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2018年2月20日 (火)

『帝国』の終楽章と序曲ニ長調について(その1)

 先日、ファイ&ハイデルベルク響のハイドン交響曲シリーズについてまとめ記事を書いた際に気になっていたことがある。というのも、シリーズ中、第15巻には交響曲第53番ニ長調『帝国』が収録されているのだが、そのCDの最後にこの交響曲の終楽章の別ヴァージョンがボーナストラック的に収められていた(2010年収録)。これには以下のクレジットがある。

Symphony No. 53 L'Imperiale
(4. Satz/movement, Version B = Hob. Ia:7)

 つまり、この終楽章 Version B が、ホーボーケン番号1a(序曲の項)の「第7番ニ長調」にあたる曲と同じということを示している。『帝国』には複数のフィナーレが残っており、この Version B =「プレスト」が初期稿、Version A =「フィナーレ、カプリッチョ モデラート」という表記のある方が後期稿と想定されている(後者は、この第15巻のCDにおいては、第53番の第4楽章としてトラック4に収録されている)。ところで、先のまとめ記事で僕は、第10巻の収録曲を以下のように記していた。

10)第60番/第61番/序曲ニ長調 Hob. Ia:7 2008年

 ここにも「Hob. Ia:7」が収録されており、これでは同じ曲がシリーズ中2度含まれることになってしまう(収録時間は、2008年版が「3:56」、2010年版が「4:00」と微妙に違う)。シリーズが長くなると、初期と後期の録音でコンセプトや演奏傾向が変わるなどして、最初期のものをあらためて再録音する、ということもないわけではない。ただ、今回は2年弱しか経っておらず、そういう事情でもないようだ。ということで気になっていたので、詳しく調べてみた。

 結論から言えば、2つの演奏は同じ音楽ながら、別ヴァーションの別演奏であった。ファイ交響曲集の<第10巻の序曲>と<第15巻の終楽章 B>の聴いてわかる主な相違点は、以下のとおり※1。

1)<第10巻の序曲>は楽器編成にフルートを含まない。<第15巻の終楽章 B>はフルートを含む(ファイの演奏やランドン版全集楽譜では、第1〜4楽章にフルートを含む。ただし、Version B にはフルートがない稿もあり、新ハイドン全集はこれを採用している。ランドン版でも Version B のフルート・パートは小さな音符で記されている)。
2)<第10巻の序曲>は楽器編成にティンパニーを含まない 。<第15巻の終楽章 B>はティンパニを含む(ただし、この交響曲は奇妙なことに第1楽章にしかティンパニを使わない稿が複数存在していて、新ハイドン全集はこれを採用している。ランドン版でも Version B のティンパニ・パートは小さな音符で記されている ※2)。
付記)<第10巻の序曲>では演奏されていないが、序曲ニ長調としてはハ長調の属和音へ転調している結尾部(13小節)を持っている。

 ところで、ハイドンはこの序曲ニ長調「Hob. Ia:7」の音楽を、もう一度活用している。しかも今度は、交響曲第62番ニ長調の冒頭楽章に!である。これも微妙に編曲されており、交響曲第53番の<終楽章 B>と第62番の<第1楽章>の聴いてわかる主な相違点は、以下のとおり。

1)<第1楽章>は冒頭の第1主題を編曲。第2主題前後以降は終結部を除きほぼ<終楽章 B>と同じ音楽。提示部全体では<第1楽章>の方が4小節短い。また<第1楽章>の提示部はリピートあり。
2)展開部の同じ音型をくりかえすゼクエンツァ部分について、<第1楽章>と<終楽章 B>はほぼ同じ音楽(計41小節)。
3)<第1楽章>はハイドン自筆のフルート・パートを含む。<終楽章 B>はフルート・パートを含まない稿がある。
4)<終楽章 B>はファゴットを2本使う。<第1楽章>は1本。

 この交響曲に典型的に現れているように、当時売れっ子だったハイドンの場合、多種多様な楽譜・ヴァージョンが作成されヨーロッパ中に出回っていて、もはやこれが決定稿というものは選定不能である。これに演奏現場での個別対応が加わってくるので、使用楽譜の選択・楽器編成などはますます複雑化してくる。既存の解説等の楽器編成等を参照する場合は、十分な注意が必要となっている 。

※1 <終楽章 A, B>の楽譜は、新ハイドン全集第1系列9巻にあるほか、フィルハーモニア版(ランドン編)全集第5巻にも収められている。なおこのフィルハーモニア版全集には、上記<終楽章 A, B>のほかに、<終楽章 C>(プレスト、偽作?)の楽譜も記載されている。ほかに、序曲ニ長調「Hob. Ia:4」(プレスト)を終楽章に持つ筆写譜もあり、以上この4つのヴァージョンをすべて収めた盤には、ドラティ指揮の全集付録、ボストック盤(CLASSICO)があるようだ。
※2 ホグウッドの全集版に収められている『帝国』の演奏(第9巻所収)では、メヌエット楽章のティンパニについて解説で「これは極めて素人的な用法であるので、今回の収録ではこの楽章にティンパニは用いなかった。」(英語原文では、メヌエットとフィナーレの両楽章、になっている)とある。が、CDを聴くとティンパニの音がなぜか盛大に鳴っている。さすがに現場では、第1楽章だけティンパニを使うという案は採用できなかったのか(とはいえ、ランドン版のとおりには叩いていないが)。

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コメント

興味深い記事をありがとうございます。
弊団が帝国にたどり着くにはまだまだ時間がかかりますが、頭に入れておかないといけないですね。

投稿: 右近 | 2018年2月26日 (月) 18時12分

右近様。コメントありがとうございます。「マリア・テレジア」もトランペット、ティンパニが除かれている版で演奏されたとのことで、これは演奏としては珍しいのではないかと思います。「帝国」も4つ(3つ?)のフィナーレがありますし、また大胆なチャレンジを期待しております。

投稿: cherubino | 2018年2月28日 (水) 15時20分

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