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2020年5月 6日 (水)

モーツァルトの全自作品目録(その8、1791年)

<第24葉・裏>(続き)

1月5日

1791年

+(123,) クラヴィーア=協奏曲 伴奏 – 2 vn, 1 fl, 2 ob, 2 bn, – 2 hr, va と bassi
 (第27番変ロ長調 K.595)

14日

(124,)      春へのあこがれ  春のはじめに
  3つのドイツ語歌曲 –– おいで、愛しい5月 以下続く: 新しい命に目覚めて 以下続く:
    子どもの遊び
  ぼくたち子どもは味わうんだ、ほんとにたくさんの喜びを 以下続く:
 (ヘ長調 K.596、変ホ長調 K.597、イ長調 K.598)

23日

(125,) 6つのメヌエット レドゥーテ(舞踏会)のための    すべての声部を伴う
 (K.599)

<第25葉・裏>

29日 –––

(126,) 6つのトイチェ    すべての声部を伴う
 (「6つのドイツ舞曲」K.600)

5日 ––– 2月

(127,) 4つのメヌエット と 4つのトイチェ
 (K.601、「4つのドイツ舞曲」K.602)

(128,) 2つのコントルダンス –––
 (K.603)

12日 –––

(129,) 2つのメヌエット と 2つのトイチェ
 (K.604、「2(3)つのドイツ舞曲」K.605)

28日 –––

+(130,) コントルダンス 婦人たちの勝利 と 6つの田舎風(※舞曲)
 (K.607、K.606)

<第26葉・裏>

3月3日

(131,) 時計のためのオルガン楽曲 ––
 (K.608)

6日 –––

(132,) コントルダンス ライエルひき –– トイチェ ライエル トリオを伴う
 (K.610「意地悪娘たち」、「ドイツ舞曲」K.611)

8日 –

(133,) バスのアリア コントラバスのオブリガートを伴う –– ゲルル氏とピシュルベルガーのために
  この美しい手に 以下続く: 以下続く:
 (K.612)

   

(134,) クラヴィーアのための変奏曲 リート 女ほど素晴らしいものはない 以下続く 以下続く
 (K.613)

4月12日

+(135,) 五重奏曲 2つのヴァイオリン、2つのヴィオラとチェロのための
 (変ホ長調 K.614)

(検討)
 モーツァルト最後の年のフラグメントは8曲。このうち一番有名な曲は、ホルン協奏曲第1番の未完成のロンドだろう。135小節分が書かれているが、現行の第2楽章は弟子のジュスマイヤーが完成させたものになっている。第一楽章の仕上げもおそらく1791年で、一番初めに書かれたと思われていた短くかつ簡素な協奏曲が、アラン・タイソンの自筆譜の研究で、最晩年の作だったことがわかったことの衝撃は非常に大きい。一方・・・
 (123,) の変ロ長調のピアノ協奏曲は、静かで澄み切った詩情あふれる最晩年の曲と思われていたのだが、タイソンは、第1、第2楽章と第3楽章の7葉目までの自筆譜は、1787年12月から1789年2月に使われていた用紙であるとしている。これは、先日、僕が「タイソンのすかし研究(補遺1)」という記事で「ここまでケッヘル番号と<すかし番号>が一致するのは極めて珍しいのだが、ここで僕が言いたいのは、K.538 のアリアも「すかし95」を持つ五線紙のみに書かれている以上、ほぼ1788年(中略)に間違いないということである。」と書いた、まさにその用紙である。もう一つの用紙タイプは、「Wasserzeichen 99(すかし99)」で、これは K.593 のクインテットや「魔笛」で使われたものと同じ。つまりこの曲は、全体の完成が最後の年だったということになる。
 (124,)の3つの歌曲のうち、「子どもの遊び」K.598 の伴奏は、旧全集やその他の実用譜が16分音符の音型を右手に移し、左手がオクターブ重ねでバスを弾くようになっていたが、新全集ではこの全自作品目録のように右手で歌唱旋律を、左手で16分音符とバス(単音)を弾くように改められた。
 (129,)のドイツ舞曲は、本目録では2曲とあり、自筆譜に含まれる第3曲ハ長調は目録未記載。また、(132,)の「(1つの)コントルダンス」とされた曲は、K.609 の第5曲、もしくは K.610 である(両曲は楽器編成に相違があるが、目録には楽器編成の記載がない)。いずれにせよ、K.609 の残りの4曲は目録未記載である(Zauberfloete さんのブログに興味深い説がある>>こちら)。この舞曲の自筆譜は「Wasserzeichen 55」で、こちらで触れたようにホルン協奏曲 K.447 のフィナーレでも使われた12段タイプのものである(おそらく1787年頃の使用)。一方、K.610 は、自筆譜を見てみよう。

K610

 比較的珍しい10段タイプの用紙に書かれているが、筆跡は丁寧で非常にしっかりとしている。ヴォルフガング・プラートの筆跡鑑定は、「"Wien, ca, 1782-84」という判定。またタイソンの<透かしのカタログ>によれば、すかし番号は「Wasserzeichen 62」で、大ミサ曲 K.427 の作曲時や、ミヒャエル・ハイドン作曲のリタニアから「Pignus futurae gloriae」という曲の模写時など、主に1782年から翌年にかけて使われたものであることがわかっている。どちらの曲の場合も、少なくともこのコントルダンス1曲は、旧作の再利用ということになる。

<第27葉・裏>

4月20日

(136,) 終幕の合唱 サルティのオペラ 野暮な焼きもち への
  愛好家のための – みんな幸福に生きよう 以下続く:
 (K.615/散逸)

5月4日

(137,) アンダンテ 小さなオルガンの中のローラーのための
 (K.616)

5月23日

+(138,) アダージョとロンド ハルモニカ、フルート、オーボエ、
  ヴィオラ、チェロのための
 (K.617)

6月18日 バーデンにて

+(139,) めでたし、まことの御体 –– カント、アルト、テノール、バスで –– 2vn, va,
  org と bassi(※二重下線)–––
 (「アヴェ・ヴェルム・コルプス」K.618)

7月に

+(140,) 小さな ドイツ語カンタータ クラヴィーアと歌唱声部のための
  無限の宇宙の創造者を崇敬するあなた方よ 以下続く 以下続く
 (K.619)

<第28葉・裏>

7月に

(141,) 魔笛 –– 9月30日に 上演された
  – – – – – – – – 2幕のドイツ語オペラ エマニューエル・シカネーダーによる
  22の楽曲から成る –– 女(房) ゴットリープ嬢、ホーファー夫人、ゲルル夫人、
  クレップフラー嬢、ホーフマン嬢 男たち シャック氏、ゲルル氏、兄のシカネーダー氏、
  キストラー氏、弟のシカネーダー氏、ヌーズール氏 – 合唱
 (K.620)

9月5日 –– プラハにて 9月6日に 上演された

(142,) ティトの慈悲 2幕のオペラ・セリア 戴冠=
  式のための レーオポルト2世陛下の – 縮約された
  真のオペラに、詩人 マツォラ氏により 選帝侯: 殿下の
  ザクセンにおける – 女優 – マルケッティ・ファントツィ夫人 – アントニーニ夫人
   – 男優 べディーニ氏カロリーナ・ペリーニ夫人/男役 /
  バリオーニ氏カンピ氏 と 合唱 – 24作品
 (K.621)
 (説明文の全体の意味は、「レーオポルト2世陛下の戴冠=式のための – ザクセンにおける選帝侯: 殿下の詩人マツォラ氏により、真のオペラに縮約された」というような意味になる。上記は、原語の行分けに合わせた)

9月28日

(143,) オペラ 魔笛 への 祭司たちの行進曲 と 序曲

––––––––––––––––––––––––

    

(144,) 協奏曲 クラリネットのための 兄のシュタドラー氏のための
  伴奏 2 vn, va, 2 fl, 2 bn, 2 hr と bassi 
 (イ長調 K.622)

11月15日

(145,) 小さな 自由な石工職人(※フリーメーソン)=カンタータ 1つの合唱曲、1つのアリア、
  2つのレチタティーヴォと1つの二重唱曲から成る テノールとバス
  2 vn, va, basso, 1 fl, 2 ob と 2 hr –
 (「我らの喜びを高らかに告げよ」K.623)

<以下、第29葉・裏〜第43葉・裏まで無記載 ※各表ページには、5段の大譜表あり>

(検討)
 ケッヘル6版では、(137,)の前に、同じへ長調で自動オルガンらしき楽器のために書かれた4小節の断片があった(615a)。また、(138,)の前に、K.617 と同じ楽器編成による幻想曲の短い断片があった(ハ長調、K.616a)。また(138,)のあとには、グラスハーモニカ独奏のためのアダージョ(ハ長調、617a)があり、こちらは完成されているにもかかわらず目録に記載がない。
 「魔笛」が、(141,)と(143,)の2回に分けて記載された件については、以前、別記事で詳しく書いたことがある>>こちら。また、「魔笛」序曲の草稿とも思える「序曲 変ホ長調」(620a)や、2幕のフィナーレで使われたコラール旋律と同じものを使った「対位法による習作 ロ短調」(620b)もあった(「魔笛」のスケッチ類は、他にもいくつかある)。
 (142,)のあとに、バス用のアリア「私はあなたに別れを告げます、おお、いとしい人よ」(K.621a)があった。1799年に、ヴァイオリン・パートのみがモーツァルトで、残りはジャカンの作とコンスタンツェが手紙に書いているが、モーツァルト自身の自筆譜(部分)が残っている。またそのすかしは、何と!上記 K.595 で触れた「すかし95」であり、1788年の作である可能性が高い。ソプラノ・ヴァージョンの筆写譜もある。
 (144,)のクラリネット協奏曲には、このシリーズの(その6、1789年)で触れたバセットホルン版という原曲があった。自筆譜も残っていない上、バセット音からみの編曲問題もあって、どこまでがモーツァルトの手になるものかは不明。
 (145,)のあとに、カンタータの初版に付録として掲載された歌曲「われら手に手をとって」K.623a があったが、現在では疑義作扱い。
 最後の最後に・・・レクイエム(K.626)については、もはや多くを語る必要はないだろう。未完成&目録未掲載の大作。

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モーツァルト探求」カテゴリの記事

コメント

cherubinoさま
詳しい解説ありがとうございました。
大変興味深い内容で勉強になりました。

結局、作曲されながら編曲、未完であることなどの理由により目録に記入されなかった曲は(多少抜けがあるかも知れませんが)、以下のようになるのでしょうか。
○ロンド 二長調K485
○12の二重奏曲K487/496a
○歌曲「自由の歌」K506
○一連のカノン
○弦楽五重奏曲ハ短調 K406/516b(編曲)
○ホルン協奏曲第3番変ホ長調 K447
○アリア「われ、汝に従わん、変容せし英雄よ」の編曲稿K537d
○「メサイア」編曲K572
○ロンド「私の胸は喜びにおどるの」K579
○序曲と3つの舞曲(588a)
○ホルン協奏曲ニ長調の未完成のロンド(ジュスマイア補筆)
○ドイツ舞曲K605第3曲ハ長調
○5つのコントルダンスK609
○レクイエムK626

未完、編曲、以前の作であるにもかかわらず目録に載せられている曲は
○歌曲「老婆」ホ短調 K517
○歌曲「秘めごと」ヘ長調 K518
○アリア「ああ、惠み深き星々よ、もし天にあって」K538
○アリア「やさしき春はもうほほえむ」K580
○コントルダンス ト長調K610
など。

ある曲の作曲年代/プロセスなどを知ることは、その曲の理解を深める上で重要なことだと思います。
自作目録への記入については、几帳面なモーツァルトのことなので、記入されなかった曲についてはやはり何らかの理由があるのだと思いますが、決定的な新資料が発見されない限り、いろいろと想像を巡らすことくらいしかできません。

投稿: Zauberfloete | 2020年5月 6日 (水) 21時19分

Zauberfloete 様、こんばんは。良い「ステイホーム」でしたでしょうか?
「目録」の未記載曲、記載曲について、まとめていただきありがとうございます。この記事、連休中に何とか仕上げることができましたが、その間にも「Zauberfloete通信」の過去記事をかなり参考にさせていただきました。この点についても感謝いたします。ご指摘のあった曲の中では、「12の二重奏曲K487/496a」については、当方は触れませんでした(せっかくですので、また追記させていただきます)。
ただ、この曲は、何かと素性がはっきりしません。使用楽器は(音域以外からも)ホルンではないと断言できます。なぜならモーツァルトは、ホルンの場合、必ずト音記号を2つ並べて書く「くせ」があるからです。二重奏曲の自筆譜は、ト音記号ひとつですので。
ちなみにバセットホルンの場合は、例の未完の協奏曲や K.361(370a) などト音記号はひとつのようです。
まだほかにも、誤記や記載漏れがあるかと思います。ぜひ遠慮なくご指摘くださればありがたいです。よろしくお願いいたします。

投稿: cherubino | 2020年5月 6日 (水) 23時30分

cherubinoさま
断言されている方に対して言いにくいことなのですが・・・。
以前、私はこの曲の抜粋をホルンとファゴットの二重奏で演奏したことがあるのですが、この曲はやはりホルン二重奏のための書かれたのではと思っています。
直感的な印象(だけ)ではありますが、書かれた楽譜はホルン以外の楽器にとっては易し過ぎること、2つのパートの関係/駆け引きがホルン以外には考えられないことなどの理由によります。
なお、ト音記号の書き方についてですが、スコアではなくパート譜にも適用されるのでしょうか?

投稿: Zauberfloete | 2020年5月 7日 (木) 20時44分

Zauberfloete 様、こんばんは。コメントありがとうございます。実はこちらこそご報告&おわびしなければならないことがありまして。。。(苦笑)
昨日は、「ホルンではないと断言」などと書きましたが、実は私がこれまで見てきた楽譜(主に管弦楽曲)では、ホルンには二重ト音記号がついていました。ところが、本日気になって「ホルン協奏曲」の楽譜を調べてみたら、伴奏のホルンは二重でしたが、プリンシパル=ソロの段は何と一重でした! この点、モーツァルトは意識して書き分けているようです。
室内楽では、K.375 や K.388(384a) 、貴兄も十分ご存知の K.361 は二重ですが、ソロ的な扱いが目立つ K.452 は一重で、これも意識的な書き分けかもしれません。
その意味では、K487(496a) は、一重でも不思議はないかもしれません。Zauberfloete さんの演奏者としての直感は正しいと思われます(さすが、Zauberfloete さん! 今回、コメントをいただいて心からありがたく思っています!)。
ちなみにパート譜(当時の筆写譜)の情報は、現物のファアクシミリでもなければなかなか調べきれません。モーツァルトが書いたパート譜、というものも少ないでしょうし。
以上、夕方からの調べなので網羅的ではなく申し訳ありませんが、ご報告とおわびまで。

投稿: cherubino | 2020年5月 7日 (木) 23時16分

Zauberfloete 様、おはようございます。
今朝、この二重ト音記号問題について、新たに思いついたことがあり、記事にしてみました。あまりに単純な結論なので(笑)、こんなことも知らなかったのは僕だけ?と心配にもなりますが、僕的には長年の疑問が解決したのでとりあえず良かったです。いつもながらおつきあいいただき感謝いたします!

投稿: cherubino | 2020年5月 8日 (金) 10時10分

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