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2016年11月30日 (水)

『メサイア』でマリナーを偲ぶ

 今年も明日で師走。自分もそういう年齢になったせいか、近年、演奏家の訃報ばかり目につくようになった。ちょうど前世紀の後半に、彼らの演奏を通じ様々な曲を聴き知ってきたという事情もあるが、寂しいかぎりだ。そうした音楽家で、今年亡くなったひとりに、ネヴィル・マリナーがいる(1924/4/15 - 2016/10/2)。古楽器演奏が主流となる前は、彼と彼が結成した室内オケ=アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズのコンビによる演奏こそ、バロックから前期古典音楽の演奏では最もオーセンティックと思われていた。現在ではかつてのような輝きはなくなったかもしれないが、それでも世界各国で指揮を続けていたのは、彼が豊かな音楽性を持っていた証しだろう。確か昨年もN響に客演していた様子が、テレビで流れていた。

 マリナーの演奏で最も親しく聴いてきたのは、やはりモーツァルトだろう。交響曲全集や、セレナーデ集、ブレンデルとのピアノ協奏曲全集などは、小学館/フィリップスによる「モーツァルト全集」にも採用されていて、個性的とは言えないまでもいずれも安心して聴ける「全集」向きの演奏だ。映画『アマデウス』での、サウンドトラックも彼の指揮によるものだった。ほかにロッシーニの歌劇序曲全集などは、彼ならではの仕事だったろう。しかし本日、マリナーを偲んで僕がCDラックから取り出したのは、ヘンデルのオラトリオ『メサイア』(ロンドン)だ。彼はこの大曲を都合3回も録音していて、これは1976年に録音された初録音盤。2014年に亡くなったクリストファー・ホグウッドが作製した1943年のロンドン初演版を使っているとのクレジットがあるが、彼はこの録音でチェンバー・オルガンも担当している。

 その演奏は、まったく瑞々しい。ピリオド・アプローチ全盛の時代にあって、もはや古くさく響いても仕方がないところだが、そうした印象はいささかも感じられない。冒頭のシンフォニーから、マリナーの採るテンポやデュナーミクはいささかの迷いもなく、極めて明解だ。そしてシンフォニーに続くテノールのレチタティーヴォとアリアを歌うフィリップ・ラングリッジはまさに理想的な歌唱で、いつ聴いても気持ちがいい。その他のソリストも、エリー・アメリング(ソプラノ)やアンナ・レイノルズ(アルト)など宗教音楽には欠かせないソリストたちが務めている。さらにこの盤では、同アカデミーの合唱団がまたすばらしい。イギリスらしい軽めの発声で、透明感あふれるいきいきとしたコーラスを聴かせる。その最初の頂点は、第12番のイエスの誕生を伝える合唱で、これは見事というのを通りこして、痛快でさえある。以下、特に何かしら特別な主張があるわけでもないのだが、そのさりげない演奏は、我々にヘンデルを聴く楽しみを惜しみなく味あわせてくれる。僕は就寝時によく『メサイア』の第一部を聴きながら眠ることがあるが、その際に結局、このマリナー盤を選んでいることが多い。現在はハイライト盤でしが出ていないようだが、中古ショップ等でもよく見かけるので、手に入りにくいということはないだろう。マリナーの代表盤として、これからもずっと聴き継いでいきたい盤だ。

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