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2018年2月22日 (木)

『帝国』の終楽章と序曲ニ長調について(その2)

 前回、ハイドンの交響曲第53番ニ長調『帝国』、その終楽章の初期稿 Version B と、その原曲である序曲ニ長調 Hob. Ia:7 について、その相違点等を調べてみた。今回は、その補遺として、既存の音源等で演奏者たちがどのような選択をしているかを整理しておきたい。ちなみにこの曲の冒頭には「Largo maestoso」の序奏がついており、これは後の追加と見られている。ただし、僕が聴いたものでは、全録音においてこの序奏つきで演奏されている。

 まずは『帝国』の終楽章の選択から見ていこう。第4楽章として Version B を採用している演奏に以下の盤がある(いずれもフルート、ティンパニ使用)。
1)マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ管
2)ドラホシュ指揮ニコラウス・エステルハージ・シンフォニア
3)フィッシャー指揮オーストリア・ハンガリー・ハイドン管

 次に終楽章として Version A を使う盤(いずれもフルート、ティンパニ使用) 。
4)クイケン指揮ラ・プティット・バンド
5)ヘンヒェン指揮C.P.E. バッハ室内管
6)アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントス・ムジクム
7)オルフェウス室内管
8)カルマー指揮オレゴン響
9)ディヴィス指揮シュトゥットガルト室内管

 Version B および A を両方収録した盤も少なからずある。
10)メルツェンドルファー指揮ウィーン室内管(A、Bの順。A、Bはフルート、ティンパニ使用)
11)ホグウッド指揮アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック(A、Bの順。A、Bはフルート、ティンパニ使用)
12)鈴木秀美 指揮オーケストラ・リベラ・クラシカ(A、Bの順。Aはフルート、ティンパニ使用。Bは別日にアンコールで演奏された都合で、ティンパニなし)
13)ファイ指揮ハイデルベルク響(A、Bの順。A、Bはフルート、ティンパニ使用)
14)ミラー指揮ロイヤル・ノーザン・シンフォニア(A、Bの順。A、Bはフルート、ティンパニ使用)

 さらに前発言の注でも触れたが、4つの終楽章のヴァージョンをすべて収めた版も2種ある。
15)ドラティー指揮フィルハーモニア・フンガリカ(B、A、C、Dの順。A、Bはフルート、ティンパニ使用)
16)ボストック指揮ボヘミア室内フィル(A、B、C、Dの順。チェンバロ使用。A、Bはフルート、ティンパニ使用)

 少し古い録音だが、珍しく終楽章に Version C を使った盤があるので、参考盤として挙げておく。このヴァージョンを聴かれた先達の方は皆「ハイドンらしくない」とおっしゃる。確かにそうには違いないが、どこかハイドンの作風を現代によみがえらせたプロコフィエフの『古典交響曲』のような響きがして、正直、僕はおもしろく聴いた(Cはもともとフルート、ティンパニなし )。
17)ザッハー指揮ウィーン交響楽団(全楽章にティンパニなし)

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18)フリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団(1〜3楽章にティンパニーあり)

 また Version D と呼ばれることのある序曲ニ長調 Hob. Ia:4 には、以下の音源がある。この曲はハイドン作であることは間違いない。ランドンが「最終的なフィナーレと見るのが妥当なように思われる」とまで書くだけあって、機知に富んだ楽しい曲である。なによりも第1楽章の主部・ヴィヴァーチェと雰囲気がよくあっている。
19)ブッシュ指揮ウィーン響
20)スワロフスキー指揮Vienna Philharmusica Symphony Orchestra?(他、複数の表記あり)
21)フス指揮ハイドン・シンフォニエッタ・ウィーン

 最後に、序曲ニ長調 Hob. Ia:7 の録音を挙げる。
22)朝比奈隆 指揮 新日本フィル(フルート、ティンパニ使用)
23)フス指揮ハイドン・シンフォニエッタ・ウィーン(フルート、ティンパニ使用)
24)ヤンソンス指揮バイエルン放送響(フルート、ティンパニ使用)
25)ファイ指揮ハイデルベルク響(フルート、ティンパニなし)

『ハイドン音盤倉庫』さんのサイトによれば、『帝国』には他に幽霊指揮者として有名な?リッツォ(Version A)、グシュルバウアー、ヴィーラントの各盤がある。「Hob. Ia:4」には、フロシャウアー盤もあった。

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2018年2月20日 (火)

『帝国』の終楽章と序曲ニ長調について(その1)

 先日、ファイ&ハイデルベルク響のハイドン交響曲シリーズについてまとめ記事を書いた際に気になっていたことがある。というのも、シリーズ中、第15巻には交響曲第53番ニ長調『帝国』が収録されているのだが、そのCDの最後にこの交響曲の終楽章の別ヴァージョンがボーナストラック的に収められていた(2010年収録)。これには以下のクレジットがある。

Symphony No. 53 L'Imperiale
(4. Satz/movement, Version B = Hob. Ia:7)

 つまり、この終楽章 Version B が、ホーボーケン番号1a(序曲の項)の「第7番ニ長調」にあたる曲と同じということを示している。『帝国』には複数のフィナーレが残っており、この Version B =「プレスト」が初期稿、Version A =「フィナーレ、カプリッチョ モデラート」という表記のある方が後期稿と想定されている(後者は、この第15巻のCDにおいては、第53番の第4楽章としてトラック4に収録されている)。ところで、先のまとめ記事で僕は、第10巻の収録曲を以下のように記していた。

10)第60番/第61番/序曲ニ長調 Hob. Ia:7 2008年

 ここにも「Hob. Ia:7」が収録されており、これでは同じ曲がシリーズ中2度含まれることになってしまう(収録時間は、2008年版が「3:56」、2010年版が「4:00」と微妙に違う)。シリーズが長くなると、初期と後期の録音でコンセプトや演奏傾向が変わるなどして、最初期のものをあらためて再録音する、ということもないわけではない。ただ、今回は2年弱しか経っておらず、そういう事情でもないようだ。ということで気になっていたので、詳しく調べてみた。

 結論から言えば、2つの演奏は同じ音楽ながら、別ヴァーションの別演奏であった。ファイ交響曲集の<第10巻の序曲>と<第15巻の終楽章 B>の聴いてわかる主な相違点は、以下のとおり※1。

1)<第10巻の序曲>は楽器編成にフルートを含まない。<第15巻の終楽章 B>はフルートを含む(ファイの演奏やランドン版全集楽譜では、第1〜4楽章にフルートを含む。ただし、Version B にはフルートがない稿もあり、新ハイドン全集はこれを採用している。ランドン版でも Version B のフルート・パートは小さな音符で記されている)。
2)<第10巻の序曲>は楽器編成にティンパニーを含まない 。<第15巻の終楽章 B>はティンパニを含む(ただし、この交響曲は奇妙なことに第1楽章にしかティンパニを使わない稿が複数存在していて、新ハイドン全集はこれを採用している。ランドン版でも Version B のティンパニ・パートは小さな音符で記されている ※2)。
付記)<第10巻の序曲>では演奏されていないが、序曲ニ長調としてはハ長調の属和音へ転調している結尾部(13小節)を持っている。

 ところで、ハイドンはこの序曲ニ長調「Hob. Ia:7」の音楽を、もう一度活用している。しかも今度は、交響曲第62番ニ長調の冒頭楽章に!である。これも微妙に編曲されており、交響曲第53番の<終楽章 B>と第62番の<第1楽章>の聴いてわかる主な相違点は、以下のとおり。

1)<第1楽章>は冒頭の第1主題を編曲。第2主題前後以降は終結部を除きほぼ<終楽章 B>と同じ音楽。提示部全体では<第1楽章>の方が4小節短い。また<第1楽章>の提示部はリピートあり。
2)展開部の同じ音型をくりかえすゼクエンツァ部分について、<第1楽章>と<終楽章 B>はほぼ同じ音楽(計41小節)。
3)<第1楽章>はハイドン自筆のフルート・パートを含む。<終楽章 B>はフルート・パートを含まない稿がある。
4)<終楽章 B>はファゴットを2本使う。<第1楽章>は1本。

 この交響曲に典型的に現れているように、当時売れっ子だったハイドンの場合、多種多様な楽譜・ヴァージョンが作成されヨーロッパ中に出回っていて、もはやこれが決定稿というものは選定不能である。これに演奏現場での個別対応が加わってくるので、使用楽譜の選択・楽器編成などはますます複雑化してくる。既存の解説等の楽器編成等を参照する場合は、十分な注意が必要となっている 。

※1 <終楽章 A, B>の楽譜は、新ハイドン全集第1系列9巻にあるほか、フィルハーモニア版(ランドン編)全集第5巻にも収められている。なおこのフィルハーモニア版全集には、上記<終楽章 A, B>のほかに、<終楽章 C>(プレスト、偽作?)の楽譜も記載されている。ほかに、序曲ニ長調「Hob. Ia:4」(プレスト)を終楽章に持つ筆写譜もあり、以上この4つのヴァージョンをすべて収めた盤には、ドラティ指揮の全集付録、ボストック盤(CLASSICO)があるようだ。
※2 ホグウッドの全集版に収められている『帝国』の演奏(第9巻所収)では、メヌエット楽章のティンパニについて解説で「これは極めて素人的な用法であるので、今回の収録ではこの楽章にティンパニは用いなかった。」(英語原文では、メヌエットとフィナーレの両楽章、になっている)とある。が、CDを聴くとティンパニの音がなぜか盛大に鳴っている。さすがに現場では、第1楽章だけティンパニを使うという案は採用できなかったのか(とはいえ、ランドン版のとおりには叩いていないが)。

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2018年2月17日 (土)

リステンパルトのハイドン演奏まとめ(その3・板起こしCD編)

 この項の(その1)交響曲編、および(その2)その他編では、リステンパルトのハイドン演奏のアナログLP(7インチ盤、10インチ盤、12インチ盤)を紹介した。ただ、せっかくリステンパルトの演奏を聴いてみたいと思っても、もはやLPプレーヤーがないという方もいらっしゃるだろう。交響曲の内3曲は Accord からCD化されているが、これは廃盤のようだ(>HOS)(注1)。mp3 で出ているものもあるが、せっかくのLP初期ならではの好演奏・好録音だけに、なるべく良い音で聴きたいと思うのは僕だけではないだろう。そういう場合、今一番旬なのは「板起こしCD(CD-R)」で聴くことではないだろうか。

 前項でも、フランスの Forgotten Record という復刻CD-Rのレーベルのことを紹介しておいた(>こちら)。再度、まとめて整理しておこう(曲順はLPでなくCDの収録順。CDのクレジットの謝りは訂正しておいた)。

1)fr 212
<収録盤>
・交響曲第7番「昼」、第21番、第48番「マリア・テレジア」 Les Discophiles Francais, DF 183
・ノットゥルノ第1番(Hob II : 25 > Hob II : 31) Les Discophiles Francais, EX 17.040
2)fr 202/3
<収録盤>
・交響曲第85番「王妃」 、第81番Les Discophiles Francais, DF 116(注2)
・交響曲第90番、第91番 Les Discophiles Francais, DF 113
3)fr 320
<収録盤>
・フルート協奏曲、2つのホルンのための協奏曲、オーボエ協奏曲 Les Discophiles Francais, DF 730.061
4)fr 840
<収録盤>
・オルガン協奏曲(ハ長調)、協奏交響曲、ノットゥルノ第2番(Hob II : 26 > Hob II : 32)、ノットゥルノ第6番(Hob II : 30) Le club francais du disque, CFD 278(10inch)

 復刻技術も非常に優れており、針音などはほとんど聴こえない。ステレオ収録である4)CFD 278 などは、元々の録音も優秀なせいか言われなければ「板起こし」とわからないほどだ。日本の輸入CDショップでも取り扱っているところもあるが、直販サイトで買えば非常に格安だ。

 ところで先日、日本の復刻CD-Rレーベルである「HECTOR(エクトール)」からも、リステンパルトの板起こしCD-Rが出ていることを知って、早速、取扱店であるアリアCDで注文してもらった(>こちら)。それは、以下の2枚。

5)HRR-22011
<収録盤>
・交響曲第90番、第91番 Les Discophiles Francais, DF 113
6)
<収録盤>
・交響曲第6番「朝」、第7番「昼」、第8番「夜」 Le club francais du disque, (H)303
・交響曲第85番「王妃」 Les Discophiles Francais, DF 116

 交響曲第90番、第91番と、交響曲第85番「王妃」は、Forgotten Record と被るが、交響曲第6番「朝」、第7番「昼」、第8番「夜」はここでしか聴けない。このレーベルは過度に針音を削らない方針らしいが、聴きにくいわけではない。また、エクトールのこちらのHP(おそらく更新切れ)には、以下の商品もクレジットされている。

番外編7)HCDR-2003
<収録盤>
・ハイドン:フルート協奏曲ニ長調(ホフマン作) Les Discophiles Francais, EX25053(10inch)
・交響曲第85番変ロ長調「王妃」 Les Discophiles Francais, 325036(10inch)

 ここでもモノラル録音の「王妃」が収録されているが、これはこちらの記事で紹介した 10inch 盤からの復刻らしい。ただし、当該ページに取扱店と記述のある「湧々堂」さんでは、もはやエクトール・レーベルの取り扱いをしていないとのこと。また上記アリアCDのサイトにも、この盤は登録がないようだ。ちなみに、リステンパルトと言えば、ハイドンよりもバッハやモーツァルト演奏の方が有名だ。しかもオリジナルLPで揃えようと思うと、それらの方が何倍も高い。なので、その場合こそ「板起こしCD」の出番だと思う。Forgotten Record やエクトールには、バッハやモーツァルトの板起こし盤があるので、興味のある方は検索してみてほしい。

(注1)他に、Erato から出た「チェロ協奏曲第2番」(ナヴァラ独奏)には国内盤CDもあった。
(注2)この「fr 202/3」のパックインレイでは、1枚目の盤の1曲目が第85番「La Reine」(王妃)でそれは間違いないのだが、 楽章表示が「 1. Vivace/2. Andante/3. Menuetto e trio : Allegretto/4. Finale : Allegro ma non troppo」となっている。第85番の第1楽章は、Adagio の序奏から始まり Vivace の主部に入るのだが、これは1枚目の盤の2曲目、第81番の方に記されている。つまり楽章表示が丸々入れ替わっている。

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2018年2月15日 (木)

ファイ&ハイデルベルク響のハイドン演奏まとめ

 ファイとハイデルベルク交響楽団のハイドン交響曲集シリーズから、「ロンドン・セット」が発売された。昨年末に発売のアナウンスがあったときに、「これまでにもロンドン・セットの曲はかなり出ていたはず」と思い調べてみたのだが、どうも第101番「時計」だけ見つからない。HMV の解説でも触れられていなかったし、特にメーカー・アナウンスもなかったが、録音日が「2015年10月」となっているのでこれ1曲は初出とにらみ、予約発注しておいた。 その商品がようやく届き、聴いているところなのだが、これを機会にシリーズをまとめておくことにした(第2巻のみ、シュリアバッハ室内管を振っている。曲目の次の日付は、録音年)。

1)第104番「ロンドン」/第94番「驚愕」/「アチデ」序曲 Hob. Ia:5 1999年
2)第64番「時の移ろい」/第45番「告別」(シュリアバッハ室内管/ファイ) 1999年
3)第82番「熊」/第88番/第95番 2001年
4)第34番/第39番/第40番/第50番 2001年・2003年(No.34)
5)第83番「めんどり」/第84番/第85番「王妃」 2002年
6)第49番「受難」/第52番/第58番 2005年
7)第69番「ラウドン」/第86番/第87番 2006年
8)第41番/第44番「悲しみ」/第47番 2006年
9)第70番/第73番/第75番 2007年
10)第60番/第61番/序曲ニ長調 Hob. Ia:7 2008年
11)第57番/第59番「火事」/第65番 2008年
12)第48番/第56番 2009年
13)第93番/第96番/第97番 2009年
14)第31番「ホルン信号」/ホルン協奏曲第1番/同第2番(ホルン=ヴィルヘルム・ブルンス)/2008年
15)第53番「帝国」/第54番/第53番(alternative Finale、Hob. Ia:7) 2010年
16)第90番/第92番「オックスフォード」 2011年・2010年(No.92)
17)第1番/第4番/第5番/第10番 2011年
18)第89番/第102番/協奏交響曲変ロ長調 Hob. I:105 2012年
19)第26番「ラメンタツィオーネ」/第27番/第42番 2012年
20)第25番/第36番/第43番「マーキュリー」 2013年
21)第99番/第100番「軍隊」/序曲「突然の出会い」ニ長調 Hob. XXVIII:6 2013年
22)第98番/第103番 2013年
23)第6番「朝」/第7番「昼」/第8番「晩」/第35番/第46番/第51番(後半の3曲は、ベンジャミン・スピルナー指揮) 2014年・2016年
24?)第101番(ベンジャミン・スピルナー指揮) 2015年

 調べてみたら、自宅には全24巻中16巻があったのだが、他に上記3)5)7)から、いわゆる「パリ・セット」の6曲を2枚のCDにまとめた盤があった※1。今回の「ロンドン・セット」も、そうしたまとめ盤のひとつと言えるが、上記のように第101番「時計」が初出という点だけが特殊となっている。今、HMV のサイトをのぞくと、誰かが問い合わせでもしたのだろうか、いつのまにか商品タイトルが、

「ロンドン交響曲集(第93~104番) トーマス・ファイ指揮(第101番『時計』のみベンジャミン・シュピルナー)、ハイデルベルク交響楽団(4CD)」

と変わっている。これは、第23巻も同じで、2枚組のうち Disc2 は、ベンジャミン・シュピルナーの名前がクレジットされていた。実は、ファイは大きなけがをしたらしく、今は指揮台に立てない状態だという事情がそこにはあるという。

 ドイツ・マンハイム在住のヴィオラ、バロック・ヴィオラ奏者、矢崎裕一さんの2015年10月のツイートでは、「昨年末以降、シェフのトーマス・ファイが大怪我をして指揮台に立てなくなり復帰の見通しも立たない」とあるので、少なくともファイさんは2014年末にはすでにけがをされていたのかもしれない。第101番の録音日は2015年10月なので、ちょうど上記第23巻の「2014年3月(Disc1)、2016年6月(Disc2)」の中間にあたる。なので、この第101番も、指揮者なしで済ませたということだろう。もともと仕上げの精密さやオケの美観より、強弱・緩急のコントラストの妙や即興性で聴かせてきた団体である。その傾向は今回の「時計」でも十分うかがえるし、決して勢いは落ちていない。矢崎さんの2017年5月のツイートでも「トーマス・ファイは、2年半ほど前の階段での大怪我の後遺症で現在もまだ療養中でして、我々も彼が今後復帰できるの残念ながらわからない状態です。ハイドン交響曲全集の残りが約3分の1程ありますが、小編成の曲ばかりなので現在のところ指揮者無しでの録音が少しづつ進行中です。」とある。ぜひ、全集完成までこぎつけてほしい。

※1 ほかに、ファイ&シュリアバッハ室内管には、ピアノ協奏曲3曲(Hob.XVIII:3、XVIII:4、XVIII:11)を収めたアルバム(1999年)がある。

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2018年2月 4日 (日)

リラ・オルガニザータという楽器はどんな音がしたか(その4)

 この項の最後に、(その2)で紹介したリラ・オルガニザータ使用をうたったもう一種のシリーズを取り上げる。それは、古楽系のチェリスト、クリストフ・コワンが率いるアンサンブル・バロック・ド・リモージュの演奏である。現在のところ、『deLirium』『ナポリのリラ』というタイトルの2枚のCDが出ていて、それぞれリラ協奏曲とノットゥルノが数曲づつ入っている(La Borie)。

 まず使用楽器だが、これらのCDでリラ・オルガニザータを弾いているマティアス・ロイブナーのサイトに詳しい説明や実際の音のサンプルがある(>こちら)。それによれば、ロンドンの the Victoria & Albert Museum が所蔵している楽器を、2004/05 に Wolfgang Weichselbaumer が復元コピーしたもの。CDのクレジットでは、オリジナルの楽器は、1750年頃、フランスの無名氏によって作られたものらしい。実際にCDを聴いてみると、確かにオルガンの音に、ビブラートのかかっていないヴァイオリンような音が被っている。ただしここでは弦とオルガンは同じ音高であることもあって、両者の音は一つの楽器の音として意外なくらいうまく融合している※1 。聴けば聴くほど不思議な感覚である。当たり前ながら、これが本当のリラ・オルガニザータの音なのだろう。ノットゥルノにおけるクラリネットとの相性もなかなかのもので、ハイドンの考えた音の意匠がよくわかる。このCD2作におけるハイドン作品の収録曲と編成は、以下のとおり。

『deLirium』
・リラ・オルガニザータのための協奏曲第1番ハ長調 Hob VIIh: 1(2リラ、2ホルン、2ヴァイオリン、2ヴィオラ、チェロ、コントラバス)
・ノットゥルノ ハ長調 Hob Ⅱ-32(2リラ、2ホルン、2クラリネット(C管)、2ヴィオラ、チェロ、コントラバス)※2
『ナポリのリラ』
・ノットゥルノ第1番ハ長調 Hob.II:25(2リラ、2Cl、2Hr、2Va、BC)
・ノットゥルノ第2番ヘ長調 Hob.II:26(2リラ、2Cl、2Hr、2Va、BC)
・リラ・オルガニザータのための協奏曲第3番ト長調 Hob.VIIh:03(2リラ、2Vn、2Va、BC、2Hr)※3

 また Wolfgang Weichselbaumer の楽器を使って、オリジナルの現代曲を弾くプロジェクトの動画「Lira Organizzata」があり、そこでは Germán Díaz という奏者が演奏する様子を見ることができる。そこで Díaz は、復元された楽器は「世界中で4台しかない」と語っている(>こちら)。またこの動画では、オルガンのパイプにふいごからの空気を送り込むための切り替えキーも見ることができる。『ナポリのリラ』のブックレットに記された楽器の説明には、リラ・オルガニザータの鍵盤の「メカニズムは、演奏者をパイプか、弦か、両方一緒のいずれかに関わるかを許している」とある。となれば、この楽器においては、オルガンの音だけか、弦の音だけかを選ぶ機構もついているということになるだろう。これで(その2)で提起しておいた謎も解決される。ただ、メロディー弦をホイールの回転からはずす機構がどのようなものであるかは、今回、見つけられなかった。また、調べてみたい。

 最後に、この楽器に備わったもう一つの発声装置=「ボルドゥン(ドローン)弦」について簡単に触れておこう。ハイドンのリラ楽曲の楽譜に、ボルドゥン(ドローン)弦を使用するという指示はどこにもない。同じ高さの音=ドローン音がずっと鳴るということだから、基本、頻繁な転調には適さない。大宮真琴氏によれば、ナポリ王にリラ楽曲を提供したイグナツ・プライエルの曲は、「リラの演奏部分のテクスチャーが極めて希薄で」、これは「明らかにリラのボルドゥン弦の使用を前提としたものである」としている(『ハイドン全集の現場から 新しい音楽学の視点(音楽之友社・刊)』)。実は『ナポリのリラ』盤に、プライエルのノットゥルノ(ハ長調)が収録されており、その第1楽章では確かに低い弦のドの音が、断続的に鳴っている。これはドローン弦の唸り音ではないだろうか※4 。一方で大宮氏は、様式分析の結果として、ハイドンのリラ楽曲においては、ドローン弦は「使用不可能」と結論づけていている。曲の構成も規模もプライエルのそれと比べてかなり大きく複雑であるからだが、和声に合う合わないということをこの件に厳密に求めることもある種、危険な気がする。バブパイプの演奏を聴けばわかると思うが、かの楽器のドローン音は旋律に合っているいるいないに関わらずずっと鳴っていて(笑)、それが個性なのだから。もし先のプライエルの曲に入っている低弦の音がドローン音だとしたら、『deLirium』盤の最後に入っているハ長調のノットゥルノ(Hob.II : 32)のフィナーレにもその音が聴こえている。実際、僕も彼らに倣いハイドンのノットゥルノの緩徐楽章等をCDで鳴らし、隣で iPhone でドローン音を鳴らしてみた。すると、細かい部分で非和声音になったとしても、それを気にしないのであれば半分程度の部分では大きな違和感なく響くことがわかった。もし途中でドローン弦を「ド」から「ソ」に変える時間がある場合は、もっと多くの部分で対応可能になる。その意味では、今後、ドローン弦を使ったリラ楽曲演奏の試みが、もっと行われても良いのではなかろうか。

※1 (その3)で聴いたブリュッヘン盤では、ヴィオラ・ダ・ガンバを使っていたこともあって、オルガンを模したリコーダーの音より低い音を弾いていた。
※2 CDの収録曲中、ノットゥルノ ト長調 Hob Ⅱ-27 は、後年ハイドンが改作した、いわゆる「ロンドン版」による演奏で、2ホルン、フルート、オーボエ、2ヴァイオリン、2ヴィオラ、チェロ、コントラバス、という編成である。
※3 『ハイドン音盤倉庫』における Daisy さんの詳しいCD評は、こちら
※4 ドローン音は基本的に低い持続音だが、ハーディー・ガーディでクランクの回し方に早い遅いのをつけることで、ドローン音にリズムをつける手法があるようだ(>こちらの「キャロライン・フィリップス 「初心者のためのハーディ・ガーディ」という TED の映像。1分過ぎあたり)。プレイエルの録音の低い弦の音も、ここで紹介されている「犬の吠える声」音に似ている。

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2018年2月 2日 (金)

リラ・オルガニザータという楽器はどんな音がしたか(その3)

 前回は、厳密な意味でのリラ・オルガニザータではなく、その機構の一部を模したライエルカステンという小型オルガンのような楽器を使った演奏を聴いた。この楽器にはまさに鍵盤がついていて、1人でリラの2つのパートを弾くことができた。ただ1台の鍵盤楽器を使う演奏では、2台の独奏楽器によるかけあいといった趣きは薄くなるのは致し方ない。なので、わざわざ2台の楽器を使った録音もある※1。英国のクラリネット奏者ディーター・クレッカーが率いるコンソルティウム・クラシクムが6つのノットゥルノを演奏した cpo 盤では、2台のポジティヴ・オルガンを使っている。なかなかおもしろい効果をあげているが、それぞれ単音でオルガンを弾いている姿は、一度見てみたい気もする。

 一方、よりアンサンブルの妙を出すため、オルガンの代わりに2本の管楽器を使うという方法もある。実際、ハイドンの「8つのノットゥルノ」の初めての校訂楽譜は、H.C.ロビンズ・ランドンがドブリンガーから出版したものだが、その楽譜の巻末には Karl Trotzmuller による「リコーダー演奏家のための注記」という一葉が挟み込まれていて、そこではリラ ・オルガニザータをリコーダーで置き換えることがサジェストされている。そうした録音としては、古くはパウル・アンゲラー指揮の Amadeo 盤があった(協奏曲全曲)。アンゲラーは、LP初期にブレンデルやグルダ、クリーンなどウィーンで活躍した若手ピアニストの協奏曲録音で伴奏を務めた諸盤が有名だが、ここでは自身がリコーダー1を吹いている。意外にも各パート1名のオリジナル編成での録音であり、ランドンが解説を書いているところから推測するに、彼の監修による企画だったのかもしれない。緩徐楽章で聴けるのびのびとしたリコーダーの音は、リラとは雰囲気が違うとは思うが、いかにも魅力的に響く。

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 また、ナクソスのミュラー=ブリュール盤(Hob.VIIh : 1、VIIh :  5)もある(※1)。こちらは、より現代的でスマートな演奏である。いずれの例も、複数の管で吹いた方がずっとアンサンブルとしてのおもしろみがあることは間違いない。

 ところで以上の録音は、いずれも基本的にリラ・オルガニザータに装着されたパイプの音を模しているだけで、リラ特有の弦の音を反映していない。これに関して、おもしろい録音がある。リコーダー奏者であるブリュッヘンが、ザルツブルク・モーツァルテウム管に指揮者として客演したライヴで Hob.VIIh : 3 の協奏曲を取り上げたときのことである。

「今日聴かれるまれな演奏では、リラは、フルートとオーボエという2つの木管楽器に置き換えられることが普通である。
 しかしながら、フランス・ブリュッヘンは、別の可能性を選んだ。リラ・オルガニザータの音色にできるだけ近づけるために、彼はフルートとガンバにソロ・パートを演奏させたのである。1995年8月21日の『ザルツブルク・ニュース』で、ラースロ・モルナールは次のように書いた。「リラは今日存在していないので、協奏曲は、リラ に代わって、リコーダーとガンバというさらに奇妙な組み合わせによって演奏された。その結果、稀に見る魅力的な音響が生まれ、それをブリュッヘンは、小規模のオーケストラと微妙なアーティキュレーションによってサポートしたのである」。ゴットフリート・クラウス(山本一太・訳)」

 これはなかなか興味深い試みだろう。オルガンの音をリコーダーで、リラのメロディー弦をヴィオラ・ダ・ガンバで置き換えるというのである。しかも奏者4人で! 聴いてみると、確かにリコーダーの音に弦の音が被っている。現代オケの合奏スタイルなのでややリズムが重い感じはあるが、テンポ・ディ・メヌエットののどかな終楽章を聴くとはなし聴いていると、なんとも豊かな気分になってくる。その意味で、リラ・オルガニザータ楽曲特有のゆるい雰囲気を出すことには成功しているのではないか(『ハイドン音盤倉庫』さんの演奏評はこちら>HOS)。

※1 有名なヘルベルト・フォン・カラヤンの実兄で、オルガニストのヴォルフガング・フォン・カラヤンにポジティヴ・オルガンを使ったリラ協奏曲全集がある(Schwann)。クレジットは、「ENSEMBLE WOLFGANG von KARAJAN. / ORGELPOSITIVE」とあり、これはアンサンブル=複数の演奏者がオルガン担当とも読める。こちらの記事でも紹介したが、ヴォルフガング・フォン・カラヤンには「フーガの技法(3台のオルガンによる演奏)ヴォルフガング・フォン・カラヤン合奏団」という一部で有名な盤がある。1台のオルガンでも演奏できる「フーガの技法」をわざわざ3台のオルガンで弾くくらいだから、リラ協奏曲のリラ・パートを2台で弾いている可能性も否定できないのではないか。実際、Hob VIIh: 1 の Andante を聴くと、音色の違う楽器(か、少なくとも2段以上の鍵盤)を駆使して弾いているのがわかる箇所がある。そもそもの演奏は、Berliner Instrumentalsolisten との共演による合奏スタイルの演奏ながら、録音も1979年と新しく、なかなか高水準の出来だ

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※2 アマゾン・ミュージック・ライブラリーでは、BIS のフス盤にも Hob.VIIh : 5 に「2本のリコーダーと管弦楽編」とクレジットがついているが、実際聴いてみたらフルートとオーボエ版であった。

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