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2017年12月24日 (日)

1967年のマーラー・ツィクルス(その2)

 演奏者の目星がついたところで、1967年のマーラー・ツィクルスがどのようなものであったか考えていくことにしたい(ちなみにこのときの演奏は、一部の曲が市販CDとして一般に頒布されています。また、いわゆる非正規盤(CD-R)でも出ている曲がいくつかあり、ちょうど今年、実演から50年が過ぎ著作隣接権も切れたこともあり、その内いくつかは文章の中で触れています。ご了承ください)。

●第1番 プレートル指揮ウィーン響
※ウィーン交響楽団は、1953年にホーレンシュタインと、この「第1番」をセッション録音していた。前年にアドラー指揮による Live があったほか、1960年にクリップスとも演奏した記録がある。一方、ジョルジュ・プレートルとウィーン響とのコンビによるマーラーと言えば、近年、1991年収録の「第5番」「第6番」のライヴ録音が発掘された(Weitblick)。これらは、宇野功芳氏が絶賛したことでも大いに話題になった。ちなみにプレートルは、ウィーン交響楽団で1986~91年まで第一客員指揮者を務めたが、1989年にこの楽団を率いて来日した折には、この『巨人』も振っている(当時、テレビで放映されたという記憶があるのでご覧になった方もいるだろう)。晩年はウィーン・フィルの指揮台にもよく立っており、2007年収録の『巨人』を振った記録もあるようだ。これらはいずれも後年の演奏であり、個性的な表情づけが注目されていた。が、それよりも抒情的な部分に聴かれる上品かつ意義深い歌わせ方は、劇場で培った彼の若い時からの本領だろう。このツィクルス当時は、プレートルと聞いてドイツ物のイメージはなかったと思う。が、第1楽章あたりは明るく澄んだ音で、美しく響かせていただろうし、終楽章も色彩的な音色で飄々と駆け抜けていたのでは。(2018/1/18の追記 「補遺編・サヴァリッシュ2」で紹介させていただいた @netradio_wiki さんからウィーン交響楽団サイト中のデータベースをご教授いただいた。それによると、この演奏会の日付は、5月31日と判明した。)

●第2番 バーンスタイン指揮ウィーン・フィル
※この演奏が行われた1967年当時、ウィーン・フィルによるこの曲のセッション録音はなかったと思われる。以前にはワルターやクレンペラーとの Live 録音もあったし、直近では2年前の1965年のザルツブルク音楽祭で、アバドがこの曲を振ってデビューしていた。そういう状況の中で、このツィクルスでのバーンスタインの演奏(6月12日)が、当時のドイツの音楽雑誌によれば「聴衆に圧倒的な感銘を与えた(柴田氏)」という。バーンスタインは、当時はすでに第1回目のマーラー交響曲全集の録音に取りかかっていた。後年、DGに入れた全集録音の『復活』では、特に第1、2楽章において極めて遅いテンポにより極限まで拡大されたフォルムが目を引いたが、実は上記の第1回目の全集録音(1963年)でもすでにその傾向は顕著であった。ソリストとして名前が挙がるヒルデ・ギューデンとクリスタ・ルードヴィヒというコンビはさすがに時代を感じさせるが、当時としてはウィーン・シュターツオパーの黄金コンビというほかない(前年、ベームの指揮の『コシ・ファン・トゥッテ』で、ギューデンがフィオルディリージ、ルートヴィヒがドラベッラを歌った記録がある)。この演奏には、CD-Rながら録音記録が残っている。堂々としたテンポは上記セッション録音と同じだが、第1楽章の第2主題における猛烈に粘った歌や、第3楽章トリオ等での急な加速など、いくつもの場面でライヴならではの即興的な音楽の流れが目立つ 。指揮者の気合いは相当なもので、強奏の前には必ず「ドン」という足音が入る。合唱は、ウィーン国立歌劇場のコーラス。第5楽章で合唱が入る部分は、セッション録音でも極めて遅かったが、ここはさらに遅く感じる。そして、会場全体を包み込むような圧倒的なラスト・・・。

●第3番 スワロフスキー指揮ウィーン響
※ウィーン交響楽団の「第3番」は、当時、アドラーとのセッション録音(1953年)があっただけだ(Live としては、この録音に先立って行われたアドラーとのもの、1950年のシェルヘンとの Live がある)。ツィクルスでのソリストは「ウェスト」だったそうだが、これはマーラーのスペシャリストの一人であるアルト歌手の「ルクレティア・ウェスト」のことだろう。Wiener Singakademie のサイトにより、演奏日は6月10日であることが判明した(>こちら)。指揮のスワロフスキーは、ウィーン国立音楽大学指揮科の教授として多くの指揮者を育てたことで有名だが、ウィーン交響楽団では1946~48年に首席指揮者を務めた。このオケを振ってマーラーの「第5番」の録音(Berlin Classics)があるほか、チェコ・フィルとも「第4番」の録音を残している(Supraphon)。さらに CD-R ながら、ロサンゼルス・フィルとのこの「第3番」の録音があった。ツィクルスの2年前、1965年2月19日のライヴであり、これは我々の参考になりそうだ(リリー・チューケジアン(Ms)、ロサンゼルス・マスター・コラール女声Cho、聖チャールズ少年Cho)。弟子のアバドは師のスワロフスキーに、指揮の際、「動作は控えめにと強く言われ」たと証言している。全体に駆け出すことのない落ち着いたテンポ設計だが、ことさらに重々しくなることは注意深く避けられている。とはいえ、この演奏の眼目は第6楽章にあり、ここではロス・フィルを本気で曲に向かわせていて、稀に見る名演になっている(終演後、会場全体が「ブラボー」と叫んでいる! ただしこのライヴでは、観客は楽章の終わりごとに拍手をしているのだが)。ツィクルスとは直接関係ないが、ここでのロス・フィルが驚くほど状態が良いので調べてみると、すでに1962年に音楽監督として若きメータが就任。まさに上り調子にあったようだ。メータはこのオケでいずれマーラーを取り上げていくにあたり、師のスワロフスキーを呼んで振ってもらったのではないだろうか。そして、それが大成功に終わったので、2年後のウィーンでもスワロフスキーは「第3番」を希望したのでは、というのが僕の(勝手な)想像。

●第4番 サヴァリッシュ指揮ウィーン響
※当時、ウィーン響によるこの曲の正規録音はなし(Live では、クレンペラーとの1955年の演奏が残る)。 日本でもドイツ物の大家として有名だったサヴァリッシュだが、(いや、だからというべきか)マーラーの交響曲の録音はない!(2018年1月14日の付記 サヴァリッシュが1989年4月28日に、N響と『さすらう若者の歌』と「第4番」を演奏している記録を発見(>こちら「補遺編」へ)。フィッシャー=ディースカウとのマーラー歌曲集で、ピアノ伴奏をしているのが、唯一の例外。ただ、彼は『大地の歌』のピアノ稿の世界初演を、1989年5月15日に日本で行っていて、これもテレビで放送されたはずだ(サヴァリッシュのピアノ、マリャーナ・リポフシェク、エスタ・ヴィンベルイの独唱)。なので、決してマーラー嫌いということでもないのだろう。ましてやこの時期、サヴァリッシュはウィーン交響楽団の首席指揮者だったので(1960~70年)、このツィクルスに呼ばれていてもそれほど不思議ではないのだが、もしかするとオケも指揮者もほぼ初見状態だったのかもしれない。ただ、当時のサヴァリッシュの芸風から言って、「第4番」は最も振りやすかっただろう。清潔なフレージングによる、極めてさわやかなマーラーだったと想像される。ソリストは「ツァデク」だそうで、これはおそらくウィーンで活躍したヒルデ・ツァデクのことだろう。「第3番」のウェストとともに、こちらで紹介したミトロプーロス&VPOの「第8番」にも出ている(ただし、ネット上ではソプラノはハリーナ・ルコムスカだったという説もあり)。(2018/1/16の追記 「補遺・サヴァリッシュ2」に詳しく紹介したが、当演奏会のソリストは、ツァデクではなくルコムスカだった。あわせてこの「第4番」の演奏会の日付は、6月3日だったことも判明。情報提供者の「@netradio_wiki」さんに感謝!)

●第5番 ショモギー指揮ウィーン響
※ショモギーとウィーン響には Westminster に、ハイドンの交響曲を入れた LP があった(注)。彼にもマーラーの録音はないが、(その1)にも書いたように、かのシェルヘンに指揮を学んだという。シェルヘンのマーラー録音の中でも、この「第5番」はかなり特色のあることで有名だ。ライヴでは大幅にカットを入れる。さらにおそーい、おそーいアダージェット!(史上最長記録で、15分12秒かかっている)などなど。ただし、ショモギーの既存の録音を聴いてみたが、オケを軽快にドライブした真面目なものばかりなので、師匠のマーラーとは趣きが違っていただろう。ある意味、ワルター風の、古典的なフォルムの「第5番」だったのではないだろうか。あるいは、スウィトナーの同曲の演奏のような。ちなみにウィーン交響楽団には、当時、この曲のセッション録音もなかった。(2018/1/18の追記 @netradio_wiki さんからご教授いただいたウィーン交響楽団サイト中のデータベースにより、この演奏会の日付は、6月15日と判明した。)

●第6番 アバド指揮ウィーン響
※ウィーン響の「第6番」としては、1952年にアドラーによるセッション録音があった。世界初録音と言われているが、以降、頻繁な演奏があったとも思えない。こちらのツィクルスは、(1967年)5月24日の演奏。うれしいことに、この演奏にはCDがある(かつては Hunt から出ていたが、現在は Memories が復刻し、一般のCDサイトでも買える)。恩師スワロフスキーの推薦だったのだろうか。上記のようにアバドはこの2年前にやはりマーラーの『復活』でザルツブルク音楽祭にデビューしていて、それに続く本場での大舞台ということになる。後年の超一流オケを振った時のような洗練こそ見られないが、オケをコントロールする力はこのツィクルスの他の演奏以上に感じられる。晩年のアバドの演奏ではアンダンテを第2楽章に置くことになるが、ここではまだスケルツォのまま。この楽章は驚くほど速いテンポで始まるが、その勢いは他ではあまり聴くことができないほどだ。アンダンテでの厚い響きも、聴き応えがある。バーンスタインのように会場を興奮の坩堝に化すようなスケール感こそないが、若きアバドの底に秘めた気迫が感じられる好演。

 以下の曲は、次回に。

(注)本ブログのリンク集に登録のある Daisy さんのサイト「ハイドン音楽倉庫」に、この交響曲集(第89番・90番)の詳細なレビューがありますので、ぜひご覧ください。なんとショモギー(ソモジ)のプロフィールも! 余談だがショモギーの代表盤として Westminster にバレンボイムとベートーヴェンのハ短調協奏曲(第3番)を録音している盤があって、これは名盤だ(オケはウィーンのシュターツオパー管弦楽団)。若き日のバレンボイムが、こんなにいいピアニストだったなんて(笑)。

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コメント

cherubinoさん、お世話になります。

以前当ブログへのコメントで教えていただいたラースロー・ショモギーのハイドンの交響曲78番、22番哲学者のLPを偶然手に入れ、レビューをアップしました。今はあまり手がかりのないショモギーの貴重な演奏記録ですね。もちろん、演奏は絶品。この1967年のマーラーツィクルスの5番もさぞ素晴らしかったろうと想像しています。

投稿: Daisy@ハイドン音盤倉庫 | 2018年1月13日 (土) 10時43分

すみませんリンク張り損ねました!

http://haydnrecarchive.blog130.fc2.com/blog-entry-1642.html

投稿: Daisy@ハイドン音盤倉庫 | 2018年1月13日 (土) 10時46分

Daisy 様、コメントありがとうございます! こちらこそいつも貴ブログではお世話になっております。
ショモギーのハイドンLPですが、私も年末年始にかけて手に入れ、本日午前に聴いていたところでした(厚かましくも、早速、コメントを書かせていただきました)。
コメントに書き漏らしたことですが、ショモジーの第90番交響曲ですが、ホルンのパートに特徴があって、バッソの(低い)ホルンを採用しています。それだけなら他にもあるのですが、トランペット&ティンパニーを使っていません。自筆譜にはこれらの楽器が書かれていないので(当時のエステルハージのオケには、奏者がいなかった?)、それはそれで「あり」なのですが。ただ自筆譜では、最初、ハイドンは第1楽章の譜表の一番上に「2 Clarini」と書いているのですが、そのあとで「Clarini」部分を線で取り消し、「Corni in / C alto.」と書いています(厳密には、自筆譜の第3、4楽章には、アルトの指定なし)。
http://gospels.cocolog-nifty.com/classic/2016/01/32-500f.html
ですから、自筆譜どおりならアルトで吹いても良かったのに、と思わないでもないです。バッソ、トランペット&ティンパニーなしの演奏でも、充実した演奏を残したショモギーの勝利は間違いのないところですが。

投稿: cherubino | 2018年1月13日 (土) 19時58分

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