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2016年5月17日 (火)

江黒真弓 (フォルテピアノ)の「トルコ行進曲付き」を聴く

 2014年秋に、ハンガリーで発見されたモーツァルトのピアノ・ソナタイ長調 K.311の自筆譜(部分)については、このサイトでも取り上げたことがある。
モーツァルト・アラカルト2(楽譜編)「トルコ行進曲付き」のヘンレ版・新版(その1)同(その2)同(その3)

 そこでは、この自筆譜を元に演奏されたゾルターン・コチシュの試演(動画)や、久元祐子氏のCDを聴き比べてみたが、今回、新たに江黒真弓さんのCDが加わった(そのことは、3月に「モーツァルト・アラカルト3」という記事で紹介したのだが、どうやらしばらく品切れ状態だったらしく、昨週ようやくその盤が届いた。KING INTERNATIONALからの発売)。江黒さんは、当盤のライナーノーツで「録音前日にミクシ氏(引用者注 自筆譜の発見者バラージュ・ミクシ氏=ハンガリーの国立セーチェーニ図書館音楽部門主任)より届いたウェブ・リンクにて、自筆譜を確認することができた。それに加え2015年、この自筆譜を校訂の資料として使用したヘンレ版(引用者注 Wolf-Dieter Seiffert校訂の新版)も参考にした」と書いている。あらためて、従来の版との主な相違点について整理してみたい。以下、初版/従来譜/自筆譜/コチシュ/久元氏/江黒さんの順で記す。

1)第1楽章・第4変奏第12小節 右手冒頭から3つの8分音符
 (初版)スタッカートなし。3拍目は右手「イ—嬰ニ」・左手「嬰ハ—イ」/(従前譜)スタッカートなし。学習者が使う慣用版等では3拍目を右手「イ—(嬰ニ)」・左手「嬰ハ—イ」/(自筆譜)線状に近いスタッカート付き。3拍目は右手「イ—嬰ニ」・左手「嬰ハ—イ」/(コチシュ)スタッカートなし。3拍目:1回目は「嬰ニ」音を弾かず、4拍目にかけて高い「イ」音を遅らせて鳴らす。しかし2回目は初版どおり/(久元氏)初版どおり/(江黒さん)自筆譜どおり(スタッカートを付けているとまでは断定できないが、各音を切って弾いている)

2)第1楽章・第5変奏第5、6小節 右手上行音型の6拍目
 2つの32音符と1つの16分音符、そして1つの16分休符(16分休符(音符)分、小節からはみでてしまう)/32分音符3つと、32分休符ひとつ/64分音符2つと32分音符ひとつ、そして16分休符ひとつ/(以下、3者とも自筆譜どおり)

3)第1楽章・第5変奏第16小節 後半
 右手上声部「ニ―嬰ロ―嬰ハ」音。最初の2音は「付点8分音符と16分音符」/右手上声部「ロ―嬰ロ―嬰ハ」音。最初の2音は「付点8分音符と16分音符」/右手上声部「ニ―嬰ロ―嬰ハ」音。最初の2音は「複付点8分音符と32分音符」/自筆譜どおり/右手上声部は自筆譜どおり。最初の2音は従前譜どおり「付点8分音符と16分音符」気味/自筆譜どおり。ただし冒頭の和音はアルペジオ扱い

4)第1楽章・第6変奏第8小節 左手4拍目
 上から「ホ—嬰ハ—イ」という和音で終止/上から「ホ—嬰ハ—イ」という和音で終止/低い「イ」音のみ/1回目はやや和音ぽく響くが、くりかえし後の2回目ははっきり単音/和音をアルペジオ気味に弾く/自筆譜どおり

5)第2楽章・第3、33小節 右手3拍目
 第3小節目「2点イ」音、第33小節目「3点嬰ハ」音/「3点嬰ハ」音/「2点イ」音/(以下、3者とも自筆譜どおり)

6)第2楽章・第24〜26小節
 当該小節中のハ音にナチュラル記号なし(イ長調に響く)/当該小節中のハ音にナチュラル記号ありが主流(イ短調に響く)/当該小節中のハ音にナチュラル記号なし(イ長調に響く)/(以下、3者とも自筆譜どおり)

 これらの点で、江黒さんの演奏は最も自筆譜に忠実なものになっていることがわかる。なお、江黒さんがこのCDで弾いているのは、アントン・ツィーラー作の1800年頃に制作された5オクターブの音域を持つフォルテピアノだ。モーツァルトのピアノ・ソナタの演奏で良く使われるアントン・ヴァルター製のフォルテピアノあたりでは、粒立ちのいい軽い音に仕上がるが、こちらはより楽器全体が鳴っているような印象だ。

 以下は余談。彼女はこの録音で、第3楽章「トルコ行進曲」の有名な冒頭旋律などに付けられた前打音を、短前打音扱いで短く弾いている。この部分については、最近、短前打音を採用する演奏者が増えてきているようだ。ただ、僕もテュルクの『クラヴィーア教本』などを読んでみたが、なかなか結論めいたことは言えない課題のひとつだろう。上記の久元氏も、自身の著書『「原典版」で弾きたい!モーツァルトのピアノ・ソナタ』(アルテスパブリッシング刊)でこの点について触れている。

「 この曲はトルコの軍楽隊の音楽をモデルにしており、短前打音で弾いて尖った空気を最初から醸し出すというアポローチも理解できないわけではない。とはいえ、優雅な雰囲気にあふれるイ長調のソナタの終楽章であり、幾度となく現れるこの音型をいつも短前打音で弾くと、ピアノ・ソナタの終楽章ではなく本当に軍楽隊の音楽になってしまい、違和感を禁じえないので、私は伝統的な奏法(引用者注 長前打音で)弾いている。」(p.120)

 実際に、久元氏はCDでそのように演奏している。僕はこの曲のフォルテピアノ演奏では小倉貴久子さんのCD(ALM RECORDS、ただし従来譜による)を評価しているが、彼女の場合、冒頭のテーマが再現する1回目(くりかえし前)まで短前打音で、2回目は長前打音に変えるなど、変化をつけている。やはりすべてを同じ扱いにするのはかえって単調になる気もする。今後も、折衷案も含めいろいろなアプローチを期待したい。

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