« モーツァルトはさいころ遊びをするか?(その1) | トップページ | モーツァルトはさいころ遊びをするか?(その3) »

2020年5月18日 (月)

モーツァルトはさいころ遊びをするか?(その2)

 昨日の記事では、偽作とされるモーツァルトの「さいころ遊び」について、2種類の楽譜を紹介した。今回は、真作 K.516f の方。「モーツァルトの全自作品目録(その4)」という記事でも紹介したが、K.516 の弦楽五重奏曲のピアノ・リダクションの一部が書かれた自筆譜(表裏両面)に、さいころ遊びに使用できるような数十の旋律断片が書かれているという。こちらはあくまでスケッチのような状態で、遊び方も何も記されていないのだが、紛れもなくモーツァルト自身の筆跡で書かれている。こちらが、もうひとつのモーツァルトの「さいころ遊び(?)」ということになる。

3)ワルツ(メヌエット)系=3拍子系 新全集で近刊予定(BA 4621-01/Series X, 31/4 Supplement、ベーレンライターのサイトで in preparation とある)

 「レファレンス協同データーベース」のこちらのページにも記載されているが、土田英三郎の 「骰子音楽と結合術の伝統」という論文に、自筆譜のファクシミリおよび現代譜が掲載されている(『音楽と音楽学 服部幸三先生還暦記念論文集』音楽之友社・刊)※。

「 表側ではまず五段にわたって二小節単位で三九種の動機が列挙され、冒頭を除く各動機の下に小文字と大文字のアルファベットが順番に付けられている。一番下の段には上の素材から選択された七組が並べられている。裏側もほぼ同様だが、各組は概して複縦線で仕切られ、アルファベットの代わりに数字の1と2が交替に付されている。ここでは四九組の動機(一小節のものを一つ含む)が挙げられているが、表側よりも素材がいくぶん多様で、一時的転調を行うもの、和声を伴うものもある。ただし冒頭の二組と第四組だけは表側にもあった旋律である。第七段では表側と同様、上から選択されたいくつかの動機が第一組を起点として並べられている。」(土田氏同上論文から)

 ちなみに、冒頭の動機というのは、皆さんもおなじみの『ドン・ジョヴァンニ』K.527 のツェルリーナのアリア「薬屋の歌」の冒頭2小節と若干似ている。

K5271

 より重要な点は、この K.516f には各旋律断片を選ぶ<表>や<キー>は書かれていないということだ。「何の手掛かりも与えられていないので、いかなる手順で旋律全体を構成してゆくのかも不明である。これはあるいはいわゆる骰子音楽を意図したものではなく、モーツァルトが戯れに旋律を組み合わせる練習をしたにすぎないのかもしれない。骰子音楽だとしてもスケッチだけの未完成作品なのかもしれない。親しい者を前にして音楽の謎掛け遊びを作ったのかもしれない。」と土田氏は分析されている。ただし、土田氏は自らの論文に掲載した「現代譜」において、表側の「一番下の段」に記載された「上の素材から選択された七組」の動機群と、上段の「動機」を照合し、そこに「fanciS」というアルファベットを見い出していた。

 この手掛かりを受けてさらなる解読に挑んだのが、(その1)でも紹介した日本の野口秀夫氏である。氏によれば、これはさいころを振って曲を作るのではなく、名前のアルファベットを使って曲を作る仕掛けになっていることがわかったという。>>「音楽の遊び ハ長調 K.516fの演奏法と作曲の背景」。詳しくは、この論文を見ていただきたいが、野口氏は「おもて面の音楽はそれ以上進めないため見捨てられた稿であり、うら面の音楽が書き改められた新しい稿である。」と推定する。なぜなら、裏面の楽譜に、

「最初の1・2にa、次の1・2にbという具合に付けていってみよう。おもて面と同様jとxは抜いてみる。すると、ちょうど24のアルファベットが必要なためzで終わることが分かる。」(野口氏同上論文から)

 この野口氏が振ったアルファベットを、7段目の「いくつかの動機が第一組を起点として並べられている」楽譜と照合すると、なんと「Francisca」という文字が現れたという ※※。実は、モーツァルトの親しい友人で曲を捧げられたこともあるゴットフリート・フォン・ジャカンに妹がいて、フランチスカ・フォン・ジャカンという名前である。モーツァルトはこの妹にも「ケーゲルシュタット・トリオ」を書いている。つまりは、ジャカン兄弟を始めとした仲間を巻き込んだ作である可能性が高い。以上が野口氏の結論で、この論文はコンラッドの『Mozart Catalogue of his Works』(Barenreiter、2005)にも参考文献として挙げられている。同じ日本人として、これは非常に誇らしいことだ。もしかすると、この K.516f は「音楽の名前遊び」あるいは「名前による音楽遊び」と、これから呼ばれるようになるのかもしれない。

 これだけでも十分なのだが、次回は(その1)で紹介した偽作と、今回紹介した真作との比較をして、この項を終えたいと思う。

※ ネットで見る場合は、やや解像度は落ちるが、上記野口氏の論文にも自筆譜のファクシミリおよび現代譜が掲載されている。
※※ 野口氏のネットにあげられた論文(本文)では、「モーツァルトの選んだファクシミリ7段目の解答例」が「f1 r2 n1 c2 i2 s2 c1 a2」となっている。これは当初読んだときかなり悩んだが、「f1 r2 a1 n1 c2 i2 s2 c1 a2」が正しいと思われる(英語版は正しい表記になっている)。また、この K.516f を含む一葉の自筆譜は、「下端が切り取られた(土田氏)」状況である。野口氏は、これは元々は12段の五線が引かれたものであり、下の4段は何者かに切り取られた(裏面の8段目は未記入)とした。ただし、それを他のモーツァルトの自筆譜との比較から、「二つのホルンのための12の二重奏曲」K.487=496a と同じ用紙ではないかと推定されていた。が、この二重奏曲の用紙は「Wasserzeichen 86」という用紙であり、K.516f は同じ12段の「Wasserzeichen 61」であったことが現在では判明している(アラン・タイソンの<透かしのカタログ>)。

|

« モーツァルトはさいころ遊びをするか?(その1) | トップページ | モーツァルトはさいころ遊びをするか?(その3) »

音楽の本・楽譜」カテゴリの記事

モーツァルト探求」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« モーツァルトはさいころ遊びをするか?(その1) | トップページ | モーツァルトはさいころ遊びをするか?(その3) »