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2020年5月 8日 (金)

モーツァルトの二重ト音記号

 おはようございます。

 一昨日から、こちらの「モーツァルトの全自作品目録(その8、1791年)」という記事のコメント欄で、ブログ「Zauberfloete通信」の Zauberfloete さんと、モーツァルトの「12(3つ)の二重奏曲K487/496a」という曲についてやりとりがあった。そこでテーマとなったのは、モーツァルトが自ら書いた楽譜で、ホルン・パートの冒頭には、2つのト音記号を横に並べる「二重ト音記号」を書いているということ。この二重奏曲は初版ではホルン・デュオになっているのだが、自筆譜には楽器の記載がない。

「ただ、この曲は、何かと素性がはっきりしません。使用楽器は(音域以外からも)ホルンではないと断言できます。なぜならモーツァルトは、ホルンの場合、必ずト音記号を2つ並べて書く「くせ」があるからです。二重奏曲の自筆譜は、ト音記号ひとつですので。(cherubino)」

 このコメントで僕が言及した「くせ」については、実物を見ていただく方が、話が早いだろう。

K504 K361

※上が、「プラハ交響曲」K.504(ホルンは下から4つ目の段)、下は「グラン・パルティータ」K.361(ホルンは下から4番目と5番目)

 おそらく、モーツァルトの管弦楽曲のホルン・パート(トランペット等にもある)では、この表記を見る場合がほとんどだと思う。そのことが僕の上記発言になるのだが、この二重ト音記号は、現代の実用譜はもとより新モーツァルト全集などの原典版の楽譜でも再現されていない。上のようにファクシミリを見るか、校訂報告で調べるか、どちらかでしか確かめる方法はない。新全集の校訂報告では、「mit Doppeltem Violinschlussel( u の上に横に点2つ付き)」、つまり「ダブルのト音記号を伴う」というような表現で言及されている。このことについては、以前このブログで集中して取り組んでいたホルンの音高問題、いわゆる「アルト/バッソ」問題を調べていたときから、実は気づいていた。その折には、ネット上で、「二重ト音記号は1オクターブ低く弾く」というような説明もあったので(例えば、こちら)、音の高さと関係があるのかと考えたりして、ある高名な管楽器奏者&著述家の方にツイッターでお尋ねしたりもしたのだが、結局「当方でもわかりません。何かお分かりでしたらご教授ください」との丁寧なお返事をいただいたこともある。

 今回、Zauberfloete さんから、この件につきあらためて「なお、ト音記号の書き方についてですが、スコアではなくパート譜にも適用されるのでしょうか?」との指摘をいただき、昨日夜書いたコメントのお返事にもあるように、ホルンの登場するモーツァルトの楽曲をあらためて調べてみた。すると意外なことがわかった。

「実は私がこれまで見てきた楽譜(主に管弦楽曲)では、ホルンには二重ト音記号がついていました。ところが、本日気になって「ホルン協奏曲」の楽譜を調べてみたら、伴奏のホルンは二重でしたが、プリンシパル=ソロの段は何と一重でした! この点、モーツァルトは意識して書き分けているようです。/室内楽では、K.375 や K.388(384a) 、貴兄も十分ご存知の K.361 は二重ですが、ソロ的な扱いが目立つ K.452 は一重で、これも意識的な書き分けかもしれません。その意味では、K487(496a) は、一重でも不思議はないかもしれません。(cherubino)」

 ここまでが、昨日の調査結果。一夜明けて・・・今朝、6時半頃にベッドの中で「パート譜の問題?」などとあれこれ考えていて、まさに「はた」と気づいたのだが(笑)、そういえばモーツァルトの「ホルン協奏曲第3番」K.447 の楽譜が珍しくヴァイオリン・パートにも!二重ト音記号がついていたことに思いあたった。

 K4472_20200508203001

※画像の解像度がやや低くて申し訳ないが、この協奏曲の自筆譜はロンドンの大英図書館にあり、デジタル画像が公開されている>>こちら。上から1段目がソロのホルン、2段目がヴァイオリン(2丁)。(ちなみに5段目がもともとホルン・パート(2本)で譜表には2重ト音記号が書かれていたが、最終的には2本のファゴットとヘ音記号に変更されている)。

 これだけでも珍しいのだが、実はこの総譜のこのパートは、Zauberfloete さんがこちらの記事へのコメントで「第1・2ヴァイオリンが同じ五線に書かれているのも驚きました。」と書かれていたように、かなり特殊な書き方がされている(10段の五線紙に、5段づつのスコアを上下2つ書くための節約だろう)。このことから総合的に考えるに、この二重ト音記号は、「(同じ楽器の)2つのパートが、一つの五線譜に書かれています」ということを表しているのではないだろうか。だから、上記コメントで僕が見た各曲では、ソロ等で楽器1本のホルン・パートは一重ト音記号が、2本ペアのホルン・パートは二重音記号が付いていたと考えられるのだ。一方、同じ2本の楽器が使われていても、オーボエやクラリネットは2段の譜表に別々に別れているので、一つのト音記号で済む!(パート譜の場合は、一人で弾くので、当然、一重だろう)。

 では、2本のホルン・パートが別々の譜表で書かれている場合はどうか? その場合が一重ト音記号であったら、この問題はほぼ解決するはずだ。今朝の出勤前の時間内では、ちょうどいい事例が見つからなかったのだが、下記の「フリーメーソンの葬送音楽」K.447 の場合がヒントになるのではと思う。

K477

 下から3番目がC管のホルン、4番目がEフラット管のホルンパートになる。実はこの曲の場合、楽器名は「コルノ・ダ・カッチャ」、いわゆる「狩のホルン」となっているのだが、少なくともト音記号は一重であった(その上の、バセットホルンも、クラリネットも一重)。気づいてみれば、非常に単純なことであり、世界のモーツァルト学者の人は皆さんすでによくご存知の事実なのかもしれない。が、それにしてはこれまでどの解説書を読んでも、上のような説明が書かれていないのは不思議といえば不思議である。

 ただ、ヘ音記号の場合はどうかと考えてみたのだが、上の「プラハ交響曲」の場合、下から5番目、ホルンの上に「2 fagotti」とあるが、これは一重ヘ音記号のようである。ホルン協奏曲のファゴットも、一重。なので、まだまだ、課題はありそうだ。しかし、さすがに今朝はこれで時間切れ。またいくつか、自筆譜を調べた上で、考えてみたいと思う。

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コメント

cherubinoさま
この二重ト音記号の件、私はまったく知らなかったのですが、今、「ドン・ジョヴァンニ」や「魔笛」序曲のファクシミリを見たところ、確かに2パート書いてある場合には二重ト音記号になっていました。
ファゴットなどヘ音記号の場合にはそのようなことはないようです。

投稿: Zauberfloete | 2020年5月 8日 (金) 21時00分

Zauberflete 様
記事をお読みいただいた上、さっそくファクシミリをご確認いただきありがとうございます。今回のことも、4月のK.447の自筆譜についての貴兄の記事と、昨日のホルン二重奏に関する鋭いご指摘・ご助言があってのことで、それがなければ当方もずっと上のような説に辿り着けないままだったと思います。「Zauberfloete通信」の記事を読ませていただき、「高いホルン、低いホルン(その1)」の記事を書いたのが2011年の1月ですから、正直、この二重ト音記号の追及に10年かかりました。長かったー。
でも、ヘ音記号はなぜ一重なんでしょうね(笑)

投稿: cherubino | 2020年5月 8日 (金) 21時28分

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