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2018年1月 1日 (月)

1967年のマーラー・ツィクルス(その4)

 1967年のマーラー・ツィクルスから。最後は、オーケストラ伴奏の歌曲集等を取り上げる。

●『嘆きの歌』 トイリンク指揮オーストリア放送(ORF)響
※放送用のセッション録音だが、1960年にクルト・リヒター指揮でこの『嘆きの歌』を演奏していた「Grosses Wiener Rundfunkorchester ウィーン放送大管弦楽団」というオーケストラがある(注1)。問題は、このオケと現在のウィーン放送響との関係だが、ウィーン放送響の前身・ORF響は、上記「Grosses Wiener Rundfunkorchester」とよく似た名前の「Grosses Orchester des Österreichischen Rundfunks オーストリア放送協会大管弦楽団」のメンバーなどで1969年9月19日に結成されたと、公式サイトに書いてある(>こちら)。また、Discogs のサイトには、このオケの「a rough timeline:」として「From 1945 to 19??: Das Wiener Funkorchester / From 19?? to 1958: Das Große Wiener Rundfunkorchester / From 1958 to 1969: Großes Orchester des Österreichischen Rundfunks」とある(>こちら。「??」はママ)。なので、この説明が正しければ、今見てみた3つのオケは、親・子・孫という関係にあると言える(ウィーン放送響は、ひ孫)。ツィクルス時のソリストは、ミミ・ケルツェ、ルクレティア・フィニレ、アントン・デルモータ(2018/1/2の追記 ミミ・ケルツェのバイオグラフィーにこの演奏会が5月29日だったという記述があった。>こちら)。マーラーの作品中、合唱がメインの作品の一つであり、トイリンクが受け持ったのはうなずける。合唱担当は、自身が創設したウィーン青年合唱団(Wiener Jeunesse Choir)だったのではないか。この曲の初稿から第1部が録音されたのは1970年のブーレーズ盤(Columbia)だったので、時期的にみてこのツィクルスで演奏されたのは第2部・第3部のみで構成された最終稿だったろう。その場合、おそらく(その2)で触れた「第10番」と同じ演奏会にかけられたと想像される。(その1)で調べたとおり、トイリンクの名前は合唱指揮者として知られ、この前後もシェルヘンとモーツァルト『レクイエム』、バーンスタインと自作の『交響曲第3番《カディッシュ》』、アバドのCD『ウィーン・モデルン』、インバルとショスタコーヴィチ『交響曲第9番』という具合に、そうそうたるマーラー指揮者と共演している。信頼にたる(合唱)指揮者として、ウィーンで名を上げてきたのだろう。ツィクルスでこの知られざる大曲をウィーンの聴衆に紹介するにふさわしいと抜擢されただけに、全曲を手堅くまとめていたと思われる。

●『子どもの不思議な角笛』 プレートル指揮ウィーン響
(その2)で触れた「第1番」と同じ日に演奏されたと思われる。ソリストは、グンドゥラ・ヤノヴィツ、ヴィクター・ブラウン。ヤノヴィツのマーラーは極めて珍しい。偶然だが、上記、1960年の『嘆きの歌』が唯一の録音。また1989年5月の最後の来日公演で、マーラーの「第4番」のソロを歌ったという記録もあった(アイザック・カラプチェフスキー指揮ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団)。この演奏も、残念ながら録音は残っていないようだ(注2) 。同じリリック・ソプラノが歌った『角笛』としては、シュヴァルツコップ(セル指揮)やポップ(バーンスタイン、テンシュテット指揮)が歌ったものもあるにはあるが、当時のヤノヴィツは3人の中でも一段と清楚な、ボーイソプラノ風の声だったので、どのような感じだったのかちょっと聴いてみたかった気もする。ヴィクター・ブラウンはカナダ生まれのバリトンで、メジャー・レーベルではショルティの『タンホイザー』でヴォルフラムを歌った盤が有名だ。「The Canadian Encyclopedia」というサイトによれば、1968年にトロント交響楽団と『さすらう若者の歌』を演奏しているという(>こちら)。派手さこそないが柔らかい声が魅力の歌手だ。指揮のプレートルはもともと劇場畑の人だけに、各曲の特徴を際立たせながら色彩的な演奏で聴衆を魅了したことだろう。なおこの曲集も含め、当該ツィクルスまでにウィーン響が伴奏したマーラーのオーケストラ歌曲の録音はなかったようだ。(2018/1/18の追記)@netradio_wiki さんからご教授いただいたウィーン交響楽団サイト中のデータベースにより、この演奏会の行われた日が5月31日であることと、歌われた曲目が判明した。「レヴェルゲ」「浮き世の生活」「番兵の夜の歌」「不幸な時の慰め」「少年鼓手」「むだな骨折り」「塔のなかの囚人の歌」「トランペットが美しく鳴り響く所」「高い知性への賛歌」「ラインの伝説」の10曲。一般的な割り振りだと、「浮き世の生活」「トランペットが美しく鳴り響く所」「ラインの伝説」は女声、「レヴェルゲ」「少年鼓手」「高い知性への賛歌」は男声、「番兵の夜の歌」「不幸な時の慰め」 「むだな骨折り」「塔のなかの囚人の歌」はデュエットで歌われたと思われる。

●『さすらう若者の歌』 ベーム指揮ウィーン・フィル
※ベームのマーラーも珍しい。若い頃には『大地の歌』なども振ったらしいが、セッション録音では1963年に『リュッケルト歌曲集』と『亡き子をしのぶ歌』をベルリン・フィルと録音しているだけだ。この時の歌手はフィッシャー=ディースカウだったが、ツィクルスではクリスタ・ルートヴィヒが歌っている。有名な「ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団完全ディスコグラフィ」によれば、これは5月21日の演奏。ブラームスの交響曲第2番 ニ長調とともに演奏されたという。この日のブラームスだけは、DISQUES REFRAIN から出ていたので、おそらくマーラーも音源は残っているはずだが・・・。今回は、2年後、同じ指揮者・同じ歌手・同じオケで演奏されたザルツブルク音楽祭でのライヴ(1969年8月)のCD(Orfeo)で聴こう。第2曲「朝の野を歩けば」の歌い出し「Ging heut' morgen uber Feld」という歌詞がついた6つの4分音符と続く2分音符を、まるで練習曲のように几帳面に一音ずつ切って歌わせているのは、いかにもベームらしくて微笑ましい。ルートヴィヒは極めてシリアスな歌唱であり、曲が曲だけにもう少し余裕があってもいいかもしれない。ベームもシンフォニックにオケを鳴らし、単なる伴奏にとどまらない立派な演奏をしている。スタイルとしてマーラーらしいかどうかは別として、これはこれで瞠目すべき演奏だ。ウィーン・フィルによるこの曲集の録音としては、フルトヴェングラー2種(このうちの一つがフィッシャー=ディースカウとの有名な1951年のザルツブルク Live)、フラグスタートがボールト指揮で歌ったもの(Decca、1957年)があった。

●『リュッケルトの詩による5つの歌曲』 マデルナ指揮ウィーン響
※(2018/1/18の追記)「第7番」と同じ5月27日のプログラムである。ウィーン交響楽団サイト中のデータベースにより、この曲を歌った歌手は、ヒルデ・ツァデクと判明した。ウィーンで活躍したソプラノ歌手で、「第3番」のソリストであるウェストとともに、こちらで紹介したミトロプーロス&VPOの「第8番」にも出ている。ディスコグラフィーを見ると、モーツァルトやベートーヴェン、R.シュトラウスといったドイツ物のオペラによく出ている。いくつか聴いてみたが、なかなか硬質で強い声を持っている上に、歌い方もこの時期の歌手にしては随分、近代的だ。劇的な歌唱が聴けたのではないか。
※※(以下は、歌手が判明するまでに記載していた記事)「第7番」と同じ5月27日のプログラムだろう。この曲のソリストは不明。 ツィクルスに参加した歌手で探せば、この曲を何度も録音しているルートヴィヒが順当だろう。ただしもしそうなら、ツィクルスは12日間だったと想像されるが、そのうち合計5日間もステージに上がったことになるけれど。あるいはシェルヘン等と『若者』『亡き子』を録音しているルクレツィア・ウェストも可能性がある。またスェーデンの名歌手ビルギット・フィニレには、ピアノ伴奏版ながらこの曲集のLPがあったし、男声ではトゥゴミール・フランクにもピアノ伴奏版の『若者』のCDがあった。無論、上記のとおりブラウンも十分歌えただろう。結論は出ないが、今回は録音資料の残るルートヴィヒで聴いてみた。直近では1964年にクレンペラーとこの曲集から3曲を選んでセッション録音した盤がある。ゆったりとした情景(「私はこの世に忘れられ」)から、強く声を張り上げる場面(「真夜中に」)まで、自在に声をコントロールできるのがこの歌手の強みだろう。「私は仄かな香りを吸い込んだ」の歌い出しにおける可憐な表情も忘れがたい。余談だが、後年のカラヤン盤(1974年)では、ルートヴィヒの歌に音程から表情までぴったりとつける指揮者・オケの至芸が見事。例えば、「私はこの世に忘れられ」で歌手が歌い出した直後におけるコールアングレと弦!

●『亡き子をしのぶ歌』 マゼール指揮ベルリン放送響
※歌は再びルートヴィヒの担当(6月18日の演奏)。こちらは、Gala から出た「Christa Ludwig Rarities」という2枚組CDに収められて出ている。第1曲の「いま晴れやかに陽が昇る」は、テンポ・ルバートを強調せず意外にあっけなく歌い始められる。マゼールには翌年、この作品をフィッシャー=ディスカウとスタジオで録音した映像があって、そこではより普通の始まりだった。いずれにせよ、マゼールの指揮は緩急自在。同曲の最初の方の間奏部分ではじっくりとオケに歌わせたかと思えば、歌手が「太陽はあまねく照らし出す。/夜を自分の中に包み込んではならない、/永遠の光の中に沈めておかなければならない、と。」と歌った後の間奏に入ると、テンポを上げ切々と弦を歌わせていて、これには正直、驚く。この時期のマゼールは、そうした処置が技巧的・作為的に聴こえず、ストレートに聞き手に迫っていた。歌手もそれに十分応える形で、第2曲以降は強い声と表現意欲が際立つ。ルートヴィヒは後年、カラヤンと同曲集をセッション録音していて、吉田秀和氏に「これはカラヤンの陶酔的豪華な音色美偏重の犠牲になって(中略)、あまりにも非構造的であり、細部のこまやかな味わいが汲みとりにくい。(「マーラーの歌」〜『マーラー』河出文庫)」と書かれていた。あまり誰も指摘しないことだが、終曲の前半をカラヤンは、普通に買える盤では最も速く演奏していた(注3)。カラヤン盤ほどではないが、マゼールもかなり速く、激しくここを駆け抜ける。それに合わせるルートヴィヒの高い対応能力があってこその、彼らのテンポ設計だったろう。吉田氏はこの曲の演奏としてフェリアーとベイカーの歌唱を絶賛したあと、「この二人に対し、例のクリスタ・ルートヴィヒの歌った《亡き子を偲ぶ歌》の本当にいい盤がないのは残念なことである。」とも書いていたが、この演奏のFM放送は聴いていただろうか? ベルリン放送響のツィクルス当時のマーラー歌曲集の録音としては、フィリッチャイの『リュッケルト』があったほか、ウラニア・レーベルからオーケストラ歌曲集(『若者』『亡き子』)が出ていた。

 こうして3回にわたってツィクルス全体を見てきたが、再度、演奏日順に全体を整理してみる(ウィーン芸術週間全体は、5月20日から6月18日までだったらしい(>こちら))。
1)5月21日 「さすらう若者の歌」「ブラームス;交響曲第2番」ベーム
2)5月24日 「モーツァルト;ピアノ協奏曲第17番(ブレンデル)」「第6番」アバド
3)5月27日 「リュッケルト歌曲集」「第7番」マデルナ
4)5月29日 「第10番~アダージョ」「嘆きの歌」トイリンク
5)5月31日 「子どもの不思議な角笛」「第1番」プレートル
6)6月3日  「(レオポルト)交響曲ト長調『新ランバッハ』」「モーツァルト モテット『エクスルターテ・ユビラーテ』」「第4番」サヴァリッシュ
7)6月7日 「モーツァルト;交響曲第33番」「大地の歌」
8)6月10日 「第3番」スワロフスキー
9)6月12日 「第2番」バーンスタイン
10)6月14日 「第8番」クーベリック
11)6月15日 「モーツァルト;ピアノ協奏曲第25番(マガロフ)」「第5番」ショモギー
12)6月18日 「亡き子をしのぶ歌」「第9番」マゼール
※いずれも曲順は推定。2018/1/16、18に一部修正。 
 つまりビッグネームのベーム&VPOで華々しく開始し、新鋭マゼールの「第9番」で締める、というようなラインナップだったことがわかってきた。ここではベテランと新鋭とが適度に組み合わされており、マーラー演奏の多様性が広く認識されたことの意義はいくら強調しても強調しきれない。まさに「箱のふたは開いた」と言える。この後程なく、このツィクルスにも参加したバーンスタイン、クーベリックによる「マーラー交響曲全集」が完成した。さらに1970年代はアバド、マゼールに代表される若手が怖れもなくマーラーの大曲を取り上げ始め、レコード会社もそうした大物セットを競うように発売していった。もし今回、紹介させていただいた各盤を見かけたら、そういう思いで手に取っていただければ幸いだ。

(注1)2011年に Archipel から出た後、最近、Profil から出た「ヘンスラー/マーラー・エディション(21CD)」に収録された。
(注2)「DISCOGRAPHY OF GUNDULA JANOWITZ」というページがあり、そこには1967年にウィーンで!、この「角笛」を歌ったという記録が残る。ただし、クリップスの指揮とある(>こちら)。
(注3)以前、ルートヴィヒはヴァンデルノートと『亡き子をしのぶ歌』を録音していて、このときは第4曲を、逆に史上最長の4分10秒かけて歌っていた。

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