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2017年2月 4日 (土)

2016年まとめ

 つい先日、お正月を祝ったばかりと思っていたら、早くも2月。遅ればせながら2016年のまとめをしていなかったと思い立ち、備忘録代わりに書いておく。

 実際には一昨年末のことだが、世界最大のクラシック音楽レーベルであるユニヴァーサル・クラシックス(ドイツ・グラモフォン、デッカ)が、NML=ナクソス・ミュージック・ライブラリーに加盟したのは本当に驚いた。スタート当初は両レーベル合わせて36枚だったが、1年経って登録枚数は飛躍的に増えた。本日現在、「カラヤン」で検索してみたところ、1134枚のアルバムがヒットする。このうち283枚がドイツ・グラモフォン、42枚がデッカ。オムニバス盤も結構あり、曲目が被っているものも多い。またオペラの全曲盤などは少ないが、カラヤンの演奏を聴くにはすでに十分な数だろう。ちなみに旧EMIレーベルを擁するワーナー・クラシックの方も、520枚ヒットする。昨日夕食前に、久しぶりにカラヤン/ベルリンフィルのベートーヴェン交響曲第8番を聴きたくなって、NMLを検索してみたら、フィルハーモニアO.との最初の全集に加え、ベルリンフィルとの全集さえ3種とも全部聴くことができると知り、あらためて感心したところ。早速、70年代の録音から、世界最速と言われている終楽章を楽しんで聴いた。昨年11月には、配信ビットレートが「128kbps」から「320kbps」にアップグレードされた。いずれも我々ユーザーにはありがたいことだ。が、しかし「なんとなくの予感であるが、近い将来、世界のレコード会社はユナイテッド・アーカイヴス(United Archives)とナクソス(Naxos)の2社だけになるのではないか。」という故・中山康樹氏の予言(『新マイルスを聴け!』双葉文庫)が実現しそうで、怖い気もしてきた。

 またここ数年、恒例のことながら、各社からのボックスセット攻勢には、まいる。性懲りもなく、ヘンデルの『16のオラトリオ全曲』(Decca)や、ボスコフスキー&ウィーン・フィルの『シュトラウス・ファミリー ウィンナ・ワルツ、ポルカ、マーチ集』(Decca)、アーノンクールの追悼盤ボックスなどの大物を買ってしまった。これらは、いつ聴くのだろうか>>自分(笑)。こうも格安のセット物ばかりが出ると、1枚もので出る新譜はますます高く思えて、手が出ない。長くクラシックを聴いてきた立場としては、かつてお世話になった国内のレコード会社を応援したい気持ちもあるのだが、1枚3千円前後という価格付けには、さすがについていけないものがある。3千円あれば、外盤ならティーレマンのバイロイトの『指環』全曲だって買えるというのに(すいません。これも昨年夏に買いました)。

 新譜では、これは多くの方と被るだろうが、コパチンスカヤの『チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲』を外すわけにはいかない。「新しい!」。僕にとってのヴァイオリン協奏曲は、バッハ、モーツァルトを除けば一番聴かない曲種のひとつかも知れないが、この演奏には脱帽せざるを得ない。今月(2月)の「レコード芸術」誌における特集「読者と本誌執筆陣で選ぶ ベスト・ディスク・ランキング 2016」でも、アーノンクールやラトルの諸盤を押さえて断トツの一位。恐るべき人が出てきたものである。こちらで紹介したクルレンツィス指揮ムジカエテルナも、秀逸な伴奏を付けている。そういえば、イザベル・ファウスト独奏のヴァイオリン協奏曲全集(harmonia mundi)も古楽器伴奏だった(>>こちら)。矢澤考樹氏は同誌の連載記事「View points --- 旬の音盤ためつすがめつ」の中で、「唐突に思われるかもしれませんが、私は、このコパチンスカヤの演奏の背景にはアーノンクールの存在を感じます。」と語っている。その当否は置くとしても、もはやオーセンティックであるとか、時代の流行であるとかいうことを超えて、アーノンクールが提示した新しい流れは、若い世代にもどんどんと広がりつつあるのだろう。

 中古盤における今年一番の掘り出し物は、クレンペラーのマーラー『復活』。ニュー・フィルハーモニアO.との録音だが、有名なスタジオ録音とは別。8種類ある彼の『復活』のうち、最も最晩年のライヴ(1971.5.16, ロンドン)である。演奏時間は、約99分とおそらく史上最長。以前、Arcadia レーベルで出ていたが再発の機会もなく、中古盤を探していたものを、昨年ようやくオークションで安く手に入れることができた(2 CDHP 590)。ちなみに最短もクレンペラーの演奏と言われていて、1950年のシドニー交響楽団との録音(約67分)だと言うから、あいかわらず食えない指揮者だ。再発物では、タワーレコードが、ハイティンクの『マーラー: 交響曲集~クリスマス・マチネ・ライヴ(第1番-第5番, 第7番, 第9番)』を出してくれた(9枚組で、6171円)。これは貴重だし、演奏もすばらしい。ただ僕は昨年初め、これが出る前に高い中古盤セットを買ってしまった口である(残念)。

 以上、新しい演奏者の活躍もあるにはあるが、上記「レコード芸術」の読者投票を見ても、ことのほか参加が少ないと感じる。今後、クラシック業界はどうなっていくのだろう。

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コメント

ご無沙汰しております。

アーノンクールや古楽の先人の尽力により、
多くの研究がなされ、今も続いています。
古楽運動はそもそも、「楽譜に忠実であれ」から始まり、楽譜だけでなく、楽器、奏法、サイズなどの要素にも、可能な限り忠実であろうとするところから始まったわけですが、結局のところ、結論としては、簡単な答えなど全くなく、演奏方、即ち色々な解釈の可能性への扉を開けてしまいました。そのことに気がついた古楽奏者達はauthenticであることよりも、当時ありえたであろうという緩い枠のなかで、全身全霊を傾けて、曲の持つ性格の表現に情熱を傾け始めました。
可能な限り全ての要素に忠実ということの先に、究極の自由があったというがこの運動の終着駅だと思います。
そしてそのことにより、今の若い演奏家は解き放たれました。ある意味かなり恣意的と取られても仕方がないほどに。
それが悪いことだとは全く思いませんが、
19世紀後半に似ているように思います、演奏家のバックグラウンドや文化的背景は全く違うにしても。
これからもどんどん個性的な奏者は増えるでしょう。パラダイムシフトが起きたと思います。
それをアーノンクール1人に帰するのは、違うと思いますが。

投稿: 右近 | 2017年2月 4日 (土) 21時52分

右近様、コメント感謝いたします。

>authenticであることよりも、当時ありえたであろうという緩い枠のなかで、全身全霊を傾けて、曲の持つ性格の表現に情熱を傾け始めました。

さすが最先端でお仕事をされていらっしゃるだけに、非常に端的に現状をご指摘いただいた分析だと思います。よく腑に落ちました。
2011年にコパチンスカヤがフェドセーエフと共演した映像があります。練習では「それはやり過ぎ」などと巨匠にたしなめられたりしていて、本番も最初は押さえ気味に始まるのですが、どんどんテンションが上がっていき、第1楽章の最後は神懸かり的に盛り上がります。この楽章が終わると、思わず会場から拍手が出ます。面白いのは第3楽章で、なんとここではまだ「アウアー・カット」をしているのです。クルレンツィスとのCDでは、無論カットなし。曲想が「poco meno mosso」に変わったあと「Temp I」に戻る個所なども、急なギアチェンジをしますが、確かにここも楽譜どおり。普通は自然に聞かせるためにアッチェルランドしたくなっちゃいますが。超スピードの終楽章にあってさえ、どのパッセージでもきちんと楽譜どおりのスタッカートをつけていますし、圧倒的なテクニックがあってのことながら、このあたりは単に興にまかせて名人芸的に弾くというのとは、一線を画しているのかと思います。「原典主義」「テキスト主義」を一旦消化し、さらにそれを乗り越えたところに、この自由奔放な演奏はあるのでしょう。

>それをアーノンクール1人に帰するのは、違うと思いますが。

おっしゃるとおりで、このあたりは少し僕の文章がまずいのかもしれません。ちなみにこの文脈にアーノンクールを持ち出すのは、「この曲はこうあるべき」という思い込みや、演奏慣習などと戦ってきた彼の功績なくして、現代の若手演奏家が立っている地平はないという考え方からです。が、もうひとつ、「辺境性」というのも考えに入れるべきかもしれません。中欧やアメリカといった従来のクラシック音楽の中心地とは離れた場所から、彼らが立ち現れてきたのは、いかにも象徴的です。ムジカエテルナもロシアの地方都市が発祥ですが、先日「ハイドン音盤倉庫」の方で紹介させていただいた「Australian Haydn Ensemble」もかの地で新しいハイドンを奏で始めています。
http://www.australianhaydn.com.au/
こうした自由さは、文化的・音楽的背景が少ないところの方が出やすいのでしょうか。
あっ、今年こそ「ハイドン コレギウム」の演奏会、伺いたいと思っています!

投稿: cherubino | 2017年2月 5日 (日) 16時08分

cherubinoさん、

早速のご返信ありがとうございます。

「最先端」というのはこそばゆいですが、
私などは、もう古いような気がします。
それでも日本では恐らくまだ異端かもしれませんが。

最近は、選曲するときにチャラっと聴く以外は、他人の演奏を聴くことが殆どないですから、オーストラリアの団体は知りませんでした。
ご紹介ありがとうございます。

NMLにありましたので少し聴きました。
生き生きとした若いエネルギー溢れるとても良い演奏ですね。
ハイドンには奏者の腕を見せることが出来て、少人数で出来る曲が多いので、こういう若い団体が増えて、古典派の時代が来ると、ハイドン コレギウムを始めた時から思ってましたので、是非そうなって欲しいと思います。

当団の演奏会には是非お越しください。
出来ればお声かけいただけると幸いです。

3月はハイドンの「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」。
7月はハイドンの12、13番交響曲に、モーツァルトの39番交響曲、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番。
11月はミサ曲第3番とマリアテレジア+こだま
のつもりです。

宜しくお願いします。
右近


投稿: 右近 | 2017年2月 5日 (日) 22時26分

「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」は、オラトリオ版でしょうか。なかなか盛りだくさんのシーズンですね。楽しみです。

投稿: cherubino | 2017年2月 6日 (月) 23時03分

はい、オラトリオ版です。

いつでもいらしてください。
お待ちしております。

投稿: 右近 | 2017年2月 7日 (火) 16時37分

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