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2018年1月 3日 (水)

1995年の Mahler Feest(その1)

 ウィーンと並ぶマーラーゆかりの都市・アムステルダムでは、1920年と1995年に大規模なマーラー・フェスティヴァル(Mahler Feest)が行われている。最初の Feest は、1920年の5月6日から21日まで、かのメンゲルベルクがコンセルトヘボウ管弦楽団を指揮して、マーラーの全交響曲が演奏された。これは誰でも聴いてみたかったイベントだと思うが、1995年の Feest も負けていない。なんとアバド、シャイー、ラトル、ムーティ、そしてハイティンクという当代を代表する5人の指揮者が、ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、コンセルトヘボウ管という3大オケを振るという非常に贅沢な布陣だったのだから(グスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団も一日出ている) 。後者の会期は、5月1日から17日までの17日間。実はこの Feest の模様をオランダ放送協会が収録していて、これが一部関係者向けの自主制作盤として配布されたのだという。一般に市販されていないものを紹介するのは気がひけるが、関係者向けと言っても結構な数が作られたと見えて、手に入れるのが至難というわけではないらしい。日本でも複数の方がこのセットについてブログ等で触れているし、僕自身も探し始めて1年経つか経たないうちに海外オークションで手に入れることができた(実際、本日現在、eBay.com に1セット出品されている)。以下、今回は開催日順に聴いていくこととしたい。

●5/2『子どもの不思議な角笛』から シャイー指揮コンセルトヘボウ管
※ソリストは、スウェーデン出身のバリトン歌手ホーカン・ハーゲゴール(ハーゲゴードという表記もある)。「歩哨の夜の歌」「塔の中の囚人の歌」「無駄な骨折り」「魚に説教するパドゥアの聖アントニウス」「レヴェルゲ」「不幸なときのなぐさめ」「少年鼓手」の7曲が歌われている。ハーゲゴールは、この曲集を1993年にベルティーニと4曲のみ録音していた(注1)。これは元気いっぱいな歌い方で、うまく曲集の雰囲気を出している。シャイーもまた、のちにボニーやゲルネほかと同曲集を録音していて、これも僕は愛聴している。Feest の演奏だが、こちらは非常に気心の知れたメンバーによって爽快な開幕を迎えたと言える。ハーゲゴールのたくましいが決して下品にはならない持ち味は、ここでもうまく活かされているし、シャイーの刻むリズムも軽々としている。特に「レヴェルゲ」「不幸なときのなぐさめ」あたりは、まさに痛快と言うほかないだろう。また、こういう曲を演奏するとき、このオケはおそろしくうまい。コンセルトヘボウ管の「角笛」は、Feest 以前にはハイティンク(録音と映像の2種)やバーンスタインの録音があった。

●5/2『嘆きの歌』 シャイー指揮コンセルトヘボウ管
※シャイーは『嘆きの歌』の改訂稿を、第1部初稿版付きで1989年にベルリン放送響と録音していた。この世代の指揮者としてはラトルに次いで早い時期にあたる。Feest 時の独唱陣は、ユリア・フォークナー(S)、ブリギット・レンメルト(CA)、ゲイリー・レイクス(T)。加えて合唱には「Städtischer Musikverein zu Düsseldorf」(=日本語では様々な訳があるようだが「デュッセルドルフ市立楽友協会合唱団」としておく) をわざわざドイツから呼んでいる。が、これは以前の録音時にも組んでいるからだと、今回わかった。なかなか演奏機会の少ない作品だけに、共演経験のある仲間がいるのはシャイーとしてもありがたかっただろう。肝心の演奏だが、ベルリンでの録音は劇的に引き締まった若きシャイーならではの好演だった(確か吉田秀和氏も高く評価していた)。一方、Feest の演奏ではテンポもやや遅くなり、まさに堂々とした指揮ぶりである。特にオケの響きの豊かさやスケール感を出すことに指揮者の注力があるようで、それはある意味、成功している。ただベルリン盤では、第2部・3部の途中、「Ach, Spielmann, lieber Spielmann mein!」と笛(弟が?)歌う場面からスコアの注記に従い、少年の声=ボーイ・アルトを起用していた(注2)。これがなかなか初々しくいい雰囲気を醸し出していたので、それが好きだったという人も当然いるだろう。コンセルトヘボウ管の『嘆きの歌』としては1973年にハイティンクが改訂稿で録音していた(同じプロジェクトの Live とセッション録音)。

●5/3『さすらう若者の歌』(男声) シャイー指揮コンセルトヘボウ管
※ソリストは前日と同じくハーゲゴールが務めた。彼は、1993年にマズアとこの曲を録音していて、おそらく自信があるレパートリーなのだろう。Feest でも葛藤や苦悩をあまり前面に出さない現代風の表現だが、若者らしいさわやかな歌いぶりは好感が持てる。シャイーによってよく訓練されたオケが、力まずに軽やかな伴奏をつけている。コンセルトヘボウ管の同曲集の録音としては、メンゲルベルクやクレンペラーとこの曲を録音した伝説的なバリトン、ヘルマン・シェイの録音が残っているほか、ベイヌムやハイティンク(録音と映像の2種)があった。

●5/3『交響曲第1番』 シャイー指揮コンセルトヘボウ管
※シャイーは1988年から2004年にかけて、コンセルトヘボウ管とマーラーの交響曲全集を完成させている(「第10番」のみは、ベルリン放送響)。この Mahler Feest までに第10、6、7番が収録済みで、この『巨人』は面白いことに会期終了直後の5月19、20日にコンセルトヘボウで行われている。シャイーの指揮は、美しいホールトーンを活かしたのびのびとしたもの。概ね快活なテンポで進むが、新時代のマーラーにふさわしく強弱の幅は極めて広い上に、細部まで神経がよくいき届いている。終楽章も大迫力だが、適切なアクセント付けによってコントロールされているので、決してうるさくはない。ゆったりとした曲想の部分では、たっぷりとした歌にも欠けていない。コンセルトヘボウ管の『巨人』は意外に少なく、ワルターの Live のほか、ハイティンク(録音2種と映像)、バーンスタインが Feest 以前にはあっただけだ。

(注1)ハーゲゴールは、1990年にグンナー・イーデンスタムのオルガン伴奏!で、「角笛」から2曲を歌っていた(Proprius)。
(注2)シャイーのセッション録音だが、我が家にある1991年発売の国内盤には、マルクス・バウアーというボーイ・アルト歌手に「バス」=「Bass」との表記がされている。レコード芸術編の『コンプリート・ディスコグラフィ・オブ・グスタフ・マーラー』というムック本も、このディスクを「名盤115」の一つとして紹介しているが、バウアーには「Bs」(バスの略であり、ボーイ・ソプラノの略でもない)と書いてある。そのせいだろうか、紹介文にもボーイ・ソプラノを使っていることはまったく触れられない(上記吉田氏の文章にも記述なし)。ちなみに、このボーイ・アルト起用は、ほかには「1890年初稿版」使用をうたっているケント・ナガノ盤くらいしかないと思うのだが(ケント・ナガノ盤は、ボーイ・ソプラノも起用している)。

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