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2019年11月30日 (土)

リコーダー 蘇る名器(その2)

 前回、ピーター・ブレッサンの木製リコーダーを、ABS樹脂で復刻した全音楽譜出版社の楽器を紹介した。この全音、そしておなじみの YAMAHA と並ぶ日本のリコーダーメーカー、トヤマ楽器製作株式会社が、「アウロス」というブランド名でリコーダーを発売していて、その中に「ハーカ」という受注生産モデル(ソプラノ 703B、アルト 709B)がある※。これはその名のとおり、オランダの製作家ハーカ(Richard Haka, c. 1646-1705)の楽器を元に設計されたもの。ハーカはブレッサンやステンズビー父子ほど有名ではないし、録音でもブリュッヘンがダス・アルテ・ヴェルクの録音で使ったもの以外、あまり見かけない。ただ、このアウロス版ハーカはとても評判がいい楽器で、学校現場でもよく採用されていたようだ(ソプラノには、いわゆるジャーマン・フィンガリングを採用したモデルもある。702G)。

 調べてみたら、このハーカにも複数のモデルがあって、リコーダー奏者の江本礼さんのブログにはこうある。

がしかし、実は、このハーカの初代があまりにも素晴らしかったという話を10年近く前から聞いていたのです」(>>こちら。

 ということで、オークション等で探してみたところ、それぞれ703〜703A、709〜709A という2つのタイプが見つかった※。709A 以外は実際に手に入れてみたが、初期モデルは中部管がやや細めの上、足部管の形状・長さも違っている。江本さんの感想にもあるが、鳴りの良さは断然、初期モデルが優っていて、ハーカ・ファンならぜひ手に入れてみると良いだろう(といっても非常に古いものなので、少し苦労がいると思うが)。

 ちなみに、アウロスにはハーカの弟子であったステンベルゲン(Jan Steenbergen, 1676-c.1730)のモデルを模した「ベルカント」というモデルも出している。ただ、これは外部の形状のみを写しているようだ。同じような例では、日本の三大リコーダー・メーカの一つ YAMAHA にも、ベルギーのロッテンブルク(Jean-Hyacinth-Joseph Rottenburgh, 1672-1756)の外部形状を模した複数のモデルがある。

 もう一社、日本の鈴木楽器製作所からは、(その1)の注で紹介した全音の 150BN 同様、ステンズビー Jr. の楽器を設計のモデルとしたソプラノ・リコーダーを出している(SRE-520ほか、ジャーマン式もあり)。さらに、オランダのテルトン(Engelbert Terton, 1676-1752)のモデルもある(SRE-515、こちらもジャーマン式あり)。SUZUKI のステンズビーには、ABS樹脂ではなく高比重プラスチックを使った上位版もあって、これはやや細身ながら非常に上品な音色を持っている。さらにテルトン・モデルは、発売元のHPに「小学3年生の小さな手にもぴったりとフィットします。」と、児童用のようにも書いてあるが、雑味の少ないくっきりとした音色で、僕はかなり気に入っている。ちなみに鈴木楽器製作所でこの「テルトン・モデル」を設計された若い女性の方の話が、リコーダー奏者の太田光子さんのブログに出ている。>>こちら。※※。

 以上、2回にわたりプラスチックを使って、古いタイプのリコーダー復刻する試みを見てきた。今は3Dプリンターなども開発されているのだがら、今後はそうした新技術を使った楽器製作も新しい段階に入っていくのかもしれない。

※さらに海外仕様では、703W(W は木目仕様を表す記号)というタイプも出ていたようだ。ちなみに現行モデルにも 703BW、709BW という木目仕様がある。余談になるが、アウロスはかなり前から、ABS樹脂製のフラウト・トラヴェルソも出している。>>こちら。
※※さらにマニアックな話になるが、フランスのヴァンサン・ベルノランというフルート製作者が、合成樹脂製のステンズビー・リコーダーを作っている。こちらは、射出成形ではなく一本一本樹脂本体を削って作っているようだ。無論、価格は数万円する。ここまでくると、正直、素人には高すぎるが、興味のある方は一度ご覧ください。>>こちら。

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2019年11月24日 (日)

リコーダー 蘇る名器(その1)

 思い出してほしい。我々が学校の音楽の授業で吹いていた(吹かされていた)リコーダーは、ほとんどがプラスチック、正確にはABS樹脂の射出成形で量産されたものだった。音楽教育的な意義は少しはあったとは思うが、そのことがリコーダーという楽器に、「子どもの楽器」「子どもでも吹ける楽器」というようなイメージを作り出していたことは否定できない。一方で、他の伝統的な楽器と同じく、リコーダーにも歴史的な名器というものが残っている。それは当然ながら、木製。この楽器の全盛期であったバロック時代には、多くの名工(工房)が卓越した木工技術を駆使して、今より多種多彩な木のリコーダーを製作していた。その一部は、コレクションとして各地の美術館や収集家の手に今も所蔵されている。戦後、ヨーロッパを中心に古楽復興の機運が盛り上がったときに、デイヴィッド・マンロウやフランス・ブリュッヘンといったプロフェッショナルな演奏家も現れ、それとともに歴史的な楽器の復元も企図された。フリードリッヒ・フォン・ヒューネやフレデリック・モルガン、ハンス・コルスマといった先駆的な楽器製作者たちは、残されたオリジナル楽器から精密なコピーを作り、それは多くの演奏家たちが録音やステージ演奏に使うことで広まっていった。

 1977年、全音楽譜出版社(Zen-on)という日本の会社が、フランス人でイギリスに渡った製作者ブレッサン(Peter Bressan, 1663-1731)製のアルト・リコーダー(F管)を元に、ABS樹脂製ながらオリジナル設計を活かした楽器を製作した。フォン・ヒューネが設計を担当。ブリュッヘンがその楽器を演奏した写真も残っており、これは値段も普及品とさほど変わらなかったこともあり、画期的な製品としてロングセラーとなった(1500B)※。僕も十数年前に買って実際に吹いたことがあるが、少しハスキーな音色や楽器全体の優雅な形状など、確かに他のプラ製楽器とは一線を画すリコーダーであった。ちなみにこの 1500B は途中でマイナーチェンジをしていて、大きな変更としてはピッチが当初の A=440Hz から A=442 に変えられている(型番も 1500BN となった)。これは、演奏時の標準ピッチが高くなってきたことによるという。

 それから40年後の2018年の秋には、新たに日本の代表的な楽器製作者である平尾重治氏と竹山宏之氏の共同設計・監修によって、この 1500B の後継楽器 Giglio G-1A が登場している。こちらは、指穴のアンダーカット(中へ入るほど穴が広くなる)や、全体の重量バランスなど、さらにオリジナルに忠実な設計が目指されている。が、ただひとつ残念な点は、この「新ブレッサン」もやはりモダンピッチで設計されていること。この間、古楽演奏の一般化によりバロック・ピッチ A=415 の楽器が普及しており、アマチュア演奏家でもそうした楽器を使う人が増えている。木製リコーダーは非常に扱いが難しい楽器で、2時間以上吹き続けることは、楽器にひび割れなど致命的なダメージを与えると言われ、厳禁されている。演奏家のあいだでも長時間の練習できる楽器が切望されていることもあって、当のG-1A の発売時にもバロック・ピッチ版の G-1A の発売予定に言及があったという。

 そして、今夏、ついに全音が待望の 415Hz バージョン Giglio G-1A/415 の発売を発表。9月20日に無事に出荷にこぎつけた。値段も1万円弱とリーズナブルな価格帯に抑えられている。近々、モダンピッチ版 G-1Aと頭部管のユニットを共通化し、中部管および足部管を取り替えることで、バロック・モダン両ピッチに対応可能になるという。これは、チェンバロなど他の楽器と合わせることの多い実際の演奏現場では歓迎されるはずだ。以下に、これら「新ブレッサン」を並べた写真を掲げておく。左から G-1A、1500BN、1500B、そして G-1A/415 と、楽器の長さの違いがわかっていただけると思う※※。

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 この G-1A/415 の登場は、リコーダー界ではかなりの話題となっているが、一般のクラシック音楽のファンの方にはあまり知られていないのではと思い、あえてご紹介した次第。G-1A/415 をプロの演奏家の方が演奏した動画も上記リンク先にあるので、一度、聴いてみてください。

(参考)全音からは、この G-1A/415 の発売に合わせたように、『ゼンオン DVD フランス・ブリュッヘン リコーダー・コレクション ~今、蘇る歴史的名器の響き』という映像資料が出た。「約300年前の巨匠たちによって生み出された17本の歴史的名器を、2人の名演奏家による演奏と美しい映像で堪能できる貴重なDVD。」とのこと。ブリュッヘンの弟子筋であるケース・ブッケとワルター・ファン・ハウヴェが、各リコーダーで短い曲を吹いたあと、最低音から順に半音づつ音を鳴らしていくだけ!!というおそろしくマニアックなDVDであるw。ブックレット解説が、我が国のリコーダー製作者・斉藤文誉さんでこれも非常に詳しい。ちなみに、フレデリック・モルガンがこれらの楽器のデータを計測した『ブリュッヘン収蔵 リコーダー図録』も全音が以前から出していて、これはオリジナル・リコーダー好きにはまさにバイブルだったが、その音や外観をじっくり見ることのできる今回のDVDは、本当にありがたい企画だ。おそらく再版は望めないと思うので、興味のある方はぜひお買い求めを。

※ソプラノ・リコーダーとしては、同じイギリスの製作者ステンズビー・ジュニア(Thomas Stanesby Jr., 1692–1754) の作(C管)を元にした 150B という姉妹作があり、こちらはマイナー・チェンジ版の 150BN として今も発売されている。 また、ソプラノ・アルト両方に、木目仕様の楽器も出ていた(150BO、1500BO)。
※※ちなみに、この G-1A/415 の元となったオリジナルのブレッサンは A=410Hz であり、本当はもう少し管長が長いはず。オリジナル楽器のピッチは、時代や国によって様々であり、一概にこうと決められないのだという(ブレッサンにも、403Hz や 406Hz 等の楽器がある)。個人製作家の中には、そうしたオリジナルどおりのピッチで楽器を作っている方もいて、その場合は大抵20万円以上はするのが普通だ。ちなみに415Hz というのは、モダンピッチの半音下ということで、便宜的に定められた値と言われている。そういう基準がないと、メーカーの違う楽器でアンサンブルはできないことになり、ある意味、仕方のないことかもしれない。

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