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2018年2月 4日 (日)

リラ・オルガニザータという楽器はどんな音がしたか(その4)

 この項の最後に、(その2)で紹介したリラ・オルガニザータ使用をうたったもう一種のシリーズを取り上げる。それは、古楽系のチェリスト、クリストフ・コワンが率いるアンサンブル・バロック・ド・リモージュの演奏である。現在のところ、『deLirium』『ナポリのリラ』というタイトルの2枚のCDが出ていて、それぞれリラ協奏曲とノットゥルノが数曲づつ入っている(La Borie)。

 まず使用楽器だが、これらのCDでリラ・オルガニザータを弾いているマティアス・ロイブナーのサイトに詳しい説明や実際の音のサンプルがある(>こちら)。それによれば、ロンドンの the Victoria & Albert Museum が所蔵している楽器を、2004/05 に Wolfgang Weichselbaumer が復元コピーしたもの。CDのクレジットでは、オリジナルの楽器は、1750年頃、フランスの無名氏によって作られたものらしい。実際にCDを聴いてみると、確かにオルガンの音に、ビブラートのかかっていないヴァイオリンような音が被っている。ただしここでは弦とオルガンは同じ音高であることもあって、両者の音は一つの楽器の音として意外なくらいうまく融合している※1 。聴けば聴くほど不思議な感覚である。当たり前ながら、これが本当のリラ・オルガニザータの音なのだろう。ノットゥルノにおけるクラリネットとの相性もなかなかのもので、ハイドンの考えた音の意匠がよくわかる。このCD2作におけるハイドン作品の収録曲と編成は、以下のとおり。

『deLirium』
・リラ・オルガニザータのための協奏曲第1番ハ長調 Hob VIIh: 1(2リラ、2ホルン、2ヴァイオリン、2ヴィオラ、チェロ、コントラバス)
・ノットゥルノ ハ長調 Hob Ⅱ-32(2リラ、2ホルン、2クラリネット(C管)、2ヴィオラ、チェロ、コントラバス)※2
『ナポリのリラ』
・ノットゥルノ第1番ハ長調 Hob.II:25(2リラ、2Cl、2Hr、2Va、BC)
・ノットゥルノ第2番ヘ長調 Hob.II:26(2リラ、2Cl、2Hr、2Va、BC)
・リラ・オルガニザータのための協奏曲第3番ト長調 Hob.VIIh:03(2リラ、2Vn、2Va、BC、2Hr)※3

 また Wolfgang Weichselbaumer の楽器を使って、オリジナルの現代曲を弾くプロジェクトの動画「Lira Organizzata」があり、そこでは Germán Díaz という奏者が演奏する様子を見ることができる。そこで Díaz は、復元された楽器は「世界中で4台しかない」と語っている(>こちら)。またこの動画では、オルガンのパイプにふいごからの空気を送り込むための切り替えキーも見ることができる。『ナポリのリラ』のブックレットに記された楽器の説明には、リラ・オルガニザータの鍵盤の「メカニズムは、演奏者をパイプか、弦か、両方一緒のいずれかに関わるかを許している」とある。となれば、この楽器においては、オルガンの音だけか、弦の音だけかを選ぶ機構もついているということになるだろう。これで(その2)で提起しておいた謎も解決される。ただ、メロディー弦をホイールの回転からはずす機構がどのようなものであるかは、今回、見つけられなかった。また、調べてみたい。

 最後に、この楽器に備わったもう一つの発声装置=「ボルドゥン(ドローン)弦」について簡単に触れておこう。ハイドンのリラ楽曲の楽譜に、ボルドゥン(ドローン)弦を使用するという指示はどこにもない。同じ高さの音=ドローン音がずっと鳴るということだから、基本、頻繁な転調には適さない。大宮真琴氏によれば、ナポリ王にリラ楽曲を提供したイグナツ・プライエルの曲は、「リラの演奏部分のテクスチャーが極めて希薄で」、これは「明らかにリラのボルドゥン弦の使用を前提としたものである」としている(『ハイドン全集の現場から 新しい音楽学の視点(音楽之友社・刊)』)。実は『ナポリのリラ』盤に、プライエルのノットゥルノ(ハ長調)が収録されており、その第1楽章では確かに低い弦のドの音が、断続的に鳴っている。これはドローン弦の唸り音ではないだろうか※4 。一方で大宮氏は、様式分析の結果として、ハイドンのリラ楽曲においては、ドローン弦は「使用不可能」と結論づけていている。曲の構成も規模もプライエルのそれと比べてかなり大きく複雑であるからだが、和声に合う合わないということをこの件に厳密に求めることもある種、危険な気がする。バブパイプの演奏を聴けばわかると思うが、かの楽器のドローン音は旋律に合っているいるいないに関わらずずっと鳴っていて(笑)、それが個性なのだから。もし先のプライエルの曲に入っている低弦の音がドローン音だとしたら、『deLirium』盤の最後に入っているハ長調のノットゥルノ(Hob.II : 32)のフィナーレにもその音が聴こえている。実際、僕も彼らに倣いハイドンのノットゥルノの緩徐楽章等をCDで鳴らし、隣で iPhone でドローン音を鳴らしてみた。すると、細かい部分で非和声音になったとしても、それを気にしないのであれば半分程度の部分では大きな違和感なく響くことがわかった。もし途中でドローン弦を「ド」から「ソ」に変える時間がある場合は、もっと多くの部分で対応可能になる。その意味では、今後、ドローン弦を使ったリラ楽曲演奏の試みが、もっと行われても良いのではなかろうか。

※1 (その3)で聴いたブリュッヘン盤では、ヴィオラ・ダ・ガンバを使っていたこともあって、オルガンを模したリコーダーの音より低い音を弾いていた。
※2 CDの収録曲中、ノットゥルノ ト長調 Hob Ⅱ-27 は、後年ハイドンが改作した、いわゆる「ロンドン版」による演奏で、2ホルン、フルート、オーボエ、2ヴァイオリン、2ヴィオラ、チェロ、コントラバス、という編成である。
※3 『ハイドン音盤倉庫』における Daisy さんの詳しいCD評は、こちら
※4 ドローン音は基本的に低い持続音だが、ハーディー・ガーディでクランクの回し方に早い遅いのをつけることで、ドローン音にリズムをつける手法があるようだ(>こちらの「キャロライン・フィリップス 「初心者のためのハーディ・ガーディ」という TED の映像。1分過ぎあたり)。プレイエルの録音の低い弦の音も、ここで紹介されている「犬の吠える声」音に似ている。

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