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2017年11月27日 (月)

バルビローリのマーラー演奏まとめ(その1)

 「マーラー指揮者」と言われる人は、バーンスタインやアバド、テンシュテット、ハイティンクを始め何人か挙げられると思う。が、僕にとって「この人こそ」と言える指揮者があるとすれば、サー・ジョン・バルビローリ(1899-1970)をおいて他にはない。僕が最初に買ったマーラーの交響曲第9番のLPは、彼がベルリン・フィルに請われて録音セッションを組んだという往年の名盤で、これは本当によく聴いた(無論、CDでも買い直した)。この演奏は、吉田秀和氏が『一枚のレコード』(中公文庫)の中で絶賛しているもの(「表現主義的ネオ・バロック 交響曲第九番」>今は『マーラー』(河出文庫)に入っている)。氏は、ベルリン滞在中(1967〜68年)に、バルビローリがベルリン・フィルとマーラーの第5番交響曲を演奏した実演も聴いたという。その上で、「私には、正直、バルビローリは、何といってもマーラーがよく、あとは、言ってみればもうおまけでしかないのである。(『世界の指揮者』新潮文庫>>ちくま文庫)」とまで書いている。 近年、Memories からサー・ジョンのマーラー選集が相次いで出された(<選集1> 第1(2種)、2、7、9番。<選集2>第4、5、6、『大地の歌』)。一般の方にも聴きやすくなったこともあり、今回、思いたって彼のマーラー演奏を曲毎にまとめてみた。

●第1番
1)ハレ管 1957年
※ Pye レーベルによるセッション録音で、この曲の最初のステレオ録音盤と言われている。テイチクから国内盤が出たこともあるが、このCDはモノラル仕様だった。その後、Dutton でも復刻されていたほか、Barbirolli Society からも出ている。基本は遅めのテンポで穏やかに進むが、ここぞという場面での爆発力には驚くしかない。アリアCDの店主が「最後の異常な盛り上がりから店主はこの演奏を同曲のベスト3に入れている。」というのは、この演奏のこと。硬めのバチを使っているのか、乾いた響きで鳴るティンパニーがやけに耳に残る。演奏の良し悪しではなく、「これがサー・ジョン」という録音。
2)ニューヨーク・フィル 1959年
※ニューヨーク・フィルの自主制作による Live 版マーラー交響曲全集「The Mahler Broadcasts」に含まれていた演奏。こちらは全12枚組セットで結構値もはる。4枚組の「Barbirolli in New York」(West Hill Radio Archives)としても出ていたが、上記<選集1>で手軽に手に入るようになったのはありがたい。オケの性格か響きは重く、テンポももっさりとしている。各楽章の中間部に現れる歌謡部分は、徹底的に歌い抜かれている。1)のテイチク盤の解説を書いている三浦淳史氏(懐かしい!)によれば、この一連の定期演奏会(1月8日〜11日)の折に、バルビローリは、マーラの未亡人アルマから「私の偉大な夫の第1交響曲のあなたの演奏に対して無限の感謝を アルマ・マーラー」という電報を受け取ったという。
3)チェコ・フィル 1960年
※数年前に Barbirolli Society から出た初出音源。チェコ放送局所蔵の「プラハの春音楽祭」における Live。こちらも、<選集1>のボーナス・トラックに入った。録音年が近いせいか、全体の特徴は3盤ともほぼ同じ。ただしこちらは、オケの反応が俊敏なのか木管などの音が鋭く耳につくし、第2楽章以外は2)より早めのテンポを採っている。終楽章後半で今にも停まりそうなテンポで歌い抜く弦のあと、急速にクライマックスに持っていくオケの力技は見事だ。

●第2番
4)ハレ管 1957年
※ 2014年に Barbirolli Society から出た初出音源(去年、CD-Rでも出た)。マンチェスターでの Live で、主兵との『復活』が録音されていたのはファンには朗報だろう。上記第1番の Pye 録音と同じ1957年の録音ということで、後年の重力級の演奏に比べて、よりストレートな表現を聴くことができる。
5)ベルリン・フィル 1965年
※イタリア製の非正規盤もあったが、Testament が復刻をしてくれて、一躍有名になった演奏(<選集1>にも収録)。やはり、と言うべきか。ゆったりとしたテンポを支えるベルリン・フィルの威力は絶大で、これほど聴き応えのある『復活』は他に誰の演奏があっただろうと考えてしまう(>以前の記事 )。荒削りのところもあるにはあるが、それがこの曲には十分プラスになっている。
6)シュトゥットガルト放送響 1970年
※非正規盤が複数あったが、2002年に「Great Conductors of the 20th Century」シリーズとして EMI から正規盤として出た。EMI が出すだけあって、録音状態も非常に良い。1970年4月5日の Live。まさに最晩年のものとはいえ、第3楽章以外は5)よりもテンポは早めで、演奏としてはいささかも衰えていない。合奏の乱れもあるし、金管の音色はまったくバルビローリらしくないけれど、終楽章でコーラスが入るあたりからの美しさは筆舌に尽くしがたいものがある。ヘレン・ドナートとビルギット・フィニレの両歌手も清冽な歌を歌っていて、暗闇から希望の光を照らす。ところが、これがサー・ジョン最後のマーラー演奏になろうとは・・・(7月29日に心臓発作でで帰らぬ人となる。)

●第3番
7)ベルリン・フィル 1969年
※バルビローリの第3番の録音は、1969年の Live が2種残った。最晩年の演奏だけに、いずれも他に例を見ないような名演となった。こちらは Testament から復刻された3月8日収録の Live。以前の記事にも書いたが下のハレ管との Live のいずれかが正規盤として出る可能性があったという。冒頭のホルンの斉唱は速めのテンポで始まるが、弦と打楽器の合いの手で踏みしめるようなリズムになり、以後は遅くなる。実際、第1楽章は、歴代の演奏でも3本の指に入るくらい、長い。この楽章の途中に出るヴァイオリンの美しいソロは、シュヴァルべだろうか。聖と俗、美と恐れ、憧れと諦念・・・起伏の大きなこの曲の全容を、実際に音にしている演奏の一つと言える。何よりも、ベルリン・フィルの重心の低い響きが、大きな感銘を呼び起こす。
8)ハレ管 1969年
※ BBC レジェンド・シリーズの1枚。3月23日、マンチェスターでの放送用の公開演奏である。演奏時間は、概して上記7)よりやや短め。オケも7)に比べてずっと軽量級だが、おもしろいもので、こちらの方が腰の座ったバルビローリ節を聴いたと言う感が残る。さすがに長年の相棒である。指揮者に全幅の信頼を寄せ、悠々とした音楽の運びに難なく合わせている様が、よく伝わってくる。とはいえ、単に遅いだけでなく、少年合唱の「ビム・バム」という跳ねるようなリズムなど、明るく爽やかな場面も多いのがこの盤の利点。終楽章でも、何も夾雑物のない、ひたすら純粋な音楽だけがそこに響いている。

●第4番
9)BBC交響楽団 1967年 
※同じくBBC レジェンド・シリーズからの1枚で、これも3)と同じプラハでの Live。以前 DISQUES REFRAIN から出ていたものと同じ演奏だろう。また<選集2>にも入っている。この曲のトレードマークとも言える曲頭のそりの鈴の音を、鉄琴で代用しているのは珍しい。 テンポルバートやルフトパウゼを多用し、ゆったりと歌い抜かれた演奏であり、まさにバルビローリらしさを堪能できる。終楽章の終わりから拍手が出るまでの長い長いインターバルが、聴衆の感銘の深さを物語っているようだ。名ホールとして知られるスメタナ・ホールの豊かな音響を活かした録音もすばらしい。

●第5番
10)ニューヨーク・フィル 1939年
※「アダージェット」のみの演奏。「Barbirolli – New York Philharmonic Live Recording 1937-1943」というバルビローリのニューヨーク時代の演奏を集めた2枚組CD(Guild)のボーナス・トラックとして出た。36〜87小節までの抜粋(5分弱)ということに加え、音質もかなり貧弱。Amazon の mp3 バージョンをこのトラックだけ200円で買って聴いてみたのだが、かなり粘る演奏であることはわかる。サー・ジョンのマーラーを全部聴きたいという人以外には、特に必要ないかも・・・
11)ヒューストン響 1966年
※CD-R盤も出ていたが、<選集2>での復刻はうれしい限りだ。1961〜67年まで常任指揮者を務めていたヒューストン響と行ったカーネギー・ホールでの Live。ヒューストン響との録音は他にないようなので、これは貴重な記録だ。このオケ自体、以前、エッシェンバッハとのコンビによるブラームスの交響曲全集が話題になったくらいで、あまり我が国では知られていないと思うが、こうやってサー・ジョンの演奏を立て続けに聴いてくると、このヒューストンのオケは意外にうまいと感じてしまう(苦笑)。12)よりややテンポが早めとはいえ、全体としてよく歌い、よく感情の込められたバルビローリのマーラーの美質があふれている演奏だ。第1楽章の葬送行進曲が、こんなに悲しげに響くとは。
12)ニュー・フィルハーモニア管 1969年
※ EMI へのセッション録音。バルビローリのマーラー録音の中では、最も落ち着いた印象の演奏。バーンスタインやテンシュテットあたりの凄演を聴き慣れた耳には、逆に新鮮に響くのではないか。実際、第2、5楽章あたりはかなり遅い部類で、丁寧な演奏に聴こえる。第3楽章の中間部でも、冬の木漏れ日のような儚い夢の世界が広がっている。「この曲が苦手だ」という方こそ、ぜひこの演奏を聴いてみてほしい。一方、「アダージェット」は10分弱とそれほど長くない。その中でこれほど声高にならず、しかし心の底から歌い抜いた演奏はそうそうないだろう。

6 交響曲第6番
13)ベルリン・フィル 1966
※Testament が発売したベルリン・フィルとの一連の Live の中で、最も個性的な盤かもしれない。ずっしりとした重みで響く冒頭の行進曲風の低弦の刻みは、まさに「凶暴」と言うほかない。これだけの迫力は、かのバーンスタインでも出せなかったほどだ。テンポは以降速めに転ずるが、独特のアゴーギグにより音楽は濃厚に表情づけられ、時に荒々しい。しかし、この曲ではそのことがプラスに働いているだろう。第2楽章は「アンダンテ」が先になる。こちらもベルリン・フィルが深い響きを聴かせている。非正規盤もあったが、現在は<選集2>にも収録されている。
14)ニュー・フィルハーモニア管 1967
※こちらも Testament が発掘したものだが、元はBBC による放送音源で録音状態も比較的良い。13)より約1年半強後の8月16日に、ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホールで収録された。全体の特徴も似ているが、オケがイギリスのものだけに迫力は一段落ちる。しかし響きの透明感は、逆にこちらの方が上。「アンダンテ」もよりノーブルに歌っていて、何度でも聴きたくなる。全曲の演奏自体より整理されていて、普遍的に響く。
15)ニュー・フィルハーモニア管 1967
※なんと14)の1日後、8月17〜18日に、場所を同じロンドンながらキングズウェイ・ホールに移してセッション録音されたもの。たった一日の違いだが、ホールの響きの関係だろうか、演奏時間にはかなり差があって、いずれの楽章でもこの盤の方が長い(CDも2枚組)。特に始まりのテンポは極めて遅く、もはや「アレグロ」とは言えないほど。重いリズムに乗って各動機が克明になぞられる様は、まさに白昼夢を見ているようで、ある意味、恐怖さえ感じる。一級オケとのセッション録音だけに、全体としてサー・ジョンの言いたいこと、やりたいことがよく伝わってくる。実際、コアなファンには、この盤が好きな人が多いのではあるまいか。ただしかつて出ていたLP等では当時の一般的な例と同じで、「アンダンテ」を第3楽章に置いた形で製品化されていた。実演では上記のとおりいずれも「アンダンテ」が先。セッションでは、EMI 側に妥協したのだろうか。最近のCDでは、art 盤が実演に合わせているのに対し、SACD盤はLPと同じ。果たしてサー・ジョンの思いはどちらだったのだろう。
14')ニュー・フィルハーモニア管 1969?
※イタリア製の非正規盤(HUNTCD 726)。クレジットには「22.1.1969, Lndra」とある。Peter Fulop の有名な『Mahler Discography』では「incorrrectly dated 1969」とされ、「rec. January 22, 1967」と訂正されている。しかし僕が聴いた限りでは、上記14)の演奏と同じもののようである。全体の収録時間は、こちらの方が1分半強長く、一緒にかけると HUNTCD 726 の方が徐々に先走るとはいえ、ピッチはほとんど一致している。

 以下は、次回に。

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