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2016年12月 3日 (土)

モーツァルト・秋の新譜から

 2016年秋は、モーツァルト・ファンにとって喜びの季節となった。なんとなれば、モーツァルトの注目すべき全集や大曲が重なって出たからだ。イザベル・ファウスト独奏のヴァイオリン協奏曲全集(harmonia mundi)、ファジル・サイのピアノ・ソナタ全集(Warner)、そしてクルレンツィスの『ドン・ジョヴァンニ』(Sony)。3番目のクルレンツィス盤については、先月、こちらで感想を書いた。残りの2つが今日、自宅に届いたのでさっそく聴いてみたところ。

 ファウストの協奏曲集は、ずっと発売を待っていたもの。ここで伴奏を務めるのは、なんとイル・ジャルディーノ・アルモニコ(ジョヴァンニ・アントニーニ指揮)である。僕も実演を一度聴いたことがあるが、ご存知のようにアグレッシヴな演奏で知られる古楽器アンサンブルである。無論、曲冒頭の提示部から弦に弓をあてるような彼らの流儀全開の奏法。これに決して古楽専門ではないファウストが、どのように入ってくるのか興味しんしんであった。が、彼女も完全にビブラートを廃し、軽快かつ精妙なアーティキュレーションで弾いている。ライナーノーツを見ると、イル・ジャルディーノ・アルモニコについては、奏者名とその使用楽器(古楽器あるいは復元楽器)が記されている。では、肝心のファウストの使用楽器はと見てみたが、クレジット欄には「violin」としか記されていない。が、HMVのサイトのこの盤のページに、「このモーツァルトでも、シューマン録音と同様、愛器スリーピング・ビューティにガット弦を張って録音に臨んでいます。」とあった。1704年製のストラディヴァリウスだ。にもかかわらず違和感はまったくないのは驚きだ。きっと彼女は自筆譜にもあたっているのだろう(>>こちら)。他の奏者が弾き飛ばすような、細かいスラーやスタッカートをきちんと弾き分けているのは、本当に頭が下がる。ピッチは他の古楽器演奏のように半音近く低いようなことはないが、心持ち低めだろう。バッハの無伴奏でもファウストの演奏に完全に脱帽した僕だが、今回も十二分にその演奏を堪能させていただいた。

 一方、サイのモーツァルトの方は、聴く前は正直少し心配していた。2014年に来日したときの演奏をNHKが収録・放送していて、そのときはミスタッチも多く彼自身あまり好調そうには見えなかったからだ。ただこちらはザルツブルクのモーツァルテウムで3年かけてセッション録音したということなので、気を取り直してディスク1冒頭の K.331 「トルコ行進曲付き」から聴いてみた(ちなみに、こちらで紹介した新発見の自筆譜バージョンではない)。冒頭のテーマから第1、2変奏まではいたって普通の演奏。が、第3変奏をかなり速めに弾き、次の第4変奏はその対比上、思いきってゆるやかとなる。それに続く第5変奏=アダージョは一段と腰を落とした弾きぶり。まるでシューマンでも聴くような落ち着いた抒情を譜面から引き出している。この曲には以前、旧ワーナーにも録音があって、それは何も恐れを知らない若者らしい快演であった(1997年録音)。基本的なテンポ設計等はそちらと大きく変わっていないが、あれから20年が経ち演奏には陰影の深さや音の重みが確実に加わった。逆に物理的な運動性、切れ味はやや後退していて、そのどちらを重視するかということだろう。それでも微妙なテンポ・ルバートや伴奏音型の強調、強弱の対比など、サイならではの聴きどころは多い。かつて得意としたような軽快な曲調のナンバーでなく、特に若い番号の緩徐楽章をじっくりと間合いをとりながら弾き進むあたりは、非常に好感が持てる(第6番など)。ところで、サイが今回モーツァルテウムで弾いた楽器は何だったのだろう。音色や、スリーブに掲載された写真で見ると、スタインウェイぽいのだが。

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