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2018年9月23日 (日)

モーツァルトの弦楽五重奏曲の異稿(その2)

 モーツァルトの弦楽五重奏曲では、(その1)で述べたハ長調 K.515 の他に、 ニ長調 K.593 にも異稿問題がある。その時も触れたアマデウスSQの"ドイツ・グラモフォン・オリジナルス"シリーズ盤(UCCG-3898 )のCD解説にはこうある。

「 アマデウスとアノロヴィッツの組み合わせでモーツァルトの弦楽五重奏曲の全曲録音ということで、初期の変ロ長調も録音しなくてはならなくなった。それは1974年にできたのだが、いびつな状態が残った。K.593 の2つの録音とも、最終楽章の半音階的な第1テーマを何者かが「修正」した版をうっかり使ってしまっていたのだ。そこで1975年にウオルサムストウ・タウン・ホールで正しい最終楽章の録り直しを行った。」(タリー・ポッター、中嶋寛・訳)

 その第4楽章のテーマ「修正」が、今回の記事で取り上げる題材。以下は、新モーツァルト全集の前文に掲載された譜例である。

K5931

 初版や旧モーツァルト全集が採用する(下段)ジグザグ形が、新全集では(上段)半音階形に改められた。ただし楽譜のみは、こちらも(その1)で紹介した E.F.シュミットが新全集の正式出版に先立ち1956年にべーレンライターから出したポケットスコアが初出だった。この版では、両バージョンを併記しているらしい。またたまたまだが、今年夏にアマデウス四重奏団の結成70周年を記念した70枚組BOX『アマデウス四重奏団DG録音全集』が出て、修正前の全曲演奏2種と、上記解説中の終楽章「撮り直し」を聴くことができるようになっている※。

 上の譜例に挙げた第1テーマ冒頭の「修正」については、この曲の大抵の解説文に書いてあることだが、当然ながら実際の修正は冒頭の1小節だけではないだろう。なぜなら、同じテーマがくりかえされる度にジグザグ形に直す必要があるから。以下に、フィナーレの自筆譜から第1小節目と第13小節目の修正箇所の画像を貼り付けてみた。

K5932

 第1ヴァイオリンのテーマを斜線で消して、もともと休みだった第2ヴァイオリンのパートに、新しいジグザグ形の旋律を書き足していることがわかる。新全集の編集を引き継いだ E.ヘスはこの変更を第三者によるものと考えているが、 見てのとおりなかなか微妙な筆跡だ。自筆譜においてこのような半音階の下行音型の変更は19箇所に上るという(新全集の全文)。自筆譜全体は確認できなかったが、今回、新旧全集で変更されている下行音型の箇所を数えてみたら、確かに19箇所になるようだ※※。

 このほかに、モーツァルトの死後に出版されたアルタリアとアンドレの出版譜では、加えて半音階で上行する音型も変更していて、それは実際にはかなり手の込んだ仕事となっている(同じように数えてみたら、8箇所あった)。少なくとも150年近くモーツァルトの音楽として聴かれ続けてきただけに、それだけを聴く限り異和感は少ない※※※。H.C.R.ランドンなどのように、モーツァルト自身が、8音の半音階を「全音階的に少し模様替えすることに決心し、自筆譜にこれがある度に骨を惜しまずその箇所に修正した。」という解説をつけている学者もいる(『モーツァルト全作品事典』音楽之友社・刊。ニール ザスロー、ウィリアム カウデリー編)。そのランドンの解説につけられた野口秀夫氏の訳注には、以下のようにある。

「◆終楽章冒頭の主題の変更については『新全集』刊行後も多くの議論がある。変更がモーツァルトの筆跡か否か、他人の筆跡である場合、モーツァルトの意図であるかどうかということである。」(『モーツァルト全作品事典』)

 現在ではほとんどの演奏が半音階形に依っているが、モノラル時代の名盤として知られるバリリ盤などでは、当然ながらジグザグ形が選ばれているので、それを聴くこと自体は難しい訳ではない。近年もチリンギリアン弦楽四重奏団盤やストラディヴァリ四重奏団盤などでは両バージョンを併録しているので、一度は聴き比べていただきたい異稿の一つではある。

※とはいえ、以前3LPセット、3CDセットで出ていた彼らの五重奏曲全集では、終楽章の2つのヴァージョンを両方とも収めていた。
※※第37、39、101、278小節で、複数のパートにわたるユニゾンが変更されている部分も1箇所と数えている。ただし、音楽之友社刊の『作曲家別名曲解説ライブラリー モーツァルトII』では、なぜか16回としている。
※※※ただし、楽章の最終盤で第255小節から3回くりかえされる半音階の下降音型は修正されておらず、個人的には少し気になった。

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