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2019年7月30日 (火)

モーツァルト交響曲第39番のアイゼン校訂版

先日届いたアカデミア・ミュージックからのメール・マガジンに、Breitkopf Urtext シリーズの新刊案内があった。

「□□□アイゼン校訂版が小型スコアで登場!
モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調 KV 543
https://www.academia-music.com/products/detail/165089?utm_source=newsletter&utm_medium=email&utm_campaign=1907110
クリフ・アイゼン校訂版。38番、41番に続いて第39番が登場しました。この作品の自筆譜は長らく所在不明の時期があり、新全集では自筆譜の複写版が資料として使用されました。このアイゼン版は第2次大戦後では初めて、自筆スコア(クラクフ、ヤギェウォ図書館)の現物を検証した校訂版です。ラフな筆致で書かれ、誤りも多数含まれている自筆譜を現物に当たって丹念に調査した結果、アーティキュレーションをはじめとするさまざまな点で、従来の版の誤りを修正しています。校訂報告付き大型スコア [466243]、演奏譜 [466244]も発売されています。」

 この解説は、変ホ長調交響曲 K.543 の新モーツァルト全集(Barenreiter)版において、その編集時に自筆譜が参照されなかったということを踏まえて書かれている。例えば、同じ事情はニ長調交響曲 K.504 「プラハ」でもあって、これは「モーツァルト・アラカルト3」でも触れておいた。結果、「プラハ」交響曲における現在発行されているべーレンライター版(例えば濃紺のスタディー・スコア)は、当初発表された新全集版とは多くの箇所で相違している(いつも書くことだが、本来ならば改訂新版と表紙等に書くべきである)。ただ、新モーツァルト全集で三大交響曲の巻(NMA IV/11/9: 交響曲,第9巻,1957)を担当した R.ランドンの名誉のために付け加えておくならば、 K.543 の場合、「この版は,ウィーン楽友協会にある自筆譜の写真版に基づいている」とのこと。つまり、自筆譜自体は行方不明のため参照できなかったが、幸い写真版を参照できたわけで、その点、上記「プラハ」とは事情を異にしている。無論、アカデミアの担当者の方もその点は十分理解されていて、ブライトコプフ新版は「自筆譜を現物に当たって丹念に調査した」と記しているが。

 実際に、べーレンライター濃紺版(同、交響曲合本版II)と、上記ブライトコプフ新版(私が持っているのは上記「校訂報告付き大型スコア」の方)とをざっと眺めてみたが、同じ自筆譜を参考にしているだけに、音符自体が相違する箇所はほとんどないように思える。今回、僕が見つけたものは、以下の箇所(ベーレンライター/ブライトコプフの順に示す)。

【第2楽章】
a)第141小節 第1,2ヴァイオリン(1番目の音符は8分音符/1番目の音符は4分音符)
※ヴィオラ、バッソは両版ともに4分音符で、アイゼン版は弦4部で音価を合わせる。校訂報告では「自筆譜による」と記している。ちなみに旧全集は、第1,2ヴァイオリンが4分音符で、ヴィオラ、バッソの方が8分音符だった。

【第4楽章】
b)第132小節 第1,2ホルン(4分音符/2分音符)
※こちらは、ベーレンライターの旧版(NMAオンラインで読めるもの)では、2分音符であった。校訂報告(1963)の末尾に記載された訂正で4分音符に変えられていた。ちなみに、1964年1月発行の音楽之友社刊のミニチュア・スコアでは、第4楽章・第121,123小節の第2クラリネットにおけるナチュラル記号とともに、すでに訂正が入っていた(=つまり4分音符)。アイゼン版では、当初の2分音符になっているのは興味深い(校訂報告にも特に記載なし)。

 一方、アーティキュレーションには、いくつか相違がある。参考までに演奏に影響が出そうなところをいくつか挙げておく。

【第1楽章】
1)第100,101小節 チェロ(2小節全体に1つのスラー/2小節全体に1つのスラーだがスラーの途中が点線)
※アイゼンの校訂報告では、見たところ1小節毎のスラーリング、とある。ただし類似箇所に第104,105小節のチェロがあり、こちらは(2小節全体に1つのスラー/2小節全体に1つのスラー)となっている(注1)。なので、アイゼンは点線にしている。

2)第123,124小節 フルート、第1,2クラリネット(全音符に小さなドット=編者の付加/ドットもストロークもなし)
※並行箇所に第280,281小節のフルート、第1,2クラリネットがある。こちらは(280小節の全音符、281小節の第1クラリネットの全音符にドット/280小節の全音符にストローク、281小節の第1クラリネットの全音符にストローク、第2クラリネットの後半にカッコつきストローク)。一方、自筆譜では第123,124小節にはドットおよびストロークがないわけで、これをランドンは小さなドットで補い、アイゼンは補うことをしなかった、ということになる。

3)第254小節 第1,2ホルン(小節冒頭に sfp/小節冒頭に sf、2泊目に p)
※アイゼンの校訂報告によれば、p は小節の真ん中にあるという。結果、1拍目冒頭の8分音符に sf、2泊目の2分音符+トレモロに p がつくバッソ・パートと同じダイナミクスとなる(ただし、類似箇所の第97小節は、両版とも「小節冒頭に sfp」)。

【第2楽章】
4)第38,108小節 第1,2ホルン(小節冒頭に fp/小節冒頭に fp)<<両版とも同じ
※アイゼンの校訂報告によれば、モーツァルトはここに「fpia」と書いている。その上で、上記第1楽章の3)のように、「pia」部分は小節の真ん中にあるという。ただし、同じ小節 のヴァイオリン1,2では、小節冒頭の4つの16部音符の2番目の音符から「pia」が書かれているという。なので、第1楽章の3)の時のように、f と p とをあえて分けては表示しなかったのだろう(校訂報告では、ホルンのパートでは、急速なダイナミクスの変化というより「デュミニエンド」として意図されただろうと注記している)。

5)第52小節 第1ヴァイオリン(スラーは2番目の音符から始まる/スラーは最初の音符から始まる)
※ここはアイゼン版が踏み込んだ箇所。アイゼンも「スラ―は 2nd note から始まっているように見える」としながらも、第51,121,124小節等を参照、「おそらくは連続したレガートが意図されている」と注記している。

6)第121小節 第1ヴァイオリン(スラーは2番目の音符から始まる/スラーは最初の音符から始まる)
※ここもアイゼンが「スラ―は 1st と 2nd note との間から始まっている」としながらも、上記5)同様に「おそらくは連続したレガートが意図されている」と判断した箇所にある(第51,124小節等を参照)。

7)第124小節 第1ヴァイオリン(スラーは2番目の音符から始まる/スラーは最初の音符から始まる)
※この箇所でもアイゼンは、校訂報告でスラーが1番目と2番目の音符で切れていることを指摘しながら、小節全体をひとつのスラーでつないでいる(次小節の1番目の8分音符まで)。

【第3楽章:トリオ】
8)第4、8小節 フルート(スラーは次の小節の頭までつながる/スラーは小節の終わりまで)
※アイゼンは4、8小節目(ランドンは8小節目)について、校訂報告でスラーが小節内に留まっていることを報告している。ただし、アイゼンも触れているように、第3、7(19、23)小節目の第1クラリネットを見ると、モーツァルトの意図としては次の小節につなげていると見ても不思議ではない(20小節目のフルートも参照)。その場合は、この8小節目と次の9小節目が、ちょうどリピート記号で区切られていることから、スラーを延ばし難かったのかもしれない。

【第4楽章】
9)第95,96小節 弦4部(95小節目から続くスラーは97小節目の1番目の8分音符まで続く/95小節目から続くスラーは第96小節目の終わりの音符まで)
※ランドンもアイゼンも、この箇所のスラーは96小節目の終わりまでで終わっていると校訂報告で書いている。ただしこの2つの小節は、自筆譜ではちょうど31枚目・表裏で分割されている部分であり、速筆のモーツァルトが両小節間をスラーをつなげるのを省略したのかもしれない(第90小節を参照)。なので、アイゼンも「次のダウンビート(強拍)までをスラーでつなぐという意図だろう」という注釈を書いている。

10)第241,242小節 フルート、第2クラリネット2、第1,2ファゴット、第1ヴァイオリン=同2:unison(241小節目から続くスラーは243小節目の付点4分音符まで続く/241小節目から続くスラーは243小節目の付点4分音符まで続く)<<両版とも同じ
※アイゼン版の校訂報告では、ヴァイオリン・パートについてのみ「スラーは第242小節の終わりまでのみ延びているように見える」と書きながら、第247-249小節を根拠に「しかし、おそらく243小節目の 1st note まで延びるよう意図されているだろう」とし、ここでは実際の楽譜もそのようにしている。一方、ランドンの校訂報告では、上記4楽器7パートではスラーが次の小節まで延びていないが、第1クラリネット、ヴィオラ、バッソと調和させている、との記入がある(ただし、当該記述の中で、「nicht bis T.244 gefuhrt」とあるのは「T.243」の誤りではないだろうか )。 

 以上、見ていただいたように主に複数の類似箇所で、スラーのかかり方を揃えるか揃えないか、という違いが中心となっている。これはなかなか難しい議論で、今回、アイゼンは自筆譜の現物にあったというが、5)6)7)のようにあえて自筆譜どおりにしなかった箇所もある。一方、ランドン編のべーレンライター版も、第1楽章:アレグロの主題や第4楽章の主題などこの曲の自筆譜によくある「並行箇所におけるアーティキュレーションの相違」をよく尊重していて、きちんと自筆譜の表記を譜面に反映している(注2)。なので、批判的全集版としては比較的初期の校訂になるにもかかわらず、結果「リンツ」や「プラハ」の場合のような大幅な修正・改訂がなされていないのだろう。僕個人としては、アイゼン版が出た現在でも校訂報告書も含め十分、研究・実用に値する楽譜であり、存在価値はなくなってはいないと考えている。

(注1)アイゼン版の第104,105小節は、ちょうどこの2つの小節間で楽譜の段が変わっていて小節自体が離れているが、スラーの後ろおよび前が小節線近くまで延びている。これは、1つのスラーを示す表記。
(注2)ハイドンの交響曲におけるランドン版(ユニバーサル版=フィルハーモニア版)については、「校訂者独自の変更が多く見いだされる」、「記譜法の大幅な現代化」などの批判を述べている人もいる(例えば、新全集の《パリ交響曲集》の校訂を担当した中野博詞氏。『ハイドン交響曲(春秋社・刊))』。

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2019年7月 9日 (火)

音楽の愉しみ(その2)

 2012年に、「音楽の愉しみ(その1) 」という記事を書いた。毎日の生活の中でできる、気軽なクラシック音楽の愉しみ方について書いたものである。今回はふと思い立って、その続きを書く。

4)曲名当て
 これは、誰しも一度は無意識に試したことがあるかもしれないが、ラジオ(主にNHKのFM放送)でクラシック放送を聴いているときに、その流れている音楽の作曲家や曲名を当てるという「ひとりクイズ」である。僕の場合、平日の朝(月曜を除く)、7時25分から始まる「クラシックカフェ」という番組の再放送を通勤途中の車の中で聴いているときがそうだ※。例えば先日、朝一番にカー・ステレオから流れてきたのは、ホルン独奏とオーケストラの曲。ホルン協奏曲自体は決して珍しいものではないが、有名なものはモーツァルトかリヒャルト・シュトラウスに限られる。その時流れていた曲は曲調、和声の感じから後者の交響詩『英雄の生涯』によく似ていたので、リヒャルト・シュトラウスの「ホルン協奏曲」と推測ができた(実際は、第1番・変ホ長調)。無論、得意・不得意もあって、僕の場合、ハイドンとモーツァルトの区別は結構できる(つもり)。逆に曲数や曲種も多いロマン派の室内楽曲やピアノ曲の場合、「これは誰の曲?」というときも結構あって、かなり迷う。シューベルトやシューマンあたりは独特の雰囲気があって、知らない曲でも何となく判断できることがあるが、ベルリオーズやリストあたりは当方もあまり知識がなくお手上げということも多い。ましてや後期ロマン派になると、まだまだ勉強不足を痛感させられる。そういう場合は、目的地に着いてから iPhone でNHKの番組サイトを呼び出し、「答え」を確認するというのがいつもの日課になっている。

5)演奏者当て
 4)のクイズをやろうというときに、当然、すでに聞き知っている曲がかかるときがある。正確に数えたわけではないが、僕の場合、上記「クラシックカフェ」 で既知の曲に出くわす確率はおよそ半々くらいだろうか。その場合は、その曲の演奏家の名前を推測するクイズに移行する。今度は、演奏の特徴や楽器から出る音色などが判断のヒントになる。上記の「ホルン協奏曲」の場合、実は先週あたり集中して聴いていたペーター・ダムのホルンの音色に非常に似ていたので、「もしや」と思って確認してみたら、やはりペーター・ダム(ホルン)、ルドルフ・ケンペ(指揮)、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の演奏(EMI)であった。こういうときは実際かなりうれしいし、自分の音楽的感性に対する密かな自信にもなる。ほかに最近、正答できた演奏者では、アンネ・ゾフィー・ムターの弾くブラームスのヴァイオリン・ソナタ「雨の歌」(DG)や、ザビーネ・マイヤーのモーツァルト作曲、クラリネット協奏曲(EMI)があった。でもこういうことができるのも、その判断に音楽的な見地だけでなく、録音メディア等に対する若干の経験・知識が関わっていることは否定できない。というのも、例えばカラヤンはメンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」は録音しているが「真夏の夜の夢」は録音していないとか、ワーグナーの交響曲とはいえば一般的にレーグナー(指揮)、ベルリン放送交響楽団(シャルプラッテン)のものしか知られていない、といったトリビアめいた知識もこの場合、大いに役に立っているわけである。ただし、無論そのように様々な手法を駆使して推測をしたところで、どうしても4)のクイズほどの正答率は得られない。「これはヨーロッパの有名オーケストラの演奏だろう」と推測していたらなんと日本のオケだったり(最近、日本のオケの質は随分上がったとみえて、マーラーやブルックナーなどの大曲も軽々とこなせるようになった!)、往年の大指揮者だと思っていたら案外、若手の演奏だったりというような経験は、結構、日常的に起きる。結局、自分を相手に「ブラインド・テスト」をしていることになるわけで、世評やブランドを抜きに音楽家を評価することの難しさを日々痛感している。

6)曲の脳内再生
 テレビやラジオなどである音楽が流れてきたときに、それを引き取って脳内で続きを再生してみることはないだろうか? 以前、大河ドラマで宮﨑あおい主演の「篤姫」という作品があったが、この音楽は作曲家の吉俣良氏が担当されていた。特に主題曲は、井上道義 (指揮)、NHK交響楽団による魅力的な楽曲で、僕も気にいっていたものだった。あるとき、土曜日お昼の再放送の時間帯に、ダイニングに置かれたテレビからそのテーマ音楽が流れてきた。それを聴くとはなしに聴きながら、その部屋を出て洗面所で洗面。その間ずっと頭の中で主題歌を辿っていて、それが終わりに近づいた頃にダイニングに戻ってきたら、脳内の音楽とテレビの音楽がちょうどユニゾンで重なって、終了の和音で終わったということがあった。これは、僕的にはかなり感動できる出来事だった(笑)。そして、これはCD等を使えば、いつでもできる遊びである。音楽を途中まで聴いて、途中でボリュームを絞り、ややたってから音を出してみる。頭の中で鳴っている音楽とどこまでシンクロしているか?・・・思うより簡単ではないと思うので、ぜひ一度お試しを。

※ちなみに「クラシックカフェ」の本放送の方は、午後2時代である。

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2019年7月 4日 (木)

ロンド K371 の見つかった「60小節」(その2)

 モーツァルトの(ホルンとオーケストラのための)ロンド K.371 において、前世紀の末になってようやく紛失していた中間部の60小節の自筆譜が発見されたという話題の続き。(その1)では、発見前の自筆譜(既存譜)の状態について見てみたが、今回は新たに見つかった方の楽譜を見ていく。

<新2枚目表・新3ページ目>
 全12段のうち、上下2段づつには音符等を記入せず、真ん中の8段だけ使用している(これは、既存譜と同じ)。楽器指定はなし。1段目の上に、ニッセン等の手で、「私は信用する。これらはホルン・コンチェルトの一部だと・・・」というような意味のコメントが書かれている。右上には「フォン・モーツァルトと彼の筆跡」とも。1ページ目には、冒頭から15小節目までを記入。これは全体としては、27小節目から41小節目にあたる。既存譜の2ページ目から続いているため、スコアとしてほぼ完成している。

<新2枚目裏・新4ページ目>
 このページには、続く16小節目から30小節目までを記入(全体としては、42小節目から56小節目まで)。なぜか、独奏ホルンのパートしか記されていない。

<新3枚目表・新5ページ目>
 31小節目から44小節目までを記入(全体では、57小節目から70小節目まで)。ここも独奏ホルンのみで、41〜43小節のみ第1ヴァイオリンの合いの手が記入されている。

<新3枚目裏・新6ページ目>
 こちらには、45小節目から最後の60小節目までを記入(全体では、71小節目から86小節目までとなる)。やはり独奏ホルンのみで、57〜60小節のみ第1ヴァイオリンの合いの手が記入されている。

 これら4ページの楽譜のあとに、前回見た旧3ページ目=新7ページ目、および旧4ページ目=新8ページ目が続く形が、このロンドの本来の姿であった。以下、残りの自筆譜の状態も見ておこう。

<新5枚目表・新9ページ目>
 ここからは、新たな2枚折り用紙(4ページ)、2枚重ね(計8ページ)になる。旧55小節目から同69小節目までを記入(新115小節目から129小節目)。ここは前ページに続きフルでの記譜になっているが、旧66小節で短調のC部分に移行し、独奏ホルンとバッソだけの記載に変わる。

<新5枚目裏・新10ページ目>
 旧70小節目から同85小節目までを記入(新130小節目から145小節目)。引き続き独奏ホルンとバッソだけだが、旧80小節目から85小節目は弦の合いの手、和声も加わる。

<新6枚目表・新11ページ目>
 旧86小節目から同99小節目までを記入(新146小節目から159小節目)。ここは独奏ホルンのみ。

<新6枚目裏・新12ページ目>
 旧100小節目から同114小節目までを記入(新160小節目から174小節目)。ここも独奏ホルンのみだが、最後の1小節は管楽器の和音が入る。

<新7枚目表・新13ページ目>
 旧115小節目から同128小節目までを記入(新175小節目から188小節目)。前ページから続き、独奏ホルンに管の和音がつく部分が3小節あり、そこでC部分が終了。旧118小節目から3度目のロンド主題の復帰が始まる。以降は独奏ホルンのみの記譜だが、最後の2小節は一部弦(第1ヴァイオリンとバッソのみ)のブリッジが付く。

<新7枚目裏・新14ページ目>
 旧129小節目から同142小節目までを記入(新189小節目から202小節目)。前ページから続くロンド主題部が弦のブリッジで終わり、独奏ホルンに副主題部Bが戻ってくる。ただし、前回のBをそのままくりかえしているわけではなく、ほぼ上記<新2枚目裏・新4ページ目>27小節目以降の素材を使いやや変奏している(なので、(その1)で触れた分散和音の旋律は出てこない)。この部分は独奏ホルンのみ。

<新8枚目表・新15ページ目>
 旧143小節目から同156小節目までを記入(新203小節目から216小節目)。前ページから副題部が続いている。旧145、146小節目には一部弦(第1ヴァイオリンとバッソ)の合いの手が入るが、他は独奏ホルンのみ。

<新8枚目裏・新16ページ目>
 旧157小節目から同171小節目までを記入(新217小節目から231小節目)。副題部が続いている。旧161小節目から169小節目の1拍目には第1・第2ヴァイオリンが弾く対旋律が記されているが、他は独奏ホルンのみ。

<新9枚目表・新17ページ目>
 ここからは1枚重ねの用紙(4ページ)。旧172小節目から同184小節目までを記入(新232小節目から244小節目)。副主題部の終結部前。前ページの終わりから独奏ホルンと一部弦(第1ヴァイオリンとバッソ)による交互の応答が続いている。

<新9枚目裏・新18ページ目>
 旧185小節目から同198小節目までを記入(新245小節目から258小節目)。副主題部の終結部。前ページ最後の弦によるシンコペーションのフレーズを独奏ホルンが引き取る。旧193小節目の頭で独奏ホルンが終止。同じ小節から5小節で、(ヴィオラを除く)弦全体でのカデンツ。最後の1小節は、独奏ホルンのカデンツァが入る部分(の最初)。

<新10枚目裏・新19ページ目>
 旧199小節目から同212小節目までを記入(新259小節目から272小節目)。前から続くカデンツァ部分が、4小節目に「アダージョ」に達する。この部分は、独奏ホルンと(ヴィオラを除く)弦全体で書かれていて、和声の変化も明確に示されている。その後、次の小節で「アレグロ」に戻り、曲冒頭のロンド主題が戻ってくる。ここは独奏ホルンのみ。

<新10枚目裏・新20ページ目>
 旧213小節目から同219小節目までを記入(新273小節目から279小節目)。前ページの独奏ホルンのみのロンド主題が、このページの頭で(ヴィオラを除く)弦全体と短いかけあいになる。そのまま最後の4小節で華やかに楽章を終える。

 以上、K.371 の再構成された自筆譜全体を、1ページ毎に追ってみた。こうして見てみると、未完成のフラグメントと言えども独奏ホルンのパートはすべて記譜済みで、さらに弦の部分も合いの手やかけあい部分はきちんと押さえてある。野口秀夫氏は「Wolfgang Amade? Mozart(その1)-手稿譜における署名の状況- ホルンと管弦楽のためのロンド変ホ長調K.371は誰のために書かれたか?」という神戸モーツァルト研究会・第197回例会(2007/10/7)の発表原稿の中で、この自筆譜について以下のように推測されている。

「1781.3.21 1781.3.21(水):ヴィーンで 1781.3.16 以降にヴィーン製の五線紙に最長 5 日間で作曲されたK.371は、管弦楽部が未記入のままこの日に完成日と署名がフランス語で記入された。
--> 侯爵の注文を受けたモーツァルトはヴィーン製の五線紙に協奏曲を構想したが短納期ゆえ無理となり、単独楽章のロンドを書き下ろすこととした。(中略)。279 小節のロンドの独奏部を書き上げたモーツァルトは納期を過ぎてしまった穴埋めに、写譜の効率を上げる手としてオーケストラ部分を自らパート譜で仕上げ、この日に曲が完成。ホルンの独奏パート譜として使われることになった草稿譜面にはロシア出身の侯爵の公用語であるフランス語で署名し、オーケストラパート譜とあわせて納付した。」

 ここで「ロシア出身の侯爵」と言われているのは、ヴィーン駐在ロシア大使であった「ドミトリイ・ミハイロヴィチ・ゴリツィン侯爵」(モーツァルトは「ガリツィン伯爵」と呼んでいる)のこと(※1)。そのことの当否は置くとしても、自筆譜を「ホルンの独奏パート譜として使われることになった草稿譜面」としている点は、上記記譜の状況から見て考慮に値する説であると思われる。少なくとも、完成を放棄した(完成できなかった)楽曲断片ではなかったのではないだろうか。

※1 野口氏は上記論文で、署名がフランス語でなされていることに着目し、このロンドがガリツィン伯爵の注文によると推察している。

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2019年7月 2日 (火)

ロンド K371 の見つかった「60小節」(その1)

 先日、モーツァルトのホルン協奏曲第4番 K.495 の楽譜異同について書いた折、ペーター・ダムの協奏曲録音(ブロムシュテット指揮ドレスデン国立歌劇場O. )について触れておいた。この盤には4つの協奏曲のほかに、ロンド K.371 も収録されている。実はこの曲にも楽譜上の問題があるので、勉強がてら書いてみたいと思う。この K.371 について、最近の曲解説には以下のような説明がなされている。

「独奏部分は完成しており、伴奏部分のスコア(オーボエ2、弦楽合奏)には未完成部分が多いが、それらを補筆して演奏される機会がしばしばある(ジョン・ハンフリーズ、ロバート・レヴィンの版あり)。 1989年、長い間紛失していた中間部の60小節の自筆譜が発見され、この曲の本来の姿がようやく判明した。それ以前は、この部分を欠落させたまま補筆・録音されていた(音楽的にそれほど不自然ではなかったため、欠落しているとは気づかれなかった)。 」(「ホルン協奏曲 (モーツァルト)」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 僕の場合、このような記述を読むと、五線譜の束になっている自筆譜から「60小節」といわれる欠落部がどのような形で抜け落ちていたのか?ということが気になって確かめたくなる。だが、どうもそういうことを解説してくれる文章には、邦文ではめったにお目にかからない。このあたりの事情を、自筆譜の初め部分(4ページ)から見ていくことにしたい※1。まず自筆譜の状態だが、新モーツァルト全集の校訂報告によれば、「60小節」が見つかる前まではこうなっていた(以下、既存の自筆譜の状態を示す<図表>)。

K3171

 このうち最初の「1、2」と数字が振られた「コの字」記号は、1枚目(表裏)と2枚目(表裏)の用紙がつながっていて、半分に折られていることを示している。1枚の用紙で、4ページ分の楽譜が記入できるわけである。

<1枚目表・1ページ目>
 モーツァルトは、全12段のうち、上下2段づつには音符等を記入せず、真ん中の8段だけ使用している。楽器指定は上から、「独奏ホルン/ヴァイオリン1/同2/ヴィオラ/オーボエ1/同2/ホルン1&2/バッソ」の8段。1段目と2段目の間に、「/Rondeau/」と表題が書かれている※2。1ページ目には、冒頭から12小節目までを記入。スコアとしてほぼ完成している。

<1枚目裏・2ページ目>
 このページには、13小節目から26小節目までを記入。ちなみにこのロンドは、珍しく4分の2拍子の主要主題(A)を持ち、これが副主題(B、C)をはさんで何度も戻ってくる「ABACAB(カデンツァ)A」という楽曲構成になっている。音楽的には、ちょうど軽快なロンド主題が終わり、独奏ホルンがB部分の冒頭2小節まで吹き進んだところまで。こちらもスコアとして完成済み。

<2枚目表・旧3ページ目>

 こちらには、旧27小節目から同41小節目までを記入。ここで急にスコアの記述が薄くなり、独奏ホルンと弦のごく一部のみに記述がある(ロンド主題=A部分に戻る41小節目は、弦はフルで記入)。

<2枚目裏・旧4ページ目>
 続く4ページ目は、旧42小節目から同54小節目までを記入。前ページの最後1小節に続き、ここは独奏ホルンと弦部分は完成している。51小節目(厳密には50小節目最後のアウフタクト。以下、主題を指定する小節の指定はアウフタクトを除く)から「A」部分が「Tutti」となり管も含めすべてのパートに記載が戻る。

 ちなみに、1990年以前に録音されたであれば、この既存譜に沿った4ページ分をそのまま続けた演奏ということになる(上記、ダムの録音も、1974年録音なので無論、このバージョン)。その場合、元々あったこの2枚(4ページ)の資料では、副主題であるB部分は全26小節というサイズになっていて、あっさりと終わる印象だ。例えば短調で出る2番目の副主題部分であるCは52小節、2度目に出るB部分は67小節あり、小節数で比べても確かにやや短い。また、旧24、25、26小節で出る「(低い)ソ/ド、ミ、ソ、(低い)ソ/ド、ミ、ソ、(低い)ソ」と出る旋律も、次のページの冒頭=旧27小節で急に音型が変わるので、聴いたときにやや違和感が残る。実際、C部分の途中には旧24、25、26小節とまったく同じ旋律が出て、こちらでは同じような分散和音の繰り返しにつながっていく(旧81、82、83、そして84小節目以降を参照)※3。そして、前世紀末に発見された「60小節」は、ちょうどこの26小節から27小節の切れ目、つまり自筆譜でいえば<1枚目裏>と<2枚目表>のあいだに入るべきものだったわけである。こちらも半分に折られた1枚の楽譜で、全4ページという形。これを復元してつなげると、最初に出るB部分は86小節になるわけである。

 ただ一点、僕がこのことを調べたときに一瞬、不思議に思ったのは、1枚目と2枚目の楽譜用は上記のように紙の上ではつながっているという点であった。これら2枚の楽譜がそれぞれ単独であったなら、あいだの用紙が抜けてなくなるということはありえるだろう。が、実際にはつながった1枚の用紙であり抜けようがないからである。しかしよくよく考えてみると、上記<図表>の3から6の数字がついた楽譜の束のように、元々は2枚の紙が重ねられて8ページ分書けるようになっていたと考えればつじつまが合う。いつかの時点で、真ん中にはさみこまれた用紙(4ページ分)が抜け落ちたが、たまたま音楽がつながってしまい、その欠落に気づいてこなかったということではないだろうか。

※1 自筆譜の画像(新発見部分を含む)は、画像の解像度こそ低いが imslp で閲覧できる。>>こちら
※2 その他、右上に「di Wolfgang Amadèe Mozart mpa / Vienne ce 21 de Mars 1781」=作曲者名と作曲地・日(フランス語表記!)、右横等にニッセンらによる多数の書き込みがある。
※3 この分散和音の旋律は、2度目に出るB部分(=再現部)にはない。もしそれが再現部にもあれば、さすがに旋律の比較から楽譜の抜け落ちが疑われていたのではないだろうか。

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