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2016年11月20日 (日)

モーバリ・レイバーン仮説(その3)

 前回、前々回に紹介したモーバリ・レイバーン仮説のその後について。

 1970年代にカラヤン/ポネルの一連の上演・録音で一般に知られるようになった第3幕の曲順変更だが、その後、1990年代になって古楽系の演奏家たちがこの仮説に従っている。CDではガーディナー盤(1993、LDもあり)、マルゴワール盤(1996)、クイケン盤(1998)がある。古楽器演奏ではないが、この種の情報に目敏いアバドの全曲録音(1994、1991のLDもあり)もある。DVD(映像)では(その2)で触れたプリッチャード盤(1973)、ベーム盤(1975-76、1980の2種)の後では、ハイティンク盤(1994)があった。またアーノンクールは、1993年録音のCDでは従来どおりの曲順だったにもかかわらず、1996年のチューリヒでの上演記録(DVD)ではモーバリ・レイバーン仮説を採用している(ユルゲン・フリム演出)。

 ところが、その後がなかなか続いていかない。最近では、2003年録音の David Parry のCD(英語歌唱)、あるいは2006年収録のパッパーノのDVDがあるくらいだろう。2000年以降は、古楽系でも採用は減っており、ヤーコプス(2003)や最近評判のクルレンツィス(2012)は、新全集どおり。さらにアーノンクールも、2006年のザルツブルク音楽祭や、こちらで触れた最新のコンサート形式での上演(2014)では、楽譜どおりの順番に戻してしまった。これらの結果から考えると、最終的にモーバリ・レイバーン仮説はフィガロ演奏の主流とはならなかった、と言えるかもしれない。

 以上は、演奏史上の話。他に文献学的に見ても、上記仮説を裏付ける資料は発見されておらず、定説とはなっていないのが現状である。ガーディナーは自身のCDおよびLDでは上記のようにモーバリ・レイバーン仮説を採用したが、それは「ドラマティックな一貫性を強化するため」の「妥協策」とはっきり書いている(ガーディナー盤に掲載されているガーディナー自身が書いた「《フィガロ》の曲順を考える」というライナーノーツから。磯山雅・訳)。さらに「アラン・タイソンは、1981年に、自筆総譜にはこの仮説を裏付ける証拠がないことを示した。」とし、根拠としてタイソンの「《フィガロの結婚》:自筆総譜からのレッスン」(The Musical Times, 122 (1981), 456-461ページ)というエッセイの名を挙げている(原題 'Le nozze di Figaro: Lessons from the Autograph Score')※1。

 ということで「百聞は一見に如かず」。モーツァルトの自筆譜を見てみよう。このオペラの第3・4幕は、2分割された自筆総譜の後編に含まれている。校訂報告書によれば、これらの楽譜はもともとばらばらなパーツに分かれており、それらは2つ折の横長用紙を2枚重ねたもの(結果、8ページ書くことができる)、あるいは2つ折の横長用紙(4ページ書き)、単葉の横長用紙(裏表2ページ書き)などの組み合わせから成っている。さらに今回話題になっている伯爵のレチタティーヴォとアリア(自筆総譜=新全集では「No.18」※2)、六重唱(同「No.19」)や、伯爵夫人のレチタティーヴォとアリア(同「No.20」)等は、ちょうど新しい五線紙の左端から曲を書き始め、数枚の用紙を使っていったあと、最終的に用紙の右端で曲を終えている。つまり五線紙の途中で次の曲の頭を書いていないので、このままでは曲順を入れ替えていたとしてもその判定は難しい。だが、曲頭に付けられたシーン番号等を見る限り、総譜自体の曲順は、現行の曲順どおりになっている。また、初演時(1786年5月)に発行されたリブレット(台本)がワシントンに残っているが、そのファクシミリを見ても現行と同じ順番になっている。

 さらに重要な点がある。通常、「No.19」のセステットのすぐあとに置かれるマルチェリーナ、バルトロ、スザンナ、フィガロのレチタティーヴォの最後に、「私たちの喜びを見て、伯爵がくたばってしまえばいい」と四重唱で歌われる部分があるが、これは第62ページの上半分に書かれている。そしてその下半分および第63ページの1、2段目にかけて、バルバリーナとケルビーノのレチタティーヴォが書かれている。つまり、この2つのレチタティーヴォは、少なくともそれらが書かれた時点でつながっていたことになる。また、この自筆総譜で圧巻なのは、このあと・・・実は、第63ページのおしまい=右端欄外にこんなことが書かれている。

「Segue l'arietta di / Cherubino. 」

 これは「ケルビーノのアリエッタが続く。」という意味。さらにその下に、

「/: dopo l'arietta / di Cherubino, viene / Scena 7ma: ␣ ch'è / un Recitativo istrumen= / tato, con aria della / Contessa :/ 」※3

 つまり、ケルビーノのアリアのあと、シーン7:伯爵夫人の楽器伴奏付きレチタティーヴォとアリアが始まる、というわけである。ケルビーノの独唱曲は第1、第2幕にそれぞれ1曲づつあるのは「フィガロ」好きなら誰でも知っていると思う。が、第3幕のアリエッタ(小アリア)とは、初耳の方も多いだろう。ただ上記、初演時のリブレットに、なんとこの失われた曲の歌詞が掲載されている(第67ページ)。

Cherubino3

 でも、この曲が現在、存在しないのはご存知のとおり。印字されている歌詞を、<誤り>と感じた誰かが、鉛筆のようなもので消したあとが、リブレットに残されている。このまぼろしの曲との関係も、モーバリ・レイバーン仮説の是非を考えるに重要だと思われる。しかし今の僕には、まだはっきりできていないことが多過ぎる。このアリエッタについては、いずれ近いうちに新たに稿を起こして考えてみたい。

※1 ただ、これは上記タイソンのエッセイにも書かれていることだが、『フィガロ』の自筆総譜の後半部(第3・4幕)は、『魔笛』全巻などともに戦後、行方不明になってしまい、モーバリとレイバーンはそれを参照できなかった(後にポーランドで再発見されるのだが、それは新モーツァルト全集の『フィガロ』の巻の編纂時=1973年にも間に合わなかった)。以上、お二人の名誉のために付け加えておく。
※2 曲のナンバリングは、総譜に赤いクレヨンで書かれている。これらの数字はモーツァルト自身が書いたものではないが、パート譜とも一致するので当時の上演時に遡ることができると考えられている。
※3 些細な違いだが、校訂報告書には「di cherubino, viene」の個所で、「, 」が抜けている。ファクシミリでははっきり見えるので引用者で補っておいた。

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