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2018年9月14日 (金)

モーツァルトの弦楽五重奏曲の異稿(その1)

 少し前、ブログ「Zauberfloete通信」で、モーツァルトの弦楽五重奏曲ハ長調 K.515 について、中間楽章の順番が「メヌエット−アンダンテ」あるいは「アンダンテ−メヌエット」という2つの説があることについて言及があった(>こちら) 。新モーツァルト全集では、初版譜や旧全集の順番を逆転させ後者「アンダンテ−メヌエット」になっているわけだが、Zauberfloete さんが視聴したイブラギモヴァが参加した動画では、逆の「メヌエット−アンダンテ」になっていたという。事情は結構複雑で、参考文献によっていろいろな書き方がなされていることもあって、一般の愛好家に混乱を与えるもとともなっている(僕も上記発言のコメントで一部記述を間違えたので、自分の勉強も兼ねてここで整理しておきたい)。

「 楽章配置は、自筆稿ではアレグロ−メヌエット−アンダンテ−(アレグロ)となっているが,おそらくシュタトラー(Maxmilian Stadler 1748〜1833)と目される第三者の手で中間の2楽章が入れ替えられているため,新全集の校訂者シュミットはアンダンテを先におき,後継者ヘスもこれを残した。しかしアーベルトはメヌエットを先におく楽章配置をこの時期のモーツァルト作品の特徴としており,また,次にくるト短調作品でもメヌエットが第2楽章とされていることからヘスはメヌエット−アンダンテでも可としている。」(『作曲家別名曲解説ライブラリー モーツァルトII』音楽之友社・刊)

「 そのなかのハ長調の曲についていえば、楽章配置でまず疑念が生ずる。というのも、モーツァルトの自筆楽譜では、第2楽章はメヌエット、第3楽章はアンダンテとなっているものの、ウィーンのクラリネット奏者のアントン・シュタトラーか誰かによってこの二つの楽章の順序が入れ替えられてしまったからである。そして、新モーツァルト全集では、アンダンテ、メヌエットの配列にされている。もちろん、この配置に対して反論をとなえる学者もいる。しかし、6曲の弦楽五重奏曲のうちト短調の1曲だけが第2楽章をメヌエットとしていることもあって、新モーツァルト全集での配置が妥当という説も強い。」(アルバン・ベルクSQ盤(TOCE-7067)の解説 )

 これらを読んだ人は、自筆譜において「メヌエット−アンダンテ」となっているかと思うかもしれないが、現在、ワシントンに残っている自筆譜は「アンダンテ−メヌエット」のはず。ちなみに自筆譜の画像(の大部分)は、ワシントンの国会図書館のサイト(https://www.loc.gov/resource/ihas.200154476.0)で見ることができる。これを見ると確かに、2番目に置かれたのはアンダンテ(20ページ目)、3番目はメヌエット(28ページ目)になっていることがわかる。

K5152_2

 しかし、各楽譜のフォリオに打たれた番号(右上)を見ると、第1楽章アレグロの1~10まで(下線付き)はモーツァルトの筆跡らしいのだが、続くアンダンテに書かれた11~14(下線なし)は他の人が振ったものとのこと。新モーツァルト全集の編者E.F.シュミットは、この番号をモーツァルトの意を受けたマクシミリアン・シュタードラーらしき人物が振ったと考えたようである(新全集の前文)。後者の解説でこのシュタードラーをモーツァルトの友人で名クラリネット奏者の アントン・シュタードラー Anton Stadler(1753 - 1812)と混同しているのはまあよくある間違いとしても、両解説とも彼(あるいは第三者)によって「中間の二楽章が入れ替え」られた結果、メヌエットが第2楽章にきていると読めるような記述になっているのはどうか。シュミットの説では、初版で「メヌエット−アンダンテ」という順番だったものを、第三者がモーツァルトの死後に「モーツァルトの意志に基づいて」今ある「アンダンテ−メヌエット」という形に自筆譜の束をまとめ直した、としているのである。それゆえ、アンダンテが先になったと。ちなみにこの変更は、新全集の正式出版に先立ち1956年にべーレンライターから出されたポケットスコアによって紹介されていて、以降、演奏現場でも「アンダンテ−メヌエット」が有力になってきたという事情がある。

 ところが、話はこれで終わらない。シュミットは1960年に亡くなり、その仕事を継いだE.ヘスは、モーツァルトの生前1789年に出された初版がモーツァルトの意思に反したとは考えられないことや、Zauberfloete さんも指摘されているとおり「ト短調の五重奏曲でもメヌエットが先に来て」いることも重視した結果、シュミットの変更に保留をつけている。「編集委員会の意思として、KV 515 の現巻における楽章は、シュミットが再アレンジした順番をフォローするけれども、これら2つの楽章がメヌエット=アンダンテという伝統的な順番で演奏される可能性があることも、ここにあえて強調しておく。(同・前文※)」。その意味では、市販の解説中では、東京書籍・刊の『モーツァルト事典』の記述が、一番正確だろう。

「なお,中間楽章の配列には,初版に基づくメヌエット−アンダンテと,死後おそらくシュタードラー師によって一部ページが打たれた自筆譜に基づくアンダンテ−メヌエットの2つの可能性がある。新全集(E.ヘス)は,一応後者を採用しているが,生前の版でモーツァルト意向が無視されたとは考えられないこと,続くK.516もメヌエットを第2楽章としていることを挙げ,前者の正当性を支持している。」(大久保一氏※※)

 ちなみに「Zauberfloete通信」の記事を拝読したのち、上記アルバン・ベルクSQ盤の楽章表記を見てみたところ、なんと第2楽章が「メヌエットとトリオ」となっていたのでびっくり。でも、時間表記は「8' 24"」とあるので、もしやと思い聴いてみたところ、ちゃんと2トラック目は「アンダンテ」であった。また逆に、往年の名盤・アマデウスSQ盤の"ドイツ・グラモフォン・オリジナルス"シリーズ盤(UCCG-3898 )では、第2楽章が「アンダンテ」という表記になっていたが、こちらは実は「メヌエット−アンダンテ」である。CDの製作者側も音源を聴かずに安易に解説書等からクレジットを引用してくるからこうなるのだろう。上に見たように新全集の楽譜が「アンダンテ−メヌエット」になっているとはいえ、その評価はかなりあいまいである。ラルキブデッリなど古楽派にもメヌエットが先の盤がある。イブラギモヴァがそうであったように、今後「メヌエット−アンダンテ」が復興してくる可能性もかなり高いのではないだろうか。

※新全集の前文等はドイツ語で書かれているが、「新モーツァルト全集オンライン」にはこの前文を英訳したものもアップされている。
※※この『モーツァルト事典』には、以下の記述がありこれはなかなか面白い指摘だ。「ハ長調の弦楽五重奏曲は,全体で1149小節を有し,『ジュピター』の924小節を凌いでモーツァルトの器楽曲中の最大規模を示す。」

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