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2016年11月23日 (水)

ケルビーノの第3幕のアリエッタ

 「モーバリ・レイバーン仮説(その3)」の記事で紹介したケルビーノの第3幕の!「アリエッタ」について、書いてみたい。例によって日本語の情報はほとんど見つからない(泣)。まずは現在、僕にわかる範囲で、基本的事項を整理しておこう。

 直前のレチタティーヴォでケルビーノは、バルバリーナから娘姿に変装し「あとでみんな一緒に、奥方様に花を捧げに行きましょう。信用して、ねえケルビーノ、バルバリーナを」と誘われている。で、残されたのはこちらの歌詞だけ。ワシントンに『フィガロ』の初演時に配られたというイタリア語リブレットがある。そこにその歌詞が印字されているという。>この画像も「モーバリ・レイバーン仮説(その3)」の記事にある。

Cher.Se così brami
                 Teco verrò;
                 So che tu m'ami,
                 Fidar mi vo :
         Purché il bel ciglio            (a parte.
                 Riveggia ancor,
                 Nessun periglio
                 Mi fa timor.

 以下はその私訳。

ケル(ビーノ).もし あなたが お望みとあれば
                "汝とともに" やって来るでしょう;
                あなたが わたしを愛していることを 知っています、
                わたしを 信じてくださることを 望みます:
         もしも 美しい "目"が            (立ち去る)
                再び 見たとしても、
                いかなる "剣呑”もない
                私を恐れさせるような。

 自筆総譜(2巻目)の第63ページには、これも前に触れたように右端欄外に「Segue l'arietta di / Cherubino.」とあり、一旦、赤いクレヨンで「20」と書かれていて、この数字は横棒線で取り消されている。さらにその下には、「/: dopo l'arietta / di cherubino, viene / Scena 7ma: ␣ ch'è / un Recitativo istrumen= / tato, con aria della / Contessa :/ 」と注記が続き、再び赤いクレヨンで「21」とあり、これも横棒線で取り消されている※1。これらの赤字の番号は曲のナンバーであり、モーツァルト自身が書いたものではないが、当時の上演時に遡ることができると考えられている。自筆総譜における前後の記述(曲番号)を整理しておくと、以下のとおり(これらは注記のない限り、赤クレヨンで書かれている)。

・ドン・クルツィオ、マルチェリーナ、フィガロ、伯爵、バルトロ、スザンナの6重唱:「19」
・(ケルビーノのアリエッタ「20」)
・伯爵夫人のレチタティーヴォとアリア:「21」と書いて「1」の文字の右上にくっつけて「0」と上書きで訂正
・スザンナと伯爵夫人の2重唱:「22」と書いて横棒線で取り消し
・娘たちの合唱:「23」
・フィナーレ(マーチ):「24」
・2人の娘の歌:「25」
・合唱:「26」と書いて横棒線で取り消し。ただしその訂正は鉛筆。
(参考 第4幕の冒頭、バルバリーナのカヴァティーナ:「27」と書いて「25」と上書きで訂正。あるいはその逆?※2)

 これら曲番号の訂正を見ると、我々「アリエッタ」の削除は、曲全体に影響を及ぼしている。リブレットに歌詞が印刷してあったことも合わせて考えると、曲中に確実に含まれていて、かなり初演に近い時期まで伯爵夫人のレチタティーヴォの前に「あった」、あるいは「あるべき」と思われていたと推定されるのである。そして、少なくともこれら楽譜が総譜としてひとまとめにされ、全体にこれも赤いクレヨンでページ番号が振られる前には、「消えた」ということになる。新モーツァルト全集の『フィガロ』の巻の編者、ルートヴィヒ・フィンシャーは、序文の中でこの「アリエッタ」について短く触れて、「第12番の<恋とはどんなものかしら>と、韻律学上、同じ長さと節構造とを持っていることは、おそらく偶然の一致でなない。」と意味深なコメントをつけている。モーツァルトはこの曲を実際に作曲したのだろうか、それとも助長だと考え、組み込むことをあきらめたのだろうか。興味はつきない。

※1 ちなみにこれらの注記は特別なものではなく、どのレチタティーヴォにも終わりに次の曲の指示が書かれている。元々これらはばらばらな楽譜の束なので、どこに続くかを一目でわかるようにしているのだろう。無論、この「アリエッタ」の場合、2度、別々に注記されたことの意味は、もっと良く考えてもいいだろう。
※2 ※1とも関連があるが、ここで見た第4幕冒頭のバルバリーナのカヴァティーナは、どうやら後から追加されたようだ。自筆総譜では、元々、その後に続く(現在の)「シーン2」=フィガロ、バルバリーナ、マルチェリーナのレチタティーヴォの方の楽譜に「シーン1」とあり、その左上に「/: dopo la Cavatina di Barbarina:/」(バルバリーナのカヴァティーナのあとに)と記されている。これは明らかに後から記載されたもの。つまり、あの短くも美しい夜の曲は、最初の構想にはなかったということになる(あるいは、最初の構想では第4幕の冒頭の位置にはなかった、ということ)。

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