えば、現在ではそうでもないと思うが、我々の世代にとってはいまだ憧れのような気持ちを引き起こす響きを持っている。正確には、1953年に米ウラニア社が発売したLPレコードで、戦時中・1944年の演奏が収められている。番号は「URLP7095」。無論、正規盤ではなく、戦時中にラジオ放送用に聴衆なしで録音されたものを演奏者に無断で発売したもの。訴訟にもなったというが結局、4〜5年ほど発売された後、廃盤になっていたという。僕がその盤のことを知ったのは、1970年代の中頃から後半にかけてのことだったと思う。今は我が市の市長になっているN君が、フルトヴェングラーの、というか宇野功芳氏のファンであり、その彼から「ウラニアのエロイカ」というまぼろしの盤があると教えてもらって、いっしょに彼の自宅のステレオセットで聴いたように記憶している。

 ところで、ユニコーン・シリーズとは、1968年になって、ソ連のメロディア社が自国内でLP化していたフルトヴェングラーの一連の戦時中録音を、英レコード・ハンター社がユニコーン・レーベルとして西側で発売し始めたものだ。代表的なものに、1942年のベートーヴェンの「第九」や、1943年の同交響曲第5番のライヴなどがある。そのときに1944年のエロイカも、「UNI-104」という番号で出ている。ところが、実は当時出ていたメロディア盤は、1952年盤のスタジオ演奏と同じ録音だったという。つまり音源違い。必然的に、「UNI-104」はメロディア盤の板起こしではなかったというわけである。後年、それはフルトヴェングラー夫人から「出すのであれば、こちらも一緒にどうぞ」と手渡されたテープから作製されたものだったことを、当レーベルの創設者ジョン・ゴールドスミスが証言している。これは平林直哉氏が『フルトヴェングラーを追って』(p.14、青弓社・刊)の中で紹介している話。

 また、オリジナルの「ウラニア」盤は、若干スピードが速く録音されていて、そのせいでピッチが約半音高くなっていたことでも知られている。<ホ長調>の「エロイカ」!。これは当初、オリジナル盤特有のこととされていたが、実はソースの違う上記ユニコーン盤も半音高い。結局、放送局に残されたテープ自体が半音高く、ウラニア社はそれをそのままLP化したことが後に判っている※1。また第1、2楽章をA面に詰め込んでいることも特徴のひとつ(冒頭の2楽章で約33分強かかっていたものが、上記スピード違いの関係で約32分と短めになっている)。ユニコーン盤もこれは同じ扱いで、第2楽章は Side1 で収まっている。

 そのユニコーン盤「UNI-104」が以下のもの。

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 当盤のクレジットには、「(まるP)1959」とあるので、原盤製造は1969年だったろう。ただ当盤のライナーノーツは、Hans-Hubert Schonzeler 名義のもので、その執筆者の名前のあとに「(Copyright 1970)」というクレジットがあるので、これに従えば発売は1970年だったということになる※2。また、この「UNI-104」には、番号は同じでも別の白い文字だけのジャケットもあって、どちらが先だったのかも諸説あるようだ。清水宏氏による「フルトヴェングラー完全ディスコグラフィー」というサイトの「「ウラニアのエロイカ」の話題です」では、上記馬のジャケットを「初版ジャケット」とし、「ウラニア盤以外でウィーン・フィル.の美音が聴ける」盤と認定しておられるが※3。

 ちなみに当時、日本のヤマハが UNIC 記号のユニコーン盤を輸入販売(一部、国内プレス)したのは有名な話だ。他では言われていないことだが、この輸入販売には、「英雄」(UNI-104)は含まれていなかったのではないか。音楽評論家のW氏は「イギリスのユニコーンレーベルが1970年代に発売、契約を結んだヤマハ経由で日本にも入ってきた。」と書いていたそうだが、調べてみても販売されたという記録は出てこない。こちらのサイトに掲載されている発売当時のパンフレットを見ると、ヤマハで輸入販売が予告されたのは以下のとおり(演奏はいずれもフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル)。

UNIC-100/101 ベートーヴェン 交響曲第9番/ブラームス 「ハイドンの主題による変奏曲」
UNIC-102 ブラームス ピアノ協奏曲第2番(フィッシャー)
UNIC-103 ベートーヴェン 交響曲第4番
UNIC-104 シューベルト 交響曲第9番
UNIC-105 ブラームス 交響曲第4番/ベートーヴェン コリオラン序曲
UNIC-106 ベートーヴェン 交響曲第5番/同ピアノ協奏曲第4番(ハンゼン)

 「UNIC-104」はシューベルトの交響曲第9番になっていて、「英雄」は飛ばされている。しかもこの「グレート」はイギリスでも発売中止となっていて、最終的に出なかった。つまり「UNI-104」に対応する「UNIC-104」は存在しないということになる※4。

 実は僕自身オリジナルの「ウラニア」盤を聴いたことがないので比較はできないのだが、この盤の音質は非常にすっきりしているのが特徴。他の1944年の演奏を収めたLPと比べると、やや録音レベルが低い。そのせいか荒々しい迫力には欠けるものの、変にいじられていないという感じの音質である。低音がボンついていないので、ティンパニーの音がそれらしく響く。以前そう推測されていたようなメロディア盤の「板起こし」ではなく、テープ由来だったというのもうなずける。平林直哉氏も、この盤はフルトヴェングラー「夫人所有のテープによる初出盤なのだ。となると、もっと騒がれてもよさそうなものだ」。「もしかするとこのUNI-104は今後中古市場での価格が上がるかもしれない。」と指摘している。

※1 仏ターラから1998年に出た「FURT 1031」というCDに、ORF のマスターテープのタイミングが書かれており、それによると第1楽章から、14'53 / 17'05 / 6'16 / 12'13 となっている。
※2 有名なshin-p氏のサイト「フルトヴェングラー資料室」1942-5 では、(70/05)とある。また日本コロンビア・DXM-101-UC盤の解説では、1968年7月発売のように読めるが(岡俊雄氏)、これは「UNI-100/102」の発売年(1968年6月)に近過ぎるようだ。
※3 このジャケットの絵を、収録曲が「英雄」だけに「ナポレオンの図柄」としている資料もある。だがこの絵は、「UNI-104」のクレジットによれば「Polish Trumpeter」というタイトルで、絵の中の将校は実際、背中にトランペットを背負っている。作者は、フランスの画家テオドール・ジェリコー Jean Louis André Théodore Géricault(1791-1824)。ちなみに、同じような構図の有名な5枚の絵「ベルナール峠からアルプスを越えるボナパルト(アルプスを超えるナポレオン)」の作者は、ジャック=ルイ・ダヴィッド Jacques-Louis David(1748 - 1825)。その類似から、LPのジャケットに使われたのだろうか。
※4 イギリスで出た盤の UNI 記号では、「グレート」は「UNI-105」となる予定であった。一方、ヤマハのパンフレットで「UNIC-105」とされたブラームスの交響曲第4番他も、結局、ユニコーンでは出なかったようだ。
 ちなみにヤマハからは、上記パンフレットで予告されたもの以外に、以下の盤が出たようだ。
UNIC107 シベリウス ヴァイオリン協奏曲(クーレンカンプ)
UNIC109-110 ブルックナー 交響曲第8番(こちらはVPO)

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