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2020年3月 1日 (日)

佐伯茂樹氏『新名曲解体新書』(その2)

 (その1)では、佐伯茂樹氏の『新名曲解体新書』(ONTOMO MOOK)の「ショパン「ピアノ協奏曲第2番」--- 「ショパンはオーケストレーション」が本当に下手だったのか?」という記事について、そこに掲載された譜例が上下逆になっているのでは?という点について書いた。結局、初出誌では譜例は逆になっておらず、ムック本編集時のミスであることがほぼ確認されたのだが、いつもの癖で(笑)実際に楽譜資料にあたってみることにした。

 佐伯氏がこの「ピアノ協奏曲」において注目したのが、バス・トロンボーン・パート。

「トロンボーンというと、通常は、テノール2本とバス1本、もしくは、アルト、テノール、バスという風に、3本セットで使われることが多く、ショパンのピアノ協奏曲のように1本だけ使われる例はかなり稀です。」(同書 p.44)

 その上で、ショパンの手稿譜と通常使われる原行譜を見比べ、(その1)で触れたように第3楽章の冒頭で「原行譜(上)に対して手稿譜や初版譜(下)はスラーが中心のアーティキュレーションになっている」ことを指摘されている。

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 ここでは、トロンボーンはチェロ・コントラバスとユニゾンであり、つまり低弦を支えていることになるのだが、「現行使われている多くの楽譜では、この箇所が全て、同じアーティキュレーションに揃えられています(エキエル版のヒストリカルヴァージョンは揃えていません)。おそらく、のちの出版時に誰かが直したのでしょう。」。佐伯氏はこのあと、この曲のトロンボーン・パートが初期稿ではスラー表現に特化していた点から、普通のスライド式ではないヴァルヴ式のトロンボーンをショパンが意図していたのではとまで推理を進める。このあたりは、古楽器にも精通したトローンボーン奏者でもあった佐伯氏のまさに独壇場と言えるだろう。ちなみに記事にも欄外に記載があるが、佐伯氏は実際に同曲の演奏(有田正広・指揮、仲道郁代・ピアノ、日本コロンビア)に、バルブ・トロンボーンを吹いて参加したという(Amazon の当該CDのページで、上記検討箇所を含む第3楽章の冒頭部分を試聴することができます)。

 

 そのことは置くとして、ショパンの楽譜の話に戻ろう。僕も実際にいくつかの資料にあたってみたところ、imslp にアップされているブライトコプフ版(Plate C. XII. 5.、1879年刊、初版総譜の再版)では、すでにトロンボーンと低弦はともに「ほぼスラーなし」で揃えられていた。「これが今日多く使われる版」(下田幸二氏、『ショパン』2010年3月号)と言われていて、現行版の源泉になっていると思われる。また、最新のナショナル・エディション以前に、PWM(ポーランド音楽出版社)から出ていた全集版から Kazimierz Sikorski 編の同曲スコアも imslp で閲覧できるが、こちらも両パートとも「ほぼスラーなし」であった※。

 一方、佐伯氏の指摘にもある「初版譜」だが、こちらは「ピアノ・ソロ譜+オーケストラ・パート譜」の形で出たもの。やはり、imslp のパート譜のセクションにアップされているものを見つけた(Plate M.S. 1940.、出版年は「n.d.(1836)」とある)。トロンボーン・パートの第3楽章冒頭は、以下のとおり。

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 これは確かに「ほぼスラーあり」で、佐伯氏の記事の譜例どおりだ。ただし、記事では同じパート譜からチェロ・バッソのパートを見てみたところ、こちらも佐伯氏の指摘にもあるように「チェロもスラーが増えている」点がこれまでと事情が違っている。このあたりはさらなる検討が必要かもしれない。

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 ところで(その1)の最後に、「この記事の譜例冒頭に「13」という数字が付されている(初出誌、ムック本とも)。これは一般的に言って小節数を表すと思われるのだが、実はこのトローンボーン・パートは第3楽章の第17小節である。」という疑問を出しておいた。実は今回、「初版譜」を調べたことで、原因と思われる事実に気づいた。上記、「トロンボーン・パート」を見て欲しい。トロンボーンはピアノがマズルカ風のリズムで第1テーマを弾いている間は休んでいて、第16小節の最後の拍の「TUTTI」から2拍遅れた第17小節の2拍目から入ってくる。その第16小節の下段には、トロンボーン用の全休符があり、そこに「12」という数字が見える。これは、実はパートが休んでいる小節数。ただややこしいことにピアノのテーマ冒頭が4小節引用されていて、そこから(つまり第5小節目から)12小節目という数え方になっているのである。今回、『新名曲解体新書』において譜例を担当した方は、このパート譜を見てその16小節目にある「12」という数字を曲頭からの小節数と見間違え、トロンボーン・パート譜に「13」と書いてしまったのではないだろうか。オーケストラや吹奏楽をやったことのある方なら、ここに見るようなパート譜特有の記譜に慣れているだろうが、これは確かに間違いやすいだろう。

 ところで、佐伯氏は最新の全集版である「エキエル版のヒストリカルヴァージョン」についても言及していた。このヒストリカルヴァージョンは「セミ自筆譜と、初版のパート譜に依っている」とされるので、そのトロンボーン・パートは上に見た「初版譜(パート譜)」と同じ。確かに低弦とは「揃えて」いない。だが、実はこのエキエル版のスコアには、もうひとつ「コンサート・ヴァージョン」なるものがある。これは上記の資料のほかに「ショパンの意図を示すその他の資料も考慮に入れて再構成された」ものと説明されていて、こちらの方がより標準的な扱いをされている。しかもこのヴァージョンでは、トロンボーン・パートは「ほぼスラーなし」に戻っているのである(低弦は、ヒストリカル・ヴァージョンと同じ)。この協奏曲の自筆譜は、先の「セミ自筆譜」という呼び名でもわかるように、他人の手が入っていて、特にオーケストラ・パートはショパンの筆跡ではないとされている。なので、セミ自筆譜やそれに基づく初版に記載があるというだけで、ショパンの意図を議論するには細心の注意がいると言える。本当のところショパンは僕の楽譜探求の守備範囲ではなく、資料もほぼ持っていないので、また機会を見て調べて直してみることにしたい。

※この楽譜は、「エキエル版」以前の権威的な全集=いわゆる「パデレフスキ版」であると思われるが、僕は残念ながらこれは未所有。一応の答えとして、「レファレンス協同データベース」における国立音大付属図書館の投稿に以下の記述を見つけた。「後日、この楽譜は、パデレフスキー編集版『ショパン全集』(全21巻)の第21巻であることが判明。この全集の19~21巻の「ピアノとオーケストラ作品」のみ、カジミェシュ・シコルスキKazimierz Sikorski(1895-1986)の編集によるものということが分かった。 」(<<こちら

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