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2018年1月28日 (日)

リラ・オルガニザータという楽器はどんな音がしたか(その1)

 ヨーゼフ・ハイドンは77年の生涯で、千曲に近いと言われているくらい膨大な数の楽曲を書いているが、その中には現在ではほとんど使われていない珍しい楽器のための曲も含まれている。例えば、「バリトン」という楽器。これはヴィオラ・ダ・ガンバにも似た独特な形を持った弦楽器で、ハイドンはこの楽器を好んだニコラウスI世の求めに応じて、126曲ものトリオ(バリトンとヴァイオリンまたはヴィオラとチェロ)をはじめ、二重奏、ディベルティメント、協奏曲などを作曲した。また、「リラ・オルガニザータ」という特殊な弦楽器についても、ナポリ王のフェルディナントIV世からの注文で5曲の協奏曲、8曲のノットゥルノを残している。先に紹介した「リステンパルトのハイドン演奏まとめ(その2)」という記事の中で、3曲のノットゥルノについて触れたが、それはいずれもリラ・オルガニザータを他の楽器で置き換えたヴァージョンであった。今回は、あらためてオリジナルのリラ・オルガニザータについて書いてみたい。

 さて、まず「リラ・オルガニザータ」とはどういう楽器だろう。CDの解説などでは、一般にハーディー・ガーディの変種・一種で、そこに小さなオルガン機能が組み込まれていると書かれているものが多い。「ハーディー・ガーディ」なら、名前を聞いたことがある方もいらっしゃるだろう。これはちょうどヴィオラのような大きさの弦楽器だが、弓は使わない。胴体に円形のホイールを取り付け、クランク(ハンドル)を回すことでホイールを回転させ、それが弦をこすって音を出す。ギターのように首から紐で下げて抱えるか、膝の上に置いて構え、右手でホイールに連動したクランクを回したようだ。メロディー弦は1本またはユニゾンで調律された2本で、音程を変えるためには振動する弦の長さを変える必要があるが、それはヴァイオリンのように指で押さえるのではなく、弦の奥側・下側に設けた鍵盤(キー)を左手で押すことで弦長を短くするという。なぜピアニカみたいに、上側・手前側に鍵盤がないのか不明だが、演奏風景を見るとどうやらピアノ等のように上から押す仕様でなく、左手の指を手前側に引いてキーを押し込むような弾き方になるようだ。構造上、当然ながら単音しか出ない。ただし、楽器の両側面に2本づつ計4本のボルドゥン(ドローン)弦が別に着いていて、いわゆる「ドローン」=単音で変化の無い長い音を流すこともできる。この機能を使うとバグパイプのような感じの音になる。楽器と演奏風景については、こちらの「MK@ハーディーガーディー奏者」という方のツイッターにある画像(向かって左)が、一番わかりやすいのではと思い、紹介させていただきます(ちなみに Wikipedia のハーディー・ガーディの項目もかなり詳しい)。

 一方、「リラ・オルガニザータ」は、その名前からも類推できるように、上記の「リラ」に小型のオルガン・パイプを2段取り付けたものと言われている。ホイールを回すハンドルにふいごが連動していて、空気を送り込みむことで、弦と同じピッチの音、さらに1オクターブ上の音を鳴らすことができるという。パイプやふいごを組み込むことで、楽器の幅はかなり厚くなる。想像だがおそらくこの時点では、もはやギターのように首から下げて弾くことはできなかったのではないだろうか。

 ところで、新ハイドン全集のリラ楽曲の校訂を担当された日本の大宮真琴氏が、自ら監修・録音したLPレコード『ヨーゼフ・ハイドン ノットゥルノ全集』があり、その解説文にはこうある。

「3.楽器 リラ・オルガニザータ Lira organizzata
 リラ・オルガニザータという楽器は、こんにちでは実際には使用されず、博物館のなかでしか見ることができない。ナポリの王宮跡のカポディモンテ(Capodimonte)博物館には、王家のために製作された見事なリラ・オルガニザータが、2台所蔵されている。
 リラ、もしくはリラ・オルガニザータは、イタリア語によるこの楽器の呼びかたであり、英語ではハーディ・ガーディ(Hurdy-gurdy)、ドイツ語ではドレーライアー(Drehleier)、もしくは、ラートライアー(Radleier)と呼ばれ、フランス語ではヴィエール(Vielle)、または、とくにオルガンパイプつきの楽器は、ヴィエル・オルガニゼー(Vielle organisee)と呼ばれた。」

 ただここで注意したいのは、実際に上記・大宮氏の文章にあるナポリの博物館に残っているという2台の楽器には、「オルガニジトリ(Organisitri)」と表示されているのだが、オルガン装置は装着されていないのだという(大宮氏による新ハイドン全集の「オルゲルライヤー協奏曲」の巻の「序言」※1)。当時、ナポリ駐在のオーストリア公使館付参事官であったノルベルト・ハドラヴァという人物が、他の作曲家に送ったリラ楽曲の作曲を依頼する手紙や、あるいは当時のナポリ関係の文書記録に、「オルガンつきの2台のライアー」「(国王の)お気に入りの楽器であるリラ・オルガニザータ」という記述が複数見られる。なので、ナポリ王宮で「リラ・オルガニザータ」が演奏されていたのは事実だろう 。だが、ハイドンが作曲の際に想定してた楽器が、どのようなものであったかについては、はっきりとはわかっていないというのが本当のところ。ハイドン自身も、ノットゥルノ「Hob. II : 31」 の自筆スコアでは、表紙には「2 lire」、楽器表示には「Lira」、同「Hob. II : 27」楽器表示には「Lira」とだけ書いている。あるいは他の筆記者が写した協奏曲「Hob. VIIh : 5」の総譜表紙に、自筆で「Concert per la Lira」とだけ書き込んでいる。もしかすると、オルガン機能がついた楽器自体、見たことも聞いたこともなかった可能性もある(※2)。ではなぜハイドンが、「リラ・オルガニザータ」用の協奏曲やノットゥルノを書いたと言われているかと言えば、
1)協奏曲のうち「Hob. VIIh : 4」(エステルハージに残るパート譜)と「Hob. VIIh : 3」(同総譜)には、それぞれ他の筆記者の手で「Concert per le Lira Organisato」「Concert / per la Lira Organizata」とあること。
2)上記のように他の作曲家に作曲依頼があったように、ハイドンにも同じような依頼がナポリ側から依頼があったと推定されること。
という状況証拠が挙げられるくらいである。

 長々と書いてきたが、今日のところは、「ハイドンのリラ(・オルガニザータ)の楽曲」と一口に行っても、楽器の想定でさえなかなか一筋縄ではいかないところがあるということが言いたかったわけである。それが次回から見ていく演奏実戦での錯綜にもつながっていくのだが・・・

※1 この報告は、大宮真琴氏の著作『ハイドン全集の現場から 新しい音楽学の視点』(音楽之友社・刊)にも記載があるが、参照先が校訂報告書(Ohmiya 1976B)となっているので注意が必要。正しくは、全集楽譜(Ohmiya 1976A)。
※2 オワゾリールのCD『8 Nocturnes』につけられたアンソニー・ショートの解説。

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