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2016年5月18日 (水)

「トルコ行進曲付き」の全音版・新版

 Twitter では予告しておいたのだが、全音楽譜出版社からK.331「トルコ行進曲付き」の新版が出た。つい先日、2016年5月15日の発行で、Amazon に注文を出しておいたものが本日、自宅の郵便受けに届いていた。『モーツァルト ピアノソナタ イ長調[トルコ行進曲付き]/2014年発見の自筆譜に基づく原典版』というタイトル。校訂を担当したクラヴィーア奏者の渡邊順生氏の解説が付いていて、これが非常に詳しい。自筆譜(新発見の4ページ、以前から知られていた1ページ)、初版(第1〜4刷)をソースとして、詳細な校訂報告が2ページ半にわたってある。それに加え、昨日の記事で僕が触れたような従来版との異同は、「問題点」というセクションで非常に詳しく解説している。僕もかつての記事を書く前にこの渡邊版が出ていたら、随分、調べる時間が短縮できただろうに、と思わないではいられない。それほど有益な原典版だ。

 ところでこの新版を作った理由として、渡邊氏はこのように書いている。

「 昨年(2015年)の夏、さるドイツの有名な出版社が、主に新発見の自筆譜に基づくこのソナタの新版を出版した。それが充分満足のいく内容のものであったら、本書が編集されることはなかったであろう。しかし、折角の新版は作曲者の残したいわゆる一次資料の忠実な再現とは言い難い部分を何箇所も含んでいた。そこで作曲者のオリジナル・テキストにより忠実な版、という狙いに基づいて編集されたのが本書である。」(本版について、p.2)

 ここで言われている新版とは、Wolf-Dieter Seiffert が編集したヘンレ版新版(HN 1300)のこと。例えば、ヘンレ版新版=Seiffert 版は、第1楽章のテーマ冒頭の音型(および類似箇所)において、最初の3つの音をスラーでつないだものをテキストとして印刷している。渡邊氏はこのことを、「信頼性の低い」版(初版の第3刷以降)を元にしていると批判する。実はここは自筆譜が残っていない箇所でもあり、初版(特に第1刷)が重要な資料となるのだが、これを見ると確かに最初の2音にスラーをつけているように見える箇所が多い。

K331t1

 ただし、この画像でもわかるように、第2小節は明らかに第3音までスラーがついている。さらに第13小節(上記図の右下部分)もおそらくそう読めないことはないし、初版第4刷、また渡邊版が参照していないプラハの筆写譜等では3音スラーが優勢だという。そうしたことは、Seiffert 版でも脚注の指示に従って巻末のコメントを読めばわかるようになっている。とはいえ、実際、新モーツァルト全集版やウィーン原典版なども2音スラー採用であり、Seiffert 版の3音スラー採用は、やはり踏み込み過ぎだったかもしれない(音大等でよく使われている元のヘンレ版が3音スラーであり、それとの整合性もあったのかもしれない)。ただ、そのことよりも、渡邊氏が3音スラーを批判する理由の方に、少し違和感を感じざるを得ない。というのも、ここで氏は2点スラーを支持する理由として、「音楽的な見地から見ても、3音スラーを採用すると、このテーマの性格が子守唄のようなぼんやりとしたものになってしまう」と書いている。後代の楽譜編集者が「音楽的な見地」で楽譜の改変を行ってきた結果が、この「トルコ行進曲付き」のテキストをゆがめてきたのではなかったか。渡邊氏は「この自筆譜の発見で、このソナタの初版譜には、モーツァルトの他の作品に比べて誤りが多いことが明らかになった。」と書いているが、昨日の記事で紹介した異同を見ていただければわかるように、むしろ現代人が「これは音楽的に明らかな誤り」と初版を訂正したところが、結果、初版の読みに覆った箇所もかなりある。そのことは、今回の自筆譜発見が我々に教えてくれた大きな教訓だと思う。

 あるいは、第1楽章第6変奏・第8小節目における最後の左手バス音(昨日の記事で、4)として触れた箇所)。こちらは初版等が上から「ホ—嬰ハ—イ」という和音で終止していて、これを後代の諸版もこれを継承してきたのだが、自筆譜は低い「イ」音のみになっていた。当然、Seiffert 版もこの単音を採用しているが、渡邊氏はこれにかみついている。氏は、初版=OE で和音になっているのは、「明らかにモーツァルトが「修正」した結果である」とし、その根拠として「この修正はモーツァルト時代のフォルテピアノで弾くと「なるほど」と思わせるし、何度か弾いてみて少し慣れると、Aの単音ではやや物足りなさを感じるようになる。」と書いている。それは渡邊氏個人の感覚であって、楽譜校訂とは関係がない話だと僕など思う。少なくとも、「Seiffert 版が単音(A)を正しく、和音(OE)を誤りと断じているのは、明らかにモーツァルト時代のフォルテピアノに対する無知ないし認識不足の結果であり、このようなコメントはエディション全体の信頼度を貶める結果となる。」とヘンレ版新版の編者を批判するのは、お門違いではないだろうか。このあたりは「一次資料の忠実な再現」というより、楽譜校訂の視点が優先されているとも思える※ 。クラヴィーア奏者の権威者としての自信が、そう言わせているのだとしたら、少々悲しい話だ。

 あと、モーツァルトのスタッカート表記については、それだけで論文がいくつも書けるほどの難問なのだが、渡邊氏は自筆譜における「楔形、ドット、ポルタート」の3つをこれまでにないほど断定的に判別している。この点についても Seiffert 版を批判している箇所があるが、少なくとも利用者は、他版との比較はやはりした方が良い。例えば第1楽章第5変奏の冒頭小節で、渡邊版の右手5拍目後半のホ音(E)に付けられた楔形スタッカートは、自筆譜や初版・第1刷にはない。

K311v5

 続く第2小節目からの類似によって付けられたと思うが、それならば Seiffert 版のように編者が補ったという印として( )に入れた方がいいのではないだろうか。僕個人は、自筆譜・初版どおり=スタッカートなしでもいいと思うが。

 少し重箱の隅を突くような話になっていると自分でも思うが、定価1000円でこのように充実した校訂報告が手に入るのは、まさに予想外のことだ。しかも、それは日本の編者、日本の楽譜出版社の仕事なのだ。このことはいくら強調しても強調し過ぎることはない。昨日の記事で指摘しておいた、「トルコ行進曲」における前打音についても、詳しい検討が加えられており、またいつかその中身についても紹介してみたいと思う。

※例えば、第1楽章第4変奏の左手のパートで、第3小節目、同第7小節目第1音、同第16小節〜第18小節第1音目までの3か所については、自筆譜にはないオクターブ下の音が初版で付け加わっており、渡邊版もこれを採用している(ただしこの扱いは、Seiffert 版も同じ) 。また、同楽章第3変奏の最後の小節(第18小節目)の左手のパートでは、自筆譜は末尾の5音すべてにスタッカートが付いているが、渡邊版は一番最後の8分音符については「筆が滑った可能性が高い」としてスタッカートを外している(Seiffert 版も同じ)。

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