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2016年10月28日 (金)

「パルピト」?「パールピト」?(訂正版)

 先日の記事で、モーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』について、オペラ研究家の岸純信氏によるこのような言及を紹介した。

「そしてもう一つが、ケルビーノの名アリア〈恋の悩み知る君は〉の一節 "palpito 胸のときめき" が「楽譜どおりに歌われた」こと。筆者は当時ピアノ伴奏を始めており、歌手の卵が譜面通りに「パールピト」と伸ばさず。勝手に16分音符に変えて「パルピト」と畳みかけるので苛立っていた。しかし、放送翌日からみな一様に記譜通りに歌いだしたので、目を丸くしたのである。」(『レコード芸術』2016年11月号、p.50)

 この指摘は、カール・ベーム指揮のウィーン国立歌劇場の日本公演(1980年)についてのもの。残されたDVDを見てみたが、実際、ケルビーノ役のアグネス・バルツァは、54〜55小節目にかけて「palpito e tremo」という歌詞を、「パールピト エ トレモ」と歌っている。ただ、実際の現場では、岸氏の言うように歌手たちの対応は分かれているようだ。ケルビーノが当たり役だった歌手で言えば、テレサ・ベルガンサは「パルピト」派のようだ(ジュリーニ(L)、クレンペラー、カラヤン(L)、アバド(L)、バレンボイム)。一方、エディト・マティスは、「パールピト」と延ばし気味に歌っている(ベーム(L)2種)。他のCDを聴いても、結構、対応は分かれているので、興味のある方はご手持ちのCD等で確認していただけると、なかなかおもしろい結果が得られるのではと思う(実際、僕はCDをとっかえひっかえし、しばし楽しませてもらった)。

 ここで、念のため楽譜を見てみよう。

Cherubino24_2Cherubino25_2

Cherubino23_2

 上(2分割されたもの)が旧モーツァルト全集、下が新モーツァルト全集から、53小節後半から55小節目を引用した。微妙な違いではあるが、旧全集をあえて「8分音符/16分音符/16分音符」に分けて文字化してみると「パル/ピト/エ」、新全集は「パル/ピ/トエ」と表すことができる。この「パル」の部分は8分音符なので、岸氏の指摘どおり「パール」と延ばすのが正しいと言えば正しいのだろう。イタリア語辞典を見ると「palpito」の場合、「pa」の「a」にアクセントがあるようなので、そのことも「パール」と延ばし気味にすることを支持する。

 ところで、ここで話を終えるなら、あえて僕がこの記事を書くまでもなかっただろう。というのも疑い深い僕はここまで調べた後で、「念のため」とモーツァルトの自筆譜(ファクシミリ)を見てみたのだが、やはりことは簡単ではなかったのだ。そこでは、こんな風に記されていた。

 これを素直に見る限り、「パルピ/ト/エ」と分けるようにも読める。モーツァルトは歌詞を音符ごとに書き分けているわけではないので、断言まではできないが、少なくとも「パール」と延ばすのが絶対に正しいとは言いにくいのではないか。実際、最後の「e」だけは、短い斜め線で区切られているので、小節末の16分音符で「トエ」と畳み込むように歌う新全集の歌詞割りは、間違いとしか言いようがない。

(2016/11/21の重要な修正)
※上記記述で引用し、僕が「自筆譜」と書いていた楽譜について、再度、ファクシミリ等を自己確認してみたところ、それは自筆譜からの画像ではなかったことが判明しました。手元のファクシミリをコピーするのでなく、安易にネットで画像を拾ったのが間違いの原因であり、これまでこの記事を読んでいただいていた方には、本当に申し訳ありません。本日、自筆譜のファクシミリをあらためて参照したところ、確かに始めの8分音符については、その音符の下に「pal」が書かれていました。つまり、この部分については新全集の歌詞割りで間違いがありません。残りの16分音符2つについては、明確な歌詞の書き分けはしていませんが、新全集の「pi/to e」で間違いないと思われます。元記事の岸純信氏の記述について、信憑性がないように書いたことについては本当に申し訳ありせん。あらためてお詫びし、記事を訂正いたします。(ブログ筆者)

Palpito1

 (古い筆写譜には、「パルピ/ト/エ」と歌詞割りした楽譜もあったようだ。なので最後に、「パルピ/ト/エ」と歌っている録音がないか探してみたところ、なんと僕が10代の頃から最も愛聴していたアリア集の中にそれに近いものがあった。エリザベート・シュワルツコップがジョン・プリッチャード指揮で歌った盤では、この個所を「パルピー/ト/エ」と歌っているように聴こえる。厳密には、歌い出しが少し遅れ気味に入るので、16分音符3つに「パル/ピー/トエ」と当てはめているというべきだが。録音は1952年。これは彼女独特の表現のひとつだろうか。あるいは、どこかにこのように歌詞割りした楽譜があるのだろうか。詳細は不明だが、実際、この盤ほど言葉が明晰に聴こえるアリア集はほかにはない。同じケルビーノの「自分で自分がわからない」などを聴く度に、歌詞の丁寧な扱い、精緻さを極めた表現は、まさに空前絶後の域に達していると思わないではいられない。もし未聴の方がいらっしゃったら、ぜひ一度お聴きください

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2016年10月27日 (木)

伯爵夫人とスザンナ(その5)

 先日の発言の続き。

 『レコード芸術』2016年11月号で、オペラ研究家の岸純信氏が、1980年11月、ウィーン国立歌劇場の初来日公演でカール・べームが指揮した『フィガロ』において「第2幕の三重唱でハイCに至るコロラトゥーラを、従来のスザンナでなく伯爵夫人に歌わせた」と書いていたことに関する検証について・・・。ちなみに、この公演での配役は以下のとおり。

スザンナ ルチア・ポップ
伯爵夫人 グンドゥラ・ヤノヴィッツ
伯爵 ベルント・ヴァイクル

 当然ながら、ポップとヤノヴィッツがうたう声部の比較になる。(その4)でも触れたが、僕個人は従来から主に声質での区別などからポップの方が「くねくね音型」を歌っていると判断していた。しかし、声質の区別には聴き手の側の個人的判断が関わるので、以下の検証では主にDVDに残された映像、そして歌唱パートの比較によることとしたい。

 三重唱の始めの部分は、この項の(その2)で見たように、新旧全集ともにスザンナが高いパートを歌う(自筆譜がモーツァルトによってスザンナ・パートを高くするよう訂正されているため)。46小節以降は、自筆譜の訂正が行われていないので、新全集は伯爵夫人が高いパートを歌うバージョンを採用する。そして高い音部のまま、51小節目のコロラトゥーラ音型を伯爵夫人に歌わせる。つまり、ここから両全集に大きな差が現れる。

検証点1) 45小節の末尾から、スザンナが高いパートで「capisco qualche cosa」という歌詞で歌い出すのが旧全集。伯爵夫人は同時に「Bruttissima e la cosa, bruttissimae・・・」という歌詞を低いパートで歌う。一方、同じ個所で高いパートを伯爵夫人の方が「Bruttissima e la cosa, bruttissimae・・・」という歌詞で細かく歌うのが新全集。スザンナは八分音符2つ分遅れて46小節から「capisco qualche cosa, capisco・・・」と低く歌うことになる。この場面、DVDを見ると画面が舞台全体を引きで捉えており、左にヤノヴィッツが、真ん中にヴァイクルが、そして左端のカーテンの陰にポップが立って歌っている。画像が荒いので断言まではできないが、音楽を聞く限り高いパートの歌詞は、「Capisco qualche cosa: Veggiamo come va.」(なんとなく様子がわかったわ/成行きを見てみましょう)と聴き取れる。つまり旧全集。

検証点2) そのすぐあと、例のコロラトゥーラ音型の部分。ここも画面は引きのままだが、音型に合わせて口が動いて(開いて)いるのは、ポップの方のように見える。ヤノヴィッツの口は、1小節遅れて52小節目から「cosa sara」と歌っている。もしこの公演で新全集が使われていたなら、ヤノヴィッツの口が開き続けていて、ポップの方が1小節遅れて「coma va」と口を動かしていなければならない。

検証点3) これ以下、検証点1と同様、高いパートの歌詞を見ていけば、スザンナが歌っているのか伯爵夫人が歌っているかを聴き分けられるのだが、わかりやすい個所として曲の末尾の部分を挙げておこう。3回目のコロラトゥーラ音型が出て、その後、スザンナは「qui certo nascera.」という歌詞を3回くりかえす。一方、伯爵夫人は、「schiviam per carita.」という歌詞を3回くりかえす。DVDでは、高いパートを歌う歌手の声が、1回目および3回目に「qui certo nascera.」と歌っている。ここも旧全集バージョン。

 以上、僕が検証した限りでは、「第2幕の三重唱でハイCに至るコロラトゥーラを、従来どおりスザンナが歌っている」と判断されるがどうだろうか。公演日によってパートを交換したというようなことがない限り、べームの1980年公演ではこの個所は聴き慣れた旧全集バージョンで歌われたのではないだろうか。では、なぜ岸氏は新全集を採用したように聴いたのか? ひとつの手がかりとして、1986年3月に行われたウィーン国立歌劇場の日本公演でも、伯爵夫人役はグンドラ・ヤノヴィッツであった(スザンナはバーバラ・ヘンドリック)。もしかして、こちらではヤノヴィッツが高いパートを歌ったのではないだろうか。無論、今の時点ではただの想像に過ぎないけれど(記憶ではこの時もテレビ放送があり、僕も見たはずなのだが・・・)

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2016年10月26日 (水)

伯爵夫人とスザンナ(その4)

 すでに数年前のことになるが、『フィガロの結婚』第2幕の第14曲・テルツェットにおける伯爵夫人とスザンナの声楽パートが、旧モーツァルト全集(や慣用譜)と新全集とでは、高低が入れ替わっているという話題を報告したことがある。

「伯爵夫人とスザンナ」(その1)へ、(その2)へ、(その3)

 その折にも紹介したのだが、『作曲家別 名曲解説ライブラリー モーツァルト2』(音楽之友社・刊)にはこうある。「従来と異なり新全集では夫人のほうがコロラトゥーラを含む高い音域のパートを歌うことになっているが、それは役柄の心理的状況と自筆譜の入念な考証等から得られた判断に基づく(p.351)」。そうした解釈の最も典型的な演奏・演出として、上記発言では「カール・ベーム指揮の映画版『フィガロ』(1976年制作)が最も参考になる」と僕は書いた。「伯爵夫人のキリ・テ・カナワが窮地に追いつめられ「まさかこんなことになろうとは」という<動揺>の表現として、このコロラトゥーラ音型を歌っているのが、歌唱・表情ともに非常によくわかる。」とも。

 逆に、旧全集を使った演奏の解説では、同じ音型がスザンナの「心理的状況」と結び付けて解釈されている例もある。例えばこちら。

「戻ってきたスザンナが奥で伯爵夫妻の会話を聴くシーンでは、夫妻の真剣なやりとりに対し、気の利くスザンナがどうしようかと頭をめぐらす様子が、くねくねと上昇する音階〔譜例13〕でうまく表現されている。しかも初めは上のGだったのが、心配が昂じて三点Cまで上昇するところも聴きどころだ。」(『新潮オペラCDブック・8 モーツァルト「フィガロの結婚」』所収の永竹由幸氏による<訳・解説>から)

 その「くねくね」譜例が、こちら。

T13

 さて、皆さんは伯爵夫人とスザンナの内、どちらが上記音形を歌った方が、この場の「心理的状況」に合っているとお考えだろうか? 実際、多くの演奏実践の場でも、二人のうちどちらが高いパート、つまりこの「くねくね」音型を歌っているかが気になるところだ。一応、新全集が出された1973年の前か後かが、ひとつの目安にはなるだろう。例えば、上記『新潮オペラCDブック』の付属CDの場合、こちらもベーム指揮のザルツブルク音楽祭における1970年のライヴ録音が採られている。ビデオならともかく音源のみでは判断がつきにくい場合もままあるのだが、ここではスーブレットとして一世を風靡したレリ・グリストがスザンナを演じていて、そのチャーミングさが際立つ声によってスザンナが「くねくね」音型を歌っているのがよく聴きとれる(伯爵夫人役は、グンドゥラ・ヤノヴィッツ)。つまり永竹氏の上記解説どおり、だったということがわかる。また実は、僕の前発言でも同じベームのウィーン国立歌劇場の日本公演(1980年)のDVDを取り上げて、スザンナ役のルチア・ポップが上のパートを見事に歌っているとし、「映像では1回目がややアップでわかりやすい」と書いていた。1970年はスザンナが上、1976年は伯爵夫人が上、そして1980年はスザンナが上、という具合で、同じ指揮者、同じ演奏団体であっても、使用楽譜が違う場合もあるわけだ。

 ところで、今月の『レコード芸術』誌(音楽之友社・刊)の特集は、「モーツァルト・クロニクル(年代記)--- 録音史を紐解く」と題し、モーツァルトの録音史を追った企画になっている。その中に「フィガロ」の章もあり、岸純信氏がその執筆を担当している。その記事を見て、すぐ僕は思わずわが目を疑った。氏は、記事の冒頭、上記DVDに記録されているべームの1980年に行われた来日公演(とそのテレビ放映)が、我が国のこのオペラの受容史上「分岐点」にあたるとし、その根拠として以下の3点を挙げたからである。

「一つが、第2幕の三重唱でハイCに至るコロラトゥーラを、従来のスザンナでなく伯爵夫人に歌わせたこと。(新全集では取り乱した側の音型と判断)。次に、第3幕の曲順を変え、伯爵夫人のアリアを六重唱の前に置いたこと。現行の曲順は、初演時に兼役した歌手の着替え時間を稼ぐためとする仮説に拠る配置替えである。
 そしてもう一つが、ケルビーノの名アリア〈恋の悩み知る君は〉の一節 "palpito 胸のときめき" が「楽譜どおりに歌われた」こと。筆者は当時ピアノ伴奏を始めており、歌手の卵が譜面通りに「パールピト」と伸ばさず。勝手に16分音符に変えて「パルピト」と畳みかけるので苛立っていた。しかし、放送翌日からみな一様に記譜通りに歌いだしたので、目を丸くしたのである。」(『レコード芸術』2016年11月号、p.50)

 氏がこの公演をホールで実際にご覧になったかまでは記述がないが、「”1980年11月”/日本の《フィガロ》が変わった」という見出しの元にある以上、その発言にはある意味、絶対の自信がおありになるだろう。僕の方がこれまでこのブログで書いてきたことを修正しなければと思い、さっそくビデオ・ラックから当該DVDを取り出してきた。ところが、これがまた簡単ではなく、岸氏の指摘どおりともはっきり言い難いようなのだ。実際、このディスクの映像はVHS並みの画面であり、画面ではなかなか判定がしにくい。ここまでで既に長くなったので、その詳しい判定結果は次回にまわすことにしたい。

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