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2020年5月17日 (日)

モーツァルトはさいころ遊びをするか?(その1)

 モーツァルトのことについて書かれた本は、専門的な音楽書ももちろん多く出されているが、より一般向けの「ゼロからわかるモーツァルト」「モーツァルト入門」といったちょっとした伝記情報や作品のエピソード等を紹介したような本もかなり発刊されている。僕自身はそれほど買ってはいないが、もし誰かに推薦本を聞かれた場合は、以下の本を挙げるようにしている。

 『モーツァルト99の謎』(二見文庫)。タイトルだけ見ると一見怪しそうだが、巻末には洋書・和書とりまぜて、かなり詳細な【出典・参考文献】表がついており、その点でまず信頼がおける。著者の近藤昭二氏は、他にも死刑や犯罪関係の著書があり、ジャーナリストしても優秀な方なのだろう。記事の中身も「6歳のとき、6歳のマリー・アントワネットに求婚」「門外不出の秘曲を暗譜した調音能力と記憶力」といった有名な逸話ももちろん出てくるが、「絵のなかでモーツァルト姉妹が連弾している曲は?」「モーツァルトのアリアで、いちばん高い声は?」「モーツァルトの使った、いちばん低い声は?」といったすぐには答えられないような項目もあって、モーツァルト通の方でも楽しめる内容になっている。僕は確か、東京出張の折に、LaQua(ラクーア)の隣にある商業ビル内の書店で、夜、ホテルで読むために買ったのだが、その後も時折、本棚から取り出しては読むことがある。

 ただ一点、「一生かけても演奏しきれない不思議な曲とは?」という項目で挙げられている通称「音楽のさいころ遊び」について少し書いておきたい。この曲は、さいころを振って出た目の数で演奏の内容を決めていくという変わったもので、『99の謎』の記事の末尾でも挙げられているように、楽譜として『モーツァルトのサイコロ遊び』(全音音楽出版・刊)も出ている。

 この楽譜は「サイコロ二つをふればピアノのためのコントルダンスが無限に出来る楽しい作曲ゲーム」と説明されていて、その遊び方は Beads さんという方のブログ記事「おもしろい楽譜♪」が詳しいので、おまかせしよう。一方、問題は、この曲が『99の謎』で、「K.516f」というケッヘル番号が付いたものとして紹介されていること。それはおそらく、左記全音版の楽譜自体に、この番号が書かれているからと思われる(表紙には「ANHANG[516f]」とある)。が、これは、実は K.516f そのものではないようである。

 この点、『モーツァルト名盤大全』(音楽之友社・刊)の安田和信氏による解説ではこうある。

「 さいころを振って1小節ごとに音楽を決めて短い小品を作るという遊びは、18世紀後半から19世紀初め頃まで流行した。K3.Anh294d(Anh.C30.01)※ はその流行に乗って18世紀末に版を重ねたものだが、モーツァルトの作ではない。いっぼう、K6.516f はモーツァルトが1787年に書き残したスケッチで、厳密に言えば具体的な遊び方は明確ではない。偽作である前者はモダン・エディションも複数出ているが、事の性質上、録音を聴くというよりも(フィリップスの全集は両者をダシにした録音を収録)、実際にさいころを振って遊ぶほうが良いであろう。その意味では、CD-ROM『モーツァルトアーカイヴ』(小学館)は、偽作のほうをコンピュータで遊ぶことができるような機能を備えており、手軽に音楽のさいころ遊びを楽しむことができる(さいころを振るのではなく、クリックをするというのは雰囲気が出ないかも知れないが)。」

 一方、日本の研究者・野口秀夫氏は、「音楽の遊び ハ長調 K.516fの演奏法と作曲の背景」という貴重な論文の中で、

「現在でも入手出来る版としてW.A.Mozart 'Melody Dicer' Carousel Publishing Corp., 1983がある。この版のケッヒェル番号はK.516F(ママ)とあるが、K.Anh.C30.01と訂正されるべきである。そのほかにも出典不明のものがフィリップスのモーツァルト全集で入手可能であり、ウェブサイトでのアクセスも可能である。」

と指摘されている。ただし、この「Melody Dicer」なる楽譜は、コントルダンスではなく8分の3拍子で、4分の2拍子の全音版とは別物であった ※※。また『99の謎』にも記載があったが、野口氏が後段で触れている『モーツァルト全集』は、小学館から出たもの(元々はフィリップスから出たCD全集)。

 その別巻に、指揮者のネヴィル・マリナーと高名な音楽プロデューサーのエリック・スミスとが、それぞれダ・ポンテとシカネーダーとに扮し、ウィーンのカフェならぬスタジオでさいころを使って作曲している、という趣向の楽しい録音があった。こちらはさすがに解説で「K3.Anh.294d (Anh.C30.01)(偽作)」を録音したことをうたっている。ただし、CDにはメヌエット(3拍子系)とコントルダンス(2拍子系)の2曲がその場で作られ収録されている。これについて安田氏は「両者をダシにした録音を収録」としているだけ ※※※。先述の野口氏の論文でも「出典不明のもの」とあった。このあたり全体として混乱があるようで、一度、整理が必要だろう。

 まずは、偽作の方から。ケッヘル6版以降の Anh.C30.01 では、2拍子のコントルダンスの楽譜が掲載されている。ただし、解説文を読むと初版であるフンメル版(1793年刊)には、「2つのさいころを使い、ワルツとシュライファー ※※※※ も、コントルダンスも」作曲できるというような説明が4ヶ国語で書かれているという。またその重版(海賊版?)であるジムロック版には、出版番号48番のワルツ版、同49番のコントルダンス版がある(1798年刊)とも。つまり、元々モーツァルトに帰された偽作には、ワルツ=3拍子系とコントルダンス=2拍子系があったということになる(そこが、上記混乱の一因だったのだろう)。これらを簡単にまとめれば、以下のとおりとなる。

1)ワルツ版=3拍子系 ジムロック版のうち、imslp で閲覧可能な方の版>>こちら、「Melody Dicer」、Web Site「W.A. Mozarts Musical Dice」

2)コントルダンス版=2拍子系 全音版、CD-ROM『モーツァルトアーカイヴ』

 つまり『モーツァルト全集』では、その両者を収めているということになる。その録音を聴いてみた。さいころを振って楽譜片を選ぶ過程自体は、途中の一部と後半部が省略されているが、選ばれた番号と楽譜片自体は、メヌエットは上記ジムロックの3拍子系版から、またコントルダンスの方も4拍子系版から採られており、いずれもれっきとした「伝モーツァルト」のようだ(選んでいる<数字表>が違うようにも聞こえるが)。

 いずれにせよこれらの曲は偽作ということなので、結局、モーツァルトに「さいころ遊び」なる曲はないということになってしまうのだが、実はそうとも言い切れない。上記安田氏の解説にある(本物の)K.516f の方はどうだろう。こちらは、ケッヘル6版以降に、上記2)のコントルダンス系とは別の3拍子系の楽譜として掲載がある。

3)ワルツ(メヌエット)系=3拍子系 新全集で近刊予定(BA 4621-01/Series X, 31/4 Supplement、ベーレンライターのサイトで in preparation とある)

 以下、詳しくは次回に。

※ ケッヘル6版で、Anh.C がついたものは、偽作か存偽作。ちなみに、ギュンター・バウアー著の『ギャンブラー・モーツァルト』というおもしろい本があるが、こちらでも「パリ国立高等音楽・舞踏学校図書館に収蔵されている自筆譜(K五一六f)」についての言及があるが、以下の説明ではなぜか「K.Anh.C30.01」の特徴を挙げている。
※※ 「レファレンス協同データーベース」のこちらのページを参照。
※※※ 安田氏がここで「両者」と言っているものは何なのか、ちょっと意味が取りにくい。「偽作= K3.Anh294d(Anh.C30.01)」と「真作=K6.516f」のことだと、フィリップスの全集には K.516f は収録されていないので「ダシにした」という意味が不明。もしかすると、マリナーとスミスが「録音を聴く」ということと「実際にさいころを振って遊ぶ」ことをともに行なっていることを、両者と呼んでいるのだろうか。
※※※※ こちらも3拍子のカントリーダンス。

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