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2019年1月14日 (月)

ペトレンコ、ベルリンに現わる!

 我が家では週末の夜、細君とふたりで某国営放送?の大河ドラマを見るのが習慣だが、それが午後8時45分に終わった後は、Eテレの美術館情報番組に切り替える。必然的にその後、9時から始まる主に日本の国営放送?オーケストラが登場する録画音楽番組の冒頭を見るとはなしに見ていることが多い。これは数年前の日曜日の話だが、その日も、いつもながら奏者たちがまるで教師の前で試験演奏でもさせられているかのように「すらすら」と演奏している様子を見ながら、自然に会話は「オーケストラによって弾き方は違うのか?」「このオケはうまいのか?」「奏者たちは指揮者を見ているのか?」みたいな話題になっていった。そこで「百聞は一見に如かず」ということで、たまたま手元にあったカラヤン/ベルリン・フィルのチャイコフスキー後期交響曲集のDVDを取り出してきて、あらためて見くらべてみることになった。

 交響曲5番ホ短調から聴いてみる。思いっきり暗い表情で冒頭の運命主題が木管で奏される部分から、展開部で全楽器が爆発するテュッティまで、驚くほどダイナミクスの幅が広い。画面には、世界でも指折りの名手と言われる連中が、全身を揺らし、まさに必死になって曲に食らいついている様子が写っている。「どう?」と聞いてみると、「全然違う」と細君。「感動した?」「うーん。会場にいたら、絶対に感動したと思うわ」との返事。細君が唯一認める天才はモーツァルトで、僕が時にベートーヴェンやマーラー、オペラなど歌物を聴いていると、「うるさーい!」と言ってくるような人である。それが結局、第5番、次いで第6番『悲愴』まで聴き通すことになった。チャイコフスキーだって、随分うるさい曲だけれど。

 さて、昨日夜もだいたい同じ感じで午後9時を迎え、画面からはレスピーギが流れていたのだが、ちょうど前日、ベルリン・フィル/デジタル・コンサートホールの年間契約特典盤(DVD)が届いていたのを思い出し、レコーダーにかけてみた。新しく首席指揮者となるキリル・ペトレンコが登場した昨年8月のライヴで、曲目はリヒャルト・シュトラウスの「ドン・ファン」と「死と変容」、ベートーヴェンの交響曲第7番というプログラムである。最初のテュッティを聴いた時から、細君は「全然、音が違う」と一言。実際、弦の音には艶・輝きが感じられるし、管の表現も意欲的だ。ソロ奏者が画面に映る度に「この人は誰?」と聞くので、「今、世界で一番売れているフルーティストのパユ。隣のオーボエ奏者はマイヤー。この二人は超大物」等と解説をつける。ほかにホルンはドールとウィリスのコンビ、クラリネットはフックスと、さすがに首席が揃っている。コンマスの樫本さんだけは「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出ていたので知っていたそうだが、「ほかにも日本人らしい顔つきの女性がいた」と言うので、確かめてみると、これはヴィオラ首席の清水直子さんだった。楽器の並びはいわゆる対向型。ラトルが採用していたコントラバスを右に置く形でなく、左手奥になる一般的な対向型配置である点が目を引く。ペトレンコの指揮は、オケからも見やすい、ある意味オーソドックスな振り方である。基本、滑らかかつスムーズに音楽を捌くが、細かくみると曲調ごとに細かなメリハリをつけていて、一瞬にして強弱が切り替わる。これは樫本さんのアグレッシブな演奏スタイルも影響しているかもしれない。曲がメインのベートーヴェンに移ると、時に手を止め奏者の自発性に任せながらも、早い箇所ではかなりオケを煽る。第2楽章のアレグレットは極限に近い弱音に始まるが、楽器ごとのフレーズの受け渡しも万全だ。ここで「ベートーヴェンも天才かも」と細君(笑)。第3楽章から終楽章にかけては楽員たちの入神の演奏もあって、もはや名演というほかない。最後は会場総立ちのオベーションで迎えられていた。

 ペトレンコは、気のいい若者という感じで楽員を讃えている。メンバーもいかにも満足げで、お互いに握手を交わしたりしている。電撃的な就任発表があった当初は、「独墺ものは未知数」と言われていたがだけに、「俺たちが選んだシェフだけど、どう?」とちょっと自慢したい気分だったのではないだろうか。実際にこのように若い音楽家を育てていくのも、大事な仕事だろう。翻って、一体、日本のオケが内外問わず誰を育てたのか?・・・何を積み重ねてきたのか?・・・

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2019年1月 6日 (日)

2018年まとめ

 2018年も、テオドール・クルレンツィス&ムジカエテルナは大活躍だった。マーラーの交響曲第6番のCDは、予想どおり、いや予想以上に素晴らしかった。2年連続の「レコード・アカデミー賞」大賞受賞というのも不思議ではない。彼らの活躍については、一般紙である朝日新聞にも特集記事が出たし、2019年2月には初来日が待っている。まだまだ快進撃は続きそうだ。

 年末には、HMV&BOOKS online が、「2017年11月1日~2018年10月31日までに発売されたクラシック商品の中から、お客様による投票と、HMV&BOOKS onlineクラシックのセールスランキングとを合わせ、この年一番の人気アイテムを決める「HMV&BOOKS online クラシカルアワード」」という新たな試みを始めた。総合1位が上記クルレンツィスのマーラーだったのは当然としても、第2位は僕も1票を入れたヒラリー・ハーンのバッハ「無伴奏」だったので、個人的にはうれしかった。デビュー盤(ソナタ1曲、パルティータ2曲)もバッハであった彼女が、何と20年の時を経て続編(ソナタ2曲、パルティータ1曲)を録音したのだから、これは驚き以外の何物でもない。演奏も期待以上の出来で、ソナタ第1番におけるフーガ後半の気迫には本当に圧倒された。ちなみに特設サイトには、投票時の私のコメントが載っている(笑)。

 このところ、ハイドンの交響曲が注目を浴びてきているようだ。ハイドン生誕300年にあたる2032年までにハイドンの交響曲全曲を録音しようとしているジョヴァンニ・アントニーニ&バーゼル室内管弦楽団(イル・ジャルディーノ・アルモニコ)を始めとして、ハリー・クリストファーズ&ヘンデル&ハイドン・ソサエティ、飯森範親&日本センチュリー交響楽団と、複数のシリーズ録音が続いている。シリーズ物では、他にトーマス・ファイ&ハイデルベルク交響楽団の全集もファイの意思を継いで続編が出ているし、鈴木秀美&オーケストラ・リベラ・クラシカ(OLC)も長期に渡ってがんばっている。ラトル&ロンドン交響楽団の『ハイドン・想像上のオーケストラの旅』や、ジュリアン・ショヴァン&ル・コンセール・ドゥ・ラ・ローグの「パリセット」等、話題の新譜も目立つ。以前、「2016年まとめ」という記事に、日本でハイドンの交響曲全集録音を目指されている右近大次郎さんから、

「ハイドンには奏者の腕を見せることが出来て、少人数で出来る曲が多いので、こういう若い団体が増えて、古典派の時代が来ると、ハイドン コレギウムを始めた時から思ってましたので、是非そうなって欲しいと思います。」

というコメントをいただいていた。ハイドンの初期・中期の交響曲がこれほどまとめてリリースされてくると、まさに右近さんの予言が当たってきたと思わざるを得ない。新ハイドン全集における交響曲の楽譜が出揃ったことも、そうしたハイドン・リバイバルの要因の一つを担っているのかもしれない。その意味では、校訂楽譜の存在は大きいと言わねばならない。一方、モーツァルトの交響曲録音は、エッティンガー&シュトゥットガルト・フィルの「交響曲第25番、第40番」、ヘルベルト・ブロムシュテット&バイエルン放送交響楽団の「交響曲第40番、第41番」が目立ったくらい。新録自体が少なくなってきたような気もするが、これも時代の流れだろうか。

 2018年は個人的に、モンテヴェルディのマドリガーレをよく聴いた。1月に出たポール・アグニュー&レザール・フロリサンの「マドリガーレ集~『クレモナ』『マントヴァ』『ヴェネツィア』 」(3CD)を聴いて、その音楽の素晴らしさ、演奏の完璧さに魅了されたからなのだが、この時代の音楽はもっと知られてもいいのではないか。このCD集にも含まれるデュエット「金髪の髪よ、美しい宝 SV143」(マドリガーレ集第7巻)など、その美しさ・親しみやすさは何物にも変えがたい音楽の一つだと思う。鈴木美登里さんを中心に結成された日本の声楽アンサンブル「ラ・フォンテヴェルデ」が、モンテヴェルディのマドリガーレ全曲録音を目指しているが、咋夏、順調に「第5巻」に辿り着いた。全曲完成まであと3分の1。ぜひがんばってほしい。

 ところで、上記「レコード・アカデミー賞」の発表誌である 「レコード芸術」(音楽之友社)12月号には、 例年、「レコード・イヤー・ブック」という付録が付いている。前の年、我が国で出されたディスクが一覧できる冊子なのだが、これが異常に薄い。ページ数でいうと260ページしかない。ちなみに手近にあった1993年発売のディスクを載せた「'94」を見たところ、528ページあった。つまり昨年2018年は、その半分の量だったわけである。ちなみに「レコード・アカデミー賞」は、「各年度(1年間)に、日本のレコード会社から発売されたクラシック・レコード」、いわゆる国内盤を対象にしているとある。なので、オペラ部門などは、「たった一つ。本格的新録音のオペラ録全曲はたった一つだった。(堀内修氏)」などというとんでもないようなことも起きているようだ。正直、この時代にあって、国内盤などというくくりに意味があるとは思えない。この際、「レコード・アカデミー賞」も、たまたま!国内盤で出たディスク内で競うのではなく、日本人演奏家部門(確か、かつてあった)や、日本のレコード会社の企画盤部門、あるいは日本での録音部門とかのレギュレーションで競う方がずっと良いのではないだろうか。というのも、上記「ラ・フォンテヴェルデ」のモンテヴェルディや、ジョスカン・デ・プレの「ミサ曲全集」を録音中のヴォーカル・アンサンブル・カペラなどの取り組みこそ、賞でもって応援すべきではないかと思うからだ。そうした姿勢こそが、長い目で見て、国内のクラシック・ファンを育てていくことにつながるはずなのだが。

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2019年1月 2日 (水)

ドイツ・グラモフォン創立120周年 Special Gala Concert

 元旦の朝日新聞を見ていたら、広告欄に表記のCDの発売告知広告が載っていた。「本日世界同時発売!」という大きな字が紙面に踊り、「2018年12月5日に開催され話題となったコンサートを世界的な反響を受け緊急リリース!」ともある。実演から1か月立っていないリリースにも驚くが、ライナー・ノーツは村上春樹氏という豪華さ。緊急リリースとは言いながら村上氏を会場に呼んでおくなど、周到に準備はされていたのだろう。「小澤征爾/アンネ=ゾフィー・ムター/ディエゴ・マテウス/サイトウ・キネン・オーケストラ」というクレジットになっているが、例によって小澤氏が全曲を振ってはいないだろうと思いながら演奏曲目を見ると、サン・サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ イ短調 作品28」だけが、小澤・ムター両者の共演曲という。二人の記念演奏(共演)では、2008年1月の「カラヤン・メモリアルコンサート」(ウィーン、ムジークフェラインザール大ホール)が素晴らしかった記憶がある。その後、2016年10月に今回と同じ会場で行われた「サントリーホール30周年記念ガラ・コンサート」でも、武満徹の「ノスタルジア―アンドレイ・タルコフスキーの追憶に―」という曲で共演していて、確かこれはNHKでも放映された。今回も期待がつのる。早速、昼過ぎに Amazon に注文を入れておいたら、何と!本日お昼には地方暮らしである僕の自宅に届いていた。これにまたびっくり。店頭での注文から手に入れるまで2週間はかかったLP世代の僕などには、空おそろしい時代が来たものと思わざるを得ない。

 両者の共演は、予想どおり素晴らしいもの。ムターの輝かしい高音から骨太な低音まで磨き抜かれた美音は、いつもどおりとは言え、一度聴いただけでこの人とわかるほどの域に達している。特に弱音部分での弓の自在な使い方は、他の奏者の追随を許さないのではないか。視聴後、ストラディヴァリウスを使っている邦人女性演奏家が弾く同曲CDを聴いてみたが、コンクールでは優勝しそうだが、聴いた後の印象は段違い。半分くらいの中身そして長さの曲にしか聴こえてこない。小澤氏、そしてサイトウ・キネン・オーケストラ伴奏も、ムターの自由奔放かつ熱の入った演奏に、内容のある「音楽」で応えている。年頭から2019年を代表する演奏が現れたと言える。もし一つだけマイナス点を書くとしたら、最後の曲くらい演奏後の拍手を入れてもよかったのでは、グラモフォンさん。ライヴ・レコーディングと記してあるのだし。

 村上氏に引きずられて、他の曲・奏者には触れなかったが、全体の収録曲・演奏者は以下のとおり。
①チャイコフスキー:歌劇《エフゲニー・オネーギン》 作品24 ポロネーズ
②チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 作品64
【指揮:ディエゴ・マテウス / サイトウ・キネン・オーケストラ】
③ J.S バッハ:ヴァイオリン協奏曲 第2番 ホ長調 BWV1042
④ ベートーヴェン:ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス 第1番 ト長調 作品40
【指揮:ディエゴ・マテウス / サイトウ・キネン・オーケストラ    ヴァイオリン独奏:アンネ=ゾフィー・ムター】
⑤サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ イ短調 作品28
【指揮:小澤征爾 / サイトウ・キネン・オーケストラ      ヴァイオリン独奏:アンネ=ゾフィー・ムター】

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