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2016年11月21日 (月)

クルレンツィスの『ドン・ジョヴァンニ』

 本日、以前ネットで予約しておいたテオドール・クルレンツィスの『ドン・ジョヴァンニ』が届いた。さっそくリビングのCDデッキにかけてみる。ある程度予想はしていたし、身構えてもいたのだが、それでも序曲の冒頭に来る身を切るような鋭いニ短調の和音にびっくり。そして、続く序奏部のアンダンテがまた異常に速くて、再度びっくり・・・歌が入ってもおおむね以上のような調子で、これはまた、表現の「徹底」ぶりでは、現代の極北にある演奏と言えるだろう。手兵であるムジカエテルナの連中も、歌手たちも、クルレンツィスに心酔・追随していて、いささかのあいまいさもない。

 今月、CS放送では、クルレンツィスのドキュメンタリーを放送していて、これがこの『ドン・ジョヴァンニ』の録音風景を追ったものになっている。途中、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲『トルコ風』を演奏する光景が出てくるが、これがまたすごかった。奏者はチェロを除きすべて立ち弾きで、まるでジャズのセッションでもしているかのような自由さ。指揮者もダンスを踊るように飛び跳ね、激しくリズムを刻む。第3楽章・ロンドの、おなじみのコル・レーニョもどき?※の個所では、全員が(無論、クルレンツィスも)いっせいに足で床板を踏み鳴らす! セッション録音である『ドン・ジョヴァンニ』では、さすがに演奏風景こそ普通だが、奏者たちを追い込むクルレンツィスの執拗さは、かのアルノンクールでもここまではしないだろうというレベルである。「ディリディリディリディリ、ディリディリダ!」というような擬音をマシンガンのように繰り出し自ら口で説明するのだが、これがまた音程もリズムも正確無比。以前出た『フィガロ』の序曲でも冒頭の弦の合い方がすごくてびっくりしたが、このような練習を何十回、何百回も繰り返して合わせているのだろう。

 クルレンツィスのモーツァルトは、これでダ・ポンテ三部作が完成。アテネ生まれでサンクトペテルブルクで指揮を学んだ後、自らオーケストラ・アンサンブルを創設したという経歴もすごいが、そんな辺境の指揮者に大作を続けてまかせるソニー・クラシカルもたいしたものだ。しかも2014年に一度、このオペラを録音したのだが、指揮者がその出来映えに満足せず、再度、録音セッションを組み替えたのだという。これらダ・ポンテ三部作はいずれも聴き応え十分だが、もしもっと気軽に聴けるものをとおっしゃる方には、アルファ・レーベルから出ているモーツァルトの「レクイエム」をぜひお薦めしたい(ALPHA178)。オケもすごいが合唱担当のニュー・シベリアン・シンガーズが絶品である。「Dies Irae」はもとより、「Kyrie eleison」の二重フーガや、さらに「Domine Jesu Christe」がこんなにもマルカートで、苛烈に響くのは、まさに彼らならでは。演奏者がロシアの楽団で、さらに「Lacrimosa」の後に「アーメン・フーガ」の一部分と効果音を加えているということで、何かまがいもののように思っておられる方がいたら、それは大いなる誤解だろう。僕は最近の「レクイエム」録音では、この演奏が一番好きだ。

※モーツァルトはこのコンチェルト(K.219)の第3楽章で、いわゆる「トルコ風」の音楽が出る中間部の「バッソ(低弦パート)」に、「Coll' arco al roverscio」と書き込んでいる(第165、189、227小節)。普通に読めば「弓の反対側で」ということになり、新モーツァルト全集は、この文字をそのまま採用し、脚注で「col legno」=コル・レーニョと注記している。実際の演奏風景は、アーノンクール指揮、クレメール独奏の映像でも見ることができる。

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