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2018年11月29日 (木)

ザルツブルク音楽祭2018『魔笛』

 CS放送で、今夏のザルツブルク音楽祭の『魔笛』が放映されたので視聴した。アメリカの演出家リディア・スタイアーが、ザルツブルク初登場。台詞付きの音楽劇=ジングシュピールである「この作品の最大の問題は対話にあると思っています。とにかく長過ぎるのです。」として、原作にはない「おじいさん」役の俳優が、3人の孫たちに『魔笛』の物語を読んで聞かせる、というストーリー展開になっている。それはそれで「あり」だとは思うし、大きな違和感はなかった。序曲のバックでは、その前段として、『魔笛』の登場人物たちが第一次大戦前夜の中産階級の「家族劇」を演じている。これは、実に雰囲気が良かった。が、劇中劇たる物語に登場する人物がサーカスの団員風となっているのはなぜか(おじいさんが語る絵本の中のおとぎ話ということか)。もしかすると、このサーカス趣味が好悪を分けるかもしれない。サーカス小屋の『魔笛』といえば、1997年、同じザルツブルク音楽祭での上演が思い出される(クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮、演出家アヒム・フライヤー)。これはサーカスの舞台・小道具を使い、いろいろな仕掛けが散りばめられていて、なかなかおもしろかった。実際、スタイアーはこちらのインタビューで、このフライヤーや、有名なジャン=ピエール・ポネルのプロダクションについても触れている(私の高校の先輩であるT氏が主宰する「月刊音楽祭 」のサイトです)。

 指揮はクルレンツィスと同じギリシャ出身の若手コンスタンティノス・カリディスということで、音楽面でも注目された。2009年に英国コヴェントガーデン王立歌劇場で「カプレーティ家とモンテッキ家」にアンナ・ネトレプコの代役として出演し脚光を浴びた日本のソプラノ歌手・中村恵理さんが、彼の指揮のもとで『フィガロ』を歌った時の経験をこちらのインタビューで語っている。

「ちょっと専門的な話になりますが、アポジャトゥーラっていう歌い方があります。本来は前打音と言って、オペラでは3度音が離れている時に、間に音を入れて表現をやわらかくして言葉を強調したり、あるいは強調しなかったりという装飾的な歌い方です。こんなに稽古期間が短い時は、ある程度歌う側の裁量に任されていることが多いんですが、カリディスさんは全部の音に「この曲はアポジャトゥーラを入れてください」「この曲のここはアポジャトゥーラを入れないでください」という指示をつけたんです!」

 ここに見るような徹底的な「こだわり」は、今回の『魔笛』でも十分うかがえる。歌には多めの装飾がついているし、緩急強弱の幅は驚くほど広い。この曲の往年の名盤類を聴き知った方には、いちいち違和感が多い音楽づくりだろう。両幕のフィナーレや、第1・2の僧の二重唱「女の奸計から身を守れ」、3人の童子が歌う「やめなさい、ああ、パパゲーノ!」などは非常に速い(あとの2つの曲の速度記号は、ともにアレグレット)。チェンバロの多用も含め、これらは無論、指揮者の確信犯的処置だ。歌手は総じて高水準。その中でも、パミーナ役のクリスティアーネ・カルクが出色であった。ドイツ出身のソプラノとしては、今後、ドロテア・レシュマンの後継を務めそうだ。マティアス・ゲルネは無論、貫禄の歌唱だが、真っ青なメイクで根暗のザラストロを演じていて、これはある意味、かわいそう。夜の女王役のエマ・ポスマンは、代役での出演だったそうだが、第2幕のアリアの方が出来は良かった。

 最後に、以前、このブログで取り上げた楽譜上の2つの争点について触れておく。最初が、<パパゲーノの歌「おれは鳥刺し」の3番の歌詞>問題。今回の舞台では、2番まで普通に歌った後、召使いの女性が大きな包丁で文字通り、音楽を「断ち切る」。パパゲーノは、無理やり3番の最初の歌詞の第1節を「娘が俺のものになったなら/たっぷり砂糖と交換だ」と歌い出すが、そこでストップ。フォルテピアノで3番分の音楽が流れているが、出演者は次の台詞に移っていく。2つ目は、第7番の<パミーナとパパゲーノの二重唱「愛を知るほどの殿方には」の1~2小節目におけるクラリネット、ホルンパート>問題。今回の舞台では、上記1997年のザルツブルク音楽祭およびアーノンクールのCDによく似た処理をしている。つまり「タンタンタンタン」という曲冒頭の弦の刻みが入り、その後の休符をパミーナによる台詞、ここでは「善良な心の持ち主なのね」をはさんでいる。なので、管のアコードはなし! これら2点を見ても、スタイアーやカリディスたちが単に伝統や慣習に追随せず、モーツァルトの書いた楽譜・テキストを真摯に読み込んでいるのがわかるというもの。しかも、それがウィーン・フィルがピットに座るザルツブルク音楽祭で行われているというのだから、世の中は本当に変わったのだろう。

[出演]クラウス・マリア・ブランダウアー(おじいさん(語り手)/俳優)ウィーン少年合唱団(3人の孫、3人の童子)マウロ・ペーター(タミーノ/テノール)クリスティアーネ・カルク(パミーナ/ソプラノ)マティアス・ゲルネ(ザラストロ/バリトン)エマ・ポスマン(夜の女王/ソプラノ)アダム・プラチェトカ(パパゲーノ/バス・バリトン)マリア・ナザーロヴァ(パパゲーナ/ソプラノ)イルゼ・エーレンス(侍女1/ソプラノ)ポーラ・マリヒー(侍女2/メゾ・ソプラノ)ジュヌヴィエーヴ・キング(侍女3/メゾ・ソプラノ)マイケル・ポーター(モノスタトス/テノール)タレク・ナズミ(弁者、僧侶1、鎧をつけた男2/バス)シモン・ボーデ(僧侶2、鎧をつけた男1/テノール)ブリギット・リナウアー(老パパゲーナ/俳優)
[演目]ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト:2幕のジングシュピール『魔笛』K.620[台本]エマヌエル・シカネーダー[脚本]イナ・カール&リディア・スタイアー[演出]リディア・スタイアー[装置]カタリーナ・シュリップ[衣裳]ウルスラ・クドゥルナ[照明]オラフ・フレーゼ[ビデオ]フェットフィルム[ドラマトゥルギー]イナ・カール[指揮]コンスタンティノス・カリディス[演奏]ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団、ソフィア・タムヴァコプール(ハンマークラヴィーア&オルガン)アンドレアス・スクーラス(チェンバロ)[合唱指揮]エルンスト・ラッフェルスベルガー[ウィーン少年合唱団指導]エラスムス・バウムガルトナー[収録]2018年8月4日ザルツブルク祝祭大劇場「ザルツブルク音楽祭2018」[映像監督]ミヒャエル・ベイヤー
■字幕/全2幕:2時間35分

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